小市民ダークロのありがちで気の抜けた感じのやつ

タイタンの存在者

6.君の話を聞かせてもらったが

「君の話を聞かせてもらったが、私がなぜ王に従わないのか説明してくれないか」
「おまえは宇宙旅行から帰ってきたと言っていたが、その時事故か何かなかったか?」
「そういえば着陸の時、機体に損傷があったようだな・・・・・・」
「宇宙船に転移装置はあったか?」
「さあ、わからない」
「もしかしたら事故のショックで、おまえの頭に通じている中枢部のMCと接続して、この世界に飛ばされたのかもしれない。外部の人間だから、王の影響を受けないんだ。現実では、おまえの体はスクラップになっていて、擬似人間だけがここにいるのかもな」
「なるほど」
デカルトは考えこむように首を傾ける。
「私は君の想像上の人間かもしれない。この世界が君の妄想からできているのと同じように」
「そうは考えたくない」
ミロは顔をしかめた。ホバーバイクは3人を乗せて宙路を飛んでいた。目には見えないが、人工衛星によってコースを指定された空の道路を。肌が切れるような冷たい風が当たり、暖房装置から流れ出す暖かい空気が白い煙となってバイクから流れていく。上空に巨大なスクリーンが漂っていて、ミロの顔を映しだしている。自分の顔を今日見たのはこれで5つめ。公園のそばを通るとまだサイレンが鳴っていた。
「みんながおれに注目しているようだ」
「心配するな。こっちは高速宙路を走っているし、こういう市街地では襲ってこないだろう。それよりも向こうに着いた時が危険だ」
出発前に端末機で調べたが、クロフツの職場は公企業ブロックのビルではなく教会になっていた。
「あれがそうよ」
エンジェルが指さした。そこには建物が山脈のように建っていた。
「これがみんなそうか?」
「うん。ここはあの宗派の、地球における本部みたいな所。クロフツというのはかなりの大物に違いないわ」
「おれの世界にはこんなのはなかった・・・」
「どうやらそのへんが、君の謎を解くカギになりそうだな」
デカルトは重々しくうなづいた。教会の屋上に降りて、駐車場にバイクを停めた。建物の入口の扉には大きな文字が彫りこまれていた。
『リターンとは、我らの祈りの終わりに唱える詞である』

彼は玉座に座っていた。前方のスクリーンがレニンヨークの景色を写していた。真っ白な薄い雲をつき抜け、何本もの高層タワーが、柱のように伸びている。それらは自ら薄明るい光を発していて、夜明けの空に何とも言えぬぼやけたもやを漂わせていた。地上は宝石を散りばめた絨毯のようだ。彼は苦しげに息をし、端末機でクロフツを呼び出した。
「私は・・・どこかおかしい・・・何か、思い出せそうな気がする・・・今からそちらへ行きたい」
あわてたような声が返ってきた。
「ええ、それは大変だ!どうぞ、すぐにいらしてください。いつものように準備をしています」
「直接、そちらへ向かうには、私の体は疲れすぎているようだ。疑似体験装置を使って行こう」
彼は端末機を切り、玉座のボタンに触れた。上から機械装置が降りてきて彼の周りを取り囲んだ。彼の目の前に、法衣を着たクロフツが見えてきた。視覚だけでなく、その他の五感も向こうの刺激を彼に伝えはじめた。ここは大聖堂の中だった。
「リターン・・・さあ、神の前にひざまずきなさい」
クロフツが祈りはじめた。
「私は・・・どうして、ここにいるんだ。私の名は・・・・・・」
クロフツは咳払いをして厳かにうなずいた。
「さあ、そこへおかけなさい、王よ。そして祈るのです」
彼は祈りの姿勢をとろうとしたが、何か心のわだかまりがあって途中でやめた。クロフツは両腕を広げた。
「どうしたのです。いつものように祈るのだ王よ!やがて神は降臨するだろう」
「私には分からないんだ・・・誰かに操られているような・・・しかし私には分からない」
彼は頭を抱えひざまづいた。冷静な面持ち、鋭い眼光でクロフツは彼を見下ろした。
「今までの世界における神というものは、究極的で根源的なものだった」
クロフツは彼の回りをゆっくりと歩き回り、冷たい床に足音がこだました。
「我々は根源を求める。しかし我々は有限な存在だ。時間、空間に人々は縛られている・・・・・・」
神・・・・・・私を操り、私を破滅に導くのは神なのか・・・?
「一体、おまえはどんな意味で神を語っているのだ?」
「偉大なる知識の集合体。全ての情報を取り入れ、それ自身で自己進化する存在だ。やがてその能力は人間を超えて、無限大に神へ近づいていくことができる・・・」
「じ、自己進化?・・・おまえが言いたいのはもしかして・・・。あれは単なる機械だ!」
「違う!機械なんかじゃない!その存在は、決して目に見えることはなく、あらゆる場所に存在しているものなんだ!存在者たる我々には気づくこともできないが、人間が造ったことによってその存在が明らかになるのだ!」
突然クロフツは踊りはじめた。目を血走らせ、大声で賛美歌を歌った。
「リターン!おお、神よ!リターン!・・・さあ王よ、見るがいい!ここには神が存在するのだ」
天井の光がさらに明るさを増し、クロフツの頭上に降り注いだ。大量の床のホコリが光を浴びてキラキラとまき散っているのが見えた。一瞬の静寂の後、クロフツの絶叫が響いた。
「全ての存在者の前に、あなたの姿をお見せください!」
オーロラが宙を舞い、星々がきらめきだした。どこかで荘厳な音楽が聞こえた。空気が清らかになり、黄金の天井の雲をかき分け降りてくるのは・・・・・・・・・。バッ!突然稲妻が走り、直後に落雷の音が大聖堂にこだました。何度も走る稲妻が、扉の前の3人の人影を照らした。
「クロフツ!追跡者のミロだ。話がしたい」
突然、空虚な暗闇になる。
「ちくしょう。停電だ!もろに落雷したな・・・。おーいクロフツ、どこにいるんだ!」
天井から機械の残骸がいくつも落ちてきた。彼の目の前のクロフツは、ふり落ちる機械油を浴びながら、唖然として天上を見上げたままだ。彼はこちらへ来る3人を見た。2人は知らない顔だった。・・・だがもう1人は・・・。

