小市民ダークロのありがちで気の抜けた感じのやつ
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2日前、ワタシはブルーシャドー城の掲示板に、パーティー募集の書きこみをした。目的は「すごいアイテムの収集」。ワタシはブルーシャドー城の城下町を歩く。いつもながら活気のある場所だ。戦士、魔術師、エルフ、ドワーフ、オーク、スケルトン。たくさんの種族が道を歩いている。走る者。立ち止まる者。どこに向かっているのか、集団で道を急ぐ者。路上にアイテムを並べて商人をしている者。狩りの帰りか、強力な召喚モンスターを従えている者。城主のワタシに挨拶する者もいる。待ち合わせ場所に指定したアイテム屋の前に、5人のプレイヤーがワタシを待ち構えていた。イリミジュはそこにいなかった。
マキマティコ:キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!! みなよ200:どこ行くのん? ワタシ:今からドラゴンスレイヤーを取りに行く。 メグちゃんSOS:すげ〜! マキマティコ:どこにあるの? ワタシ:絶望の塔。 (・∀・):\(;゚Д゚)/ パンチョ・ビラ:最上階まで行くのか? メグちゃんSOS:私、まだ行ったことないわ。 (・∀・):(*゚ー゚) ワタシモ パンチョ・ビラ:これだけのメンツがそろえば、なんとかなるかもな。 みなよ200:猛者ばかりそろったワン! メグちゃんSOS:猛者なら猛者らしくしろよな〜。話し方変えろよ。 みなよ200:べいべ〜。あんたは名前が変だわさ! メグちゃんSOS:おまえモナ〜! みなよ200:モモモモナ〜! (・∀・):・∀・ 絶望の塔はこの世界最北の氷の山々のふもとに立っていた。輝ける世界最大の塔。古代の呪文がちりばめられた華麗な装飾を身にまとっている。氷の結晶がはりついて神秘的な光を放っていた。ワタシたちは絶望の塔に入った。広々とした円形の大広間だ。部屋のむこうに階段が見えた。塔の内部には生命力を持った模様が広がっている。外と同じように精巧な装飾がいたるところにほどこされていて、古代の魔法語が活き活きと描かれている。模様の流れを目で追っているうちに、どこか別の世界へ飛んでいってしまうような前後不覚の陶酔状態になっていく。 2足歩行の凶暴な巨大トカゲ、リザードマンが数えきれないほど部屋に密集していた。ワタシたちに気づいたリザードマンがこちらに襲いかかってきた。ランランと目を光らせながら、ワタシたちに次々に食らいついてくる。 ワタシ:魔法は使うな!魔神が起きる! ワタシとパンチョ・ビラが中心となって敵を攻撃する。魔術師たちをかばいながらの気の抜けない戦闘が続く。動きがすばやいのでなかなか剣が命中しない。次々に噛みつかれる。振りほどきながら剣を振り続ける。ようやく敵を全滅させた。大広間が静かになる。肩で息をしている自分に気づく。最後まで体力が持つだろうか。大きな魔神像が、大広間の中心に置かれている。古代文様をちりばめた鎧を身につけて、仁王立ちしてワタシたちを見おろしている。それぞれの階に魔神像が1体置かれていた。魔神像を起こさないことが、この塔を攻略するための重要な条件だった。起きてしまった魔神像は、強力な攻撃力を持つ敵となるのだ。魔神像が起きる法則は、それぞれの階ごとに決められていた。1階の魔神像は、誰かが一度でも魔法を使うと起きてしまうように作られていた。それぞれの階を支配するモンスターを全滅させ、魔神像を起こさないように気をつけながら、ワタシたちは頂上をめざして進んでいく。魔術的な装飾に満ちた、複雑で有機的な迷宮をどこまでも登っていく。体内を移動しているかのような錯覚に陥る。絶望の塔は、体の内部ががらんどうになった太古の生き物なのかもしれない。自分の頭の中をうろついているような錯覚に陥る。塔だけが存在していて、塔の中のワタシはたぶん信号のようなものだ。塔の中を一瞬だけかけめぐる。電気の刺激だ。自分の中が消えていく。自分も塔になっていく。自分の中の迷宮をどこまでも登っていく。どこまでも登っていく・・・。 ワタシたちは塔の最上階までたどりついた。目の前にアークデーモンがいた。地獄の炎を身にまとっている。血に飢えた暗黒の魔物。地上最強のデーモンだ。