小市民ダークロのありがちで気の抜けた感じのやつ

ナイス・ドリーム

第3章
「田所信一郎の城」

ものすごい揺れで目を覚ました。木造アパートの部屋がギシギシと悲鳴を上げている。体と同じように、思考もグラグラして安定しない。本棚が倒れ、しばらくしてタンスまで倒れた。地震だ。ようやく、これが地震であることに気づく。なすすべもなくベッドの上に頭を抱えて丸くなった。部屋から逃げだすような精神状態ではなかった。しばらくして破滅的な揺れが収まった。思考もはっきりしはじめた。まだ余震が続いている。テレビをつけると、震度6。最近にしてはかなり大きな地震だ。

アナウンサー:番組の途中ですが、ニュースをお知らせいたします。午後3時20分ごろ、関東地方を中心に広い範囲で強い地震がありました。気象庁によりますと、震源地は東京湾で、マグニチュードは6.2。東京、震度6。千葉、埼玉は震度5。茨城、群馬、神奈川で震度4を記録しております。震源地は東京湾で、マグニチュードは6.2。津波警報も発令されております。沿岸部にお住いになる方は十分注意が必要です。強い余震も予想されており、今後も注意が必要です。くりかえします、先ほど・・・・・・

まだ揺れている。自分の頭がグラグラ揺れているのに気づいた。落ち着くために、私はブランデーの瓶を取り出して、一気にあおる。強烈な香りが喉の奥から湧きあがってくる。倒れた本棚やタンスをそのままにして、私はモニターに向かった。パソコンは大丈夫だった。起動しはじめたマシンの音が、心臓の鼓動のように頼もしく感じる。ワタシはケルン城にいるのに気づいた。なんの問題もなかった。サーバーは安定している。この世界には地震が存在しなかった。ワタシは少し安心した。柴虎軍の将軍たちが、ケルン城の玉座の間に集合していた。
(・∀・):(=゚ω゚)ノぃょぅ
ドロンジョ:さっきはすごい地震でしたね。
メグちゃんSOS:え?なにが?
パンチョ・ビラ:地震だよ!グラングラン揺れてたぞ。
みなよ200:死ぬかと思ったでしゅよ!
メグちゃんSOS:うち関西なんで〜。
パンチョ・ビラ:おれは九州だ^^
(・∀・):ガ━━(゚Д゚;)━━ン!
パンチョ・ビラ:なにに驚いたんだよ^^
柴虎王が玉座に現われた。
柴虎:なんだこりゃ、集まり悪いなあ〜。
パンチョ・ビラ:そりゃそうだ!
みなよ200:あんな地震の直後で集まる方が無理!
柴虎:え?地震?そんな地方ネタはおいといて、作戦だ作戦〜。
メグちゃんSOS:早くはじめようよ。
柴虎:よし、次はエドゥーン城を攻めるぞ。
エドゥーン城は、大陸の中央に位置する魔王軍の重要な拠点だった。
パンチョ・ビラ:戦力に差があるな。
まさらっき:でもエドゥーン城さえ手に入れれば、そこを拠点にして魔王の城に侵攻できる。
柴虎:そういうこと。
ワタシ:しかし手ごわいぞ。無秩序に攻めこんでも全滅するだけだ。
みなよ200:禿しく同意!
柴虎:なんかいいアイデア内科?
(・∀・):( ゚_゚ )
みんなが口を閉ざしている。
柴虎:そういえば、ドラグーンの城に動きは内科?
ドロンジョ:ドラグーンってあのマシンが遅くて戦争中に落ちちゃった奴?
ワタツ:あやつはこの前の戦争以来、姿を見せてないぞい!今回の戦争は様子見だと思うがのう。
柴虎:そうか。ドラグーンが味方になれば助かるんだが。まあいいや。2度と現われないことを祈ろう。とりあえず解散するか。いいアイデアがあったらおれに教えてくれ。
帰り際にイリミジュに声をかけた。
ワタシ:今から狩りに行かない?
イリミジュ:ごめん!ちょっと用があるから。それよりエドゥーン城って、あなたの元上司のいるところじゃない?
ワタシ:ああ。いよいよ決着をつける時が来た。
イリミジュ:がんばろうね!乙!
