小市民ダークロのありがちで気の抜けた感じのやつ
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グーダルネとポーティス頭は22階の職業安定所から降りた。夜になっていた。仕事はいつものように見つからなかった。ポーティス頭はアル中なので、グーダルネは、もう今日の所は関わりたくないと思った。
「おれ、用があるから・・・」「なにすんの」「なにしようかな」「なにすんの」「ジョイナーを探しに行く」グーダルネは銀行に入り、キャッシュディスペンサーから大量の札束をおろした。「これで準備が整った」「それでなにすんの」「ジョイナーを探そう」「誰?」「ジョイナー」「ちょ、ちょっと!どこに行くのよ!」「出発しなくちゃ。・・・はじめよう。・・・行かなくちゃ」突然グーダルネが両腕を上げた。「それ、なんのポーズよ」「ガッツポーズ」「なんで?いきなり?なんのガッツ?」「俗に言う、から元気。そしてこれが、からガッツ。からガッツ・・・」「ようやくヤリ逃げしない男を見つけた感じで、今が超幸せな感じで・・・」としゃべりながら、2人の女が目の前を通りすぎていく。「ジョイナー!」とグーダルネが叫んだ。そしてダラダラと歩きはじめた。サングラスをかけたおかっぱの金髪頭が後をつけている。背中にはギターを担いでいた。竹林の7賢人だ。7人を1人で補っていた。1人7役だ。「ジョイナーいないね」グーダルネとポーティス頭はキョロキョロしながらウロウロ探した。「なにか言語吐きませんでした?」と竹林の7賢人が2人に追いついて、グーダルネの耳元でささやいた。「誰?」とポーティス頭がにらんだ。「こ、古今亭志ん生」と竹林の7賢人が言った。「ジョイナーじゃないの?」と眠そうな顔でグーダルネが言った。「僕、竹林の7賢人」と竹林の7賢人が言った。「どっから来たの?中国?」「僕、ロシア聖教のほう」「ジョイナーじゃないわね」「そうだな」グーダルネは立ち止まって自販機でビールを買った。「僕、そっちのウイスキー・・・」と竹林の7賢人が注文をつけた。
10秒54(追い風参考)の圧勝だった。スタートラインでは横一線だったが、赤いワンピース姿のジョイナーは加速した。終盤には笑みをたたえてゴールに飛びこんでいく。そして、そのままどこかへ消えた。おぼろげなファンタジー。その速さは夢のようだ。 「これください」と竹林の7賢人はロサンゼルスオリンピックのビデオをカウンターに置いた。「次のオリンピックにジョイナーは出ないんですか?」と竹林の7賢人がレジの店員に聞いた。「ジョイナーは死んだよ」と店員が言った。「ジョイナーは死んだそうだ」と店から出てきた竹林の7賢人が言った。「それ、違うわよ」とポーティス頭が言った。「ソウルオリンピックよ。ジョイナーが活躍したの」「あ、そうなんだ」竹林の7賢人はビデオを路上に落とした。「知ってるよ。だから、行かなくちゃ。出発だ」ビールを飲み干したグーダルネは、そう言ってどこかへ行ってしまった。 どす黒い内臓のような地下道を、グーダルネが降りていく。地上はライトで埋まっていく。みんなは、透明などこかの駅へ向かう途中である。この場所が東京であることは、おぼろげながら分かっているのだが、地下道の空気にかき消されてしまう。地上に出ることのない意識が地下道に渦巻き、たまに人の形をとることもある。今がちょうどその時刻だ。ボロボロになった人が地下道を通っていく。息を吸うのも忘れたくらいに背中を丸めながら、肩を落としながら。中年の太った女がグーダルネの前に立っている。「すいません。財布を落としてしまって、帰りの電車賃も払えなくなってしまって。お願いですから地下鉄の運賃を貸してくれませんか?」グーダルネは女に200円渡した。お金を受け取り、女が真顔で再び手をさしだした。「もっとくれ」グーダルネはうつむいて肩を落としながら、女の横を通り過ぎた。 竹林の7賢人とポーティス頭はパチンコをしていた。「私の頭の中と同じ」ポーティス頭はフィーバーだった。「こんなふうに、一粒一粒キラキラ光るものが際限なく落ちてくるのよ。たまにラッキーだったり、そのままかすりもせずに万札が溶けたり」「僕の玉はなにも落ちてこないよ」竹林の7賢人の玉はあっという間になくなっていた。「本当だ。僕にそっくりだ」竹林の7賢人がパチンコ台を見つめつづけた。「なにも落ちてこないと、むなしくなってまた玉を買いたくなるのよね・・・」「僕たち、誰か探してなかったっけ」「うん探してた」「・・・行ってくる」「ちょっと待って。