小市民ダークロのありがちで気の抜けた感じのやつ

ナイス・ドリーム

第6章
「世界が・・・そして・・・」

とても静かな崩壊だった。世界を形作っていた一つ一つのポリゴンやテクスチャーやドットが、バラバラと崩れ落ちていく。魔王の城が分解していく。キャラクターの姿が砕け散っていく・・・。立体が光源を捉えなくなり、平面の集まりとなり、交差した直線の集まりとなり、点だけの集まりとなり、夜空のように瞬いて、一瞬、強烈に光ってから暗くなった。今までに見たことがない現象だ。強大な魔法。世界の現象。言葉を失う。なにが起きたのだろう。なにも見えない。なにも聞こえない。なにも、ない。長い間、暗闇の前で私は座りつづけた。魔王よりも強い相手が現われたのだ。時間、空間、サーバーの安定、存在の安定。懐かしい音が聞こえはじめた。ビープ音だ。ブザーの響きに似た単純な機械音が流れつづけている。ソフトが鳴らしているのか、ハードが鳴らしているのか、まるで分からない。なにかの警告音かもしれなかった。私は自分がモニターの前に座りつづけているのに気づいた。今日のこの部屋の中での記憶が一つもない。いつから起き上がり、いつから接続し続けていたのだろう。ビープ音が聞こえなくなった。私の目の前で世界が滅んだ。世界の中にいたワタシも、同時に、滅んだ。モニターに映った私の顔は、あまりにも情けない顔つきだった。

長く、長く。永遠とも思えるような時間がすぎた。突然、画面が暗闇から復帰した。パラメーターはメチャクチャな数値を示していて、アイテム画像もグチャグチャになっていた。マウスカーソルも反応しなかった。暗闇にワタシが倒れていた。発作的にキーを叩いた。
ワタシ:ここはどこだ?
スピーカーから、聞いたことのないBGMが流れはじめた。ピアノのソロ。ベートーベンのピアノソナタ、悲愴のようにも聞こえる。あまりにも美しい。どこか物悲しく、心を落ち着かせてくれるメロディだ・・・。
イリミジュ:どうですか?初公開のエンディングテーマです。もともと仕様でエンディングなんか存在しないゲームなのに、まちがえてサウンドチームに発注しちゃったんですよ。今こそ、この曲をかける時です。
画面の端からイリミジュがこっちにやってきた。いつものように美しく、優雅な姿だった。イリミジュは浮き上がり、見たこともない不思議な踊りを見せた。回転し、揺らぎ、震え、ささやく・・・。なにかの魔法かもしれない。見たことも聞いたこともない呪文なのかもしれない。
イリミジュ:やっちまったな!サーバーがぶっとんだ!全プレイヤーのデータが消えてしまいました。こんな事態は全世界で初めてのことです。元々このサーバーが安定してなかったし、さらに柴虎王のアイテムもシステム全体を狂わせるものでした。しょうがないかもしれませんね。まあ、弊社としては、ユーザーに対してなんのサポートもする気はないですが。データが消えた時のサポートはしないって使用許諾書に書いてありますし。
ワタシ:全部消えたのか?
イリミジュ:はい。もう一度君と話したくて、君のデータだけ復帰させてみました。
ワタシ:おまえ、だれだ?イリミジュだろ?
イリミジュ:はい。私はこのゲームを管理している会社の人間です。実際に遊んでみて、いろいろシステムを変更したりする仕事をしています。ちなみに女じゃないですよ。
ワタシ:ネカマか。
イリミジュ:ネカマっていうか。まあそうなんだろうけど。実はあの魔王って、うちの会社の上司なんですよ。世界で幅きかせやがって。ぶっ潰してやろうと思ったわけですよ。最高の気分です。
ワタシ:でも世界が滅んだよ。
イリミジュ:そう。そうなんですよ。どうしても君や柴虎にあやまっておきたくて。柴虎はもうログアウトしたから会えなくなったけど、君はまだ接続したままでした。本当はここまでやるつもりじゃなかったんです。みんなのためにこのゲームはあるべきです。決して一人の支配欲のためにこのゲームが存在しているわけじゃない。
ワタシ:ああ、いいよ。もう。もうたくさんだ。
イリミジュ:魔王はサーバー運営会社に勤務していたから、サーバー内のログを解析して、プレイヤーのこれまでの行動を全部調べることができました。どこを冒険したとか。なんのアイテムを持っているかとか。一人のプレイヤーが今までに話した言葉も全部調べることができます。全てのプレイヤーが魔王の手の平でもてあそばれているようなものです。プレイヤーの望みをかなえ、冒険を助けることで、魔王は仲間をどんどん増やしていきました。アイテムをプレイヤーから安く買い取り、他のプレイヤーに高く売りつけることで金持ちになっていきました。それぞれの思惑が手に取るように分かるので、戦争や軍団形成において政治力を発揮していきました。当然のように魔王は権力を持ちました。しかし半年前に、その権力に立ち向かう者たちが現われたのです。
ワタシ:そこまでの力があるんなら、一瞬にして私や柴虎も消せたんじゃないのか?
イリミジュ:魔王ができるのはデータを調べることだけです。プレイヤーのデータを変えるような権限は持っていません。無理にやろうとしても、親会社に調べられて処分を受けますよ。
ワタシ:会話が全部調べられるのなら、柴虎の作戦がなんで成功したんだ。
イリミジュ:本業が忙しかったんです。サーバーを安定させるのにいろいろ作業していたんです。
ワタシ:そうか。でも、もう終わったことだな。そんな話は、もういいよ。
イリミジュ:これからどうするつもりですか?
ワタシ:もう終わりだ。
イリミジュ:世界はここだけじゃないですよ。
ワタシ:おれはこの世界にしか存在しなかったんだよ。
分かるかな?私の今の気持ちが。私はパソコンの電源を切って、ベッドに横になった。もしもサーバーが修理されて、世界が戻ったとしたら、また最初からはじめるプレイヤーもいることだろう。修理するか、新しいサーバーに交換するかよく分からないが、必ずゲームが再開されるはずだ。またレベル1の状態から、みんなはじめるのだろう。何年もかかって、ワタシや柴虎王のような強いキャラクターに育っていくのだろう。なにごともなかったかのように新しい世界が続いていくのだ。ワタシを育ててきた今までの年月を振り返り、頭がくらくらする。もう、私には、無理だ。だが、勇者はこんな所で倒れるわけにはいかない。エンディングテーマが聞こえてくるのは、たぶん、まだまだ先のことなのだ。世界が崩壊した。そして目の前に、もう一つの世界が現われた。

