小市民ダークロのありがちで気の抜けた感じのやつ

桜の精


暗闇に桜が満開である。桜の木の下で2人の男が座っている。桜井は老人で、浴衣を着ている。木造は50くらいの中年で、公園に住みつきそうな格好をしている。木造が桜を見上げる。
「今年も咲きましたね」
「そうですな。今年も・・・」
桜井は桜を見上げようとはしないで目の前を見ている。
「今日が初仕事なもんで、どうかひとつよろしくお願いします」
りきんで土下座する木造。それを見て笑って何度もうなずく桜井。
「いえいえ。がんばってくださいな」
「へえ。・・・まさかこんな仕事があるなんてねえ。たしかに私も気づいていましたよ。春になるとこの公園から人が消えていくってね。ここに住んでいる人が、春になると、冬よりも少なくなってる。みんな凍死してしまうからだと思ってました」
「はっはっは」
力ない声で笑う桜井。
「あれは何日前のことかなあ・・・いつものように震えながらベンチの上で眠ってたんですがね。公園の隅に家もあるけど、私はいつも酒飲んじゃうとその場で寝ちゃうんですよ。それで最初のうちはあったたかったけど、だんだん耐え切れないほど冷めてきちゃって。その時に出会ったのが、桜田さんでした」
「桜田さんに、頼んでおいたんですよ。わしも、年をとってしまいましたからね。足元がふらついて落っこちちゃうといけない。だからあなたに、わしの仕事を任せたいんだ」
落ち着きなく貧乏ゆすりをくりかえす木造。静かに座っている桜井。向こうの方を見る桜井。
「さあ、花見客が来ましたよ」
2人の目の前に厚着をした女性が青いビニールシートを何個も担いでやってくる。暗い表情。目の前にいるのに2人の男には目もくれない。
「場所取りのようですな」
ビニールシートを桜の木の下に広げて、去っていく女性。
「ああ、このビニールシート。私らもよくこれで家を作ったもんですよ。花見が終わるとそのまま捨てていく人がいますからね」
「さあて、わしらも用意しましょう」
暗転。
桜の木の下で大勢の花見客が花見をしている。桜井と木造が桜の木の上に立っている。
「わしらがいるから花見が成り立つするんです。もしもわしらがいなかったら、みんなはどの花を見たっていい。それこそ夏にひまわりを見て花見をしたっていいわけです。でもね。みんなはそうしないでしょう。なぜなら桜にはわしらがいるからですよ」
「へえ。言われてみれば確かにその通り。今まで気づきませんでした」
「ほら、若いの。ご覧なさい。こうやって、そうっとみんなの頭の上にまんべんなく降らせるのですよ・・・」
桜の花びらを山盛りにしたざるに、扇子をパタパタと扇いで下に降らせていく。
「こうですかい?おーっら!」
思いっきりうちわを扇いでどさっと桜を降らせる。
下の花見客は大混乱。
「うわっひでえ!」
頭に降りかかった花びらを落とす花見客。
「これじゃ、桜吹雪じゃなくて桜なだれだよ」
「あっはっはっは!」
それを聞いて笑う花見客。
「そうじゃありません。もっとやさしく、かよわかに」
もう一度、お手本を見せる桜井。
「すいません」
木造、かすかにうちわを震わせる。でも花びらは1枚も落ちない。花びらの山に息を吹きかける。ふわふわとおちていく桜。
「そうですそうです」
「いやあ力の加減が難しいですなぁ」
「慣れればかんたんですよ。なにごとも慣れが肝心です。おっと。あそこに落ち込んでいる人がいる」
「ほんとだ。せっかく花見に来たのに、くらいねえ」
うつむいてコップの中の酒を眺めている男。
「いいですか。1枚だけ。コップの中に落としますよ。ちゃんとめがけた場所に花びらを落とすのは至難の業です」
呪文を唱えながら花びらを手のひらに乗せてふっと吹く。落ちていく花びら・・・。
「ストライク!」
飛び上がって喜ぶ木造。
「花見酒か・・・」
コップに浮かぶ桜の花びらを見つめ、かすかに笑う男。
「満開だな・・・」
男は笑いながら桜を見上げる。
「ああいうのが難しいんですよ。客の中には、落ち込んで下を向いている人もいます。ああいう人にも桜を見てもらわなくちゃいけません。いえいえ。ああいう人にこそ見てほしいんです」
「いやあ、名人芸ですなあ」
花びらを降らしつづける2人。下では花見客が拍手している。
「社長も一曲どうぞどうぞ!」
「待ってました!」
「うおっほん。では一曲。18番のやつでいくぞ!」
歌いはじめる社長。歌は驚くほど下手である。社長の頭上に花びらを降らせる木造。下手な歌が進む。突然木造が、ざるの中の花びらを社長めがけて全部落とす。花びらに埋もれてパニックになる社長。花見客が大混乱。