イリミジュが魔法で消えた。ワタシはケルン城を出て、すぐ近くの町に行った。道具屋の入口で、プレイヤーたちが集まって話しあっている。ワタシと同じ軍団の人間だった。
クピクピ:そろそろ解散しよう。オツ。
バカるでぃ:乙。
桃桃:あっしはもう来ないわ。
妖党真人:あ、おれも。
クピクピ:なんで。
桃桃:だって戦争ばっかでつまんない^^
妖党真人:おれはリアルが忙しいから。こんなに戦争が続いたらついていけない・・・。
クピクピ:アタシも〜。忙しいのよ〜。
バカるでぃ:そうだよな。仲間もどんどん死んでいくもんな。
クピクピ:別に戦争なんかやるよりダンジョン探検のほうが面白いっす。
妖党真人:今、夜中の3時だぜ。ここにいたらリアルで生きていけねえよ。
バカるでぃ:もっとさあ、マッタリできるほうがいいよな〜。
桃桃:ここでいばっている人を見るのってゲンナリ。魔王でも柴虎でもどっちだっていいじゃん。マジ萎え〜。
みんな、いろいろと不満を持っているようだ。たしかに戦争に明け暮れるのはこのゲームの楽しみの一つでしかない。ゲームの中にはいろいろなクリアするべきシナリオがある。洞窟のボスを倒す旅や謎のアイテムを探す旅が、この世界にはあふれている。新しいシナリオが毎月1つずつ現われている。冒険できる場所もどんどん増えている。ドラゴンスレイヤーがあると思われている絶望の塔も、半年前にこの世界に現われたのだ。このゲームを制作した会社が、今も追加プログラムを制作し続けているのだ。永遠に終わることなく存在しつづける世界に、ワタシが生きている。

2週間後、グリゴールの雪原を歩いていると、たまたま柴虎王に出会った。フラフラでおぼつかない足どりだった。
柴虎:食料が尽きた。食料plz。
ワタシはバナナを渡した。
柴虎:あり。
ワタシ:私が君にアイテムを渡すなんて、いつもと逆だな。
柴虎:あ〜うまかった!この俺様が餓死したなんてシャレになんねーからな^^
ワタシ:しかし久しぶりだな。
柴虎:これ以上進まない方がいいぜ。向こうを見ろ。ウルフパックスだ。
ワタシ:本当だ。
柴虎:おれを見張ってるんだよ。チャンスがあれば殺す気なんだよ。
ワタシ:大丈夫か?
柴虎:おれ、強いからね。最強だから。あいつら、スゲーしつこいぜ。どこまでも追いかけてくる。
ワタシ:テレポートスクロールを使えば?
柴虎:テレポートしても追いかけてくるんだよ!
ワタシ:そんなことできるのか?他人のテレポート先が分かる魔法があるのかな?
柴虎:そんな魔法、聞いたことないぜ。ブキミだよ。
ワタシ:最近姿を見せなかったのはそのせいか?1週間くらい接続してなかったんじゃないか?
柴虎:なかなかいい店がなくてな。
ワタシ:今どこにいるの?
柴虎:おまえの目の前だよ。スゲー地面がすべるな。
ワタシ:今どこのリアルにいるの?
柴虎:渋谷。先週まで横浜にいた。
ワタシ:近くだな。いっしょに飯でも食うか?
柴虎:遠慮しとくよ。おまえのところにマシンが2台あるなら話が別だけど。
ワタシ:1台しかない。
柴虎:ドラゴンスレイヤーは見つかった?
ワタシ:まだ。どう?リアルの冒険のほうは?
柴虎:場所が悪い。最近じゃ、どこの店でも途中で追い出されちまう。
ワタシ:ワンルームマンションを借りたらどうだ?
柴虎:身分証明書が必要だよ。
ワタシ:そうか。
柴虎:放浪の旅だよ。あ、店員がこっちに来た。乙。
柴虎王が消えた。吹雪の向こうにいたウェアウルフたちも消えた。ワタシは雪原に一人とり残された。柴虎王は大丈夫だろうか。ワタシが初めて柴虎王に会ったのは、魔王軍を裏切ってから1ヶ月くらい経った日のことだった。魔王に納める税金を払わないでいたら、田所信一郎の軍団に攻めこまれた。ブルーシャドー城を追われたワタシは、世界を放浪することになったのだ。全ての城や町や村が魔王によって支配されているので、道具屋でアイテムを買うことができなくなった。さらにワタシは、魔王によって懸賞金をかけられた。裏切り者のワタシを狩る者たちに、次第にワタシは追いつめられていった。辺境まで逃げのびた後、ワタシはついにケルン城の近くの森で力尽きて倒れた。もうアイテムもなかった。復活の呪文をかけて助けてくれる仲間もいなかった。死を待つだけだった。私はモニターの前で、森の中で朽ち果てていく自分の姿を、しばらく呆然と眺めていた。その時、ワタシの前に現われたのが柴虎王だった。柴虎王の持っていたありあまるアイテムがワタシの命を救ったのだ。リアルでの外は雪が降っている。普通の家を持たない柴虎王は大変だろう。真夜中に店を追いだされたら、どこで過ごすのだろう。お金はまだあるのだろうか。なくなったらどうするつもりなのだろう。想像がつかない。それにしても今日はすごい寒さだ。暖房が効かない。部屋の中が、たそがれのように薄暗い。この戦いが終わったら、温泉にでも行こうか。一日中、お湯に浸かっていたら、さぞかしいい気分だろうな。今も電磁波が充満するぬるま湯に浸かっているのだけれど。温泉には、ブロードバンドでつながったマシンはあるだろうか。メモリは512以上。CPUも2ギガはほしい。もちろんこのゲームがインストールされている方が望ましい。グラフィックボードも重要だ。性能が悪いとドラグーンのようになってしまう。どこでもいい。どこでもいい。どこに行くのでもいい。でも今は無理だ。どこに行っても、思考が一点にとどまったまま、動こうとしない。長く、軽い、心地のよい絶望。私は、なんと呼べばいいのか分からない、正体不明の感情に陥ってしまっているようだ。

寝不足のまま、鳴り響く目覚まし時計を見ると、午後5時。珍しく今日は、リアルで予定があった。急いで着替えて電車に飛び乗る。想像以上に外は寒かった。しばらくどこかに行っていたような気分がしたが、ずっと家に閉じこもっていただけだ。世界の全ては想像以上だ。駅を降りて、倒産した私の会社の前を通る。倒産してから半年以上が経っていた。ビルの中には、別の会社が入っていた。ものすごい音が聞こえて、思わずふり返る。なんのことはない。ただのトラックが車道を走っているだけだ。後ろから音が聞こえたので、不思議な気分がした。いつも目の前のスピーカーからでしか音が聞こえてこないのだ。人生と、気づく間もなく、30年。いつのまにか時間が過ぎ去っていく。どこまでも同じような町並みが続く。商品を売り、商品を買い、学習し、繁殖していく。いろいろな物が私の世界にあふれている。ワタシの世界よりも多彩な出来事がここにはある。どこまでも続く街灯。薄暮の夢世界。その先には、本当は、なにがあるのだろう。どこまでも道を進み、いろいろな人にすれ違い、ビルの前を通りすぎていく。歩きながら、多彩な出来事に翻弄されている自分に気づいた。いったい、自分は、みんなは、どこに向かって歩いているのだろう。喫茶店の奥のテーブルに宮戸さんが座っていた。宮戸さんは、前の会社の上司だ。
私:あ、すいません。遅れました。
宮戸治:いいって、いいって。気にするな。久しぶりだな。
宮戸さんが立ち上がって私の肩をたたいた。そして座りなおし、3本目のタバコに火をつけた。
宮戸治:話ってなんだい?