職安、ハローワーク、最近の言葉で言うとハロワからの帰りに私はネット喫茶に立ち寄った。
店員:いらっしゃいませ・・・。
私:ネットのできる席をお願いします。
店員:はい。しばらくお待ちください・・・。
受付の奥の壁に、柴虎王の写真が貼られていた。

家出少年捜索のお願い:この少年は各地の漫画喫茶などに出入りしている姿を目撃されています。家出少年として警察が捜索にあたっております。心当たりがございましたら、下記の電話番号にご連絡ください。青少年の健全な教育に関する条例にどうかご協力ください。当店では下記の時間帯に18歳未満のご来店をお断りさせていただいております。AM0:00〜AM4:00

あの壮絶な戦いの渦中にいたわりには、ずいぶんとかわいい顔をしている。ロン毛の茶髪で、普通の高校生にも見える。家族が用意したらしき写真の隣に、防犯カメラに映った写真も貼られている。その写真の中の柴虎王は、背もたれにもたれながら恍惚の笑みを浮かべてマウスを握っていた。本気でゲーム内の世界に戦いを挑んだ男。あれから柴虎王はどうなったのだろう。家に帰ったのか。それともまだ全国のネット喫茶を転々として、違うゲームをプレイし続けているのだろうか。彼の次の戦いでの勝利を、私は願ってやまない。

そしてまた何ヶ月か過ぎた。 ワタシを襲った、あのサーバーのデータ消失事件は、「大崩壊」と言われて今でもネットの掲示板をにぎわせている。原因、陰謀、憶測、マーケティング。事件を取りまく様々な物語は尽きない。その後、長い就職活動を経て、私はサラリーマンに戻った。ようやく最近になって、あの「大崩壊」を思い出すと、私の目から涙が出るようになった。あの時、あの瞬間は、この目の前の「大崩壊」が現実のものとは全く信じられず、まるでゲームでも見ているかのように現実からかけ離れたように感じた。ワタシは死んだのだ。そして、私とはなんであろう。ある日、会社の帰りに、私は電器屋に立ち寄った。プリンターのトナーを買った後、ソフト売り場にも寄ってみた。しばらく売り場に近づかなかったので、私の知らないソフトが何本も売られていた。たくさんの新発売のソフトが棚にずらりと並んでいる。それらの全てが新しい世界への入口だ。私たちは、どこにでも行くことができる。あるソフトの前で、私は立ちすくんだ。パッケージにはホワイトエルフの絵が大きく描かれていた。イリミジュと同じ姿だ。エルフらしい繊細さを含んだ、均整のとれた顔つき。澄んだ瞳の色。そして長い耳。パッケージには幻想的な書体で「フェアリーダストワールド2」と書かれている。
パッケージ:剣と魔法の最高峰。全世界を魅了したファンタジーRPGの続編がついに登場。さらにリアルになった魔法世界を旅することができます。ガーゴイル、ホワイトエルフなど、前作よりも種族が増えました。クエスト数、スキル、魔法など著しくパワーアップ。追加モンスターや追加マップなど、毎日のようにゲームデータが更新されていきます。無限に広がる魔法世界の伝説を継ぐ者は、あなただ・・・。初回限定版特典として、100日間無料プレイチケット挿入。オリジナルマウスパッド付。
私:2作目が発売されたのか・・・。
思わず声に出してつぶやく。ホワイトエルフは、2作目で作ることのできる種族だったのだろう。イリミジュは、ホワイトエルフが1作目でも動くかどうか、動作のテストをしていたのかもしれない。ホワイトエルフが神秘的な笑みを浮かべてこちらを見ている。魅惑的な笑みだ。私は商品に手を伸ばしかけた。が、ふと後ろを振り返った。


しばらくして、彼女の笑みを、もう一度、眺める。
イリミジュ:進め!進め!
今でも、彼女が私を鼓舞している。彼女の目の前には、大きなすばらしい夢が広がっているのだ。私はまだ冒険の途中だ。まだ君に会うのは早いのかもしれない。私はドラゴンスレイヤーの重みを手の平に感じた。進もう。最後の戦いに勝利するその日まで。私はソフト売り場に背を向けた。私は彼女の視線の先に向かって歩きはじめた。

乙。

小説「ナイス・ドリーム」