小市民ダークロのありがちで気の抜けた感じのやつ

ナイス・ドリーム

第2章
「ブルーシャドーの城」

ワタシはアイテムを探しにマスターの渓谷に遠出をしていた。切り立った崖の奥底に、誰も通らないような荒れ果てた道がある。岩岩にはさまれた狭い道だ。モンスターにもプレイヤーにも会わずに、どこまでも細い道を進んでいく。進みながら物思いに沈んでいく・・・。30才を過ぎて、とうとうこんな場所まで来てしまった。遠い所まで来てしまったような気がする。これから先、どうすればいいのだろう。未来の自分を考えると、まるで「鈍足」の魔法をかけられたように精神の動きが遅くなる。中途採用されるにしても、年が若いわけでもない。役職にしても、主任以外の地位に就いたことがない。特に秀でた能力もない。頼るべきコネもない。不況のど真ん中だ。戦後最大の失業率がこの国を襲っている。悪い予感がする。全く意気消沈である。追いつめられた男がマウスを握っている。どうしたらいいのだろう。いったい、ぜんたい、まったく、ふっ・・・。なにをやっているのだろう。突然、頭上から凶暴な鳥人獣が襲いかかってきた。ハーピーだ。腕の代わりに翼がついていて、足には大きな爪が生えている。爪の攻撃をすばやく避けながら剣を振りまわす。ハーピーは攻撃を受けるたびにすさまじい叫び声を上げる。狭い道なのでワタシの逃げ場所がなくなっていく。追いつめられながら斬りつづける。手ごたえがあった。凶暴な鳥人獣が悲鳴をあげてのけぞった。手負いのハーピーが空に逃げていく。弓矢に持ちかえて狙いを定める。魔力を封じこめた銀の矢だ。何発か命中した。喉の奥からしぼり出すような悲鳴をあげて、苦しそうに羽ばたきをしながらハーピーが落下する。地上に落ちたハーピーは身動きしない。飛ぶことをあきらめず、最期の瞬間まで風を捉えようとした悲しい姿だった。羽根が散らばっている。ハーピーの体から宝石が飛び出ている。レアアイテムの「彷徨えるルビー」だ。ルビーを手に入れたとたん、向こうから誰かがやってくる。ワタシと同じ戦士のようだ。
0:死ね
・・・0だ。ワタシは、0に遭遇した。この前のウェアウルフ同様、ついていない。0は「死ね」以外の言葉を話そうとしなかった。もしかしたら日本人ではないのかもしれない。0はこの世界で有名なバーサーカーだった。誰とも話さず、どこの軍団にも所属しない。攻撃できる対象には全て攻撃するのだ。0にとって自分以外は敵なのだ。正体不明の戦士。目撃例とその実力から考えて誰よりもプレイ時間が長いことだけは確かだ。今いる場所は細長い渓谷なので逃げ場がない。すぐに0が斬りかかってきた。
0:死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
ワタシも応戦した。どこまでも剣を振りつづけた。さすがに0は相当のツワモノだ。体力がものすごい割合で削り取られていく。でもそんな簡単に死んでたまるか。
0:死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
ワタシ:生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる
0:死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
ワタシ:生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる
0:死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
ワタシ:生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる生きる
突然、0が攻撃の手を緩めた。呆然と立ち尽くしている。もしかしたら体力がほとんどなくなったのかもしれなかった。それともワタシの言葉を聞いて、なんらかのショックを受けているのだろうか。0は「死ね」すら言わなくなった。これではただの生きるしかばねだ。0はワタシ同様に魔王から懸賞金がかけられている。このまま殺してしまってもいいが、なんとなく魔王の手助けをしているようで気に障る。それになんとなくワタシは、「死ね」と言いつづけて他のプレイヤーを殺しまくっている0に親近感を抱いていた。この世界を一人でさまよったことのあるプレイヤーなら、誰もが抱く親近感だった。ワタシは剣を収め、そのまま後ろに引き下がって渓谷を引き返した。0は無言でいつまでも立ち尽くしていた。ワタシも、あと少しバランスを崩したら、0のようなプレイスタイルになっていたかもしれない。ギリギリの所で踏みとどまっているだけだ。0の生活を想像してみる。あんなプレイスタイルでは誰からも話しかけてはもらえないはずだ。おそらく町に行けばみんなから袋叩きにあうのでいつも人気のない場所でプレイしているのだろう。アイテムを買うこともできないので、モンスターを倒しながら粗末な食事で飢えを満たしているのだろう。そんな生活をしていて、なんでプレイしつづけるのだろうか。なにが面白いのか。0はプレイしつづけている。誰よりも接続時間が長いはずだ。0のプレイには生命力を感じる。誰でも死ぬまでは生きつづけなければならないのだろう。当然のことながら、そこから逃げることなどできないのであろう。

ケルン城へ戻ろうと森を歩いていると、向こうからイリミジュがフラフラと現われた。体が青くなっている。毒にやられたようだ。
イリミジュ:助けて。
ワタシ:解毒のポーションは?
イリミジュ:解毒剤が効かない体なの。お願い。クネロスの巣に連れていって。
ワタシ:分かった。
イリミジュは毒のせいで思うように進むことができない。体力がどんどん消耗していく。体がどんどん青くなっていく。樹木の根や枝が邪魔をする。迷路のような道のりだった。普通なら迷ってしまうだろうが、ワタシには通いなれた道だ。滴るような緑の樹木をくぐり抜けていく。森林の先にドワーフの村があった。ドワーフは濃いあごひげを生やした人型のキャラクターだ。背丈は人間より小さいが、がっしりした体格と強力な攻撃力を持つ種族だった。動きはせわしなく、コチョコチョと飛びはねながらかけ回る姿がユーモラスだ。彼らはモンスターではなく、ワタシと同じようにプレイヤーがマウスで動かしている。村に住んでいるドワーフたちは、違う種族のワタシたちに気づくと一斉に襲いかかってきた。イリミジュの体が心配だ。戦わずに村の奥にある洞窟に向かって進む。ドワーフたちが追いついてきた。
ワタシ:先にいけ!