「これこれ。そっとですよ、そっと!」
「だって下手すぎますよ!それにこんな所でカラオケやられちゃ、うるさいですよ!住んでる人だっているんだから!公園に住んでいるみんなが思ってることなんですよ!それに回りの客にも迷惑だ!」
「これこれ、私情をはさんじゃなりません。みんなに降らせてあげるんです。みんなの心の中に」
花びらを降らしつづける2人。となりの桜の上にも花びらを降らせている人がいる。
「あれ、あそこにも桜を降らせている人がいるんですね。へえ、うまいもんだ。きれいに花びらが降ってますねえ」
「一つの木ごとに、わしらがいます」
桜井が言う。木造は、となりの桜を眺めながら花びらを降らせていたが、突然、目を見開く。
「おうい!源さん!」
手を上げる木造。
「おーう!木造さん!あなたもここにいましたか!」
桜をまく源さん。2人は桜をまきながら、それぞれ近づいていく。
「いやあ、源さん!あんたがいなくなった時、みんなが悲しんだもんですよ!」
桜をまく木造。
「悲しいだけじゃいけません。私は公園での生活を楽しみましたよ!あなたに会えたこともうれしかった!こうしてまた、お会いできて・・・さあ、降らせましょう。みんなに降らせましょう」
桜をまく源さん。
「あの、源さんが行っちまった時ね、みんなで金を出しあって、あなたに酒を供えたんですよ。ちょっと待ってて」
桜を降りる木造。花見客にもみくちゃにされながらどこかに消えて、しばらくして戻ってくる。
「ほら、まだとっといてある。残ってる残ってる!さあ、飲みましょう。こいつは源さんの酒だ!」
木造、手を伸ばして酒をつぐ。
「そうですか、じゃあ、飲もう飲もう!ほら、木造さん!あんたも!」
つぎ返す源さん。
「へえ、おっとっと・・・。・・・桜井先生もどうですか」
桜の別方向にいた桜井が寄ってくる。酒を源さんにつがれる。
「へえ、どうも。少しいただきましょう。・・・うん、いい酒ですな。こりゃ」
木造、赤くなりながら、酔っぱらって踊りはじめる。花びらを派手にばらまく。
「そうれ!そうれ!桜だ桜だ!」
花見客が見上げる。
「おい。なんだか。今年の桜はいつもより赤味があるね」
「そうだな。毎年ここに来てるけど。少しおかしな具合だね。満開の満開だし」
「古桜の狂い咲きか」
「この桜を見ていると、いきいきと盛り上ってくるな」
いきおいよく4、5人のOLたちが立ち上がる。その中の1人は朝に場所取りをしていた女性である。
「それじゃ、今からレディースが一曲歌いまーす!」
「いよう!待ってました!」
拍手喝采。
暗転。
暗闇に桜が満開である。桜の木の下で2人の男が座っている。
「どうですか、木造さん。はじめての仕事は、どうですか」
「いやあ、楽しいもんですな。疲れましたけどね、そりゃ。でも体が軽くなった気持ちです。また明日もひとつ、よろしくお願いします」
笑顔でおじぎをする木造。
「いえいえ。今日は楽しかったですよ。わしも、久しぶりに愉快な気持ちになれました。でもね、木造さん。わしらが楽しんでたらいけないのです」
「そうですか」
「わしらは、主役じゃありません。もしかしたら、桜さえも主役ではありません。わしらは、そうっと届けてあげるだけです」
「なにを届けるんです」
「そうですな。・・・あなた、さっき降らせたでしょう。一枚一枚ざるの中から選びながら、下にいる人たちに、一枚一枚ていねいに降らせていたでしょう」
「ああ、あれですか。降らせているうちに、だんだん、桜の花びらにも種類があるのに気づきましてね。小さいのや丸いのや、赤いのや白いのがありました。人間だって同じですよ。みんな、それぞれに似合う花びらがあると思いましてね。降らせるのに時間かかっちゃいましたけどね」
「そうですか。木造さん、さっき、人間以外のものにも降らせたでしょう。銅像とか、犬とか、石ころとか、新聞紙とか」
「ああ、あいつらもうれしいんじゃないかと思って。・・・だめでしたか?」
心配そうに覗き込む木造。
「いえいえ。いいんですよ。それでいいんです・・・」
2人は静かに座っている。
「いい桜ですね」
しばらくして、見上げた勢いで、グイッと残りの酒をあおる木造。ゆっくり見上げる桜井。(この場面と最初の場面を通して、はじめて桜を見上げる)
「いい桜だ・・・」
風が横から駆けぬける。一瞬遅れて、桜の花びらが一斉に真横に飛んでいく。花びらが2人の男を隠していく。風がやんで、桜吹雪がなくなったとたん、2人の姿が消えている。