少女の回りには、2体のうごめく灰色の物体。破滅の生き物だ。それらは少女と共に近づいてくる。彼の回りには何の空間もない。少女は成長していく。大人の女へ。これは未来の姿だ。起こるはずだった未来の。その女がこちらを向いたその瞬間、時は急速に流れを速めた。女は年老いて灰になっていく。それは一瞬だ。人間にはどうすることもできない時の流れ。我々は、漠然とした世界の中では生きられないものなのだ。破滅の生き物は近づいてくる。肉体はドロドロに溶け、肋骨をむきだしにして引きずるようにしてこちらにやってくる・・・・・・。

「こっちへ来るなああああああ!」
王は玉座にいた。鼻水をたらしながらわめいていた。顔面は青白く、汗をにじませていた。震えながら頭を抱えこんだ。
「ヨムレイだ」
ミロが言った。
「あれが王なのか?」
デカルトは一歩踏みだした。その時、暗がりから閃光が走り、デカルトの体を捉えた。デカルトの服は引きちぎれ、アンディー液が床に流れ落ちた。また閃光がきらめいたが、ミロのわきを通りすぎた。ミロはハンドガンを暗がりへ連射した。反応がなくなり、ミロが銃をしまうと照明がついた。クロフツとデカルトが倒れていた。
「・・・どうだ」
「・・・2人とも死んでる・・・」
デカルトのそばにひざまずくエンジェルをそのままにして、ミロはクロフツの所へ行く。間違いなく本人だ。
「おまえなら何か話が聞けると思って来てみたが、これでだめになった」
ミロは玉座の方を向いた。
「立体映像か。本物のおまえは城にいるんだな?おれは追跡者のミロ。おまえを元の世界に連れ戻しにきた」
元の世界があったとしたらの話だが。
「・・・元の世界?」
「そうだ。元の世界だ。ここはタイタンだ。・・・記憶がないのか?」
「・・・・・・いや、お、おお、思い出してきた・・・だんだん・・・タイタン・・・」
ミロはゆっくりと待った。しばらくして王は顔を上げた。
「そ。そうか。それで、私は、今、どこに・・・・・・」
「ここはタイタンだ。おまえはここに侵入して、この世界から帰ってこなくなった。おまえの上司の依頼を受けて、おれが来たんだ」
「そうか・・・クロフツ。ああ!そこに倒れているのは・・・」
「こいつは本物じゃない。心配するな。おまえの奥さんも心配しているぞ。入院して、かなり症状も良くなってきているんだ」
彼の表情は和らいでいったが、エンジェルの顔を見ると急にこわばった。
「なぜここにいるんだ!あれは私の娘だ!」
「え?」
エンジェルと王の視線が会った。涙をためて少女は首を横に振った。
「私はあなたの娘じゃないわ。この、デカルトの娘だよ!」
王の前の景色が揺らいだ。王は立ち上がった。ミロはエンジェルの手を引いて急いで後ろへ下がる。
「危ない!侵入者の自我が崩壊しはじめている」
時々、精神の安定していない侵入者は、他人を巻き添えにして自らを破滅に追い込む。ミロは何度も巻き込まれたことがあり、そのたびに再起不能の危機を乗り越えてきた。しかし、こいつのは普通じゃない。逃げようとしたが遅かった。空間がねじまがり虚空に大きな穴ができた。大聖堂の品物や柱までもが一瞬にして渦を巻いて吸い込まれていく。大音響があたりを包み込み、やがて音が消える。静寂・・・・・・・・・。
王は玉座にいた。しばらくは動きがなかった。

小説「タイタンの存在者」