小市民ダークロのありがちで気の抜けた感じのやつ

タイタンの存在者

5.「神はいると思うか?」

「神はいると思うか?」
デカルトの突然の一言に、一瞬ミロはたじろいだが、すぐに首を横に振った。ここは茶色い建物が並ぶスラム。その中でも一番さびれた建物に、デカルトは入っていく。階段に登ると、長年積もったホコリの匂いや、どこからか聞いたことのない楽器の音色が聞こえた。最上階まできて通路を進み、つきあたりのドアの前でデカルトは止まった。
「入ってくれ。私はここの見張りをする」
ミロはデカルトを見上げた。
「ちょっと待てよ。おまえはアンドロイドだな」
「そうだ」
「信じられない。おまえたちは30年前に絶滅したはずだ。中枢部のMCと接続できるおまえたちは、あまりの高性能のせいで大迫害を受けた・・・」
「絶滅などしていない。私は20年前、宇宙旅行から帰ってきて、あの大迫害に巻きこまれずにすんだのだ。そういう仲間は私のほかにもまだまだたくさんいる。君達のような人間には絶対に見つからないようにしてな・・・。まあ、そんなことはどうでもいい。君に会いたがっている人がいる。この部屋の会話は私の耳にも入ってくる。・・・さあ」
部屋にはペルシア絨毯が敷かれ、光り輝くマホガニーの机があり、熱帯魚が泳ぐ大きな水槽の前で、髪を伸ばした色白の少女が立っていた。
「そこに座ってください。君に興味があって、今日は来てもらったの」
ミロはホコリだらけの体をソファーに乗せた。大きな窓からは殺風景な冬の景色が見えた。
「心配しないで。ここはなぜだか分からないけど安全なの。私の名前はエンジェル。きのう、私たちも公園にいて、君に会ったのよ。王の命令があって、みんなが君を殺そうとしたけど、私とデカルトはそうならなかった。催眠術のようなものね。君を見た人は、みんな凶暴になった。でも私とデカルトはそうならなかった。どうしてかしら・・・」
エンジェルという少女はゆっくりと、つぶやくように話を進める。疲れのせいか、ミロの意識は急に遠のいていった。
「・・・君を殺せと命令した、王とは誰なのか知りたいのよ。なぜ彼の命令に人々は従ってしまうのか。どうして私たちにはそれが効かないのか。そう。なぜ君は殺されなければならないの?」
「・・・自分が死ぬのを見たことあるか?」
ミロがつぶやく。
「・・・え?」
「おれは見たんだ。顔がつぶれてよく分からなかったが、あれはたしかにおれだった。ひどい死にかただった。きのう見たんだ。やはりこれは現実じゃない・・・」
エンジェルが近づくのが感じる。
「ミロ。いったい何を話しているの」
ミロはため息をして目を閉じた。

オレハダレトハナシテイルノカ?そう、ここにはおれ一人しかいない。脳を電気に移し変えた、おれ。でもこの機械のいいことは、他人の電気とも接触できることだ。足りない分はコンピューターとおれの記憶が補ってくれる。おれは誰ともここで接触することができる。時空を越えて。ところでおれは誰と話しているんだっけ。誰かいないのか?・・・・・・おれ一人。誰かがおれの電気を消そうとするのか?・・・・・・暗闇から声が聞こえる。・・・・・・私だよミロ君。君の依頼主だ。

気がつくとそこは暗闇で、外から入るかすかな光が部屋を照らしていた。雪が降っている。
「誰か、いないか」
「ずいぶんうなされてたわよ」
すぐそばに、さっきの少女が腰かけているようだ。表情は分からないが、窓からの光を受けた体の輪郭が美しい。
「この世界が造り物だとか、全てが夢かもしれないと思ったことはないか」
ミロはつぶやいた。エンジェルに反応はない。ミロはゆっくりと体を起こす。
「いや、実はこれは全部夢なんだ。ここは地球ではなくてタイタンなんだよ。機械が作った別世界に今、おれ達はいるんだよ。転移装置というのがあって、その機械は人間の頭脳のパターンを全て読み取って、擬似的にもう一人の同じ人間を造る。その擬似的な人間は、体を持たずコンピューターにプログラムされた信号だから、遠く離れたどこにでも飛ばすことができる。この場合は土星の衛星、タイタンを丸ごと使った大コンピューターがそうだが、そのコンピューターが擬似人間に、ここが本当の世界だという感覚を与えてやる。擬似人間が元の世界に戻れば、眠らされている本人に擬似人間の記憶が伝えられ、あたかも本人がその世界にいたかのように感じられるんだ。・・・信じられるか?」
ミロは黙った。額には汗がにじんでいた。
「じゃ、この場所は、レニンヨークは、タイタンの中にあるってこと?」
「そう。全部コンピューターの記号なんだ。タイタンは、今までで一番大きなシステムになっている。レニンヨークだけじゃない。地球全体をコピーしたんだ」
「・・・・・・」
「そう、おれの話は、全部嘘かもしれない。この世界にも、元の世界に戻れる転移装置があるはずだった。だけど、そこへ行っても、そんな機械はどこにもなかった。もしかして、おれは気が狂って、こんな夢を見ているのかもしれない。この世界は、おれの頭の中だけにあるのかもしれないんだ・・・・・・」
本当におれは誰に話しているのか・・・?職業病ともいえる病気に、ついにかかっちまったのかもしれない。追跡者を長く続ける奴はいない。みんな莫大な報酬を手にして普通の生活に戻るか、「あの世」でくたばるかだ。恐ろしいのは「あの世」でくたばることではない。転移装置を長く使い続けていると、精神を冒されていくのだ。不治の病。だがおれは、この生活を何年もやめる決心がつかずに続けてきた・・・・・・。
「・・・話を続けて」
エンジェルがせかす。
「・・・おれは政府の依頼でここに来た。ヨムレイという男を探しに。ここの王の名前だ。この男は現実世界において娘に死なれ、そのショックで妻がドラッグを使うようになって家庭生活が崩壊した。外では困難な仕事が彼を待っている。ヨムレイは実験体としてこの世界に入ることになった。・・・・・・そして彼は、ここの王となった。逃避的衝動が、あの城を造りあげたんだろう。普通、転移装置から入ることのできる世界は、現実世界の全てを再現しているわけではない。でもこのタイタンでは、宇宙の法則を全て再現している。もちろんそんなことは衛星一つ使ったって技術的に不可能だ。その侵入者の観念を機械が読み取って、その人が常識と思った事柄はそっくりそのままコピーされる。機械と人間が一体となって世界を造っていくんだ。だから彼のような人物がこの世界へ侵入すると、とても危険なことになってしまう・・・。政府はすぐに対策に乗りだした。追跡者がこの世界に何人も派遣された。でも、1人として帰ってきた者がいなかった」
ふと外を見ると、雪が激しく降りしきっていた。急に肌寒くなる。わきへどけた毛布を引き寄せる。
「もし、君の言ってることが正しいとしたら」
「・・・明日行きたい所がある。おれに仕事を依頼したクロフツっていうジジイの所だ。あそこへ行けば・・・」
気が遠くなる。景色が白くぼやける。柔らかい感触がした後、それは遠のいていく。・・・おれは誰に話しているんだ!おれの電源

小説「タイタンの存在者」