今リーチだから」竹林の7賢人はギターを引きずりながらパチンコ屋を出た。公衆電話がすぐ外に置かれていた。浮浪者が受話器を握って怒鳴っていた。「なに言ってんだ!あほんだら!ああ?そんなわけねえだろ、ばか!」ガチャンと受話器をたたきつけて電話を切った。そしてどこかへ行こうとしたが、急にふり向いて受話器をつかんだ。「まだそんなこと言ってんのか!いいかげんにしろ!ばかやろう!」ガチャン!そしてまた受話器を上げた。「ひつこいんだよ!もうかけてくるんじゃねえ!」ガチャン!そしてまた受話器を上げた。「またかけてきやがったんか!」「今、言語吐きませんでした?」と竹林の7賢人が言った。「うるせえ!今電話中だ!」と浮浪者がどなった。「ジョイナーいませんか?あの、この電話、ジョイナーからですか?」「ジョイナーじゃねえぇぇぇぇ!」浮浪者は、竹林の7賢人の方を向かずに、なぜか目をつぶって受話器に向かって叫んでいた。電話ごしの相手に、この世の不満をぶつけることに決めているようだった。浮浪者はパニックになって、受話器に向かって叫びつづけた。ポーティス頭が店から出てきた。竹林の7賢人を浮浪者から引き離した。「やめなさいよ。ほっといてあげなさいよ。あの電話はもうとっくの昔に通話できなくしてあって、アイツ専用なんだから」ポーティス頭は電話の上にパチンコの景品のチョコを置いて、竹林の7賢人を引っぱってその場から逃げた。 地面の揺れに、足が追いつかない。遠方の銀河は全て我々から遠ざかっている。その後退速度は銀河の距離に比例する。悲しげにカラフルだ。周囲のビルを彩る幾何学模様の行き着く先が墓場だ。高層建築のビルの群れが所々光っている。墓場のイリミネーションだ。大きな場所で揺らめいている。なんだか周りで拍手と歓声が聞こえる。 居酒屋で竹林の7賢人とポーティス頭は酒を飲んでいた。「グーダルネは生きてるかしら」「生きてるよ」「なんで分かるのよ」「僕が死神だ。僕、あいつを殺してないもん」「それもそうね。ひさしぶりじゃない?また会えるとは思ってなかったわ。あと1回くらいは会えそうだったけど」「ああ。今日は君に会いに来たわけじゃないから」「あなた、全然変わらないわね。純情さには敬服するけど、もっとタフにならなきゃ」「なるほどね。ずいぶん大人みたいなことを言うようになったんだね。そういえば、いつでも君の方が精神年齢が上だったよな。僕たちがばか騒ぎしていた時は君も本気で信じてたじゃないか。ラブってやつを。だけど数年もしないうちに絶望して、僕は隠遁生活を選んだんだ。引きこもりとも言うけどね。君はもっとアッパーでハードな道を選んだ。実は僕が今日まで考えていたのはそのことなんだ。自信もなかったし迷いに迷ってエジプトとかアラスカまで行ってしまう始末。ようするに、なにもしなかったってことだ。君も知っているとおり、湾岸戦争やら同時多発テロやら卑劣で破廉恥な戦争が起こっていた。僕はテレビを見るのに忙しかったよ。アニメとか。世界は全く成長してなかった。赤ちゃんのままで成長をやめていた。だからこそ僕がここにいるんだ。僕って、えらいでしょ?」「でもほんとのこと言うとね、あなたが昔のままであって少しうれしいの」「そうだね。僕も確信してる。世の中には変わらないものもあるよ。コカコーラのレシピとか。人間は本質的にフラグメントな存在だから、それぞれが神話を作るべきだよ。かっこいいだろ?現実逃避じゃないよ」 竹林の7賢人はビールの大ジョッキを一気のみした。「すごーい」とポーティス頭が言った。竹林の7賢人は「ジョイナー死んだ?」と言った。ポーティス頭は「生きてる!」と言った。「ジョイナー死んだ?」「生きてる!」「ジョイナー死んだ?」「生きてる!」ほかの酔っぱらった客たちが、彼らのマネをしはじめた。「ジョイナー死んだ?」「生きてる!」「ジョイナー死んだ?」「生きてる!」「ジョイナー死んだ?」「生きてる!」「ジョイナー死んだ?」「生きてる!」居酒屋中が大合唱になってしまった。3歳くらいの男の子が興奮しながら突進してきて、床に置いてあった竹林の7賢人のギターをかき鳴らした。「うあー!うあ!うあー!」ギターをかき鳴らし、叫びながらジャンプする動作を繰り返しつづけた。「ジョイナーじゃん」ポーティス頭が笑った。「ジョイナー?」竹林の7賢人が男の子を見たが、悲しそうに首を横に振りつづけた。「あ、じょいな、じょいな」ポーティス頭が笑って、ウイスキーのボトルをグイッと飲んだ。 