私:ゲームのことなんですが。
宮戸さんが大笑いした。
宮戸治:話って、ゲームのことかよ!おれはまた就職のことかと思った。
私:そう。ゲームなんですよ。
宮戸治:ははは・・・。ゲームね。
塵一つない黒いテーブルに、宮戸さんの顔が映っている。テーブルに映った宮戸さんの方が、私の目には本物のように見える。
宮戸治:まだやってるのか。
私:・・・はあ。まあ・・・。
宮戸治:就職、まだなんだろ?
私:はあ・・・。
宮戸治:そうか。不景気だもんな。ゲームでもやって憂さを晴らせばいいよ、なあ?
私:はあ・・・。今は不景気だし、しばらく様子を見ようかと思うんです・・・。
宮戸治:親は元気か?
私:はい。おかげさまで。
宮戸治:まあ、おれと違っておまえは独身なんだし、好きなことすればいいよ。ゆっくり探すのも悪くないかもな。おれは急ぎすぎた気がするよ。
私:仕事大変なんですか?
宮戸治:うん。まあね・・・。やっぱり中途入社になっちゃうとね。
宮戸さんは黙った。会社の愚痴を言うような人ではないのだ。思いきって口を開いた。
私:宮戸さんは次の戦争に出ますか?
宮戸治:ああ、攻城戦だろ?メールが着てたけど。もうほとんどあのゲームなんかやってないし。どうだろう。まあ、暇だったら参加しようかなって思ってるよ。・・・なんで?
私:あの、私も参加するんです。
宮戸治:ああ、部長から聞いてるよ。裏切ったそうじゃないか。そうか。君は反乱軍なんだな?
私:ええ。それで、あの、裏切ってほしいんですけど。
宮戸治:え?裏切れって?
宮戸さんがニヤリと笑った。
私:・・・はい。
紅茶をすすった後、宮戸さんは目を細めながら首をかしげた。
宮戸治:あれから何年たったかな・・・。あのゲームを部長に強要されて始めたのは・・・。
私:3年です。
宮戸治:そうか。3年か。・・・チームワークの訓練とかいう名目だったよな。
私:宮戸さんは接待ゲームって呼んでましたね。
宮戸治:ああ、そうそう。まあ、いい思い出だよな。倒産まぎわでゴタゴタが続いてて、ああいう息抜きも必要だったと思うし。それに部長もああ見えてけっこういい奴だったよ。なにしろゲームやってるだけで、なぜだか残業手当がついてたし。
ふっと2人して笑う。
私:社内がゴチャゴチャしてたから、あんなことができたんでしょうね。
宮戸治:そうそう。仕事中にもプレイしてたよな。会社の金でゲーム内のアイテムをネットオークションで買ったり。ハハハ・・・。
笑い声を出していたが、宮戸さんの顔は笑っていなかった。あまり思い出したくない過去なのだろう。宮戸さんはもうゲームなどやってないのだ。宮戸さんは会社がつぶれてもすぐに再就職していた。もう部長に強要される必要もないのだ。私はなぜか、今でもゲームをやりつづけているのだが。
宮戸治:それじゃ、がんばれよ。アルバイト程度なら、いくらでも仕事回してやるからな。
別れ際に宮戸さんが言った。
私:はい。ありがとうございます。・・・それで、裏切ってくれるんですか?
宮戸治:・・・考えておくよ。
ゲームに慣れてしまった私には、宮戸さんの複雑な表情を読むことができなかった。

ケルン城を守りぬいてから1ヶ月後、エドゥーン城をめぐっての戦争がはじまろうとしていた。エドゥーン城の東にある草原地帯に、柴虎軍は続々と集結しつつある。ここがスタート地点だった。ここから西のエドゥーン城を目指して進軍していくのだ。草原地帯は蛙が飛び跳ねているほかは静寂に包まれていた。普段はモンスターがうようよ出現する地帯だが、今日は戦争のため、モンスターは1体も見えない。何千人ものプレイヤーがこの場所に集まるため、サーバーに負荷がかかり、モンスターを出現させるだけのプログラムの余裕がないのだ。この普段と違う雰囲気が、戦争前の緊張感を増していく。部長に勝てるだろうか。ワタシは自問自答を繰りかえした。会社が倒産するまでは、いい武器やアイテムを部長に全部取られていたので、ワタシが勝つ可能性はほとんどゼロだった。問題は、ワタシが反乱軍に入ってからどれだけ強くなっているかだ。この半年間のプレイ時間なら誰にも負けない。それに戦争は1対1の戦闘ではない。こちらにも強力な味方がいるのだ。作戦次第で戦況はどうにでもなるはずだ。
ワタツ:わしが北の軍の先頭になればいいんじゃな?
