ダークロHP / レスラーノート

キラー・カール・コックス
KILLER KARL KOX


本名:ハーバート・アラン・ガーウィッグ
1931年4月26日(29年説あり)
ネブラスカ州オマハ出身(メリーランド州ボルティモア説あり)
185cm 120kg
タイトル歴:テキサス・ブラスナックル アジアタッグ フロリダ・ヘビー ジョージア・ヘビー ミシシッピ・ヘビー
得意技:ブレーンバスター

元世界チャンピオンのエド・ダン・ジョージのコーチをうけ、48年にプロレス入り。デビュー当時は本名でヨーロッパで活躍し、50年にウィーンで行われたトーナメントの決勝でカール・イスタズ時代のカール・ゴッチを破る。52年ごろからアメリカで活躍。63年4月のテキサス地区登場をきっかけにリングネームをアメリカのKKK(クー・クラックス・クラン)にあやかって改名。64年から65年の間にテキサス・ブラスナックル王座を3度獲得。66年5月に日本プロレスに初来日。日本初公開のブレーンバスターで吉村道明を失神KOさせた。5月23日、宮城県営スポーツセンター大会でジョー・カロロと組んでジャイアント馬場、吉村組を破りアジアタッグ王座を獲得。5月26日、札幌中島スポーツセンター大会で吉村、ヒロ・マツダ組に敗れて王座転落。6月27日、エディ・グラハムと組んで名古屋市金山体育館大会で吉村、マツダ組に勝利してアジアタッグ王座を奪回。6月28日、マツダ、ケムオカ組に勝利して防衛に成功。7月1日、広島県営体育館大会で馬場、吉村組に敗れて王座転落。7月5日、東京都体育館大会でジャイアント馬場のインター王座に挑戦。両者流血の展開となった。1本目は21分39秒、急所蹴りが見つかり反則負け。2本目は4分12秒、脳天チョップ、水平チョップの連打にフォール負け。68年9月28日、札幌中島スポーツセンター大会で馬場のインター王座に挑戦。1本目は29分40秒、指折りで勝利。2本目は9分31秒、32文ドロップキックからの片エビ固めに敗れた。3本目は時間切れの引き分けに終わった。日本プロレスには通算4回来日した。73年6月に全日本プロレスに登場。以後、全日本プロレスの常連外国人になった。75年7月に黒覆面をかぶりザ・スピリットと名のって通算8度目の来日。覆面10番勝負の相手となってザ・デストロイヤーと対戦した。78年2月7日、ダスティ・ローデスを破りフロリダヘビー級王座を獲得。79年9月にジョージアヘビー級王座を獲得。80年11月19日、ルイジアナ州シュリーブポートでミシシッピ・ヘビー級王座を獲得。81年2月、通算11度目の来日。最後の来日となった。3月3日、千葉市公園体育館大会で馬場のPWF王座に挑戦。1本目は馬場がスモールパッケージホールドで勝利。2本目はコックスが4分22秒にブレーンバスターで勝利。3本目はブレーンバスターをネックブリーカードロップに返されて、2分44秒、16文キックに敗れた。82年に引退。テキサス州ダラスで余生を過ごす。11年10月20日、心臓発作のためテキサス州ダラスの病院に入院。11月10日、死去。

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