おぼつかない足取りでイリミジュは洞窟に向かった。ワタシは敵の攻撃を食いとめることにした。ドワーフの持つバトルアックスがワタシのプレートアーマーを粉砕していく。いつまでも続く攻撃をふり払い、強引に剣を叩きこんでいく。屈強なドワーフたちは、なかなか倒れようとしない。生命力の固まりだ。5人ほどのドワーフを倒した後、10人ほどのドワーフが逃げだしはじめた。まだワタシの周りに3人のドワーフが残っていたが、これ以上の攻撃は無意味だと悟ったのだろう。自分たちの住みかに向かってゆっくりと引き返していく。なんとかしのぎきることができたようだ。たまたま、この村の城主、ドワーフマスターのウォーローがいなかったのが幸運だった。洞窟に入ると、イリミジュが倒れていた。力尽きたのだ。洞窟一面に透明な糸が張りめぐらされている。クモの巣だ。巨大グモが糸をたらしながら降りてきた。クネロスだ。地を統べる者。邪悪な魂を主食とする精霊の王者だ。8つの足を絡ませて、クネロスがイリミジュに覆いかぶさった。たくさんの足がイリミジュを優しく撫でている。長い間、クネロスは抱きつづけた。クモの巣には朝露のような水滴が夜空の星のようにきらめいていた。ときどき露がたまって地面に落ちる。落ちた露は、個体となって地面にころがっている。クネロスの水晶だ。この水晶を集めることで、エルフの体を守る防具が作られるのだ。イリミジュの半透明の服も、この水晶から作られたのかもしれない。突然、クモの巣が虹色に輝きはじめた。クネロスとイリミジュから光線が放射される。クネロスがイリミジュの体からゆっくりと離れた。イリミジュが起き上がった。
イリミジュ:助かったわ。ありがとう。
ワタシ:魔法の水晶を落とすだけじゃなくて、解毒もしてくれるのか。初めて知った。
イリミジュ:私の種族だけよ。ホワイトエルフは体が弱いの。魔術師よりも弱い種族なのよ。体力もなかなか回復しないし、特定の毒を受けるとそのまま死んでしまうの。クネロスだけが助けてくれるんだけど。
クネロスは静かに上空に消えていった。巣にちらばった露は輝きつづけている。ワタシたちは洞窟を出た。先ほどの戦闘で学んだのか、ドワーフたちは襲ってこなかった。ワタシたちはケルン城に向かって歩いた。
ワタシ:魔王って、どんな種類の人間なんだろう。
イリミジュ:確かに謎の部分があるわよね。口数も少ないし。
ワタシ:まさか本当に魔王のはずもないし。
イリミジュ:魔王って最初は愛称だったのよね。
ワタシ:そう。暗黒魔法ばかり使うからそう呼ばれるようになった。いつの間にか、その呼び名が定着していた。
イリミジュ:本名はなんだっけ?
ワタシ:確かティレシアスだよ。いっしょにパーティーを組んで冒険をしたこともある。
イリミジュ:ティレシアスか。そういえば、昔はいろいろ話しかけてたよね。彼の軍団専用のホームページも運営していたし。
ワタシ:そうそう。アイテムをくれたり冒険を助けたりしてくれてた。魔王って、本当はいい奴なんじゃないか?
イリミジュ:いい奴なのかもしれないけど、方法がね。
ワタシ:方法?
イリミジュ:権力を手に入れた時から、しがみついちゃったんじゃないかな。権力に。
ワタシ:そうかもしれない。いつのまにか管理社会みたいになってたな。
強固な組織力に魔王の強さの秘密があった。魔王の軍団は普通とは違っていた。まるで一つの生き物のような組織的な動きをしていた。魔王は部隊編成や陣形などの組織を徹底させて、一大勢力を築いていった。軍団内に階級制を導入した部分も目新しかった。自分の領土を増やすたびに組織は強力になっていった。1年以上もこの国の支配者として君臨しつづけている。強力になったのはいいが、規律や階級化社会のせいで、息苦しさも感じるようになってきた。
ワタシ:なぜ自由なはずのゲームの世界で、支配される必要があるのだろう。
イリミジュ:だから柴虎が現われたんでしょ?
魔王の強力な軍団に立ち向かうことができるのは、今ではごくわずかのプレイヤーしかいない。強力なライバルたちは、魔王の台頭とともに殺されるか、他のサーバーへ逃げてしまった。今までの経験から考えて、普通に戦っては魔王軍をうち破ることはできない。倒せるのは柴虎王のように奇襲作戦が得意な君主しかいないはずだ。
イリミジュ:それじゃあそろそろ落ちるわ。今日はありがとう。乙!
イリミジュが消えた。接続を切ったのだ。まだすぐそばにに立っているような気がした。目の奥に、イリミジュの姿が焼きついて離れない。しなやかな体。優雅な動き。繊細な雰囲気。彼女はどこから来たのだろう。韓国のサーバーにはホワイトオークを作れる所がある。そこで作ったキャラクターを日本のサーバーに登録すれば、この世界でもホワイトオークを使うことができる。ワタシはこの世界でホワイトオークを3回ほど見かけたことがあった。では、イリミジュの種族、ホワイトエルフはどこの国のサーバーで作れるのだろう。このゲームは全世界で1千万人もプレイしている。サーバーの数も無数にあることだろう。一つ一つのサーバーの中に世界が入っている。建物や地形は同じだが、遊んでいるプレイヤーがサーバーごとに違うのだ。ホワイトエルフのような「レア種族」は、攻略本にも載っていないし、公式ホームページにも出ていない。どうやって調べればいいのだろう。

ケルン城の玉座には柴虎王がいた。
柴虎:なんだ?おれに用があるんだって?
ワタシ:今度の戦争。仲間が少なすぎるのではないか?
柴虎:いいんだよwそれでww
ワタシ:イリミジュは参加しないのか?
柴虎:いや、参加するよ。
ワタシ:どこで?
柴虎:w
ワタシ:なにか作戦があるのか?
柴虎:wwwwまあ。魔王に計略が通じるか、わからないけどなw
ワタシ:知ってるだろ?魔王に計略は通じないぞ。
柴虎:どこか、までは絶対に知らないはずだぜ。腹心の部下にしか、作戦は知らせてない。
ワタシ:わが軍の中にスパイがいるのかもしれない。
柴虎:スパイって、おまえのことかもしれないなw
ワタシは黙った。まだ柴虎王には信用されていないようだ。
ワタシ:いつからここにいる?
柴虎:おまえと同じくらいだろ。
ワタシ:長いな。
柴虎:オマエモナー。
ワタシ:君は、どうしてここにいる?
柴虎:おまえと同じだろ。
ワタシ:私は、わからない。なんでここにいるのか。どうしてこのままなのか。今は深夜3時だ。これは普通じゃない。朝に寝て、夕方起きて、パソコンの電源つけて、ようやく目覚める。最初に挨拶するのもここの住人だ。リアルでは一言もしゃべらない日もある。部屋から一歩も出ないこともある。
柴虎:おれもそうだ。おれはこう思う。リアルは完成度の高いゲームだ。でも、つまらねえゲームだ。完成されてて、レベル上げするのに学校にずっと行かなきゃならねえ。レベルが上がれば次の学校だったり会社だったりヒッキーになったり。毎日毎日、村の近くでスライム倒し続けるかんじ。村人どもは同じことしか言わない。クソゲーだ。わかんねーんだよ。
ワタシ:なにが?