アークデーモンが苦しそうにもだえながら腕を振りまわした。身にまとった炎が自分にも堪えきれないのだ。塔の最上階全体が紅蓮の炎に包まれていく。ワタシは、出発前に柴虎王からもらった「海の王者の息吹」をふりまいた。地獄の炎が静まっていく。アークデーモンが荒れ狂っている。全員が最後の力をふりしぼり、連続攻撃を加えていく。ついに炎が消え去り、暗黒の魔物がかすかな煙となって蒸発した。塔の主を倒したのだ。アークデーモンを倒した直後、「LEVEL UP」という文字が宙に浮かびあがった。強烈な光がワタシを包みこむ。3ヶ月ぶりのレベルアップだ。ワタシの体力が少し上昇した。 パンチョ・ビラ:OME マキマティコ:おめ (・∀・):(*゚ー^) 〜☆ ヤターネ! みなよ200:オメ〜 仲間が祝福してくれた。レベルが高くなればなるほど、レベルアップに要する時間がだんだん長くなっていく。次のレベルアップは半年ぐらい先になるだろう。 パンチョ・ビラ:で、剣は手に入ったのか? ワタシ:いや。アークデーモンを倒したら、ルビーを手に入れた。 みなよ200:結局なかったじゃーン!がっくし1番星! メグちゃんSOS:ショボーン。 ワタシは窓から下界を見た。広大な風景が広がっていた。ここがこの世界で一番高い場所だった。どこまでも世界が見渡せた。賢者の森、マスターの渓谷、ケルン城、ブルーシャドーの城、エドゥーン城。地平線の向こうに小さく見えるのは魔王の城だろうか。とても遠くにあるが、だいぶ近づいた気もする。空は白く、どこにも雲がなかった。太陽も見えなかった。絶望の塔。ここまでくるユーザーは、一握りしかいない。最上階で見渡す景色はたしかに見応えはあるが、どこか不安な気持ちにさせられる。まるで塔の地面など存在しないように、足元がぐらついてくる。 マキマティコ:スゴーww初めて来たよ。 みなよ200:エルフって体力ないもんねwww パンチョ・ビラ:観光名所に来たかと思えばいいかw ワタシ:みんな。体力は回復したか? パンチョ・ビラ:おう。じゃあそろそろ帰るか。みなっち。おれ、アイテム忘れたからテレポートの呪文かけてくれよ。 みなよ200:あいよ。 ワタシ:よし、今から降りるぞ。 (・∀・):ΣΣ(゚Д゚;) マキマティコ:ぬな? みなよ200:どちて?帰還スクロール使わんのん? ワタシ:この塔には魔法がかけられている。もう一度階段を降りて自分の足で戻るんだ。 登る時よりも降りる時の方が大変だった。ここまで来るだけでアイテムが半分以上なくなっている。同じ道を帰るのに、大丈夫だろうか。ワタシたちはどこまでも降りていく・・・。帰り道では、さっき倒したばかりのモンスターが復活していた。さらに魔神像が起きる法則が、登る時とは違うものになっていた。お互いで助けあってなんとか突破していった。予想外に体力を消耗させてしまった。巨大な目玉の群れを倒した後、ワタシたちは休息した。ボロボロだった。アイテムが底をついていた。 みなよ200:S子、早くポーション出すでしゅよ。 メグちゃんSOS:もうない〜。もう誰も持ってないわよ。 みなよ200:ゲ、ゲロンパ。 ワタシ:今、何階だ? パンチョ・ビラ:10階だ。 みなよ200:死んじゃうよ〜! メグちゃんSOS:でも、あと少しよ。どうする? みなよ200:もう嫌でしゅよ〜! ワタシ:あぶなくなったらテレポートして逃げればいい。 パンチョ・ビラ:でも、全滅するかもしれないぜ。 ワタシ:帰るか。 イリミジュ:追いついた! 階段にイリミジュが立っていた。 イリミジュ:ごめん!時間に間に合わなくて!急いで追いかけてきたんだけど! (・∀・):キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!! メグちゃんSOS:今、帰るところよ! ワタシ:最上階まで行ってきて、地上に戻るところだ。 イリミジュ:じゃあ、あと少しじゃない! みなよ200:それよーりポーションplz。 イリミジュ:たくさんあるわよ! (・∀・):\(^∀^)/ ビバ! イリミジュの持ってきたポーションでみんなの体力と魔力が回復した。イリミジュさえ来れば大丈夫だ。みんなの士気が上がる。魔法でモンスターたちをなぎ倒していく。ワタシたちはついに1階にたどりついた。 