レスラーノート

新崎人生

本名:新崎健介
1966年12月2日
徳島県徳島市出身
180cm 108kg

タイトル歴
アジアタッグ
東北タッグ
UWA世界タッグ
得意技
拝みロープ渡り
極楽固め(相手の腕を首の前でクロスさせてキャメルクラッチ)
念仏パワーボム

徳島東工業高校では、レスリング部で活躍。高校の後輩にはアレクサンダー大塚がいた。ユニバーサルプロレスの末期に入団。みちのくプロレスには旗揚げ戦から参加したが、契約の問題でマスコミ向けの公式記録からは外されていた。 92年11月19日、マスクマンのモンゴリアン勇牙としてデビュー。バッファロー張飛と組んで獅龍、テリー・ボーイ組と対戦した。

1993

93年6月より素顔の新崎人生として、みちのくプロレスで巡礼を開始し、6月11日、青森・三戸町民体育館における獅龍戦でデビュー。6分39秒、ツームストン・パイルドライバーで勝利した。93年度のプロレス大賞新人賞を獲得。自らの闘いを八十八番札所の修行にたとえ、10ヶ月間かけて八十八番を闘った。

1994

94年3月31日、熊代市民体育館大会で「幻の八十八番札所」(直前の大会が中止になったため実際は八十七番札所)としてみちのくプロレスのエース、サスケと対戦。両者KOとなる。4月29日、大田区体育館大会での八十八番札所で再戦。終盤にサンダーファイヤー・パワーボムを返し、場外ではサスケスペシャルをくらったが、続いて出されたサスケスペシャル2号は不完全だったため、場外パワーボムを決めて逆転。さらに秘技「拝みケブラーダ」で試合を決定づけ、最後は21分32秒、ダイビングヘッドバット3連発で勝利した。同年5月に日本で開催されたWWF「マニア・ツアー」に出場。5月9日にジ・アンダーテイカーと対戦。個性的なキャラクターが認められ、11月より全身に般若心経を施しハクシーのリングネームでWWFに登場。

1995

95年1月からシンジャ(佐藤昭雄)をマネージャーにつけて活躍した。5月14日、PPV「イン・ユア・ハウス」でブレット・ハートと対戦。14分41秒、変型ウラカンラナにフォール負け。8月27日、PPV「サマースラム」で123キッドと対戦。パワーボムで勝利。

1996

96年2月にWWFを離脱。4月、新日本プロレス東京ドーム大会でグレート・ムタと対戦。大流血の末、19分44秒、ムーンサルトプレスに敗れた。その後はみちのくプロレスに復帰。10月10日、みちのくプロレスの両国国技館大会でハヤブサと対戦し、ハイジャック式パワーボムで勝利。

1997

97年1月4日、新日本プロレスの東京ドーム大会で小原道由と対戦。9分17秒、パワーボムで勝利。3月16日、矢巾町民総合体育館大会で獅龍と対戦。9分8秒、念仏パワーボムで勝利。7月より全日本プロレスに参戦。9月6日、全日本プロレスの日本武道館大会でハヤブサと組んで小橋志賀組と対戦。20分32秒、ハヤブサがファイアーバードスプラッシュで志賀に勝利。

1998

98年5月、全日本プロレスの東京ドーム大会ではジャイアント馬場とのタッグ対決を経験。8月2日、ECWのPPV「ヒートウェイブ」でハヤブサと組んでサブゥーRVD組のECWタッグ王座に挑戦。ハヤブサと共に机の上に寝かされて、同時にニードロップをくらって敗れた。

1999

99年2月にはハヤブサとのコンビで第65代アジア・タッグ王座に就く。

2000

00年夏の選手大量離脱後も全日本プロレスに助っ人参戦。

2001

01年2月、両国に白覆面で出現し、武藤が結成した超党派ユニットBATTの一員となる。8月に仙台で武藤こと黒使とタッグを結成、白使として参戦。

2003

03年5月、サスケの県議員活動専念に伴い、みちのくプロレスの社長に就任した。

2009

09年8月31日、みちのくプロレスの社長を退任。サスケが社長に復帰した。

2011

11年4月15日から3日間、ペンシルベニア州フィラデルフィアのアサイラム・アリーナで、サスケ、ディック東郷と組んでCHIKARAプロレスの6人タッグトーナメント「キング・オブ・トリオズ」に参戦。惜しくも準決勝で敗れたが現地で大絶賛を浴びた。

2012

12年11月17日、みちのくプロレスのベストウェスタンホテル仙台大会での気仙・沼ジローラモ(ヨネ原人)デビュー20周年記念試合に出場。ヨネ原人、シーサー王と組んでサスケ、デルフィンウルティモ・ドラゴン組と対戦。対戦。14分34秒、ウルティモのアサイDDTから、デルフィンのスイングDDTをくらってヨネ原人が敗れた。

2013

13年12月13日、後楽園ホール大会でフジタ“Jr”ハヤトと対戦。22分23秒、KIDにレフリーストップ負け。

2014

14年5月6日、仙台市ベストウエスタンホテル大会で気仙沼二郎と組んで野橋太郎、タイガー・アリ組を破り東北タッグ王座を獲得。6月8日、後楽園ホール大会でサスケ、バラモンケイ組に敗れて東北タッグ王座から転落。