ワタシ:戦争がはじまったらその話し方やめてくれよ。すぐに正体がばれるから・・・。
ワタツ:やっぱりこのキャラは苦手じゃ。別キャラも育てたいのう・・・。
向こうからみなよ200がフラフラと歩きながらやってきた。
みなよ200:あれ、ワタシしゃん、マントつけてないんでしゅか?君主やめたんでしゅか?いらないんなら城をあたしにくだしゃい。
ワタツ:なんじゃ?
みなよ200:ニセモンかよ!ジジイ!まぎらわしいんだよ!アッチいけシッシ!
ワタツ:ナマイキじゃぞ!インチキ魔術師めが!
ワタシ:200もワタツの部隊に回ってくれ。
ワタツ:わしがリーダーじゃ。
みなよ200:ぬな?
ワタツ:もたもたしとると置いていくぞい!
みなよ200:げ、ゲロンパ。
柴虎:ブルーシャドー城にいた残党もかなり合流しているはずだ。気をつけていけよ!
ワタツ:いくぞ!ヒッキー!
ワタシ:がんばれよヒッキー!
武運を祈り、ワタシとワタツはお互いを剣で一振り斬りあった。城の前には、魔王の軍勢が待機していた。その数、2000。こちらの倍以上の兵力だ。草原の中心で、戦争の開始を告げる花火が打ち上げられた。
柴虎:攻め落とせ!
みなよ200:ぬほおおおおう!!
パンチョ・ビラ:かかってこいや!
みなよ200:みょぉぉぉぉぉぉ〜!
大軍の進撃に大地が揺れている。クラクラとして、思わずスピーカーの音を下げた。音がなくなったとたんに自分の意識が上空まで飛んでいってしまいそうな目まいを感じ、また音量を上げる。さすがに会社で指導力を培っていただけあって、部長の軍隊は統制が取れていた。混乱のない、すばやい行軍だ。またたく間に草原を真っ黒に埋めつくしていく。草原の大軍を率いているのは、私の会社で課長だった東和則だ。実社会でも強力な指導力を持つ人間だ。敵の大軍を目の前にして、我が軍は北と南に大きく展開した。敵陣を囲いこむように進んでいく。北の軍を率いているのはワタツだ。北の軍は数が多いが、戦力はほとんどない。低レベルの参加者をまとめた軍だ。南の軍を率いているのはパンチョ・ビラ。ワタツと同じくらい屈強な戦士だ。イリミジュとワタシは南の軍の隊列の真ん中あたりを目立たないように進んでいく。北の軍の方が動きが活発だった。北の軍の隊列が横に長々と伸びていった。敵は北の軍の分断を図り、隊列の中心あたりを突破しようとした。北の軍は右と左に大きく分裂した。城を目指していた北の軍の先頭の部隊は引き返して敵の迎撃にあたる。敵軍は挟み撃ちされる恰好になった。刺激を受けて、敵の部隊は北の軍を攻撃しはじめた。おとり作戦成功だ。我が軍の行動範囲があまりに大きいため、敵は全体の行軍を把握しきれていなかった。ワタシやイリミジュのいる南の部隊はそのまま城を目指して進んでいく。
イリミジュ:進め!進め!
城門の前には守備軍が密集していた。我が軍は魔法を集中させ、効果的にダメージを与えていく。強力な魔術師たちの最高の攻撃魔法が敵をバタバタと打ちたおしていく。その時、地の底から湧きでてくるような咆哮が聞こえた。地面が裂け、我が軍の目の前にアイアンゴーレムが立ちはだかった。アイアンゴーレムは攻城戦の時にしか召喚できない特別のモンスターだ。鋼鉄の鎧を着けた山のような大巨人で、ワタシよりも5倍くらい大きい。以前にサイクロプスが襲ってきたのと同じように、魔術師が後ろで操っているのだ。アイアンゴーレムに武器をたたきつけると金属音が重く鳴り響いた。
ワタシ:武器に気をつけろ!
ゴーレム族のモンスターたちを攻撃すると、武器を破損することもあるのだ。破損した武器は攻撃力が弱くなる。城の守備にはうってつけのモンスターといえる。戦場に金属音が反響に反響を重ねる。鋼鉄の兜の奥でランランと目玉を光らせながら、アイアンゴーレムが怪物級の力で柱のような剣を振りおろす。断末魔の叫びをあげて、攻撃を受けた兵士がそのまま地面に叩きつぶされていく。とてつもなく重い攻撃だ。バタバタと仲間たちが倒れていく。イリミジュが巨大な魔法の矢「デイモンズアロー」を撃った。勢いよく放たれた魔法の矢が、巨人の体に吸いこまれていく。ゴーレムの動きに変化はない。このモンスターは魔法が効かない体のようだ。
ワタシ:戦士はゴーレムを集中攻撃だ!こいつから倒すぞ!
