小市民ダークロのありがちで気の抜けた感じのやつ
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私が以前働いていた小さなショッピングモールのサイトは、個性的な人だらけだった。中でも異彩を放っていたのが、通称「スイーツ男子」の富田さん。あの人のスイーツ愛は宗教的狂信者。周囲を巻きこむカオスを生み出していた。
彼の机はいつもスイーツの山になっていた。色とりどりのパッケージ、あふれかえる焼き菓子の甘い香り。たまに賞味期限切れの物もあり、周囲にお菓子のクズや包装が転がり、彼の席の床のカーペットだけ黒く、汚い。彼の周りのみんなは集中力を奪われていたけど、気前よくお菓子を配ってくれるので人によってはありがたく思っていたようだ。 スイーツ男子の異常なまでのスイーツへの情熱は、メルマガ作成業務で爆発する。普段は数行で済むメルマガ原稿が、スイーツ商品となると一変。原産地から製法、歴史、風味の解説、開発秘話やシェフの生い立ちまで、百科事典並みの超大作になる。徹夜で書きあげた誰も読まないであろう長文メルマガは、もはや伝説と化していて、一部のコアなファンがついていた。 ある日、同僚のあいこが手作りのクッキーをみんなに持ってきた。とても美味しかった。でも、スイーツ男子の目はクッキーの上で不自然に輝くスティックシュガーをとらえて、表情が凍りついた。 「スティックシュガーだと!」 スイーツ男子の怒鳴り声がオフィスに響き渡る。 「この素材だったら、微粒子グラニュー糖を使うべき!スティックシュガーは熱きコーヒーの淵で静かに溶けるためだけに生まれた結晶!砂糖にもそれぞれの役割、存在意義があるのだ!き、君はスイーツを侮辱している!」 その後、スイーツ男子はあいこに砂糖の歴史から製法、国際的な砂糖の流通経路まで、延々と甘さ控えめの講義を続けた。あいこはすっかりトラウマになって、二度と手作りお菓子を持ってこなくなった。 年末、おせち販売の時期がやってきた。私たちの会社は小さなECサイトなので、大手のサイトよりもそんなに売れることはない。さらに今年はいつも以上に、全く売れない。みんなで頭を抱えていた。どんなに苦戦する商材でも一定の売上を誇るスイーツ男子のスイーツメルマガに、藁にもすがる思いで期待が集まる。でも、 「この栗きんとんはスイーツじゃないかしら?」 と私が励ましても、 「おせち全体が巨大なスイーツボックスみたいなもんだ!スイーツ男子、頼む!」 と上司が頼みこんでも、スイーツ男子は全くやる気を見せない。 「あれは料理であってスイーツではない」 と一点張りだった。たしかに、言われてみればそのとおりだ。 そんなある日、スイーツ男子が満身創痍で出社してきた。顔には包帯、足には松葉杖。 「スイーツ男子が大怪我だ」 「誰か、あのギブスの上にイチゴを乗せてやれ」 「スイーツのせいか?」 「おせちが売れないせいか?」 みんなが心配そうにたずねる中、スイーツ男子は弱々しく答えた。 「改札で・・・転んで・・・」 でも、後日、会社の口コミページに信じられない書き込みが現れた。 タイトル:「命の恩人!おせちを買うならこの会社!」 書きこみによると、スイーツ男子は暴漢に襲われていた女性を身を挺して守り、ボコボコにされながらも、 「おれの会社のプレミアムおせち!買ってくれ!三段重!五段重!早期予約でポイント10倍だ・・・!」 と、意識朦朧になりながらも会社の宣伝をしたらしい。タクシーで逃げ延びた女性は、その言葉を胸に刻み、おせちを注文したらしい。この口コミは瞬く間にSNSで拡散されて、プレミアムおせちの注文が殺到。なんと、過去最高の売上を記録してしまった。 そんなスイーツ男子が恋をした。おせち事件の顛末を私が友達のゆうこに話したら、彼女が興味を持ち、一度話したいと言う。喫茶店で3人で話した時、ケーキのピアスをゆうこはつけていた。スイーツ男子の興味はゆうこよりもピアスにまず引かれていた。 「そ、そのピアス!本物みたい!どこで買ったの?」 スイーツ男子が目を輝かせる。 「実は手作りなの。ピアス作りが趣味で」 ゆうこは少し照れくさそうに答える。 「え?手作りなの?