小市民ダークロのありがちで気の抜けた感じのやつ
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「いらっしゃい。・・・なんだ。またおまえか」
「どうも。また、穴が空いちゃってますね」 「ちょっとデコボコしてきちゃったから。またお願いね」 「あそこ、ハサミが刺さったままですよ。やりかけの仕事ですか?」 「え?・・・どこ?そんなの見えないわ」 「あれ?マネキン人形はもうないの?」 「彼との同棲生活は破局を迎えました」 「ああ、その兆候は以前から感じていましたよ。あのマネキン人形の服を脱がせて、あなたが全身にお経をびっしりと書きこんだ時からね」 「タバコ吸う?」 「いえ、そういうのやらないもので。自分だってタバコ吸わないじゃないですか。なんで持ってるんですか」 「マネキン人形が吸っていたの。アタシ、捨てられたのよ」 「あなたが捨てたんじゃないですか。下のゴミ捨て場に置いてありましたよ。妙にリアルで不気味でした」 「それは、別人よ。ほんと、ぶっそうな世の中ね」 「なに食べてるんですか?ピーナッツ?」 「幸福の種」 「幸福の種?」 「幸福の種をまいたら、幸福の実ができました。さてアタシは、幸福の実を食べた。アタシは幸福になったのでしょうか」 「たくさん食べて幸福になってくださいよ」 「あぁ。もうダメぇぇぇぇぇ・・・・」 「ど、どうしたの」 「ダメなのアタシ。突然ダメになるの」 「・・・映画でも行く?」 「・・・あのね、こういうこと言ったら気を悪くするのかもしれないんだけど。おまえの誘いって、全部映画だよね。正直、おまえ、頭がおかしいんじゃないかってときどき思うのよね」 「映画って、面白いですよ」 「アタシいつも、はじまる前にお酒飲んでるじゃない。それで予告編だけ見て、本編が始まったとたんに寝るじゃない。それを毎回毎回、隣に座っているおまえとしては、なにか気づくことないの?」 「ラストワルツ見た?」 「うん。見た見た。あのね、ラスト35分から45分にかけてがすごかったよ。エイリアンがドバーッて出てきて・・・」 「待った!エイリアンは出てこないっしょ!ラストワルツですよ」 「あとね、灰がダイヤモンドだった・・・」 「見てないっしょ!見てないっしょラストワルツ!」 「チョー面白くて。チョーくだらねえ。スゲー面白かった・・・あれは今までにないくらい最高の映画だった・・・・・・」 「見てないっしょ」 「有名な監督で、やっぱり役者が映画を作るんだなー。スゲーいい表現でした」 「もういいよ。わかったよ」 「・・・なんだ。わかんなくなっちゃった。とんこつが2つと。味付玉子と。とんこつ出してないよな。なにこれ?トトトトト・・・玉トンコツチャーシュー?」 「ど、どうしたの。突然、なに?」 「・・・あの。分からない。とつぜん、思い出した。たぶんラーメン屋に行った時のことなんだけど。10人くらい客がいて、メニューが全部間違って出てきた時のこと思い出した」 「・・・また例のフラッシュバック?」 「はい。今だったらアタシ、行列のできるラーメン屋の前で行列しててもいいな」 「行列したいですか」 「だって、なにもすることないんだもん。ラーメン屋で待っていれば、おいしいラーメンが出てくるし」 「うん。ひまつぶしになるね。でも、もしラーメンがまずかったらどうなるの?」 「あるある。アタシ、人と味覚が違うから、そういうのよくある。ラーメンって、人気があればあるほどまずくなる」 「じゃあ、行かない方がいいな」 「でも、まずいっていうのも、けっこうひまつぶしにはなるわよ」 「じゃあひまだから、鬼ごっこしましょう。おれが鬼やるから、すぐに逃げないと捕まえちゃいますよ。追いつめちゃいますよ」 「きゃー・・・」 「・・・逃げてくださいよ」 「きゃー・・・」 「言ってるだけじゃないっすか」 「ふふふふふふ」 「まあ、どちらにしろ・・・逃げ場はないか」 「あぁ。