柴虎:目的が。おれはあのクソゲーの中でなにをしたらいいんだよ。世界を救うのか?アイテム集めるのか?金をためるのか?つまらねえ会社が適当に作ったクソなシナリオで、クソな村人と、クソなスライムを。
ワタシ:世の中こそが、クソゲーなのか。
柴虎:クソゲーだ。
ワタシ:そうか。
柴虎:そうだ。
ワタシ:そろそろ落ちるよ。
柴虎:ゆっくり落ちなよ。
ワタシ:おやすみ。
私は電源を切った。会社と学校の夢を見た。終了時間が迫ってきてもテストの問題が一問も分からない。書類の提出が次の会議までに間に合わない。私は夢の中で白銀の鎧と白銀の兜と真紅のマントを身にまとっていた。体育の時間や満員電車の中では大変だった。会社の中、校舎の中。いくら探しても、スライムは一匹も現れなかった。
私:出てこい!魔王!
青空の広がる中学校の校庭で、私は叫んだ。退屈で混乱した夢だった。

目を覚ますと朝になっていた。柴虎王との会話から何日か過ぎていた。頭を抱え、ベッドから起きる。調子が悪い。たしか、寝たのは夜が明けたばかりのころだった気がする。そうすると、何時間も寝ていないのか、それとも、24時間くらい寝てしまったのか。寝すぎたような、疲れがとれていないような。その前の日に、何時間寝たのかも、よく分からない。時間の感覚が混乱する。そうだ。リアルでは、たしか、深夜に寝たのだ。思い出した。夜が明けたばかりのころに寝たのは、ゲームの世界のワタシだったのだ。 イメージの限界を越えてしまったのかもしれないが、最近では、私とワタシの区別がお互いの間でつかなくなってきていた。ワタシが剣を振る時、私も同時に剣を振っていた。一緒に冒険していた仲間が一人残らず仕事に行くか、用ができるか、眠るかしてサーバーから落ちてしまうまで、いつもワタシは冒険を続けていた。アイテムが底を尽き、自分の城に帰ってきた時、ワタシはゆっくり休み、同時に私も眠りについた。私の休息のタイミングは、ワタシが疲れた時だった。いつのまにか、私よりもワタシの方が立場を強くしていた。ワタシは何日も不眠不休で冒険に出ていた。私には時間がたくさんあった。これはワタシが勇者となるのに必要な条件だった。

今は、何時だろうか。そうだ。今日は大戦争だ。パソコンをつけ、すぐにログインすると、夜になっていた。ケルン城には人影が見えなかった。ワタシは砂漠を目指して走った。この世界で南西の辺境にあるケルン城から北東に歩いていくとブルーシャドー城がある。柴虎軍はブルーシャドー城の北に位置するブコルタ砂漠に集結していた。どこまでも砂漠が続いている。ここは季節が変わることはなく、雨が降ることはなく、いつまでも砂漠のままだ。ここからだと見えないが、ある場所から、蜃気楼のように城が浮かんでいるのが見えるという。
柴虎:ここ、1番好きだな。
この砂漠は、「手抜き広場」とも呼ばれている。砂以外は、なにも描かれていない、広大なエリアだ。なにも目印がないので、歩いていても、自分が進んでいるか、止まっているのか、わからなくなってくる。リアルとの境目が消える場所だ。自分は本当に、動いているのか、止まっているのか、どこかに進んでいるのか、どこにも向かっていないのか、動いているように見せかける魔法をかけられているのか、夢を見ながら別の場所にいるのか、生きているのか、死んでいるのか。ここにいると、時間と空間の感覚が揺らぐ。
柴虎:どこにも道がない。自由だ。昔は、世界はこれくらい広いと思ってたんだけどな。リアルって、狭いよな。
ワタシ:君のリアルは、狭いのか?
柴虎:超狭いなwなんか違うんだけど、考える時間もなくて、一直線に狭い道が続いてて、 進む方向も決まってて、行き先も分かってて。そうだろ?おれはこういう場所の方が好きだ。こういう場所に、いつか行ってみたいな。

攻略部隊の隊長はイリミジュだった。ワタシはブルーシャドー城の攻略部隊に選ばれなかった。柴虎王は警戒しているのだろう。ワタシを近くに置くことで様子を探るつもりなのだ。

明け方になって、ブルーシャドー城からいくつもの花火が打ちあげられた。戦争の開始だ。
柴虎:よし!ブコルタ砂漠から侵入しろ!
柴虎王の声が世界中に響いた。柴虎王が「大地の声」を使っているのだ。経験を積んだマスタークラスのキャラクターだけが使うことのできる魔法だった。敵味方関係なく、この世界にいる全員が柴虎王の声を聞いていた。城に向かって我が軍が進んでいく。
柴虎:よし!巨大遺跡の所で止まれ!様子を見ろ!
柴虎の言っていることは全部嘘だ。我が軍は実際にはどこかから侵攻していた。我が軍にスパイが紛れこんでいることを前提にしての作戦だった。ブルーシャドー城の周囲には大密林が広がっている。生い茂る樹木のせいで、どこに誰がいるのかはっきりと分からないはずだ。隠れて進軍するにはちょうどいい環境だった。
柴虎:ゆっくり進め!あわてなくていいぞ!
普段の戦争ではそんなことをすれば混乱を招くだろうが、今回は少人数での進軍のため、この作戦は効果がある。
柴虎:先行部隊が敵に遭遇したぞ!流砂に気をつけろ!戦え!
柴虎王とその側近の親衛部隊は、城から遠く離れた砂漠の端にとどまったままだ。ワタシは柴虎王の隣で、静まりかえった砂漠を眺めていた。おそらく敵軍は、いつ出会うとも分からない敵に備えて、暗闇の中を恐る恐る進んでいるはずだ。敵軍が柴虎の親衛隊に出会う頃には、おそらく戦争の決着がついているはずだ。しばらくして、馬に騎乗した兵士が砂漠の彼方から現われた。マウスカーソルを戦士に合わせると、ドラグーンという文字が現われた。東のログオール城の王。魔王軍最強の戦士の一人だ。
ドラグーン:ぬるぽ!おまえたちの作戦など、魔王様には、全てお見通し!おまえたちの部隊は返り討ちにしてくれたわ!ホワイトエルフは死んだ!柴虎!おまえの命もこれまでだ!
立ちふさがる我が軍を蹴散らして、一直線にこちらに突き進んでいく。
ドラグーン:ウラウラウラウラウララララララ!