すごく美味しそう」 予想通りの展開に、私は内心ため息をついた。これは私の作戦だった。もし、ゆうこがケーキ以外のピアスをつけていたら、こんな反応にはならなかったはず。ここまで興味を持たれると、ゆうこも悪い気はしない。 「じゃあ、今度、一緒に作ってみる?」 それからというもの、2人は頻繁に会うようになった。最初はピアス作りだったが、次第にカフェ巡りやお菓子作り教室など、デートを重ねるようになっていった。私も恋のキューピッドとして悪い気はしなかった。 でも、終わりは唐突に訪れた。 「いつも、デートで喫茶店に行くよね?ホテルでも、ケーキバイキングとか・・・」 「うん。世界中のケーキを食べるのが目標なんだ」 「私、実は、甘いものが苦手なの・・・」 とゆうこが言った。 「じゃ、じゃあ、なぜケーキのピアスを・・・」 「かわいいと思って」 甘い物ばかり食べるスイーツ男子にとって、この苦味は強烈だった。次の日のスイーツ男子は、やつれた顔で出社してきた。砂糖を抜かれたケーキのように表情に生気がない。甘いメルマガの文章に、時々シニカルな苦味が入るようになり、メルマガの読者がどんどん減っていった。 私はようこを呼び出した。 「あんたのせいで、私の会社の売上まで落ちてきたわよ」 「そ、そんなこと言われても」 「だいたい、スイーツ男子はスイーツじゃないわよ。人間よ。デートの時に甘いものを食べなければいいんじゃない?」 「だって24時間ずーっとスイーツのことしか頭にないのよ?キスしても甘いのよ!物理的に」 「そんなこと言っても、恋は妥協の連続よ?理想の男なんかいないの。よく考えてみて。甘いって広いのよ。概念としてどこまでが甘くて、どこまでが甘くないのか。一緒に探ったらどう?カボチャだって甘い。にんじんだって甘い。どこまでがオッケーでどこまでがNGなのか具体的に探るのよ」 「だ、妥協の連続・・・」 何気ない言葉がゆうこに刺さったようだった。最後に一度だけ会うことになった。 2人が会った翌朝、やつれたスイーツ男子はさらにやつれていた。挨拶もせず、来た瞬間に机に突っ伏して気を失った。腐ったケーキのように見えた。 「だ、大丈夫・・・?」 もう来た瞬間からしっかりと結果は確認できていたけど、当事者として念のため聞いてみた。スイーツ男子がボロボロのバッグから一冊のノートを取り出した。 「昨日、ゆうこさんと、話し合ったんだ」 彼はかすれた声で言った。ノートにはビッシリと文字が書きこまれている。 「こ、これは?」 私が聞くと、 「甘さの許容範囲リスト」 と彼は深いため息をついて肩を落とした。リストには、あらゆる食材、調味料、果物の甘さが数値化され、許容範囲とNG範囲が色分けされていた。 「ほんとにやったんだ」 私は開いた口がふさがらなかった。 「ゆうこさんと一緒に、いろんな物を食べて。甘さを確かめたんだ」 彼の目は砂糖漬けのチェリーのように潤んでいた。 「最初は本当につらかった。でも、彼女の好きな物、美味しいと思う物を知っていくうちに、新しい発見があった」 彼は顔を上げ力強く言った。 「世界はたくさんの甘さであふれている」 その次の日のスイーツ男子は、世界で一番甘い物を食べたような顔で出勤してきた。メルマガの文章はより情熱的に、さらにさらに甘くなった。彼にとって、おせちもスイーツとなった。なんだったら、全ての食材がスイーツになっていた。彼自身がスイーツになったかのようだった。 私が退職する日、スイーツ男子がボロボロのバッグから、一箱のギモーヴを取り出した。 「今まで迷惑かけて、すまなかった」 「え、そんな。こんな高級そうな物」 「いや、食べてくれ。このギモーヴ。今回、特別に入手しました。マダガスカル産バニラビーンズ、フランス産高級バター、ヒマラヤ岩塩。さらに、幻の蜂蜜エルドラドの雫を、1滴。いや、2滴、3滴!原価、なんと1本1万円!」 メルマガの文章のように言い放ち、スイーツ男子の目は狂気に満ちていた。彼のスイーツ愛は本物であり、そして永遠に不滅なのだと、私は悟った。 でも、私はギモーヴが苦手だった。 |
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