ダークロHP / レスラーノート

ケビン・フォン・エリック
KEVIN VON ERICH


本名:ケビン・アドキッセン
1957年5月15日
テキサス州ダラス出身
183p 104kg
タイトル歴:WCCW世界ヘビー WCCW世界タッグ WCCW世界6人タッグ WCCWアメリカン ミズーリ州ヘビー アジアタッグ
得意技:アイアンクロー

「鉄の爪」フリッツ・フォン・エリックの次男。高校時代にアマレス、バスケットボールで活躍。76年8月にデビュー。以後は、父のテリトリーであるWCCWで、他の兄弟と共に活躍。フリーバーズとの抗争が大ブレイクした。78年12月にブロディを破りWCCWアメリカン王座を獲得。79年5月に弟のデビットと全日本プロレスに初来日。小柄ながら、素足でのファイトと跳躍力のあるドロップキックが脚光を浴びた。79年11月、ディック・マードックを破り、ミズーリ州ヘビー級王座を獲得。81年5月にデビットと組んで小鹿大熊組からアジアタッグ王座を獲得。WCCWと新日本プロレスが提携した関係で85年10月から新日本プロレスに出場した。92年にセミリタイア。その後、93年にケリーの追悼興業に出場。アフリカでも試合をした。95年に引退。引退後はダラス郊外で牧場経営や株取引を営む。05年ごろに、テキサスのデントンからハワイのカウアイ島に移住。06年5月、WCCWの版権をWWEに売却した。12年1月、息子のロス・フォン・エリックマーシャル・フォン・エリックがノアに入団するため来日。88年12月以来の来日となった。
―― 弟たちが亡くなっていきました。それをどう受け止めて、どう乗り越えた?
ケビン みんな恐れて私に聞いてこなかったけど、これだけは言える。ネガティブにとらえたことはないんだ。弟たちは本当に素晴らしい人間ばかりだった。そして私たち兄弟の絆は本当に強かった。若くして亡くなってしまったのはたしかに悲しいけど、私たちにはいい思い出しかない。彼らはいい思い出ばかりを残してくれたんだ。父だってそうだ。父のおかげで恵まれた生活を送ってくることができた。いい思い出しかないからポジティブなことしか思い浮かばない。だから父にも弟たちにも感謝の思いしかない。
―― 呪われた一家と呼ばれていたことは?
ケビン もちろん知っていたし、直接言われたことだってあるよ。だけど、私たちが呪われていたなんて思ったことはない。私たちの仕事は危険な仕事なんだ。マイクは肩を手術した直後に猛暑のなかで闘ったこともある。だけど、この仕事は私たちが自分たちの意思で選んだんだ。だからどんな運命になろうと、泣くわけにはいかない。人生はいいこともあれば悪いことだってある。私たちはこの仕事に全力を尽くした。家族で全力を尽くした。弟たちの人生はたしかに短かったのかもしれないが、その中身は濃かったと断言できる。ある記者に言われたこともあるよ。「次はキミじゃないの?怖くないの?」ってね。だけど、怖くなんかないよ。私たちは悲劇の一家でもなんでもない。私だっていつかは死ぬ。だけど、それがいつになるかなんてわからない。天命を全うしてあの世に行ったら、そこでまた、父や弟たちに会える。そうしたらそこでまたタッグチームを復活させるのさ。いろんなことがあったけど、いまは本当に幸せだと思っている自分がここにいる。
(週刊プロレス No.1616 ケビンのインタビューより)

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