体力に自信のある戦士たちが巨人の周りを取り囲んで攻撃を続ける。アイアンゴーレムが腕を振り回すたびに仲間がバラバラと吹き飛ばされていく。いくら攻撃をくりかえしても、ダメージを与えているようには見えない。人智を超えた巨大な台風に挑むようなものだ。
パンチョ・ビラ:こいつの弱点は?
イリミジュ:魔法が効かないわ!
マキマティコ:種類が違う!風系の魔法よ!波動の矢かなんか。
長々と呪文をかけながら魔力をたくわえて、メグちゃんSOSが「波動の矢」を発射した。巨人に向かって衝撃波が走る。「波動の矢」が命中した。アイアンゴーレムは悲鳴を上げて大きくのけぞった。
パンチョ・ビラ:効いてるぞ!
ワタシ:どんどん撃て!
メグちゃんSOS:それ〜!
(・∀・):(`Д´)ノ〜〜〜★☆
次々に「波動の矢」が巨人に撃ちこまれていく。アイアンゴーレルは痙攣をくりかえしている。重い金属音が反響に反響を重ねていく。頭が割れそうなほどの轟音がいつまでも続く。
メグちゃんSOS:くわっぱ!
無数の波動を浴びて、ついにアイアンゴーレムが撃沈した。体を構成していた鉄の部品がバラバラに分解して、巨大な鉄屑の山に変化していく。安心するのはまだ早い。城門からおびただしい数の弓矢が襲いかかってきた。我が軍が荒れ狂う敵の部隊に突進していく。ブルーシャドー城を逃げてきた連中を含めて一夜漬けの連合を組んでいるため、敵は誤爆が多い。味方を攻撃している者もいる。ワタシは敵軍に突入し、当たるを幸いなぎ倒す。混乱が混乱を呼んで、またたく間に我が軍は城門を抜けていく。
柴虎:城門を抜けたか?
ワタシ:一部完了!
柴虎:ワタツは城門前に行け!草原にたまった敵を城に入れさせるな!
ワタツのおとり部隊が今度は壁となって、城に戻ろうとする敵の進軍を防ぐ作戦だ。
イリミジュ:敵が少ないのが気になるわ!
ワタシ:あと少しで玉座の間だ。
ワタシは巨大な扉を開けた。部屋に入ったとたん、大きな音をたててドアが閉まった。モンスターたちが大広間に集まっていた。デビルコボルド、デーモン、アンデッドウォリアー、デッドアイ。床が見えなくなるほど密集していた。
イリミジュ:ドアが開かない!
閉じこめられた。モンスターの巣だ。よく見ると部屋の中央に魔術師がいた。おそらくこの罠の制作者だろう。
バシュコッチ:氏ね!群盗の輩め!倒錯と歪曲のどす黒い波間に埋まれ!邪悪な混沌のぬかるみに沈め!
そう吐きすてて魔術師が消えた。冗談じゃない。こんな所で沈んでたまるか。血に飢えた魔物たちがこちらに襲いかかってくる。ワタシは部屋の中央にいるタコ型の巨大モンスター、オクトパス・ゴールドにむかって闇雲に斬りつける。8本もの足に絡みとられて身動きが取れない。本体めがけて剣を振り落としていく。押しつぶされるかのような重圧感だ。オクトパス・ゴールドは緑色の液体を吐いた。強烈な異臭を漂わせながらワタシの鎧が溶けていく。魔法の光や血しぶきで、自分が見えない。狂おしいほどの時間だ。混沌の殺戮劇が続いていく。イリミジュが口笛を吹いた。巨大グモのクネロスが床の亀裂から這いあがってくる。クネロスは、鋭利な牙でオクトパス・ゴールドに喰らいついていく。お互いに足を絡み合わせて争っている姿が不気味でおぞましい。クネロスが、オクトパス・ゴールドの足を引きちぎった。ワタシは自由になり床にころげ落ちた。アンデッドウォリアーの集団がすぐに襲いかかってくる。ワタシはでたらめに剣を振りまわした。閉じこめられた状態がひどく苦痛だ。本能的に、耐えがたい苦痛だ。意識が遠のく。「鈍足」の魔法をかけられてワタシの動きが遅くなった。デーモンが群がってくる。無数のおぞましい手足がこちらに伸びてくる。動け!動け!攻撃を受けて体力がなくなっていく。マウスをたたきつけながらワタシを動かしている自分に気づく。
(・∀・):ヽ(◎Д◎;)ノ ワァァァン!
メグちゃんSOS:ヤバ!
パンチョ・ビラ:さらば!
次々に仲間たちがテレポートして逃げていく。オクトパス・ゴールドはクネロスの猛攻を浴びて弱っている。ワタシは突進して、渾身の力をこめて刺しつらぬいた。タコの怪物は床をのたうちまわり、自分の吐きだす酸に溶けながら崩れおちていった。部屋が静かになった。ワタシはモンスターや仲間たちの死体の山に囲まれて、呆然と立ちつくした。イリミジュがクネロスに抱かれていた。体力を回復してもらっているのだ。服がボロボロで裸に近い外見だった。クネロスの吐く透明な糸を全身に浴びていた。
イリミジュ:さっきなんて言ってたの?盗賊の輩?邪悪な?