馬が速すぎて、弓矢や魔法が当たらない。ドラグーンが柴虎王の目の前に迫った。柴虎王はレアアイテム、「天魔雷王の杖」を使った。放電する巨大な壁が砂漠から噴きあがってドラグーンの馬がはじき飛ばされた。ものすごい勢いでドラグーンが地面に投げ出される。柴虎王がレアアイテムの「死霊の杖」を振りあげた。このアイテムは10分の1の確率で、相手を一撃で殺すことができる。ゲームバランスの問題から、2年前から登場しなくなったアイテムだった。危険を察知したドラグーンは、テレポートして逃げた。不安と緊張の入り混じった不気味な静寂が訪れた。柴虎王は放心状態だった。
柴虎:気になるな。まだイリミジュたちは生きているのか?それとも死んじゃったのか?
ワタシ:イリミジュたちはどこにいる?
柴虎:信じられない。どこにいるか。作戦は秘密にしていたはずだ。罠か?
ワタシ:様子を見てくる。
ワタシはドラグーンが乗りすてた馬にとび乗った。なかなかの名馬だ。軽やかな足どりで柴虎王の周りをステップする。
ワタシ:イリミジュはどこにいるんだ?
柴虎王はワタシの声にハッと振りかえった。ワタシと見つめながら、しばらく考えをめぐらせ、口を開いた。
柴虎:南の密林。クリシュナ川沿いにいるはずだ。
ワタシ:行ってくる!
手綱をしめて勢いよくターンさせ、ワタシはブルーシャドー城の南に広がる密森に向かった。馬はものすごい速さだ。すぐに砂漠を抜けて、匂いたつような濃厚な緑の中を進む。突然、馬がどこからか攻撃を受けて、ワタシは地面に投げ出された。戦士が目の前に現われた。・・・0だ。
0:死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
ややこしいのが来た。ワタシは全速力でその場を離れた。ただひたすらに逃げつづける。だんだん自分がどこにいるのか分からなくなってきた。濃い緑に目をやられた。手探りで進む。ひたすらさまよっていると、女魔術師が近づいてきた。
みなよ200:ワタシしゃ〜ん!
ワタシ:おう、無事か!
みなよ200:びえええ〜ん!こわいよう!アイテムがないよう!
ワタシ:みんなは?
みなよ200:みんないなくなっちゃった〜。
向こうから戦士が現われた。・・・ワタツだ。
ワタツ:よう!ヒッキー!おぬしも来たか!
ワタシ:ヒッキー!なんだ!部隊はどうなった?
ワタツ:暮林明が来た!待ち構えておったんじゃ!
ワタシ:魔法戦士か?
ワタツ:暮林明が隊列飛散の呪文を使いおった!みんながどこかにふっ飛んだんじゃ!
暗闇にいくつもの赤い点が浮かびあがった。たくさんの複眼を光らせた巨大グモが現われた。ワタツとみなよ200は怪物に向かっていった。
ワタシ:やめろ!こいつは、たぶん敵じゃない。
2人は動きを止める。向こうも攻撃をしてこなかった。クネロスだ。イリミジュが呼んだのだろうか。イリミジュを助けにきたのだろうか。クネロスが密林をかき分け、ワタシの目の前を通りすぎて暗闇に消えていく・・・。
ワタシ:そこで待っていろ。すぐ戻ってくる。
ワタシは2人を置いてクネロスの後を追った。細い手足を華麗に動かしながら、すべるように巨大グモが駆けぬけていく。深い草むらの中にイリミジュが倒れていた。クネロスの腕の中に包まれていた。
ワタシ:やっと会えた。
イリミジュ:あぶなかった。死ぬところだった。レベルが上がったから、クネロスを呼べるようになったの。
イリミジュが立ち上がった。細長い手足が軽やかに舞っている。
イリミジュ:みんなは?
ワタシ:まだバラバラのままだ。急ごう。
もと来た道を思い出しながらワタシたちは引き返す。途中でドロンジョに会った。しばらくして、ひときわ鮮やかな武具に身を固めた魔法戦士が近づいてくる。魔王軍の暮林明か?緊張しながら剣を構える。
まさらっき:いた!よかった!
まさらっきだ。味方だ。仲間を引き連れてさっきの場所に戻ってみると、みなよ200とワタツ以外にも仲間がそろっていた。
みなよ200:イリミジュしゃ〜ん!会いたかったよぉぉぉ!
イリミジュ:みなちゃん!無事でよかった!
ワタツ:おう!ヒッキー!だいたいそろったみたいじゃ!
ワタシ:急ごう!
イリミジュ:進め!進め!
もはや柴虎王の所まで戻る時間がない。ワタシはイリミジュの部隊に合流することにした。
柴虎:なにをしている!戦え!逃げるな!戦え!
遠くにいる柴虎王の声が聞こえる。ワタシたちは無数の樹木をくぐり抜けていく。気になるのは、砂漠に残された柴虎王だ。柴虎王は1対1の戦闘になると弱い。砂漠にいる部隊だけで柴虎王を守りきれるのだろうか。できるだけ急ぐ必要があった。しばらくして城門が見えた。城門の前にはかなりの敵が控えていた。大乱戦だ。ワタシはバトルアックスに持ちかえた。両手で巨大な斧を振りおろす。ほとんどの敵が一撃で倒されていく。盾を装備できないため、ワタシの受けるダメージは大きいが、敵に与える衝撃はそれ以上に大きい。バトルアックスのあまりの威力に逃げだす敵が続出した。ワタシたちは門を破って突入した。広大な敷地だ。ブルーシャドー城は、迷宮のように部屋が入り組んだ、難攻不落の要塞だった。迷いもせずにつき進みながら、ワタシは少人数の軍団を率いていく。巨大な禍禍しい炎をまとったモンスターが立ちふさがっている。ファントムデーモンだ。魔神龍王の墓にしか出現しない、強力な種族だ。城の警備用に召喚されているのだろう。腕が6本もあり、それぞれに剣を持っていた。紅蓮の炎を噴き上げながら我々めがけて襲いかかってきた。イリミジュが呪文を唱えた。最強呪文の一つ、「重力放射」の魔法だ。暗黒の球体がファントムデーモンの頭上に降り落ちた。ファントムデーモンが虫けらのように吹き飛ばされて地面につぶれた。壮麗な宮殿が血にまみれていく。ワタシは道を急いだ。
イリミジュ:どこ行くの?
ワタシ:中庭を突っきる!
イリミジュ:中庭?そっちは回り道よ!
