93年、ユニバーサル・プロレスに入門。同期にMIKAMIがいた。7月26日、みちのくプロレスでデビュー。薬師寺正人と共に若手タッグで活躍。スペル・デルフィンと共にみちのくプロレスを離脱。99年4月、大阪プロレスの旗揚げに参加。天王山トーナメントに優勝した。00年、大阪プロレスを退団。01年3月2日、両国国技館でのZERO−ONEの旗揚げ戦に出場。丸藤正道と対戦。不知火に敗れたが、熱いファイトでZERO−ONEへの正式入団が決定した。4月18日、ゼロワンの日本武道館大会でザ・コブラと対戦。8分6秒、裏十字固めで勝利。高岩竜一と共にノアに参戦。丸藤やKENTAと好勝負を繰り広げた。04年7月、連敗続きのため己を磨くため修行へ。空手の小笠原道場にて技を鍛錬し減量にも成功。10月2日、石巻大会にて復帰。10月3日、試合中に頭部を強打し失神するも精密検査で異常は見られなかった。10月17日、札幌メディアパーク・スピカ大会で3団体認定ジュニア王者の高岩に挑戦。高さ4メートルの金網デスマッチで、金網最上段からのパワーボムを受け、ラリアットをくらって倒れこみ、意識が戻らないまま病院へ搬送。急性硬膜下血腫と診断されて手術。その後はリハビリを続ける。13年7月17日、ZERO1主催で20周年記念大会を後楽園ホールで開催。自分の足でしっかりとリングに立ち、「特別試合」として丸藤と対戦。張り手を決めてフォール勝ち。
|