レスラーノート

テッド・デビアス(ジュニア)

TED DIBIASE Jr.

本名:セオドア・マービン・デビアス・ジュニア
1982年11月8日
ミシシッピ州クリントン出身
188cm 95kg

タイトル歴
世界タッグ
FCW南部ヘビー
得意技
ドリーム・ストリート(コブラクラッチ・スラム)
ミリオンダラー・バスター(コブラクラッチ・レッグスウィープ)
ミリオンダラー・ドリーム(コブラクラッチ)

祖父が「アイアンマン」マイク・デビアス。父が「ミリオンダラーマン」テッド・デビアス。01年、クリントン高校を卒業。高校ではアメリカンフットボールのクォーターバックを務めた。ミシシッピ大学に進学し、アメリカンフットボールと共にサッカーも経験し、 05年に卒業。大学卒業後、兄と共にハーリー・レイス・レスリング・アカデミーでトレーニングを積み、 06年7月8日にWLWでデビュー。 07年4月、ノアに初来日。4月4日、SEMのディファ有明大会でKENTAと対戦。15分11秒、ブサイクへのヒザ蹴りに敗れた。4月23日、富山産業展示館テクノホール大会で太田一平と対戦。8分47秒、ドリーム・クラッシャーで勝利。4月24日、新潟市体育館大会で平柳努と対戦。9分26秒、ドリーム・クラッシャーで勝利。5月17日、後楽園ホール大会で鈴木鼓太郎と対戦。11分22秒、回転エビ固めにフォール負け。5月19日、ディファ有明大会でモハメド・ヨネと対戦。10分9秒、キン肉バスターに敗れた。5月21日、埼玉・桂スタジオ大会でエディ・エドワーズと組んで志賀賢太郎、川畑輝鎮組のグローバル・ハードコア・クラウン王座に挑戦。25分9秒、川畑のムーンサルトプレスにデビアス・ジュニアが敗れた。6月3日、北海道立総合体育センター・きたえーる大会で齋藤彰俊と対戦。8分48秒、デスパニッシュに敗れた。7月、WWEと契約。8月4日、2軍団体であるFCWのタッグマッチに出場した。12月18日、TJウィルソンに勝利し、FCW南部ヘビー級王座を獲得した。左膝骨折、指の骨折などの怪我により防衛戦を行なえず、 08年1月19日にパートナーのヒース・ミラーに王座を譲った。2月15日、フロリダ州ヒルズボロー郡で飲酒運転のため逮捕された。5月26日、WWEにヒールとしてデビュー。6月29日、ハードコア・ホーリー、コーディ・ローデス組の世界タッグ王座に挑戦。試合前にミステリアスパートナーと発表されていたが、パートナーの来ないまま試合は開始。コーディ・ローデスがハードコア・ホーリーを裏切りDDTを決めるとデビアスがコブラクラッチ・レッグスウィープでフォールを奪い、デビアス、コーディ組が新王者となった。コーディ、ランディ・オートンと「レガシー」を結成し、ヒールとして活躍。 10年になり、レガシーが仲間割れ。3月28日、レッスルマニアでコーディ、オートンを相手にトリプルスレットマッチで対戦。オートンのRKOにデビアスがフォール負け。レガシー崩壊後は、父のミリオンダラーベルトを受け継ぎ、ギミックを継承した。5月23日、PPV「オーバー・ザ・リミット」でRトゥルースと対戦。ライ・ディテクター(フライングエルボー)に敗れた。8月20、21日に行われた両国国技館でのWWEの日本公演に来日。初日はゴールダストと対戦し、7分21秒、ファイナルカットに敗れた。2日目はミズと組んでハート・ダイナスティのタッグ王座に挑戦。11分1秒、合体技のコードブルーをくらってタイソン・キッドにミズがフォール負け。10月24日、PPV「ブラギング・ライツ」で、ゴールダストと対戦し、DDTで勝利。11月21日、PPV「サバイバーシリーズ」でブライアン・ダニエルソンのUS王座に挑戦し、ラーベルロックに敗れた。 11年1月11日、NXTの放送でジョニー・カーティスと対戦。丸めこまれてフォール負け。1月25日、NXTの放送でダニエル・ブライアンと対戦。ドリーム・ストリートで勝利。2月1日、NXTの放送でブローダス・クレイと対戦。パワースラムに敗れた。4月5日、NXTの放送でヨシ・タツと対戦。レフリーの制止を振り切りコーナーで痛めつけて反則負け。4月のドラフトでスマックダウンに移籍。9月18日、PPV「ナイト・オブ・チャンピオンズ」でコーディ・ローズのインターコンチネンタル王座に挑戦。コーディの顔面から保護マスクを外し、マスクで殴りかかったところを丸め込まれてフォール負け。 12年8月9日、両国国技館でのスマックダウンの日本公演でジンダー・マハルと対戦。7分33秒、ドリームストレートで勝利。8月10日の公演2日目はウェイド・バレットと対戦。8分50秒、ウィンズ・オブ・チェンジに敗れた。 13年9月1日、WWEを離脱。同年に引退した。