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小杉俊二

1960年2月17日
新潟県出身
175cm 98kg
得意技:オクラホマスタンピート

体が小さいため何度も断られたが、80年に新日本プロレスへ念願の入門。高田新倉と同期だった。81年1月11日、越谷市体育館大会での保永昇男戦でデビュー。前座で活躍。85年の第1回ヤング・ライオン杯に出場。4月18日、両国国技館大会での決勝戦で山田恵一と対戦し、首固めで勝利して優勝。しかし強度の腰痛(内臓疾患という人もいる)のために88年4月に引退。酒販店の女性と結婚し、佐渡郡相川町大間町に伊藤酒店を経営。少年少女に柔道や水泳を教えるコーチとして活躍。
ヤングライオン時代が蘇った佐渡島。小杉俊二も認めたライガーの30年。
(Number Web 2019年9月25日11時1分配信より)

ヤングライオン時代が蘇った佐渡島。小杉俊二も認めたライガーの30年。

小杉俊二から花束を受け取ったライガー。「今でも背筋が伸びる」という先輩と再会を果たし、残りのレスラー人生にラストスパートをかける。来年1月4日、5日の新日本プロレス東京ドーム大会で引退が決まっている獣神サンダー・ライガーが、9月18日、プロレスリングZERO1の新潟県・佐渡島大会に出場した。ライガーがZERO1のリングに上がるのはこれが2度目。前回は今年7月28日の後楽園大会で初出場。ザ・グレート・サスケと組んで、90年代の新日ジュニアをともに盛り上げた大谷晋二郎&高岩竜一と対戦したあと、「俺は来年1月に引退するけど、まだまだおまえらと直接やりたい。何度でもおまえたちとやってやる!」とマイクアピールをした。今回、2度目のZERO1参戦はその約束を守ったかたちだが、舞台が佐渡島になったのには理由があった。じつは佐渡島では10年前から毎年、プロレス興行が行われている。離島でプロレスが毎年行われるというのは非常に稀なことだが、これは佐渡の青年部部長だった北村龍さんが、「佐渡にプロレスを呼びたい」と、「AWGP」なる有志団体を結成し、招致活動、運営協力を行うことで実現しているもの。地方、とくに離島などの遠隔地でのプロレス興行開催は、こういったファンの熱い思いと協力があってこそなのだ。そして今年は、その「AWGP」結成10周年ということで、「ぜひ、引退を控えた獣神サンダー・ライガー選手に出場してほしい」と懇願。それを受けてZERO1が新日本プロレス側と粘り強く交渉し、新日本とライガーが承諾したことで、実現したのだ。ライガーはZERO1佐渡島大会のメインイベントに登場。後楽園では対戦した大谷&高岩と今度はタッグを結成し、橋本大地&橋本和樹&ショーン・ギネス組と対戦した。その試合前、佐渡島在住の元プロレスラー、小杉俊二さんがリング上でライガーに花束を手渡した。この小杉さんの存在も、今回のライガー佐渡島登場が実現した、ひとつの大きな要因だった。

「いまだに緊張するわ!」

 小杉俊二は、ライガーが練習生時代、道場での練習や生活を指導してもらった3年上の先輩であり、85年4月18日、両国国技館で行われた、記念すべき第1回「ヤングライオン杯」決勝戦で対戦した相手。小杉はその後、将来を嘱望されながら腰痛の悪化により88年に現役を引退したが、ライガーはそんな先輩、小杉との久しぶりの再会を心待ちにしていたのだ。試合後、小杉との再会についてライガーに話を聞くと、上気した様子でこんなコメントを残してくれた。

 「小杉さん、全然変わってなくてビックリしたさ。確かに、髪の毛はちょっと白くなってたけど、それ以外は体つきから何から変わってないから、会った瞬間、若手時代に戻りましたよ。やっぱり先輩と会うとダメだね、目の前にいたらいまだに緊張するわ!(笑)」

幸せだったヤングライオン杯。

 「新弟子の頃、小杉さん怖かったから。几帳面な人で、ちゃんこ番とか風呂掃除とか、ちょっとでも雑だったら「もう一回やれ!」ってやり直しさせられてさ。でも、自分にも厳しい人で、それは練習でも一緒。毎日毎日、真面目に一生懸命練習してたもん。だから僕もこうしてかなり時間が経ってからも、小杉さんの前ではビシッとなるし、背筋が伸びる。カール・ゴッチさんも認めた実力者ですから、レスリングもうまかったですしね。そういう意味でも、尊敬できる先輩のひとりですし。若い頃、ヤングライオン杯決勝戦という大舞台で、小杉さんのような先輩と試合ができて幸せだなと思います」

また、ずいぶん小せえのが来たな。

 「対戦できてよかった」その思いは、小杉もまた同じだった。ZERO1佐渡大会翌日、小杉が島内で営む酒屋を訪れ話を聞くと、佐渡弁でなつかしそうに、当時のことを話してくれた。

 「あいつが入門するまで、新日本の道場では俺がいちばん小さかったんです。だから、あいつが入ってきたときは、「また、ずいぶん小せえのが来たな」っていう印象。当時、俺は「身体が大きねえけりゃ、この世界通じんもんや」と思っとったんです。でも、あれが来て、1年2年経って、そればっかりじゃねえなって。身体の大きさだけじぇねえってことを、あれに教わった。あいつの心の強さも普段の練習から感じていたし。練習以外ではおちゃらけて怒られたりもしてたんだけど、芯はしっかりしとるというか、「今に見とれ」という気持ちが、すごく見えた。みんなが休んどるときでも必ず練習しとったしね。そうしているうちに、一緒に練習しながら認め合うというか。俺はあれのいいとこを盗ませてもらいてえななんて、そんな気もありながら、練習させてもろうたんですけどね。ヤングライオン杯決勝もあいつとやれてよかった。ガンガン来るし、センスはあるし、あれとは手が合うから。あの試合、彼のキャリアにとってはほんの始まりの1試合にすぎんかもしれんけど、8年間しかやっとらん俺にとってはあれがすべて。その相手があいつで良かったと思う。30年以上第一線で続けるいうのは、ほんまにすごいことやと思いますよ」

 ZERO1佐渡大会後の打ち上げで、小杉と20数年ぶりに一緒にお酒を飲んだライガーは、大いにはしゃぎ、大いに酔っ払ったという。その夜だけは若手時代の気持ちに戻り、ふたたび新日本のシリーズに戻ったライガー。残り3カ月、全国の会場で、昔と変わらぬ全力ファイトを見せてくれることだろう。
(「ぼくらのプロレス(再)入門」堀江ガンツ = 文)

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