小市民ダークロのありがちで気の抜けた感じのやつ
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管理人のおじさん・・・・・・・・・
今日の仕事が終わった。終電がなくなったので、歩いて帰ることにした。何度も歩いて帰ったことがあった。1時間もあれば家に着くはずだ。会社の出口でビルの管理人のおじさんにすれ違う。「いつも大変だねぇ。がんばってね」おじさんは、にこやかに笑いながら暗闇に消えていった。 工事中の道・・・・・・・・・ 私は大通りをまっすぐ歩いた。うねうねと道が流れている。環状線を作っているらしく、どこまでも工事中だ。巨大なクレーンや作業機械がたたずんでいる。金網フェンスに道をさえぎられる。フェンスにプレートがかかっている。「中央環状線が完成すると、東京と周辺の交通状況が改善され、自動車からのCO2・NOx排出量が大幅に減少します」本当だろうか。「スーパーデラックスハウス」という商品プレートがついたプレハブ建てが並んでいる。一車線増やすため、道沿いの店の敷地を削り取る。街路樹を引き抜き、かわりの街路樹を植える。この通りは、内臓をむきだしにされた死体みたいだ。狭い道路にタクシーの列が爆走していた。私は車嫌いなので、タクシーを見ただけで吐き気がする。工事中の赤いランプが道の両側を照らしてどこまでも続いている。車の赤いランプがその間を通っていく。血管みたいだ。この道は、今までに何度も通ったことがあったが、来たことのない場所に思えた。まっすぐに進みつつも、なんとなく右に曲がったような気がする。そのせいか、道を逆方向に向かって歩いてしまい、中野坂上についた。はじめて来る場所だ。だれもいない。真っ黒い高層ビルたちが私を見下ろしている。見覚えのない廃墟のような都会は異様に不気味だった。 牛丼屋・・・・・・・・・ 腹が減った。牛丼屋が2軒並んでいた。メジャーなチェーン店は混んでいたが、となりのマイナーな店には1人しか客がいなかった。マイナーな方をチョイス。店内に「レディブルー」と書かれた安っぽい水着の女のポスターが飾られていた。ここ1週間、牛丼とコンビニのオムスビ以外食べていない。並と卵を注文した。卵がすぐに来た。最初から殻を割って放置してあったのだろう。深夜だったし、どれくらいこの卵は放置してあったのだろうか。夏なのに心配だ。ベニショウガが合成着色料で真っ赤に染まっている。この色はなんだろう。食卓を飾るために赤いのだろうか。少しでも彩りある生活を見せようとしているのだろうか。夢かな。でも、えらくみすぼらしく見える。煮込みすぎのせいか、牛丼の味が濃くて、途中で吐き気を催した。店員は、私の目の前で残飯を棄てるパフォーマンスを見せてくれた。なぜ、奥の調理場ではなく、カウンターの下に残飯入れがあるのだろう。もう2度と行きたくない。この町に来ることもほとんどないのだけど。隣の店より30円安いが、味で負けてる。内装や味を見ると、20年前からやってる店だと思う。そのうちつぶれるはずだ。絶滅の場に居合わせたのだ。私は店を出た。牛丼店は、音もなく崩れ落ちた。何百年の経過を早送りで見せられたみたいだ。あまりなじみのない体験だった。腹がグルグル鳴った。おなかの中の牛丼も、目の前の光景と同じ末路をたどったのかもしれない。となりの牛丼店は、くだらないBGMを流しながら、何も変わらずに営業を続けていた。 タクシー・・・・・・・・・ 一体ここはどこだろう。大通りも建物も、まるで見覚えがない。うだるような暑さだ。熱気でドキドキする。ムダな興奮だ。加速がついてきた。明日も平日だ。まあ、土日働けばいいか。明日は休もう。タクシーをつかまえ、盛り場に向かった。タクシー独特の異臭に胸がむかむかした。「大丈夫すか」「え?」「顔色悪いっすよぉ」「最近、徹夜続きなもんで・・・」「・・・仕事ですか?」「ええ。コンピュータ関係で」「夜働くの、きついですよね。私も昔、体壊しちゃったことありまして。