この城のことは誰よりも知っている。元々はワタシの城だったのだ。数々の結界を張りめぐらした狭い城内を抜けるのは至難の技なのだ。想像以上に時間がかかってしまう。さらに1体1ずつの戦闘を続けて城内の狭い廊下に立ちふさがる敵を倒しつづけていくような消耗戦になってしまう。そうなると数的に優位でしかも貯蔵したアイテムにこと欠かない守備軍の方が確実に有利なのだ。普通のユーザーには知られていないいくつもの抜け道を通り、ワタシは突き進んでいく。思いもかけぬ場所から現れる我が軍に対し、向こうは完全に虚をつかれていた。
ワタシ:行くぞ!敵は相手にするな!進むことだけを考えろ!
ワタシは勢いよく中庭に飛び出した。中庭は普段は兵士の憩いの場として使われていた。広大な敷地が無数の兵士たちであふれかえっている。彼らは突然の我が軍の出現に大混乱になっていた。隊列も乱れ、統制が取れていない。あわてふためく敵に対し、雪崩のように襲いかかる。血しぶきが舞い上がりあちこちで悲鳴が聞こえる。地が裂け、流星や隕石が降りそそぎ、炎があたり一面を包んでいく。
ワタシ:深追いするな!
ワタシは中庭を駆け抜け、城内に入った。
予測もしなかった場所からの出現に、守備兵たちが浮き足立っていた。
まさらっき:どりゃあああぁぁあ!
一丸となって敵の防御を蹴散らして進んでいく。建物の中に入り、いくつもの部屋を突き進んでいく。部屋の向こうで狼の遠吠えが聞こえる。大広間にはウルフパックが悠然と立っていた。
みなよ200:うげ。狼の大将でしゅ!
ウルフパック:おまえがイリミジュか。ホワイトエルフ。はじめて見た。
イリミジュ:あなたは東のマダグタル城の城主でしょ?なんでここにいるの?
ウルフパック:魔王の命令だ。
獰猛な野性をたぎらせてウルフパックが襲いかかってきた。連続攻撃だ。まさらっきが大ダメージを負って、テレポートで逃げた。ワタシが斬りかかる直前に、イリミジュやみなよ200たちが魔法をかけた。ワタシの攻撃力と守備力と回避率が急上昇する。すばやいコンビネーションプレイが功を奏した。次々に会心の一撃を相手にくらわせていく。ウルフパックには、なすすべがない。
ウルフパック:今夜は、月がな。
傷を負ったウルフパックは魔法を使って逃げた。不運なことに今夜は月がほとんど出ていなかったのだ。
柴虎:hlp!hlp!hlp!
その時、柴虎王のメッセージが流れた。本当にあぶなくなった時にだけ出すことに決めていたメッセージだ。
イリミジュ:行ってくる!
すぐにイリミジュがテレポートの魔法を使って消えた。
ワタシたちは玉座の間の入口までたどりついた。ここからでも部屋の様子を見ることができた。玉座には、かつての妻だったエカテリーナが座っていた。
ワタシ:いけ!
ワタツ:ほいさ。
ワタシはそばにいたワタツに命令した。エカテリーナの作戦は、手に取るように分かっている。部屋に一歩でも踏みこんだとたん、トラップが作動して魔法の餌食となるのだ。ワタツはワタシと同じ外見で名前も似ている。ワタシのダミーなのだ。ダミーゆえ、攻撃力はゼロで、そのかわりにすばやさと体力を最大限に上げてある。バルキリーを使っていたプレイヤーがワタツを操っていた。ワタツは彼の別キャラだった。バルキリーを失った今、ワタツが本キャラになっていた。ワタツが部屋に突進した。敵が気づくか気づかないか、そこが勝負の分かれ目だ。ワタツが部屋に入ったとたん、巨大な魔法の矢が壁から発射されて、ワタツに突き刺さった。普通だったら即死するほどの攻撃だ。ワタツはなんとかこれに耐えると、エカテリーナめがけて突進する。エカテリーナは、最強の暗黒魔法「デススクリーム」を放ち、部屋を邪悪な暗黒波で満たした。巨大な轟音!強力なダメージ!さすがは暗黒の属性で世界一の魔女だ。見たこともないほどの暗黒波が渦まいている。世界から消え去りそうになりながらワタツが痙攣している。ワタツの体力がなくなる寸前に、ワタシは部屋に入ってエカテリーナに斬りつけた。エカテリーナは「デススクリーム」を放った後、魔力を蓄えているようだった。気づかれたのだ。エカテリーナはワタシめがけて第一級の暗黒魔法を放った。「デスストーム」だ。ワタシの足元に象形文字が組み合わさった不吉な魔法陣が広がって、妖しげな光を放っている。身動きが取れない。激しく体が痙攣して体力がどんどん削られていく。
エカテリーナ:裏切り者め!死ね!
イリミジュが玉座の間に入ってきた。すさまじい速さでエカテリーナの前にやってきて、手にした短剣で斬りつけた。イリミジュがエカテリーナを切り刻んでいく。魔力が尽きたばかりで、なおかつ不意を突かれたエカテリーナには抵抗する力がなかった。ブシュッと音がして、断末魔の悲鳴がスピーカーから聞こえた。
エカテリーナ:キャアアアァァァァッ!
血しぶきを上げてエカテリーナが玉座に倒れた。
イリミジュ:復活の呪文を唱える前に滅死のスクロールを使って!
エカテリーナは、しばらくすると復活の呪文が使えるようになるのだ。そうなるとエカテリーナは生き返って、どこかの町に飛んでいってしまう。君主クラスの魔術師が再び敵となってワタシの前に立ちはだかることになるのだ。
エカテリーナが叫んだ。
エカテリーナ:おねがい!殺さないで!もう城はあなたのものよ!
ワタシはアイテムリストの中から滅死のスクロールを見つけた。
エカテリーナ:あなたが魔王を裏切ってから、私がこの国でどれほど肩身の狭い思いをしたか!考えてみてよ!何年も前からいっしょに冒険した仲じゃない。弱かった頃から、お互いに助け合ってここまで来たのよ。殺さないで!
ワタシは滅死のスクロールを使った。
エカテリーナ:やめて!
最後にエカテリーナが叫んだ。倒れていたエカテリーナの周りに光の渦が広がり、彼女の姿が見えなくなった。灰になったのだ。
ワタシ:柴虎王は?