ワタシ:覚えてない。
扉が開いた。クネロスが元の世界に帰っていった。ワタシとイリミジュのほかには誰もいなくなっていた。興奮のあまり、いつの間にか鼻血が流れ出ていた。心臓が猛烈に鼓動をくりかえしている。モニターの前で痙攣をくりかえす。大失敗だ。悪夢を見ているようだ。めまいがする。・・・落ち着け。落ち着け。落ち着くんだよ・・・。
イリミジュ:平気?
イリミジュが心配そうに様子を見ていた。ワタシはイリミジュの目の前を通りすぎて、力なく扉を開けた。長く続く廊下には誰もいなかった。城の大理石の床にワタシが履いているアイアンブーツの冷徹な足音が響く。
イリミジュ:もうアイテムもないし、魔力も少ない。途中で消えるわよ。
ワタシ:後は任せろ。
イリミジュ:あぶなくなったら逃げてね!絶対に逃げてね!
ワタシ:分かった。
玉座の間には田所信一郎がいた。部長の本名だ。そして田所の周りには近衛兵の暮林明、宮戸治、松田峰雄、加山宏、星野雄二がいた。近衛兵たちの名前は全て本名だった。会社で田所信一郎の部下だった男たちだ。魔術師の前田洋子と中島仁志がいないのがせめてもの救いだった。きっとリアルでいろいろと用があるのだろう。
田所信一郎:裏切り者め!
田所信一郎が玉座から立ち上がって叫んだ。
田所信一郎:おまえのような奴のせいで会社が倒産したんだ!
思えば私一人が「ワタシ」というキャラクター名をつけた時から、こうなる運命だったのかもしれない。ワタシは剣を構えて戦闘体勢にはいった。ワタシは1番弱そうな松田峰雄に向かって攻撃した。松田峰雄は会社の経営が危なくなったとたんにまっさきに転職したため、他の社員に比べてプレイ時間が少ないのだ。なんでまだここにいるのだろう。人脈作りのために接待プレイをしているのだろうか。田所信一郎とその部下がじりじりとこちらに近づいてくる。囲まれて攻撃を受けたらおしまいだ。ワタシは石化ポーションを敵に向かって投げつけた。田所信一郎と加山宏は石化解除のスクロールを使って魔力を防いだが、他の3人は石になった。その間にワタシは松田峰雄を切り刻んでいく。なすすべもなく松田峰雄が血まみれになって崩れ落ちた。ふり向きざまに、突進してきた田所信一郎に攻撃を加える。田所信一郎も負けずに反撃する。ワタシは驚くほどのダメージを受けた。暮林明がイリミジュに向かって呪文をかけた。暗黒の呪文「ヴァンパイアタッチ」。HPが吸い取られる呪文だ!相手から吸い取ったHPは自分の物になる。イリミジュは同じ魔法を相手にかけた。魔力の勝負。魔力がなくなったほうの負けだ。2人のすさまじい魔力の衝突が部屋を揺るがせている。
暮林明:hlp
加山宏が風の魔力を持つ剣を振りおろした。衝撃波が2人を襲い、お互いにかけられた魔法が解けた。暮林明がフラフラになっている。イリミジュが両手を挙げて炎の精霊を呼び出した。5本の巨大な炎の柱が暮林明を取り囲んだ。炎の距離が狭まっていき、一つの巨大な柱になった。炎に包まれた暮林明が体を不自然にくねらせながら燃えあがり、瞬く間に灰になった。加山宏が精霊を召喚した。精霊の腕に包まれた加山宏の姿が消えた。イリミジュが「ファイアーウォール」の魔法をかけた。燃え広がる炎の中に黒い影がのたうちまわっている。そこだ。ワタシは影に向かって斬りつけた。剣の軌道が無慈悲なきらめきをみせる。加山宏がどす黒い体液を吐き出しながら、前のめりになって床に倒れた。
イリミジュ:もうだめ!
イリミジュが、テレポートの魔法でどこかへ消えた。残りは星野雄二、宮戸治、田所信一郎。
ワタシ:少し分が悪い。
田所信一郎が襲いかかってきた。鍛えに鍛えた武器が激突し、火花が飛び散る。全身の筋肉が硬直し、激しく震える。田所信一郎からは、張りつめた全身の気迫がみなぎっている。あまりの迫力に圧倒される。ワタシは剣をうち払い、懐に踏みこんだ。うなりをあげて相手の頭上に剣をふり落とす。田所信一郎は直撃の瞬間にすばやくその場を離れた。警戒すべきはカウンターアタックだ。ワタシはじりじりとプレッシャーをかけて相手を追いつめていく。剣と剣との息つく暇もないすばやい攻防が続く。ワタシの剣が空を斬る。相手の剣が途中で止まる。腕を伸ばしてのフェイントだった。体勢が切りかわり攻守が逆転した。一瞬の隙をつかれて反撃の一打をくらう。体勢が大きく崩れる。相手は連続攻撃をくりだした。身をひるがえしてこれをよける。斬りあっているうちにだんだん勝負が見えてきた。相手が強すぎる。驚異的な攻撃成功率だ。全ての攻撃がワタシの体に叩きこまれていく。ワタシの体力がなくなりそうになった時、急に田所信一郎が後ろに退いた。唖然として向こうを凝視すると、田所信一郎がポーションで体力を回復させていた。こちらも急いでありったけのアイテムをつぎこんで回復に努める。向こうもあぶなかったのだ。もしかしたら互角なのかもしれない。
田所信一郎:そろそろ力も尽きる頃だろ?無駄なんだよ。
星野雄二:おつかれ。
田所信一郎:君も会社と同じように倒産していいよ。
ワタシにとどめを刺すために、今度は星野雄二が飛びかかってきた。その瞬間、無防備な星野雄二の背後から宮戸治が斬りつけた。
星野雄二:!
