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リッキー・サンタナ
RICKY SANTANA


本名:アルド・オーティズ
1965年
フロリダ州タンパ出身
180cm 103kg
タイトル歴:PNWヘビー PNWタッグ WWC世界タッグ WWCカリビアンヘビー
得意技:ネックブリーカードロップ フライング・クロス・アタック

82年(85年説あり)にオレゴンでサンディ・バーにコーチを受けてオレゴン地区でデビュー。86年10月、B・ブーンと組んでパシフィックノースウェストタッグ王座を獲得。87年3月21日にはパシフィックノースウェストヘビー級王座を獲得した。同年夏にフロリダ地区に転戦し、キューバン・アサシン(デビット・シェラ)とキューバン・コネクションを結成。90年、ダグ・ファーナスのパートナーとして全日本プロレスの最強タッグ決定リーグ戦に参加。その後、W★INGやIWAジャパンに来日し、全身タイツのマスクマン、ジ・アイスマンとして活躍。ミゲル・ペレス・ジュニアと抗争した。91年12月10日、W★INGが主催した後楽園ホールでの「SKY HIGH AGAIN」ではミル・マスカラスと組んでポーゴ、ミゲル・ペレス・ジュニア組と対戦。アイスマンが流血したが、14分44秒、マスカラスのフライングボディアタックでペレスにフォール勝ち。同年12月25日、プエルトリコでレックス・キングと組んでWWC世界タッグ王座を獲得。94年8月に全日本プロレスに再来日。90年代後半からWCWに入る。98年1月25日、全日本プロレスでマウナケア・モスマンの世界ジュニア王座に挑戦。エプロンでのDDT(自らはリング下に降りる)を決めてからは主導権を完全に握り、パワーボムで3カウント寸前まで追いこんだが、最後は22分12秒、モスマンのハワイアンクラッシャーで敗れた。その後はWWFのロードエージェントとして活動。その後、WWFを離脱し現役復帰。プエルトリコのWWCで活動。WWCではブッカーとしても活動。02年6月22日と8月24日にWWCカリビアンヘビー級王座を獲得。

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