イリミジュ:大丈夫。安全な場所で休んでるわ。
戦いが終わった。モニターの前で私は泣いていた。

こうして我が軍はブルーシャドー城を制圧した。この戦争は近年まれに見る奇襲作戦で、何日もネットで語り継がれることになった。柴虎王が本気で魔王に戦いを挑んでいることを世界に知らしめる結果にもなった。私はその夜、剣で斬りつけられる夢を見た。なすすべもなく自分の体が切り刻まれていく。あまりの苦しさに跳ね起きた。まだ夜明け前だった。声が出ない。首を抑える。ものすごい速さの鼓動を指先に感じる。エカテリーナの悲鳴がまだ耳の奥に残っていた。自分の妻を殺してしまったのだ。なんらかの罰があってもいいはずだ。罪の意識にさいなまれる。現実じゃない。これは現実じゃない・・・・・・。呪文のように言いきかせるが慰めにはならない。もう寝られない。フラフラと起き上がり、条件反射でパソコンの電源を入れる。ゲームを立ち上げると、ブルーシャドー城の玉座にワタシが座っていた。城主の証である真紅のマントを身につけていた。目の前にイリミジュが立っていた。
イリミジュ:落ちたんじゃなかったの?
ワタシ:寝られなかったんだ。
イリミジュ:私も寝られなかったよ。興奮しちゃって。すごい戦争だったよね。
ワタシ:悪夢だよ。私にとっては。自分の妻を殺したんだから。
イリミジュ:いいじゃない。ゲームなんだから。あなた、現実の世界では結婚してるの?
ワタシ:独身だ。
イリミジュ:初めての結婚が、あんな形で終わったのね。かわいそう。
ワタシ:もう日が射してきた。
イリミジュ:え?まだ夜だよ。
ワタシ:ここじゃなくて、外の世界だよ。
イリミジュ:そう。明日の予定は?もう朝だから今日かな。
ワタシ:何もないよ。
イリミジュ:会社とか学校は?
ワタシ:会社員をやってたけど、倒産しちゃったんだよ。今は貯金と失業保険で暮らしている。
イリミジュ:そう。大変なのね。
ワタシ:会社がつぶれて、世界が崩壊した。そして目の前に、もう一つの世界が現われた。ここがそうだ。就職活動もしないで、毎日このゲームをやりつづけている。もう30過ぎなのに。このゲームで強いプレイヤーは、一人残らず社会の落伍者だ。
イリミジュ:社会の落伍者か。そうなのかな。たぶん、気づいているんじゃないかな?たくさんの世界があって、たくさんの人がいる。たぶん、私たちは、どこにでも行くことができる。だから、たぶん、別の場所にも行けるはず。別の場所にも、冒険があるはず。別の場所でも勇者になれるはず。そうじゃない?そんな気がしない?
ワタシ:わからない。
イリミジュ:どうしてこのゲームをするようになったの?
ワタシ:はじめは上司に誘われたんだ。上司の軍団に入っていた。でも、もう会社も倒産しちゃったし、その軍団に属さなくてもよくなった。今じゃ反乱軍だ。
イリミジュ:上司って、魔王のこと?
ワタシ:違うよ。でも魔王の側近で、君主をやっている。今はエドゥーン城にいる。
イリミジュ:エカテリーナも同じ会社の人だったの?
ワタシ:いや。たまたまケルンの町で出会った。会社の愚痴をいろいろ聞いてくれたんだ。私の話を1番聞いてくれたのが彼女だった。こんな知り合いは、リアルでは一人もいない。もう3年のつきあいだ。ブルーシャドーの教会で結婚式を挙げたよ。今までで一番の親友だった気がする。もう許してくれないだろうな。
イリミジュ:なんで裏切ったの?
ワタシ:なぜだろう。分からない。混乱しているんだよ。頭がはっきりしない。くらくらする。これは現実じゃないんだ。でもこれは現実だ。ここでしか生きられない自分と、ここから離れようとしている自分がいる。一つ分かっているのは、どうしようもないくらい強い力を持った支配者がこの世界にいるということ。そして、私はそいつを倒してやりたいと思っていることだ。
イリミジュ:そう。私、そろそろ落ちるわ。オツ。
ワタシ:オツ。
イリミジュが目の前から消えた。接続を切ったのだ。それから何時間もワタシは一人で玉座に座っていた。

2週間後に攻城戦が控えていた。今度はケルン城を敵の侵攻から守り抜く戦いだ。戦争の前日からケルン城の玉座の間にワタシは待機していた。しばらくして柴虎王とイリミジュがやって来た。
柴虎:ふう、ネットで敵軍の情報を調べてきたぜ。相手は連合軍だ。ドラグーン、ウォーロー、バスチーニョが大将だ。
ワタシ:君主クラスのキャラクターを3人揃えてきたな。
イリミジュ:この戦いで潰す気ね。
柴虎:さすがにブルーシャドーの戦いが強烈だったからな。
柴虎王がワタシのそばに来た。
柴虎:おまえはおれの仲間だ。
ワタシ:なんだ?いきなり。
柴虎:裏切り者は、こちら側についても信用しない方針なんでな。悪かったよ。
ワタシ:信用してくれたのか?
柴虎:高いレベルの奴だと言葉使いが悪いんだよな。レベルが高くなればなるほど態度も悪くなるしな。戦争になっても自分勝手なことをする奴も多い。でもおまえの戦い方はそうじゃない。強いくせに控えめな性格が気にいった。やっぱりさすが社会人だぜ。
ワタシ:社会人といってもヒッキーだけどな。
柴虎:いっしょに最後まで戦おう!おれはこの戦いに全てをかけている。
まだ戦争開始から半日以上先だが、早くも城から遠くに見える砂漠が、ざわめく軍勢で埋めつくされている。軍団の先頭に、真紅のマントをまとったキャラクターが3人見える。魔人戦士ドラグーン、ドワーフマスターのウォーロー、魔道将軍バスチーニョだ。
柴虎:ドラグーンがいるぞ!
ワタシ:この世界で最強の戦士の一人だな。
柴虎:え?あいつってそんなに強いのか?
ワタシ:あいつはベータ版の時からこの世界にいる。
柴虎:ベータ版って、製品になる前の実験製品ってことだよな?
ワタシ:ベータ版の目的は製品が発売される前に一般の人に遊んでもらって動作のチェックをすることだ。ベータ版の時は、商品のモニターとしてプログラムの改良点とか教える代わりに無料でゲームできたんだよ。ドラグーンはその頃から最強だった。
柴虎:このゲームが発売される前からやってるのか。すごいな。
ワタシ:最高齢の戦士の一人だ。普通に戦えば、私の3倍くらい強いよ。
柴虎:勝てるのか?
ワタシ:まあ、やってみなければ分からない。
攻城戦の直前になって、柴虎軍の側近たちが玉座の間に集結した。
柴虎:おまいらに回復アイテムを渡す!
柴虎王はみんなにブルーポーションとシルバーポーションをそれぞれ20個ずつ手渡した。
ドロンジョ:これ全回復のアイテムでしょ?体力と魔力の?
パンチョ・ビラ:しかも祝福されている!
メグちゃんSOS:祝福?