うろたえる星野雄二に対し、宮戸治は問答無用で斬りつづけた。星野雄二がボロボロになって倒れた。
宮戸治:たかがゲームだろ?
宮戸治が振り返って田所信一郎に斬りつけた。田所信一郎は何も言わない。キーボードを打っている場合ではないのだろう。
宮戸治:バカじゃないの?
田所信一郎も応戦している。どちらが優勢なのか私には全く分からない
宮戸治:ゲーム。ゲーム。ゲーム。
スピーカーから大音量が聞こえた。血しぶきを上げて田所信一郎が倒れた。
宮戸治:うん、いいな。昔の上司をぶったぎるっていうのは。
剣を収めてから、宮戸治はワタシを見た。
宮戸治:ま、あの部長も、かわいそうな奴なんだよ。倒産した後、前田洋子との浮気がばれて離婚しちまった。元々、婿養子だったから、家を追い出されて。ここしか居場所がなかったんじゃないの?
モニターの中の宮戸治が、笑みを浮かべたように見えた。複雑な笑みだった。
ワタシ:え?前田さんって部長とつき合ってたの?
宮戸治:うん。そう。けっこう長かったよ。知らなかった?
ワタシ:知らなかった。だから今日いなかったのか。
宮戸治:うん。じゃ、おつかれ。
宮戸治は消えた。おそらくもうこの世界で出会うことはないだろう。こうして、ついにエドゥーン城の城主、田所信一郎は倒れた。宿敵を倒しても、なぜだかどこまでも広がっていく悲しみや寂しさをワタシは感じていた。

勝利したとはいえ、この戦争は大きな損害を我が軍に与えた。生き残った者が部屋に集まる。口数少なく立ちつくしている。ファンファーレが鳴り響き、エドゥーン城の玉座に柴虎王が勢いよく現われた。
柴虎:諸君!このたびの戦争はご苦労であった!勝利に一歩近づいたぞ!
メグちゃんSOS:おー!
みなよ200:ヤター!
マキマティコ:ヤー!
(・∀・):ヽ(●´∀`●)ノ ワーイ♪
柴虎王の言葉に兵士たちは息を吹きかえし、大歓声がわきおこる。
柴虎:いいか、おまいら!マッタリしてる暇なし!今から2週間後に敵の本拠地アーク城に侵攻する!行くぞ!ゴラァ!!
マキマティコ:ええええええぇぇぇぇ〜〜〜〜っ!
パンチョ・ビラ:早すぎ!
(・∀・):ヽ(`д´ )ノ ヽ(`Д´)ノ ゝ( `д´)/
メグちゃんSOS:ぶ〜〜〜〜〜〜〜〜!
バンダル:そりゃ無理!
ドロンジョ:予定立てらんないよォ!
あちこちでプレイヤーが不満の声をあげた。
柴虎:いいか!ここは速攻で勝負だ!マシンスペックにも気をつけろ!今度の戦争は処理が重くなるぞ!
柴虎王が魔法で消えた。城内は大混乱がいつまでも続いた。柴虎王の発表は、この世界に大きな衝撃を与えた。ついに決戦の時が来たのだ。この世界で史上最大の戦争になることはまちがいなかった。

ワタシは夜明け前にブルーシャドー城に戻った。青い月明かりが差しこむ玉座の前で、柴虎王が一人でたたずんでいた。物思いにふけっているのだろうか。疲れて一休みしているのだろうか。さびしそうな姿だ。いつになく、はかなげに見えた。
ワタシ:話がある。
すぐに返事が返ってきた。
柴虎:なんだ?
ワタシ:2週間後は早すぎる!もう少し時間をかけてアイテムを増やしたりレベルを上げたり準備した方がいい。
柴虎:だめだ2週間後だ。本当なら明日にでも攻めこみたいところだぜ。それまでに急いでアイテムを蓄えろ。おれも今までに貯めまくったレアアイテムを大放出する。
ワタシ:今日の戦争で我が軍にも多数の死者が出ている!せっかく互角の兵力で戦える所まできたのに!
柴虎:そんな暇ねーのよ。おれ、警察に指名手配されちまった。
ワタシ:指名手配?
柴虎:ああ。全国のネット喫茶に、おれの顔写真がデカデカと貼られてるんだよ。家出人捜索でな。
ワタシ:本当か?
柴虎:本当だよ。たしかにあやしいよな。未成年がネット喫茶に何日も泊まりこんでるんだもん。
ワタシ:戦争を遅らせる方がよくないか?一度、実家に帰ってからやり直せばいい。
柴虎:実家じゃ無理なんだよ。どうしてもこういう生活じゃなきゃいけないんだ。金も尽きてきた。時間がないんだ!