もうダメぇぇぇぇぇ・・・・」 「やばいですよ」 「ええ?」 「やばいです。激やば!」 「やばいの?そんなにやばいの?」 「もっと会話しなくちゃダメですよ。お互いが会話しなくなったとたん、2人の間の空気が凍りついて、おれたち死にますよ!」 「うん。黙ってたら死ぬね。黙ったら、終わりだよね」 「もっとはずませないと、会話を。会話を無理やりにでもバウンドさせないと」 「でもこの会話って、砲丸投げの球みたいだよね」 「砲丸だってはずみますよ。アテネで金メダル取った室伏がポンポンはずませてたのをテレビで見たことがあります」 「ふろむし?なにそれ?人の名前?」 「なんでもありませんでした・・・」 「ああ、そう。・・・ちゃんと仕事してる?サボらないでね」 「はいはい埋めてますよぉ」 「何個空いてたの?」 「えーと、これとこれとこれをいれて。・・・細かいのを外すと、全部で、12個です」 「あと何個?」 「あと2つです」 「きちんと埋めてね。すきま風が入って寒いのよ。たまに声も聞こえてくるし」 「声ですか?どんな声ですか?」 「ぶっ殺してやるぅ、とか、助けてくれだとか、一晩中、悲鳴が聞こえてたこともあったわね。隣の部屋からじゃないの。穴の中から聞こえてくるの。うるさいのよ。あとは、男女のアヘアヘ声とか。これは穴の中から聞こえてきたのかよく分からないけど・・・」 「今は聞こえてこないですね」 「そう?穴といっしょに暮らしてごらんなさい。引きずりこまれるわよ」 「今、何時ですか?」 「もう朝じゃないの?」 「ああ、どうりで暗いと思ったら、シャッターが下りていたのか。シャッター開けていいですか?」 「開けなくていいわよ。夜だったら暗いし、朝だったら萎えるから」 「ふう・・・できましたよ。修理しましたよ」 「おめでとう」 「拍手はしないでいいから、もうやめてくださいね」 「ありがとね。でも、また穴が空くから同じだけど」 「昔と比べて、穴の数が減りましたね」 「そう?」 「なおってきているのかな」 「なにが?アタシ?」 「うん」 「でも深さはより深くなったわよ。グッサリ。ブスッと根元まで」 「自分を傷つけないかぎり大丈夫だよ。大丈夫」 「アタシが穴を空けるのは、アタシをとりまく壁だけなの。おまえも壁になったら、アタシ、迷いなく刺すわよ」 「おれも壁ですか?」 「うん。・・・壁になりつつある」 「だんだんこの部屋もすっきりしてきたね」 「引っ越すから、整理してるの」 「引っ越す?どこに?」 「今度は都営大江戸線の光が丘駅あたりに」 「光が丘?なんだかポジティブな地名だね」 「うそ。みんなうそ。アタシの中に引っ越しするの。アタシの中に物を移動してるの。この部屋はかたづいた。でも、アタシの中は物置のままね」 「それじゃあ、帰りますよ」 「ああ、そう」 「お疲れさまでした」 「領収書もらえる?」 「ああ、領収書は無理です。個人的なバイトだから。おれの会社じゃ、もうあなたの修理をお断りしているんで」 「しょうがないわね。じゃあ、ツケにしておくわね」 「あああ・・・。修理代、いただけないんですか?」 「うん。ありがと。さよなら」 「まあ、いいか。・・・もう、穴を空けないでくださいね」 「うん。空けない」 「でも、そういうこと言って、またハサミで壁を突き刺しまくるんですね。それでまたおれが呼ばれるんですね?」 「うん」 「はい。もう呼ばれない方がうれしいんですけど、もう呼ばれなくなるのも、寂しい気分です。なんでだろう。たまに、帰る時に寂しくなります」 「大丈夫。また呼ぶわよ」 ・・・目の前で、深い穴を、またひとつ突き刺した。 |
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