肝臓やられちゃって。今じゃあ元気に働いてますけど」よく見ると、運転手も顔色が悪そうだ。死人が死人を運んでいるような気がした。まあ、みんなが死につつあるわけだけど。ラジオでは、プロ野球の結果が流れていた。得点の羅列だ。2対3・・・。1対4・・・。5対8・・・。0対0・・・。12対3・・・。その後、音楽番組になった。オーバーザレインボーが流れた。司会者の話が聞こえた。「町にはレディブルーがいるといいます。世界を忘れた人に向かってやってくるといわれています。レディブルーが来た時、あなたの中の時間が止まるでしょう」ムーンリバーを聞きながら、私はタクシーから出た。やっぱりタクシーは苦手だ。気持ち悪い。車や店の看板のライトの渦にくらくらした。タクシーは向こうに走りながら、そのまま溶けるように暗闇に消えていった。 飲み屋・・・・・・・・・ 私はクラブに入った。コンクリート敷きの店内は牢屋みたいだった。コンクリートの狭い店内とばかでかいスピーカーのせいで、どこよりも音響がいい。体中に振動が伝わる。店全体が生きているように感じる。ドクドクと鼓動をしている生き物の体内にいるようだ。ゲイの店員が来ていた。「明日は平日よ」「・・・なんとなく来た」「最近あんた、顔を見なかったけど、あそこの風俗店、辞めたんだっけ?」「ああ。今はシステムエンジニアをしてるよ」「あんた、ほんと、変わってるよね。あんたみたいな人は、長続きしないわよぉ。フラフラするのは体に良くないわ」フロアではきれいな女が踊っていた。青い光線を浴びて、雑踏の中で浮きあがって見える。「あそこで踊っているのは誰?」「レディブルーよ。昔はこの店の近所のパブで働いてたけど、どこかの社長に気に入られて、今じゃ会社員。秘書として働いてるの」「へえ、くわしいね」「私、あの女と寝たことがあるの」「女ともやるの?」「誰とでも寝る女よ」レディブルーは体をくねらせた。まるで動物みたい。しばらくしてレディブルーはDJブースに入った。曲が変わった。「この曲、何?」「知らない、トリップホップの一種じゃない?」頭がくらくらするようなサイケデリックなラウンジミュージックだった。「きのうは一斉摘発があったそうだけど」「ああ、向かいのビルなんか大騒ぎだったわよ」「1500人も動員したんだってね」「もっとも、前々から噂が流れてたから、捕まったのは外国人くらいのもんじゃないかな」「この店は大丈夫だったの?」「今回は風俗や飲食店じゃないのよ。カジノがメイン」「へえ。カジノは合法なんだろ?知事がやりたがってるじゃん」「儲けるのは東京都だけにしたいんでしょ」「ふうん。・・・独占事業か」「知ってる?駅前の5階建てのビルに入ってる、女子高生のイメクラ店」「5階全部がイメクラ店になってるとこ?」「そう、あそこの店、摘発されたわよ」「風営法違反?」「営業許可を取ってなかったらしいわ」「だって、となり、交番だろ?」「あんなに堂々と営業してたんじゃ、案外気づかれないもんなのよ。交番で働いている警官よりも、あの店のほうが長かったんだから」焼酎を飲んだ。ジンを飲んだ。「よく飲むわねえ。なんかつらいことでもあるの?」「特に理由はないよ」「そうそう、こないだ言ってた怪しい薬、見つけたわよ。ここを出て右に曲がると、突き当たりにホモバーがあるでしょ?私もそこによく行くんだけど。そこのビルの階段をのぼって、2階にあるから」「ああ。分かった。行ってみる」薬を買ったとしても、その先の展開は何も思い浮かばなかった。店を出ると、入口の階段と照明と看板が溶けだしてビルの壁に埋もれていった。私は思わず壁に手を当てた。・・・堅い。そして、ひんやりとしていた。 おもちゃ屋・・・・・・・・・ セーラー服、スチュワーデス、看護婦、ボンテージ、バニーガール。色とりどりのコスプレ用品が店内にあふれている。店内と同じように狭い夢だ。コスプレ用品と数10種類のバイブに囲まれ、夜を徹して店の奥のカウンターに閉じこもっている男の目の輝きが、私に似ていた。