パンチョ・ビラ:とうとう1階まで来たぜ。 みなよ200:あ!あれ見て!階段があるよ。 ワタシ:あったぞ!降りよう! 一度頂上まで登った後、もう一度階段を降りて地上に戻ると、秘密の地下室に行けるのだ。ワタシたちは地下に降りた。大きな円形の大広間だった。冷たい空気が流れていた。 パンチョ・ビラ:こんなとこはじめて来た。 1体の巨大な魔人像が部屋の向こうに置かれている。部屋の中央に祭壇があり、剣が突き刺さっていた。 みなよ200:あれなりね! ワタシ:近づくな!あれに触ると外に飛ばされるだけだ! ワタシは魔人像に向かって歩いた。魔人はあぐらをかいて座っていた。この塔にある魔人像と同じ種類だ。ワタシは魔人像の前で、最上階で手に入れたルビーを使った。 オオォオオオオォォォォオオオオオーン! その瞬間、巨大な咆哮が部屋中に響きわたった。地面が揺れ動く。ゆっくりと魔人像が立ち上がった。ワタシの4倍ほどの大きさだ。 魔人ゴラキス:我が名はゴラキス。力をつかさどる者。大精霊の命に従いて、最高の剣を守護する者。冒険者よ。貴様の力を試してやるぞ! 砂煙を噴き上げながら、地響きをたてて魔人ゴラキスが歩いていく。部屋の中央に刺さっていた剣を引き抜いた。 (・∀・):キタ━━━━━(。゚Д゚。)━━━━━!!! 魔人ゴラキスは強力だった。近づく者全てに攻撃を仕掛けていく。 マキマティコ:いや! (・∀・):〜〜〜\(;゚Д゚)/ツエ〜 マキマティコが大魔人の攻撃をモロにくらい、体がぐしゃぐしゃになって死んだ。メグちゃんSOSがあわてて復活の呪文を唱えはじめた。 ワタシ:攻撃魔法を使ってくれ!後にしろよ! メグちゃんSOS:早くかけないと灰になっちゃうよ! 大魔人はメグちゃんSOSに襲いかかった。 メグちゃんSOS:きゃ〜! イリミジュが指の先からなにかを発射させた。透明の糸で作られた網が魔人像を包みこんだ。見たことのない魔法だ。魔人像の動きが止まった。糸に絞めつけられて、もがき苦しんでいる。イリミジュが魔法の矢を放った。光の直線が魔人像の中心を貫いた。 魔人ゴラキス:ボゴゴゴゴ・・・・・・。 魔人ゴラキスは悲鳴を上げながらバラバラに砕け落ちた。石の固まりが辺りに飛び散った。メグちゃんSOSの魔法でマキマティコが復活した。 マキマティコ:ありがとね〜♪^^ イリミジュ:^^ みなよ200:すごい魔法でしゅね。 イリミジュ:クネロスの糸よw パンチョ・ビラ:これからどうする? ワタシ:分からない。柴虎王もここまでしか知らなかったようだ。柴虎王は戦闘に弱いからな。魔人に歯が立たなくてそのまま逃げたらしい。 みなよ200:見るでしゅ!階段でしゅ! 魔人像の置かれていた地面に階段があった。ワタシたちは階段を降りた。 パンチョ・ビラ:なんだ! 階段を降りて現われたのは、外の景色だった。ワタシたちは塔の前にいた。周りの景色のサイズが小さかった。塔の背後にそびえ立つ山々と同じくらいの大きさだ。まるでワタシたちが巨人になったように見える。 (・∀・):Σ(゚Д゚;≡;゚д゚) ココドコ? メグちゃんSOS:なにこれ〜!!大きくなっちゃった! ワタシ:ここも部屋の一つだ。100分の1くらいにテクスチャーを縮小して貼りつけてあるだけだ。 みなよ200:どきどき ワタシの足元に絶望の塔が建っている。まさか、これがドラゴンスレイヤー?ワタシは絶望の塔を引き抜いた。 ゴゴゴゴゴゴゴゴッ 地響きがする。画面が揺れている。地中から剣の柄が現われた。そして光り輝く刀身が地上に姿を見せた。 メグちゃんSOS:ヤッター! パンチョ・ビラ:登るのに気をとられて、降りることまで考えたことなかったなw みなよ200:ていうか、登るだけで精一杯だわさ。 ワタシ:降りることも、冒険の一つなのか? 剣を構えてワタシは立ちつくした。剣は槍のように長かった。刀身は細く、真珠色の輝きを放っていた。それにしてもこんな場所をよく見つけたものだ。柴虎王はこの世界で今までにいろいろなプレイを試していたのだろう。誰も気づかなかったりできなかったプレイを。剣が輝きはじめた。ワタシたちの周りが真っ白になった。ワタシたちは絶望の塔の入口に移動していた。絶望の塔はワタシたちの目の前に、静かに建っている。まるで太古の昔から、そこに立ちつづけているように。