ワタシ:それにしても2週間後は急すぎる。
柴虎:うだうだやってたら、そのうち捕まっちまう。もしかしたら、ゲームの運営会社にも連絡がいって、おれのキャラが使えないようにされちゃうかもしれない。
ワタシ:どうしてもやりたいのか?
柴虎:おまえと約束したはずだろ?最後までいっしょに戦うって。あと少しだ。いっしょに戦いたいんだよ。
ワタシ:分かったよ。戦う前から負ける必要もない。最後まで戦おう。
柴虎:まだ終わりたくない。おれは今度の戦争におれの全てをかけている。

夢の中で、エカテリーナや魔人戦士ドラグーンやアイアンゴーレムや田所信一郎や0がワタシを斬りつける。彼らは無敵だった。いくら攻撃をしても倒れようとはしない。仲間は一人もいない。イリミジュはどこにもいなかった。夢の中で、毎晩のようにワタシは切り刻まれていく。そのせいであまり眠れない。ワタシは昼も夜も戦いつづけた。モンスターを倒しつづけてレベルを上げつづけた。アイテムを増やしつづけた。この世界には四季がなかった。いつも春のようだった。別の世界では冬になりつつあったが、部屋の中でいつまでも私は戦いつづけた。意識がある時間はいつもディスプレイの前に座っていた。睡眠不足や寒さや栄養不足のせいで、私の体が衰弱していくのを感じた。しかしワタシはどんどん強くなっていった。今や、私とワタシは一心同体だった。ワタシが死んだ瞬間に、私も死ぬのではないか。そんな気がした。私が死んでも、ワタシは生きているような気もした。実際のところ、ネットワークゲームをやりすぎて死んだ人間は今までにリアルで何人もいた。没頭しすぎて、衰弱死してしまうのだ。さらに、このゲームは数あるネットワークゲームの中でも「廃人専用ゲーム」というあだ名がついていた。このゲームは、すでに世界中のリアルで何人もの死者を出しているのだ。モニターを前にして死んだ人間は、どこに行くのだろうか。天国だろうか。地獄だろうか。もしかしたらこのゲームの世界に行ったのかもしれない。ここでは活き活きと動き続けているのかもしれない。本人たちも自分が死んだことに気づいていないのかもしれない。私も気づかずに、死んだ人間といっしょに戦ったり話したりしているのかもしれない。ワタシは森の奥に入っていく。深く。深く。どこまでも奥に入っていく。今は夜だ。周りには桜のような花が一面に咲いている。暗闇に浮かび上がるように咲き乱れている。あまりにも美しいが、どこか自然の法則からかけ離れている。心乱される光景だった。その時、流星がきらめいて6体のウェアウルフたちが現われた。突然の敵の出現に思わずよろめく。カーテンのすき間から朝日が差しこんで、モニターに反射した寝不足の私の顔とにらみあう。急いでカーテンを閉め、暗闇の敵に対峙する。
ワタシ:またか。よく会うな。私に会おうと思えばいつでも会えるのか?
ウルフパック:おまえが来そうな狩り場は、だいたい分かっている。魔王に不可能はない。
ワタシ:魔王じゃない。あいつの名前はティレシアスだ。
ウルフパック:この前はみごとな戦いだったな。
ワタシ:やるか?
ウルフパック:いや。今夜は月の満ち欠けが悪い。話をしにきた。魔王の軍団に戻れば、おまえにドラゴンスレイヤーを渡そう。おまえが探している武器だろ?
ワタシ:なんで私がそれをほしがっていることを知っているんだ?
ウルフパック:魔王はなんでも知っている。手に入れる方法も分かっている。おまえの返答次第だ。
ワタシ:おまえたちがドラゴンスレイヤーを持っているのか?
ウルフパック:おれたちには必要ない。爪と牙を持っているからな。
ワタシ:なにをもらおうとも、裏切る気はないぞ。
ドラグーン:長くプレイすればするほど、身に染みて分かってくることだ。魔王を倒すことなどできない。
ワタシ:次の戦争で終わりだ。
シルバーウルフ:バカな奴だ!
ワタシ:バカだからここにいるんだよ。
ワタシは剣を構えて戦闘体勢に入った。ウェアウルフたちもこちらへにじり寄りながら、先制攻撃の機会を待っている。ウルフパックが中央に分け入って、両者の動きを制した。
ウルフパック:まあいい。近頃このサーバーが不安定なのを知っているか?
ワタシ:サーバー?
ウルフパック:どうやら我々のサーバーで、いろいろな不都合が起きているらしい。アイテムがなくなったり、突然キャラクターが消去されていたり。
ワタシ:そんなこと公式ホームページのメンテナンス情報には出ていなかったぞ。
ウルフパック:まだ非公式なのだろう。なにか隠しておきたいわけがあるのかも。
シルバーウルフ:この前の地震のせいで、サーバーが故障したとの噂も流れている。
ウルフジャック:大規模な戦争が続くせいで、サーバーに負担がかかりすぎているという噂もある。
シドウルフ:原因に心当たりはあるか?
ワタシ:いや、ない。
ウルフパック:いずれにせよ、今度の戦争よりも、さらに危険なことが待ち受けているような気がする。
ウルフパックは優雅に腕を伸ばして桜のような木に触った。魔術で花びらが散らばっていく。幻影を見ているかのようだ。ウルフパックたちは風と共に消えていった。

小説「ナイス・ドリーム」