体が悪そうだ。青白い顔で咳きこんでいる。カウンターのとなりには棚があって、あやしげな薬のビンが並んでいた。「なに?」とてつもなくぶっきらぼうだ。敵に対する目つきだ。「これ、この紫色のやつ、いくら?」「え・・・と。8000円」「こんな小さいのに?負けてくれない」「ん〜、いくらなら、買うの?」「2000円」「6000円なら、いいよ」「じゃあ。それでいいよ」店員が品物を包んでいる間、レジの奥に貼り付けられたポスターに目がいった。裸の女のポスターだ。「この人、誰ですか」「え?」「・・・これ」「ああ、レディブルー」「レディブルー?風俗の人ですか」「・・・」「ビデオ女優?」「・・・はい」不機嫌そうな顔つきで品物を渡された。店を出てふりかえると、店のビルが音もなく崩れ落ちていった。変わった経験を積んでいるような気がした。 調剤士・・・・・・・・・ おびただしく燃えあがった電飾たちが夜を包みこむ。この繁華街にはよく来るが、店があちこち変わるので、なじむ部分がない。新しい店ができては消え、できては消え、そのくり返し。建物だけが昔のままだ。色をぬりかえ、電飾で飾り、元いた自分を見失う。この夜が狂おしい。私は薬局に入った。その薬局には、パンチパーマをかけて小指のない調剤士がいた。3ヶ月前、この調剤士は同じ場所でビデオを売っていた。いつの間に調剤士の資格をとったのだろうか。処方箋がなくても処方してくれる珍しい薬局だ。「勃起不全症の薬ください」調剤士は、携帯に電話した。マンションから売人がやってくるまで、私と調剤士は真っ白い室内で見つめあった。「あれ」「なに」「あそこのポスター」「ああ」「レディブルーですか」「町によって呼び名が違うよ」売人が店に入ってきて、すぐに消えるようにいなくなった。「はい」「どうも」商品を受けとった。店を出ると、同じようにビルが崩れ落ちた。このままどんどん消えていってしまうのだろうか。さっきまでいた会社のビルは、無事だろうか。会社を出てから、後ろを振り返って確認するのを忘れていた。もしも会社のビルがなくなっていたら、明日からどこに出勤すればいいのだろうか。 自販機・・・・・・・・・ 私は路地裏に入った。どこまでも続くような暗闇の一本道を歩く。「う、あれ、ぶ・・・」1歩ごとに自分を削っているようだ。連れ込み旅館の看板のネオンが揺らめいている。自販機が立っていた。2段に分かれて15列くらい飲み物が並んでいる。普通の自販機を3つくらいつなげたような大きさだった。ムダな改造のように思える。自販機の怪物だ。怪物は長く生きられない。上の列が「つめた〜い」飲み物で、下の列が「あったか〜い」飲み物だ。1000円札を何度か入れなおした。札にかかれた漱石と見つめあう。暖かいコーヒーを飲みたかったが、いろいろなコーヒーがある。ブラック、オリジナルブレンド、ダブルドリップ、プレミアブレンド、モカ、キリマンジャロ、乳製品と書かれたカフェオレ。よく見ると、ずらりと並ぶコーヒーの間に、おしるこがある。悪意を感じる。夏なのに、なんでおしるこがあるのか。無糖のコーヒーをチョイス。すると冷たいビタミンドリンクが出てきた。まあ、この時期に暖かいやつが出てくるなんて期待してなかったけど、種類まで違うとは。おつりが出ている間、尿意を催した。隣で立ちションする。長い長い尿だった。さっきまで飲んでいた焼酎とジンが流されているのだ。ジョロジョロでる尿にあわせておつりがチャリンチャリンいってる。尿が壁を伝って足元にまできて、靴の破れた隙間から暖かい尿が染みてきた。心よりも足元が乾いている。その暖かさに心が落ち着いて、尿が出た後もそこにじっと立っていた。尿よりもおつりの音の方が長かった。おつりがあふれ出て、道にこぼれて尿に浸った。10円玉でおつりを出しているらしい。壊れているように見えるが、おつりの数を間違えなかったので、ある意味正常なのだろう。88枚も出てきた。おつりをポケットに入れたとたん、自販機がボロボロと黒い煙やススをまきちらしながら分解していった。