小市民ダークロのありがちで気の抜けた感じのやつ

タイタンの存在者

8.バイクは高速宙路を走る

バイクは高速宙路を走る。中心街を見ると、本当に城が崩れていた。中心街は恐慌をきたしていた。逃げ惑う人々はいろいろな歩行道路に流されていった。車両が宙路にあふれだした。城から落ちてきた雪のようなチリが街に降り積もった。城壁はパラパラと剥がれ落ちて、内部の機械部分がむきだしにされていた。塔は崩れ、朽ち果てていった。
「ヨムレイはこの中だ。どうする」
「歩いて行けるわけないわ」
ミロは粉々になっていく入口へ、バイクで突入した。
「あれを見て!」
エンジェルが声をあげる。巨大な口が彼らを待ち受けていた。ブレーキをかけたが間に合わない。唾液を垂らした真っ赤な舌がバイクをすくい上げた・・・・・・。

そこは体の中だった。噴きあふれる血液だった。てかてか光る内臓だった。
「ここはどこなの!」
エンジェルが絶叫する。
「落ち着くんだ。これは幻覚だ。ここは城の中だ」
そう言うミロにも、この情景は信じられないものだった。バイクは血管の中を走っていた。色鮮やかな赤血球が流れ、ぐるぐる回ってミロ達を追い抜いていく。白血球がまとわりつき、侵入者を包みこもうとするが、ハンドガンで撃退する。静脈の弁に迎えられ、やがて心臓の力強い圧力に振り回される・・・・・・。本当にヨムレイはここにいるのか?いるとしても、果たして正気を保っているだろうか。
「なんとなく安らぎを感じるわ。前にもここに来たかもしれない・・・」
エンジェルがうわずった声をあげた。血管を進み続けると、いきなり大きな空間に出た。バイクは粘膜にへばりついた。向こうを見ると、なにやら液体が・・・。
「ここは胃の中だ」
胃液が噴き上がった。
「これは幻覚なんだ。君ならこの幻覚を破れるはずだ」
「幻覚なんかじゃないわ。これは本物よ!」
「エンジェル!」
ぶくぶくと泡をたてながら、胃液の中から巨大な球体が浮かび上がった。それは集積回路の集合体だった。水しぶきをあげて球体は胃に穴をあけ、ミロ達の上を飛びすぎていった。
「後を追って!あれは彼女を殺そうとしているわ!」
「彼女?」
「早く!」

ヨムレイは玉座にいた。もう彼は、教会で消された全ての記憶を取り戻していた。城は崩壊寸前だった。しかし彼は逃げようとしなかった。彼は静かに目を閉じ、ため息をついた。そこへ爆発音が響き、床からバイクが浮かび上がった。
「ヨムレイ、逃げろ。ここは危険だ!」
ミロが怒鳴った。
「逃げろよ!奴が来るんだ!」
ヨムレイは首を横に振った。
「いや、私はここに残る。私は、君よりも前に侵入してきた人間達を、何人も殺してきたのだ」
「そ、そんなこと。しまった!遅かった!」
巨大な目玉が浮かび上がる。破滅の生き物だ。充血した目は彼をにらみつけた。彼にはもう、逃げる場所も耐える力も残っていなかった。その時、エンジェルが叫んだ。
「いい?これは怪物じゃないわ。私はちっともこわくないわ!ただの機械なのよ!いつも使っている機械・・・ね?こわくないでしょ?」
「・・・機械?」
懐かしい声が彼を勇気づけた。そうだ、こいつは単なる機械なのだ。彼は立ち上がった。最後の力をふりしぼって彼は目玉をにらみつけた。目玉は立体映像を発する機械となり、映像はぼやけ、最後に機械装置の固まりとなった。ミロはハンドガンを燃料が切れるまで球体に撃ち続けた。球体は煙を吐いて沈んでいった。
「おまえは操られたんだ。どうしようもなかった・・・あっ!」
エンジェルが倒れていた。ミロは彼女を抱えて揺すった。
「どうした。しっかりしろ!」
「わ、私・・・少し疲れたみたい・・・」
蒼ざめた顔で、エンジェルは力なく笑った。ミロは気づいた。彼女が王に造られたのなら、この城と同じように・・・・・・。
「私がどうして君についてきたか知ってる?王を殺してやりたかったの・・・。でも、できなかった・・・。ほら、彼の顔を見て、私とおんなじだと思ったの・・・。彼も、一人なのよ・・・逆に助けちゃった」
彼女は、自分の体が立体映像のように透明になっていくのを眺めた。
「信じられないわ。やっぱりここはタイタンだったのね・・・。でも、よかったわね」
「え?」
「君の言ってるとおりだったじゃない。大丈夫よ。安心して。きっと元の世界に帰れるはすよ」
エンジェルの体がほとんど見えなくなり、だんだん感触がなくなっていく。
「ねえ、王の娘はどうして死んだの?」
「交通事故だ。真夜中、酔っ払って、速度オーバーだった」
「そう・・・。私、これで少しは親孝行できたかしら・・・・・・」
エンジェルは静かに消えた。しばらくしてミロは立ち上がった。ヨムレイが近寄る。
「私が生きることが、彼女への償いになるだろうか」
ヨムレイの言葉にミロはうなずいた。

突然、鳴き声が聞こえた。
「何に聞こえる?」
「赤ちゃんの鳴き声」
「君もそう思うか。最近、この城で聞こえてくるんだ・・・」
鳴き声が激しくなり、ヨムレイは両耳を押さえた。急に彼の周りは完全な暗闇となった。城が完全に崩壊したのだろうか。空気はとても冷たい。だがこれは、外の冬の寒さではない。気流が停滞しているのだ。星空が見える。ここはタイタンの地表だった。彼の体は地面を離れていく。やがて彼の目の前に巨大な環を持つ土星が浮かび上がった。あの輪の中にタイタンも含まれているのだ。
「あれを見ろよ」
いつの間にか隣にいるミロが指さした。土星よりも大きな胎児が頭上を漂っていた。泣き声は、あそこから聞こえているようだ。
「あれはなんだ」
ヨムレイがうめいた。
「わからない。このまま地球に戻れるのかな」
ミロは周りをキョロキョロ見ている。おそらく地球を探しているのだろう。宇宙の彼方から転移装置がこちらにやってきた。赤ちゃんの鳴き声は笑い声に変わっていた・・・・・・。

ミロは端末機で調べ、自分の体がまだ地球にあることを知った。ついでにデカルトの名前を調べる。彼は宇宙船事故で死亡していた。では、彼が言ったことはなんだったのか。彼の仲間のアンドロイドは地球で生きているのだろうか。それともMCに接続された彼らはどこかの世界に・・・?彼はもう一度端末機を使った。
『クロフツの影にいるのはおまえだろ?この端末機がどこに通じているかは常識だぜ。それとも常識じゃないのかな?返事ぐらいしろよ。中枢部にいるMC、マザーコンピューター、おまえだよ。ここはおまえの体のようなものだ。人間を支配するのも簡単だったよな。でも、そう思い通りにいくとは思うなよ』
ミロは端末機をしまい、転移装置にねころんだ。ポケットにしまった銃身がかさばって寝づらい。銃を膝につけようとすると、銃身になにか見覚えのない字が書いてあることに気づいた。
『これで自由になったつもりか?』
自由か。彼はにやりと笑った。これを求めるために、おれはこの仕事をこれからも続けていくだろう。

小説「タイタンの存在者」