まるで夢のようだった。 解散する前に、ワタシはイリミジュに声をかけた。 ワタシ:今からドラゴンを斬りに行くけど一緒に行かないか? イリミジュ:ちょっと今から用事があるのよ。乙! 突然イリミジュが消えた。ワタシは一人でドラゴナーの森に向かった。世界の最果てに位置する、暗い、暗い森だ。ここにはドラゴンが住んでいる。羽根を持った、火を吐く不気味な巨大トカゲだ。この世界にいるモンスターの中で、ドラゴンの種族が最強だった。破滅と破壊の象徴。じっと待っていると、ワタシの匂いをかぎつけたのか、向こうからドラゴンがゆっくりとやってきた。体から死の波動を放っているので、近づくだけで体力がどんどんなくなっていく。10倍くらい大きいドラゴンの前に立ち、ワタシはドラゴンスレイヤーを構える。ドラゴンの吐く炎をよけて、長い首に振り落とした。鳴動一閃。一撃にしてドラゴンが倒れた。吹き飛ばされた首が遠くまで飛んだ。あまりにもあっけない勝利だった。倒れたドラゴンの周りに、死肉を喰らいに小悪魔のゴブリンが集まりはじめた。ゴブリンたちをなぎ倒そうと剣を振り回したが、なかなか倒せない。生命力と闘争本能が旺盛な種族だ。仲間を呼ぶ習性があるため、倒しても倒してもきりがない。無数の小悪魔たちに囲まれて体力がどんどん減っていく。剣をナイトソードに持ちかえて、ようやく全滅させた。ゴブリンたちの死体の山が築かれた。ドラゴンスレイヤーは、なぜか威力を発揮しなかった。ドラゴンスレイヤーは、ドラゴンを斬る時にだけ攻撃力が上がるようだった。普通のモンスター相手なら、いつも手にしているナイトソードの方が断然強い。最強な武器だと思いこんでいただけに、少し残念な気持ちになった。向こうから別のドラゴンがやってきた。ワタシがすぐに斬りつけると、またもや最強の種族が一撃で倒れた。イリミジュがやってきた。 イリミジュ:このドラゴン、一人で倒したの? ワタシ:ああ。 イリミジュ:さすがはドラゴンスレイヤーね! ワタシ:でもドラゴン以外のモンスターには、大したダメージを与えられないみたいだ。 イリミジュ:でもドラゴン専用の武器として使えばかなり効果的よ。 ワタシ:まあ、そうだな。どこに行ってたの? イリミジュ:ちょっとこの世界の様子をチェックしていたの。 ワタシ:チェック? イリミジュ:見回りに行ってたのよ。最近サーバーが安定していなくて大変なの。 やっぱりサーバーの調子がおかしいのだろうか。 ワタシ:いつまで、この状態が続くのかな。 イリミジュ:この状態って? ワタシ:サーバーがこのままの状態。 イリミジュ:サーバーはそのうちになおるわよ。 ワタシ:サーバーだけじゃないかもしれない。柴虎王がこのまま、反乱軍のリーダーでいて、私がいっしょに戦っている状態。そして君といっしょにいる状態。 イリミジュ:いつまでここにいるつもり? 外はもう暗くなっていた。暗闇にイリミジュが浮かびあがった。複雑なリズムで白い体が揺れている。不思議なダンスをしているように見えた。気流に乗って上昇。漂いながら体をくねらせる。ゆっくりと回りながら、空中に身を横たえる。 イリミジュ:この世界にいても、なにもはじまらないわよ ワタシ:廃人専用ゲームだもんな。レベルを上げるのに時間がかかりすぎる。アイテムを手に入れるにも。 イリミジュ:確かに時間がかかりすぎるわね。ゲームの設計ミスよね。少なすぎる人生の一部分を費やさなければならないものね。設計ミスなのは、人生の方かもしれないけど。長すぎる設計ミスのか、短すぎる設計ミスなのか、私には分からないけれど。 ワタシ:廃人専用の人生を味わってきたような気もするな。今だって未来が何も見えない。自分がどうしたらいいか分からない。でも、こうして考えている自分がいる。ここにいると、自分が現われた。今までは、自分すらいなかった。未来だって、確実に見えていたわけじゃないような気がする。廃人専用の人生を味わってきたような気もするな。今だって未来がなにも見えない。自分がどうしたらいいか分からない。でも、こうして考えている自分がいる。自分がいることが分かった。自分を手に入れた。 長い夜だ。微妙な時差があって、現実世界とゲームの世界では時間がずれている。現実世界で真夜中だった時に夜が始まった。今は朝なのか、昼なのか。