ドリンクの中の液体が、道路にまきちらされた。まるで自販機の血みたいだ。炭酸飲料水が道路をとかしている。強烈な悪臭を放ったので、私はその場を離れた。 娼婦・・・・・・・・・ 私は道に座りこんだ。なんとなく、今日は頭と体の具合がおかしい。もう帰ったほうがいいかもしれない。「おにいさん。いかがですか?」腕を引っぱられて立ち上がった。すごい力だ。黒い長髪の、中国人っぽい美人だった。ワンレンボディコン。昔に流行った服装が目の前にいる。「2万円?」「それとホテル代」「いいよ」「じゃあ、前金でもらいます」私達はホテルに入って裸になった。女の胸は、いい形ではりがあった。女は一緒にシャワーを浴びるのを嫌がった。「わたしセックスできないの」シャワーから出た女が言った。「なんで?生理なの?」「男だから」「うそ」「まだおちんちんがついてるの」女はバスタオルをどけた。ものすごく小さい包茎の性器があった。「男性ホルモンを注射してるの?」「うん。最近はしてないけど」私たちはベッドに横になった。「日本でお金を稼いで、韓国で手術するの」「韓国で?」「パソコンとか性転換の手術は日本より進んでる」「そうなんだ」「ようやく本来の姿になるの」「でも子供が産めないんだよな」「そうねえ。それだけが残念ねえ。やっぱり愛している人の子供を産みたいわ」精子を卵子にするのは、どうやら難しいようだ。同性愛者が結婚したら、その子供も同性愛者になるのだろうか。結局、子孫を残さないまま、死んでしまうわけだ。お尻に入れるのはやめにした。舐められるのも舐めるのもやめた。異常な数だけキスをした。「日本と韓国の合同開催。僕たちワールドカップル」「うふふふ」「記念にサインくれよ」「いいよ」「じゃあ、この、ノートに」「どっちの名前にする?」「え?」「女の方?それとも本名?」「本名にしてくれよ」「・・・はい」李正と書かれてあった。「性別は嫌だけど、名前は気に入ってるの」さらに李正はキスマークをつけた。男の唇だった。「あれ・・・」キスマークから目を上げると、女はいなくなっていた。私は性器をしごきだした。ラブホテルで、一人でマスターベーション。かなりバカみたい。自分ですれば、短時間で出てくる。5本指のメアリーは最高の娼婦だ。1分くらいでドビュッと音がした。噴水のように、おどろくほど大量に精子が出た。放出のあと、透明な液が尿道からトロトロしたたり落ちてベッドに垂れた。 受付のおばさん・・・・・・・・・ そこで寝ればよかったのだが、まだ心臓がドキドキしていた。ムダな興奮だ。だれにも向かわない欲望。ほとんど条件反射的に、私は部屋を出て、道に立っているアジア系の娼婦をホテルに連れ込んだ。「なんだよ、さっき払ったのに・・・」受付で呼び止められた。なんでも一人呼ぶごとに5000円払う決まりらしい。「決まりなのよ」50くらいのおばさんが無表情でしゃべる。みんなで支えあって生きているのだろう。しょうがないので5000円払った。お返しにビールの商品券をもらった。「あんた」「なんですか?」「・・・大丈夫?」「え?」薄暗い部屋の中で、目だけがランランと光り輝いている。「最近、続いてるのよ。隣の部屋なんだけどね。泊まった人が、何人も女の子を引きずりこんで、次の日死んでるの」「自殺ですか」「そう。もう3人くらい。あんたの部屋じゃあ、ないんだけどね。あんたの隣の部屋だけどね。・・・あんた、大丈夫?」「・・・はい」おれは女を連れて部屋に戻った。本当だろうか。楽しんでる客を、こわがらせて喜んでいるだけじゃないのか。気分が揺れている時のホラ話は、けっこう効くものだ。 娼婦・・・・・・・・・ 女は胸を触られるのを嫌がった。触られすぎて痛いのだろう。肌が荒れていた。今度は日本語をほとんどしゃべれないので、コミュニケーションがなかった。今度は確実にヴァギナだ。乾いたヴァギナに薬を塗って、無理やり滑りやすくさせている。酔っているし、さっき射精したばかりなので、あまり気持ちよくなかった。