少年時代はバスケットボールに熱中し、高校卒業後の88年5月、カルガリーでプロレスラーとしてデビュー。デビュー当時はカルガリーCIWFで活躍。91年7月、FMWに初来日。92年1月15日には大仁田厚を破り世界マーシャルアーツ・ヘビー級王座を獲得。1月30日、大阪府立体育館大会でターザン後藤を相手に防衛戦。10分57秒、ロープに振ってのイス攻撃、イスの上へのフェイスバスターをくらってフォール負けし、王座転落。93年1月、リッキー・フジ、ザ・グラジエーターと「チーム・カナダ」を結成。94年1月にグラジエーターとのコンビで初代世界プラスナックル・タッグ王座に君臨した。FMW離脱後、欧州CWAマットを経て、95年6月よりWARに参戦。96年9月23日、WWFで2代目レーザー・ラモンに変身した。98年1月、新日本プロレスに登場し、NWOジャパンが設立した「アリスト・トリスト」の一員となる。2月15日、日本武道館大会で橋本真也と対戦。プランチャやダイビングラリアットで善戦したが、11分26秒、ジャンピングDDTに敗れた。同年のG1に出場し、7月31日の1回戦で安田忠夫と対戦。10分35秒、タイガードライバーに敗れた。00年に首のケガで引退。
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