でも、まだ夜だ。長い長い夜だ。イリミジュが軽やかにステップを踏んでいる。 イリミジュ:気持ちいいわね。自由なこの世界。 私:どうだろう。自由なのかな。 モニターの前で、私は思わずつぶやいた。 イリミジュ:どうしてこの世界に雨が降らないか知ってる? ワタシ:キャラクターが見にくくなるから? イリミジュ:空がないからなのよ。この世界になんで空がないか知ってる? ワタシ:そういえば空が見えない。絶望の塔の時も、そうだった。太陽がなかった。今は、夜なのに星も見えないな。月だけが現われては消えていくけど。 イリミジュ:この世界が空に覆われてしまうと世界が完成してしまうからよ。 ワタシ:完成したらいけないの? イリミジュ:現実の世界とこの世界を完全に分けてしまうことになる。行き来ができなくなる。囚われてしまうかもしれない。できるだけ風通しをよくしているのよ。だから共通の呪文を使えるようにしている。この世界にいるキャラクターは、全員魔法使いなのよ。呪文を唱えあってコミュニケーションしている。 ワタシ:呪文っていうか。ただの日本語だろ? イリミジュが宙返りをした。スカーフがひらひらとたなびいている。 イリミジュ:呪文よ。この世界そのものも魔法で作られたのよ。 ワタシ:魔法? イリミジュ:C言語とアセンブラというコンピューター言語で書かれた呪文を唱えてできた世界。 ワタシ:世界は魔法でできていると。そういうわけか。 イリミジュ:私もあなたに魔法をかけた! イリミジュが消えた。はじめからいなかったのかもしれない。寝不足の私の幻だったのかも・・・。そうだ。私は魔法をかけられた。最高の魔法だ。現実と空想の区別がつかない。ナイス・ドリーム。頭の奥底まで、どこまでも想像が広がっていく。こんなに楽しいことはない。・・・・・・真理?なにかがある。この世界にも。あの世界にも。それぞれ。・・・・・・真実?現実という響きに身を任せるのは、もう、よそう。どれもが全て真実なのだ。 朝がやってきた。いつの間にか眠ってしまった。私は机から離れ、眠りに落ちた。 起きあがると、ベッドの上にドラゴンスレイヤーがあった。精巧にドラゴンの首が彫刻された金色に輝く柄を握り、刀身を眺める。怪しい光に吸いこまれていく。だめだ。これは、ここにあってはいけないのだ。思わず周りを眺める。ここは自分の部屋だった。アパートの一室だった。リアルな部屋だ。リアル。リアル。リアル。この剣があれば、なんでも倒せる。あの、触れたら灰になるドラゴンでさえも。私はここでなにを倒せばいいのだろうか。リアルなこの世界で。 リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。リアル。 私がここで倒すべき相手は、なんなのだろう。私はこれでなにを倒せばいいんだ。ここの世界では、キーを入力すれば魔法が出てくる。ただの道具だ。様々なまやかしに満ちたリアルの方こそ魔法の世界だ。リアル!落ちつけ。私は目を閉じる。私はイメージする。私はドラゴンスレイヤーを手に外へ出ていく。通行人を片っ端から斬りつけていく。そして血まみれになった私は大声で笑う。だめだ。私は神経を集中する。 イリミジュ:こんなことやってたって、なにも変わらないじゃない。 ワタシ:いや、私は変わった。私は以前よりも強くなっている。 イリミジュ:www ワタシ:私は日々、強くなっている。 イリミジュ:分かってるでしよ。リアルなあなたは。 ワタシ:黙れ! ワタシは暗闇に浮かぶイリミジュを一瞬で斬りつける。イリミジュが叫び声をあげて一瞬でまっぷたつになる。 ワタシ:しまった。 私は目を開ける。感覚がない。全身が震えあがる。どこかでなにかを言った。どこかでなにかを聞いた。そしてどこかでなにかをしでかした。そして今、どこかでなにかをなくしている。世界は元に戻ったはずだ。私の伝説の剣は目の前から消えていた。いや。本当に、元に戻ったのだろうか。こんな幻覚を見たのは生まれて初めてだ。私はまだ伝説の剣の存在ををこの手に感じていた。ああ。そうか。このまま長くは続けられないのか。なんとなく、そう感じる。旅の終わりは、近い。 小説「ナイス・ドリーム」 |
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