向こうも仕事だから、気持ちよくないだろう。お互いに気持ちよくないまま、黙りこくって、こっけいな動作を繰りかえす。騎乗位のまま、女が溶けはじめた。体中にネバネバした液体が落ちてくる。私は女をひきはなした。女はじゅうたんに落ちた。人型の染みをじゅうたんに作った。どこまで壊れるんだ?部屋がガタガタ揺れはじめた。天井が押しつぶされているように、低くなった気がする。私は叫び声をあげてシーツの中に丸まった。しばらくして部屋の揺れが止まった。私は汗ばみながら、そのまま横になっていた。時々、体がひきつり、一瞬だけ鼓動が遅くなった。一呼吸ごとに自分を削っているようだった。 レディブルー・・・・・・・・・ 静かな時間が流れた。女が隣に寝ていた。「君なんか呼んでないよ」「私が勝手に来たの」青い影が広がっていく。「呼んでないのに。呼ぶと来ないのに」「そういうものよ」青い影がどこまでも広がっていく。「ああ、もう、終わりなんだな」「そろそろ夜が明けるわ」女の体はナチュラルでやすらぎ感のあるフルーティーグリーンの香りがした。「これ飲む?」「なによ?」「催淫剤」「なにこれ、不気味」「原材料はキャベツって書いてある」「へえ」「風俗店にあるローションってさあ、海藻とかでん粉とかで作ってあるそうだよ。店の男が風俗嬢にそう教えるんだ。実際は塩酸なんだけど。この薬の原材料はキャベツだから大丈夫、ほら」「え、やだ」「ここをキュってね・・・」「にがい。すごい苦いよ」「キャベツじゃなくてピーマンなのかもな」消防車のサイレンが、ひっきりなしに聞こえる。どこかで火事でもあるのだろうか。窓を開けると、盛り場の空に煙が立ちのぼっている。燃えあがる紅蓮の炎が町を照らしていた。「すごい、燃えてる・・・」「戦後、あの辺は、一面焼け跡だったんだ。元に返るだけだ。いつまでも存在するものじゃなかったんだ。ほら。見てみろよ」私はテレビをつけた。大国が戦争中なので、24時間、報道番組が流れている。今はニュースの時間ではないらしい。「本日6時より日本政府の公式会見が始まります。情勢に変化があり次第報道いたします」クラシックをBGMに、爆撃の風景が流されている。大国が敵国を爆撃して、夜の町が赤々と燃えあがっていた。「昔と同じことやってるよ。何でこんなことやってんだろう。・・・趣味なのかな」「けっこう、はかないものよね。砂上の楼閣。ものものしく作るけど、所詮は机上の理論。東京砂漠」「どこに文化があるのだろう。どこに怪物がいるのだろう。おれは、どこで生きているんだろう」「あなたは世界に無関心でしょ」「うん」「世界もあなたに無関心よ」「おれが、昔働いてた、韓国エステは大丈夫かなあ。あの辺にあるんだけど。店長の4歳くらいの娘もその店にいるんだ。心配だな。店長が呼ぶと、5つくらいのフワフワ浮かんでる風船を持って、店の奥から出てきたことがある。真っ赤っ赤の店内で、女の子が色とりどりの風船を浮かべて歩いているんだぜ。後ろにダックスフンドを従えていた。その光景、夢でも見てるみたいだった。・・・ダックスフンドも店内にいる。犬を連れて出勤する女がいるんだよ。放し飼いにしてるから、勝手にいろんな部屋の中に吠えながら突進してくるよ」女がねころんでハッカ入りのタバコを吸っていた。そのとなりに私は座った。座りつづけた。 爆撃・・・・・・・・・ 救急車や消防車のサイレンが聞こえつづけ、テレビでは爆撃が続いていた。確実に崩壊していた。復興の望みも感じられなかった。それでも確実に復興する。復興させられる。しかし、破壊されたものは元には戻らないのだ。いつも不安だ。不安だけではなく、喪失感を伴った希望も、私の心の中にある。「あの景色、見覚えあるな・・・・・・」「そう?」「あの、燃え上がっている町は、東京じゃないか。だってほら、あのビル、おれの会社の近くに立っているやつだ」「そう見える?」突然、部屋が大きく揺れだした。「ここはどこだ!いや、そうじゃなくて、あの、なんで、この国で戦争が?」