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小市民ダークロのありがちで気の抜けた感じのやつ
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大学2年の夏休みが終わったころのことだ。私は、久しぶりに服部のアパートに遊びに行った。服部は、夏休みの間、音信不通だった。だからアパートまで行ってみたのだ。ドアを叩くと、服部がすぐに出てきた。日焼けして元気そうな顔だった。「おす。久しぶり」「夏休みの間、どこに行ってたんだ?」「まあ、入れよ」服部がドアを開けたので、私は部屋に入った。狭い台所の先に、色あせた6畳の和室があった。
「昔、押入れでキノコ栽培してなかった?」 「ああ、よく覚えてるね。マジックマッシュルームだろ?新宿の屋台で売ってた。増やそうと思ってね。水をまいたりしてわざとジメジメした環境を作ってがんばって育てたんだけど、別の種類のキノコが生えてきて、あきらめた。それいらい、この押入れ、開けてないな。もう1年になるな」 「まだ、あのままなのか?」 「うん・・・ちょっとこわいな」 テレビをつけながら服部が聞いた。 「のどかわいた?」 「ああ。暑かったからね」 「水でも、飲む?」 「おお、ありがとう」 「じゃあ、そこ、どいて」 「え?」 服部は私の座布団をどけて、畳をひっぺがしはじめた。服部は畳を持ち上げた。畳の下には床板がぶち破られていて、大きな穴がどこまでも地中深くに伸びていた。 「これ、なんだ?」 「井戸」 「おまえが掘ったのか?」 「ああ。急に掘りたくなったんだ」 「夏休みの間、ずっと掘っていたのか?」 「いや、3日しかかからなかった」 「3日?そんな短期間じゃこんな穴なんか掘れないだろ?」 「掘れたよ」 「・・・なぜ?なんのために?」 「ああ、別に自己実現のために掘ったわけじゃないんだけどな。箱庭療法的なセルフヒーリングみたいな行為でもないし。なんか、その、なんとなく掘っちゃったんだよ。鼻くそみたいに」 「でっかい鼻くそだな」 「最初はツルハシ使ったよ。マサルのバイト先の現場から借りてきて。スゲー重かった。おれはただ穴を掘りたいだけなのに、こんなものを使わなくちゃいけないなんてスゲー腹立たしかったよ。しばらく掘り進めると、急に硬い岩にぶちあたった。マサルからドリルを借りてきて、岩をぶち抜いたんだ」 「ここでドリル使ったのか?隣の部屋に住んでいるの、大家だろ?」 「ああ。楽器の練習してるって嘘をついた」 「ばれるだろ!」 「ははは。うそうそ。大家がいない時にやったんだよ。まあ、短時間で終わったんで、そんなに迷惑じゃなかったんじゃないかな。それで、岩をぶち抜いたら穴が出てきた。もともとここに井戸があったんだよ」 私は穴の中をのぞきこんでみた。服部が穴の中を指さした。 「ほら、もっとのぞいてごらん。面白い模様が見れるよ。枯れ井戸スコウプ・・・ふふふ」 「真っ暗だな・・・」 「ほら、カレイドスコープって、万華鏡のことだろ?筒をのぞいて、くるくる回すと模様が替わるやつ」 「ああ、ダジャレだったのか」 「ダジャレだったんだよ・・・」 私は腰をおろしてこのばかでかい穴を見つめた。穴には重力があるようで、穴のなかに体が吸いこまれるようだった。意識は暗い穴のなかに落ちこんでいた。しばらく2人で黙っていた。 「昔もそういう衝動に駆られた時があったけど、その時は3階に住んでたんで、掘りたくても掘れなかった」 「あぶなかったな」 「・・・なあ、そうだよね?」 しばらくして服部はポツリとつぶやいた。 「・・・がんばれば、できたかもしれないけど」 「むりだよ」 「まあ、そんな話はどうでもいいから、水、飲みなよ。ちょっと待ってろよ。ほら」 服部はロープを引っぱりはじめた。 「ずいぶん器用だな」 「このロープとバケツは、マサルのバイト先の現場から借りてきた。ほら、ジャーっと、そのコップとって。よし、さあ、飲みなよ」 「・・・うん。ありがとう・・・・・・あれ?カルキ臭くないか?」 「それはおまえが東京にいるのに慣れすぎて、何を飲んでも同じ味しかしなくなっちゃったせいだよ」 「うん・・・まあいいや、ふう・・・けっこうこの部屋涼しいね」 「そうだろ?穴をあけてから、この部屋、けっこう涼しいんだよ。地下の冷たい空気が入ってくるんだと思うけど」 「気のせいだろ」 「あとさあ、真夜中に、畳に耳をつけて、地底からのピチャピチャいう音を聞く」 「聞こえんのかよ」 「まあ、聞こえないんだけどね。なんとなく味のある行動だろ?風流じゃん」 「よく分からないけどね。さっきも聞いたけど、なんで穴を掘ったんだ?」 「なんで掘ったのか説明できる奴なんているのかな?山を登るなら「そこに山があるから」ってそっけなく答えて、その言葉になんとなく奥行きとか含蓄があったりして、みんなからもてはやされるけど、穴の場合は「そこに穴があるから」って言えないだろ?自分から掘らないかぎり穴なんてないんだから。最初は地面しかないんだから」 「掘るって、異常な行為じゃないか?オリンピックにもそんな種目ないだろ?けっこう力仕事なのに」 「そうだよ。深いんだよ。深く、深く、深さを極める深い行為なんだ。おれは掘りながら、なんか掘れば出てくるんだろうと思った。掘ったほうが新しいものができるみたいな。地中にあるものって、いとおしいんだよ。地上にあるものって、すぐ壊れるじゃん。地震とか火事とかで。永遠を見つけるような行為だよ。掘るっていう行為は。・・・おれが死んだらこの穴のなかにほうりこんでくれよ。大昔の生物の死骸が土の中で集まって、醸造されて石油ができたんだろ?おれも石油になりたいよ。限りある資源を大切にしたほうがいいじゃん。そうそう、掘ってる時に、こんなのが出てきた」 服部は本棚の後ろから1メートルくらいの細長い木の板を出してきた。 「昔の字体で書いてあるから読めないんだよ。なんて書いてあるの?」 「ええ、なになに・・・ええと、これ、逆さだよ・・・うん、ほら、ここからはじまってるんだよ、ええと、・・・わかしてのんでください・・・って、沸かして飲めって書いてあるぞ!さっき、生で飲んじゃったじゃないか!きっとこの井戸、汚染されたんで封印したんだよ!」 「ああ、そうか。どうりでカルキ臭かったのか」 「カルキじゃないと思うけどな」 「おれ、ミネラルウォーターとして売ろうかと思ったのに。でも、みんなが使ってないから、井戸水も浄化されたんじゃないか?」 「そんなのわかんないだろ。まったく・・・おっと、そろそろ時間だ。バイトに行かなくちゃ」 私は立ち上がった。 「しかし、穴を掘ってたわりにはずいぶん日に焼けてるねえ」 「ああ、ちょっと外国に行ってきたんだよ。井戸が出てきて、水を飲んだ。おれは満足したんで、アメリカに1ヶ月行ってきた」 「おい、そっちの話を初めにしろよ。チッ。時間がないよ。・・・またな」 「いやあ。今日は井戸端会議ができて楽しかったよ」 こうして私は服部のアパートからしばしの別れを告げた。 |
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