ワタシ:しばらく無敵状態が続く種類だ。
みなよ200:こんなにもらっていいんでしゅか?
柴虎:使いまくれ!なにがなんでも生き残れよ!よし!逝ってよし!
柴虎王を残してワタシたちは城から出た。向こうにいる指揮官たちの叫び声が聞こえた。
ドラグーン:ウラウラウラウラウララララララ!
ウォーロー:柴虎よ!我が軍門に下れ!
ドラグーン:裏切り者のワタシよ!今日こそおまえの最期だ!
バスチーニョ:懸賞金はおれがもらった!
戦争がはじまった。
(・∀・):キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!
敵の部隊は統制が取れている。密集陣形で進軍していく。城門を守る我が軍を強行突破する気だ。敵の戦闘部隊をせきとめようと、ワタシは最前線に立ちはだかった。敵と味方が激突する。すさまじい突破力だ。みるみるうちに我が軍が後退していく。ワタシの周りに味方がいなくなった。ワタシも急いで退却した。敵部隊はそのまま突き進んでいく。これでは城門を破られるのは時間の問題だ。進軍をくい止めようとワタシは城門めがけて走った。その時、ひときわ大きく輝く矢が、ワタシを貫いた。画面の端に敵がいて矢を撃っている。おそらく魔道将軍バスチーニョだ。マシンガンのように矢が連射されてことごとくワタシに突き刺さる。いくら逃げても矢の攻撃が止まらない。体力を回復するだけで精一杯だ。敵を倒そうにも遠すぎて向こうまでたどり着くだけで体力がなくなってしまう。
ワタツ:あぶない!ヒッキー!
ワタツが盾となって矢を受けていく。
ワタシ:THK
ワタツが盾になっている間に体力を全回復させる。バスチーニョが魔法で輝きながらワタシめがけて矢を撃ちつづける。ワタシはバスチーニョめがけて突進した。接近戦は弓矢では不利だ。バスチーニョが弓を捨てて剣に持ちかえた。確かに腕は立つし性格はまともだが、人気がないのがバスチーニョの最大の弱点だった。彼の時代は過ぎ去っていたのだ。遅かれ早かれ自分の城からも追い出されていたことだろう。我が軍がバスチーニョを取り囲んでいく。弓を手放した彼は、ただのエルフだ。彼は一人で参戦したのだろうか。バスチーニョが誰からの助けも得られないまま袋叩きにされて瞬殺された。彼の死は逃げる暇もないほどの早さで訪れた。
ワタシ:敵の城主はあと2人か!
まさらっき:おれ、こいつの軍団に入ってたことあるけど、ケチなんだよ。
パンチョ・ビラ:昨日、ネットの掲示板に「バスチーニョの最期を見守るスレッド」が立ってたぜ。
(・∀・):キタ━━━━━(゚Д゚)━━━━━!!!
安心する暇もなかった。一人の戦士が、我が軍の防御陣を強引につき破っていく。
ドラグーン:ウラウラウラウラウララララララ!
最高齢の戦士、ドラグーンだ。砂塵が舞う。血に飢えたドラグーンが疾風怒涛のごとく守備部隊をなぎ倒していく。ドラグーンの後ろから敵の大群が押しよせてくる。防御陣がつき破られるのは時間の問題だ。
ドラグーン:ウラウラウラ!ザコども地獄に落ちやがれ!
ワタシ:今だ!撃て!
一斉に魔術師たちがドラグーンに向かって魔法を放つ。攻撃魔法の一つ「ファイア・ストーム」だ。花火のような鮮やかな色彩が乱舞していく。画面が見えなくなるほどの魔法の閃光だ。その中を猛然とドラグーンが走っている。敵は、ひるむ様子はない。「ファイア・ストーム」は、ほとんど効き目がないのだ。一度に何発も放てるメリットがあるし集団の相手には有効的だが、単体の相手に対しては攻撃力があまりにも少ない。画面が派手になるだけの、見かけだおしの魔法だ。炎の魔法に耐性を持っているドラグーンにとっては、こんな魔法ではかすり傷すら与えられないだろう。
ドラグーン:ウラウラウラ!きれいだ!きれいだ!なんだこのこざかしい攻撃は!まるで効かんぞ!
砂煙をあげながら、ドラグーンはワタシに迫ってくる。強烈な一撃をくらい、ワタシはふきとばされた。
ドラグーン:とどめだ!
ワタシの目の前でドラグーンの動きが突然止まった。
ドラグーン:しまった!
動きの止まったドラグーンめがけて、我が軍が襲いかかった。なすすべもなくドラグーンは切り刻まれていく。
ワタシ:うらむならおのれのマシンスペックをうらむんだな。
使っているパソコンが古い。これが奴の唯一にして最大の弱点だった。何年も前からプレイし続けて、一度もマシンを買い換えたことがないのだ。ドラグーンのパソコンも、普段なら問題なくゲームが動いているはずだ。でもこのような何千人も入り乱れるような戦争になると、通常よりも何倍もの負荷がパソコンにかかってしまう。パソコンの性能がよくないと、動きが遅くなってしまうのだ。魔法を使えば、魔法効果を表現するための閃光画像を表示させる必要があるため、さらに処理は重くなるはずだった。「ファイア・ストーム」は1番派手に閃光用の画像が使われている。つまり画像をたくさん表示させる必要があるため、処理が重くなるのだ。さらに複数の敵にダメージを与えるため、ダメージ計算の量でも処理が重くなるはずだった。ドラグーンが消えた。
イリミジュ:テレポート?
ワタシ:いや、落ちたようだ。
プログラムの負荷にドラグーンのパソコンが耐えきれなくなって、ゲームが終了してしまったのだ。
イリミジュ:すぐにまた来るかな?
一度終了しても、またソフトを起動すれば、この戦争に参加できる。
ワタシ:どうだろう。また現われても同じことをすればいい。でも、もう出てこないよ。
今度またゲームを再開しても、さっきみたいにうまく逃げられる保証がない。死を覚悟してまでこの戦争をするメリットが、彼にあるだろうか?ないはずだ。ドラグーンは、たとえこの戦争に負けたとしても、城主としての地位はそのままなのだ。魔王に逆らうことになるが、ドラグーンの性格から考えて、自分の存命を優先させるだろう。だからこそ誰よりも長く生きているのだ。これで強敵がいなくなった。残る城主はただ一人。
ワタシ:ウォーローはどこだ!
ドロンジョ:見えないわよ!
マキマティコ:いた!
ワタシ:どこ!
イリミジュ:どこよ!
マキマティコ:やばい!城の中に入った!
イリミジュ:ここは私たちに任せて!
ワタシ:いってくる!
みなよ200:逝ってよし!