「あなたがテレビで見てるとおりよ、あっはは!」女が笑った。地鳴りが響く。サイレンが鳴る。爆発音が聞こえる。 工事中の道・・・・・・・・・ 「外に出たらダメよ」受付でおばさんの暗い声が聞こえた。おばあさんが溶けはじめていた。「・・・死んじゃうよ」私は外に出た。周り中、燃え上がっていた。この町に存在するあらゆる物が炎をあげていた。空を見ても爆撃機は見えなかった。爆撃音と低空飛行の轟音だけが聞こえた。テレビで流れていたようなクラシック音楽も、どこからともなくはっきりと聞こえていた。モーツアルトのレクイエム。疾走する悲しみ。私は炎をあげているタクシーに乗った。「この車、ちゃんと走るの?」「え。何のことです」「この車、燃えてるよ!」「ああ。どうもすいませんでした。で、どこまで行くんですか」運転手が笑った。燃える炎の中をタクシーは突き進んだ。地下街がつぶされたのだろう。地上は、いたる所で陥没していた。夕陽を浴びたような高層ビルが、音もなく崩れ落ちていく。炎上しながら人々が歩いていた。タクシーは工事中の道までたどり着いた。「中央環状線が完成すると、東京と周辺の交通状況が改善され、自動車からのCO2・NOx排出量が大幅に減少します」タクシーは、私が降りたとたんに溶けていった。道路はひび割れて、爆撃の破片が散らばっていた。いつの間に、道が交差していたのだろうか。それとも、初めからつながっていたのだろうか。私はさっき、この道を歩いた時、まっすぐに進みつつも、なんとなく右に曲がったような気がした。確かにここで曲がったのだ。一歩一歩、確かに自分が削りとられていった。確かめながら道を歩く。そして、この場所についた。無理やり拡張された道路の部分だ。歩いている途中、ゆっくりと自分が別れていくような気がした。私の周りを青い影が包みこむ。静かだった。車は一台も通らない。爆撃の光景はなくなっていた。工事中のランプで赤々と道が照らされていた。 朝・・・・・・・・・ 私はタクシーを使って繁華街に戻った。ホテルの部屋には、女がまだいた。外から差しこむ青いライトを浴びながら、ベッドの上に足を組んで座っている。「レディブルー、まだいたのか」「ここでは呼び名が違うわ」女が足を組みかえながら笑った。「よく戻ってこれたわね」「迷った時は、来た道を思い出すようにしている」テレビの中で、爆撃はまだ続いていた。「はい」「なに?」「お金」「いらない」「なぜ」「働いてないから」女は、にこやかに笑った。そして朝がやってきた。女が消えていた。おそらくはじめからいなかったのだろう。くだらない幻想だ。この場所に来たものだけが持つ、イージーな夢の景色だ。どこかの国で、爆撃はまだ続いていた。私はテレビをつけたままホテルを出た。受付のおばさんは、毛布にくるまって寝ていた。ホテルは大丈夫だった。崩れ落ちたりしなかった。生ゴミの散らばる盛り場を進む。カラスが生ゴミをついばむ。道を掃除している風俗店の人たち。客を見送った後のホストの行列。呼びこみも、ネオンの看板も、店のBGMと宣伝文句も、酔っ払いも、警官も、何もなかった。作り笑いのない場所。人ごみが目に入った。どうやら昨日の夜にビル火災があったようだ。火事になったビルはどこの階も黒焦げになっていて、正面は大きな青いシートで覆われていた。私の働いていた店の向かいのビルだった。野次馬と報道陣がそれを見上げていた。見上げるだけだった。この夜で10万円くらい使ってしまった。自分の払ったお金は、今ごろどこにいるのだろうか。私は牛丼屋、タクシー、店員、小指のない調剤士、自販機、ホモの娼婦、酒、ホテルのおばさん、アジア系の娼婦にお金を払った。彼らが脳裏の暗闇に、浮かぶ。崩壊したはずの彼らは、単に私の錯覚だったのだろうか。また会えるだろうか。強すぎる朝日に、私は思わず目をつぶった。 1日の始まりだ。 |
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