2016

16年3月21日、仙台市泉区ベストウエスタンホテル大会で気仙沼二郎と対戦。10分42秒、ラ・マヒストラルでフォール勝ち。11月3日、青森市はまなす会館大会での大柳錦也の引退試合の対戦相手として出場。32分59秒、高野落としで勝利。

2017

17年10月27日、ドラディションの後楽園ホール大会でKAZMAカブキと組んでマスカラス藤波、武藤組と対戦。12分40秒、マスカラスのフライングボディアタックにKAZMAが敗れた。

2018

18年4月28日、新台湾プロレスの台湾台北・海天武道館大会で惡王Kazuyaと対戦。14分59秒、念仏パワーボムで勝利。5月5日、矢巾町民総合体育館大会で気仙沼二郎と対戦。11分37秒、フランケンシュタイナーで勝利。8月17日、GCWのニューヨーク大会でジョーイ・ジャネラと対戦。ジャネラの雪崩式ブレーンバスターをこらえて、トップロープからのチョークスラムを決めて勝利。8月21日、後楽園ホールでのプロレスリング・マスターズで太陽ケア大谷と組んで越中AKIRA青柳齋藤彰俊組と対戦。21分9秒、セコンドの武藤のシャイニングウィザードのサポートを受けて馳がノーザンライトスープレックスでAKIRAに勝利。9月28日、仙台サンプラザホールで行われたみちのくプロレス主催の「昭和プロレスフェスタin仙台」で長州ヒロ斉藤と組んで藤波、東郷、GAINA組と対戦。9分51秒、人生が極楽固めでGAINAに勝利。10月20日、新木場1stRING大会で沼二郎と対戦。10分11秒、フランケンシュタイナーで勝利。

2019

19年3月3日、とくぎんトモニアリーナ大会でGAINAと対戦。28分31秒、極楽固めで勝利。7月14日、仙台ヒルズホテルみちのくホール大会で川村興史と対戦。8分20秒、念仏パワーボムで勝利。8月24日、新木場1stRING大会で菊タローと対戦。7分5秒、極楽固めで勝利。10月14日、ウィル福島アクティおろしまち大会でゴージャス松野と組んでみちのくふたり旅タッグトーナメントに準決勝から参戦し、ヤッペーマン1号、ヤッペーマン2号組と対戦。4分42秒、誤爆した直後に2号のエビ固めに松野がフォール負け。

2020

20年10月4日、滝沢市勤労者体育センター大会で小笠原泰良と対戦。12分11秒、極楽固めで勝利。

2021

21年3月28日、仙台ヒルズホテル・みちのくホール大会で小笠原泰良と対戦。10分8秒、腕ひしぎ十字固めで勝利。5月4日、矢巾町民総合体育館大会でサスケと組んでヤッペーマン1号、ヤッペーマン2号組のタッグ王座に挑戦。19分13秒、サスケが卍固めで2号に勝利。東北タッグ王座とUWA世界タッグ王座を獲得した。6月4日、後楽園ホール大会のメインでサスケ、グレート小鹿と組んでバラモンシュウ、バラモンケイ、アブドーラ小林組と棺桶マッチが予定されていたが、シュウがコロナウイルスに感染し、ケイが濃厚接触者となったため欠場。さらに大日本プロレスから新型コロナウイルス陽性者が出たことにより、小鹿と小林が欠場となった。そのためメインはサスケとの棺桶マッチに変更。23分17秒、棺桶の中へのパワーボム2連発でフタを閉めて3カウントが入り勝利。7月18日、仙台ヒルズホテル・みちのくホール大会でサスケと組んでケイ、シュウ、プリティ太田組と棺桶デスマッチ。12分48秒、サスケがセグウェイで太田に勝利。試合後、サスケが棺桶に入れられ、プリティ太田が真のマスターになり、対立が激化。10月3日、垂水漁港水産会館大会でのはしたろう、GAINA組を相手にタッグ王座の防衛戦。29分35秒、のはしのダイビング・ヘッドバットにサスケが敗れて王座転落。
スクラップブック
社長就任の経緯
― 2003年にはそんなサスケさんが盛岡県議になったのを機に人生さんに社長のバトンが渡されました。
サスケ やっぱり人生社長しかいなかったですよね。
人生 でも言われたの、電話でですよ。
サスケ ヌハハハ。そうだったね。私はそのとき二戸にいたんですよ。議員としての出張で。そのとき、「悪いけど頼むわぁ」ってな感じで。
人生 議員になる前の話し合いで「社長は続けていけるんですか?」っていう話をしたんです。で、「社長は続けていくから、みちプロは大丈夫」と言われたので、しょうがないなと思っていたのに。それが受かったとたんに、「社長できんわ」って。
― ものすごく軽い感じで(笑)。
サスケ そりゃ軽いですよ。ここは軽くいかないと受けてくれないだろうなと思っていましたから。
― 計算ずくの軽さだったんですね。
サスケ 緻密に計算して勢いで言うしかないなと。
人生 出た、と思いましたね。きた、やっぱりと。そういう言葉が出てきただけですね。本当しょうがないと。
(週刊プロレスNO.1425より)