(・∀・):(= ゚w゚)ノ イテコーイ
城に入るまでも一苦労だ。ワタシは敵をなぎ倒して進んでいく。ようやく玉座の間の手前にある大広間についた。柴虎王が愛用している召喚モンスター「ミノタウルスロード」が敵の大群と共に血の海に沈んでいた。体がバラバラにちぎれ、見るも無残な姿だ。巨大な獣人を倒す強敵がここに現われたのだ。ワタシは急いで玉座の間に飛びこんだ。柴虎王はドワーフマスターのウォーローにバトルアックスで斬りつけられていた。ウォーローが一振りするたびに柴虎王が吹き飛ばされて壁に激突した。攻撃を受けつづけても、柴虎王はなぜか体力回復のアイテムを使おうとしない。
ワタシ:アイテム使えよ!
柴虎:hlp
柴虎王が助けを求めている。ワタシは体力回復ポーションを柴虎王に渡した。でも柴虎王はそのポーションを使おうとしない。ワタシは必死になってドワーフを斬りつづけた。ウォーローはワタシを無視して柴虎王を攻撃しつづけている。ウォーローの巨大な斧「ゴールデンアックス」には魔法がかかっていて、これに倒されるとすぐに灰になってしまう。復活の呪文を受けつけないのだ。柴虎王が死ねば、全て終わりだ。マウスが汗ですべって思うようにクリックできない。柴虎王は必死になって逃げつづけた。ウォーローがそれを追う。ドワーフのすばやい動きにマウスがついていけない。ワタシは追いつけない。柴虎王が、魔法樹の枝で作られた細長い杖「コールエレメンタルワンド」をふりかざした。火、水、風、土の人型の4大精霊が虚空から現われて、ウォーローに攻撃しはじめた。ウォーローは精霊たちをふりはらうかのように頭上で斧をぐるぐる回した。ワタシは体全体を浴びせるようにして、ドワーフに激突した。突然、かんだかい悲鳴をあげてドワーフが倒れた。緑色の血が床に流れ出している。ドワーフにあと少し体力が残っていたら、死んだのは柴虎王の方だっただろう。柴虎王は立ちつくしていた。おそらくどこかの部屋で安堵のため息を漏らしているのだろう。
ワタシ:だいじょうぶか?
柴虎:あぶなかった。F5キーを連打してアイテムを使っていたら、キーボードが壊れてボタンがきかなくなった。危うく死ぬところだった。
出て行こうとするワタシを、柴虎王が呼び止めた。
柴虎:待て!その体じゃ危険だ。いっしょにここに残れ。もう大勢は決した。残った敵はザコばかりだ。
ワタシ:じゃあ、2人でおしゃべりでもしようか。
柴虎:おしゃべり?
ワタシ:戦争前に渡したブルーポーションとシルバーポーションは、ネット喫茶のキャンペーンアイテムだろ?
柴虎王は答えない。ワタシはポーションを床に投げた。
ワタシ:このブルーポーションは、ネット喫茶で月に100時間以上プレイするともらえるやつだ。そしてこのシルバーポーションもそうだ。でも、ネット喫茶の地方が違う。ブルーポーションの方は九州限定のキャンペーンだったのに対し、シルバーポーションは関東地区限定だ。おまえ、だれだ?
柴虎:おれはケルン城の君主、柴虎様だ。
ワタシ:おまえはだれだ?
柴虎:そんなこと関係ないだろ。
ワタシ:おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?
柴虎:おれは柴虎様だ。おれは柴虎様だ。おれは柴虎様だ。おれは柴虎様だ。おれは柴虎様だ。おれは柴虎様だ。おれは柴虎様だ。おれは柴虎様だ。おれは柴虎様だ。おれは柴虎様だ。おれは柴虎様だ。おれは柴虎様だ。おれは柴虎様だ。おれは柴虎様だ。おれは柴虎様だ。おれは柴虎様だ。おれは柴虎様だ。おれは柴虎様だ。おれは柴虎様だ。おれは柴虎様だ。
ワタシ:おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?おまえはだれだ?
柴虎:おれ?ただの高校生だよ。
ワタシ:高校生が関東と九州のネット喫茶に100時間以上出入りできるのか?
柴虎:家出中なんだよ。オヤジのカード盗んで、ネット喫茶に入り浸ってるんだ。RPGの世界じゃ、勇者はラスボスを倒すために旅立つんだよ。敵が強ければ強いほど長い旅になる。おれも旅立ったんだよ。
ワタシ:本当?
柴虎:本当ってどういう意味?
ワタシ:その話をどうして信じられる?リアルで参照可能なのか?
柴虎:リアルで参照可能だと「本当」になるのか?リアルで参照できないと「本当」じゃなくなるのか?
ワタシは答えなかった。このゲームをやる人間は、みんな心のどこかに異常なものを持っているのかもしれない。柴虎王の行為は異常かもしれないが、ワタシにとってかなり納得できるものだった。
柴虎:ネット喫茶って住み心地いいよ。シャワーもついてるし。おれはリアルでも大冒険してるんだぜ。
ワタシ:いつまで続ける気だ?
柴虎:とりあえずこの戦争が終わるまで。勝っても負けても。それから考える。
ワタシ:そうか。私もそんな感じだな。
柴虎:どんな感じだ?
ワタシ:私もこの戦争が終わるまで、このままの生活を続けようと思っている。
柴虎:そうか。お互いにね。似たもの同士というわけだ。
ワタシ:そうだな。
会話が途切れた。
ワタシ:まあ、がんばろう。
柴虎:はははは!おもしれえよ。
ワタシ:君はドラゴンスレイヤーを持っているか?
柴虎:ドラゴンスレイヤーは想像上のアイテムだ。
ワタシ:本当にそう思うのか?
柴虎:あると思うか?
ワタシ:あるような気がする。長い間プレイしていて、そんな気がする。予感がする。
柴虎:たぶんあるよ!あるよな?おれもあるような気がするよw
ワタシ:君が持っているのか?
柴虎:いや、持ってないよwでも、たぶんあそこなんじゃないかって思っている場所がある。
ワタシ:どこだ?
柴虎:絶望の塔!
絶望の塔は、この世界で1番高い塔で、さらに1番強力なモンスターたちが現われる塔だ。最上階まで到達した人間は、この世界でも数えるほどしかいない。マップやモンスターやアイテムの所在地など、全てが謎に包まれている場所だ。
柴虎:時間があったら登ってみなよ。まあ、登るだけじゃ見つからねえけどな。
ワタシ:でもあの塔の頂上まで行ったキャラは何人もいるが。まだ見つかってないのは、おかしいな。
柴虎:魔法がかかっているんだよ。あの塔全体にね。

小説「ナイス・ドリーム」