店を出てから、竹林の7賢人がブツブツつぶやいている。「僕たちは探す場所をまちがったのか?」「グーダルネはどこにいるの?」「どこだろう。人の流れについていこう。みんなについていけば間違いないって、学校も言ってただろ?」「どこの学校」「君の行っていた小学校、中学校。卒業した今も、君は学校に通い続けている」雨が降りはじめた。大雨だ。「スーパースターがみんな死んでしまった。僕が殺したんだ」竹林の7賢人がギターを頭上に持ち上げた。稲妻がギターの上に落ちた。落雷のショックでポーティス頭が吹き飛ばされて電柱に頭をぶつけた。放電しながら竹林の7賢人がギターを弾いた。周りの建物から曲が流れた。気がつくと雨がやんでいた。「あぶないわね!ごらあ!」とポーティス頭が竹林の7賢人を殴った。竹林の7賢人がブツブツつぶやいている。「でもここ以外にどこがあるんだ?」2人はグーダルネを探しつづけた。 グーダルネは歩き続ける。どこまでも歩き続ける。嫌でも孤独と現実に向き合ってしまい、見るからに挙動不審になっていく。頽廃と憔悴が湧き上がってきた。どうしても体が動きだす。コンビニでワインを買って、瓶のまま一口飲む。舌先でアルコールの結晶が、まるで雪のように溶けていく。喉からやさしくスローダウン。硬くなった筋肉をほぐすため、グーダルネは軽くジャンプした。準備運動を終えたジョイナーがスタートラインに立った。まぶしいスタートラインだった。世界に居並ぶトップアスリートたちがグーダルネといっしょに並んでいた。トップアスリートたちは、それぞれクラウチングスタートの構えをした。ゴールの先をグーダルネが見つめる。まぶしい。ものすごい光の量だ。「おれも、笑いながらゴールを駆け抜けて、大地にキスしよう」とグーダルネが思った。スタート前の緊張の一瞬。そして・・・。 「あ、いたぞ!」竹林の7賢人が叫んだ。向こうの通りで、グーダルネが酒瓶を片手にフラフラ歩いていた。グーダルネがしゃがんだ。クラウチングスタートの構えを見せて、車が高速で走り抜けていく国道へ向けて、スタートの合図を待つ。そして・・・。 竹林の7賢人がグーダルネに抱きつく。「やめろ!」「なにするんだ!今からはじまるんだよ!」「おい!死ぬ気か!」「ジョイナーが!ジョイナーが!今から!世界記録が出るんだから!」 ポーティス頭が後ろからしがみつく。 「だめだめ!フライング!フライングだから!ほら、スタートラインに戻って!」「フ、フライング?」「そう!フライング!」グーダルネが大きく目を見開いて、キョロキョロ見回した。「ここはどこだ?」「新宿三丁目の交差点!」「おお!」グーダルネとポーティス頭は抱きあって喜んだ。お互い、べろんべろんに酔っぱらっていた。「ジョイナーに会ってなにをしたいんだ?」と竹林の7賢人が言った。「謝りたい。だけど一つだけ問題がある」「なに?」「どうやって謝ればいいのか分からないんだ」「それで充分謝ってるよ」「うそだよ。ジョイナーなんか名前しか知らねえよ。思いついただけだ。なにを探していいのか分からない。酔っぱらって、ただただ人生を無駄に過ごす。そういう日々を変えたいんだよ。・・・それだけだ」「僕の正体知ってる?」「君を待っていた。さあ、早く。早く殺せよ」「やだよ。やめた」「さあ、早く」「やっぱりやめた。だってめんどくさいもん。もっと簡単じゃないと、殺せないよ。難しいから」「そんなこと言わずに。さあ。ほら」「・・・それ、パワーコード。Fマイナーにチェンジ。ボトルネックで、それ。ディストーション・・・・・・」竹林の7賢人はギターをかき鳴らしながら去っていった。「あいつ、純情すぎるのよ」とポーティス頭が言った。 朝になっていた。グーダルネとポーティス頭はファミレスでモーニングセットを食べていた。グーダルネが言った。「いるかな?」「なにが?」「砂糖。塩と胡椒とレタス」「ああ。レタスはいらない」「なんだか夢の中にいるみたいだな」「だって、これ。夢だもん」「・・・おれの夢を壊すなよ」「私たち、夢のような場所で彷徨っている場合じゃないわ。早く仕事を見つけないと」「あ、そろそろ職安が始まる時間だ。どうする?行ってみる?」「嫌。いっしょに寝ましょ」「え?寝るって、いろんな意味にも取れるんだけど」「いつまで待たせるのよ。女の方から誘わせないでよ。いいかげんにしてよ。いっしょに私の部屋まで来るのよ」 何日か後、グーダルネは竹林の7賢人に出会った。新宿の南口のルミネのあたりだった。雑踏の中で2人とも立ちすくんだ。お互い気まずい雰囲気になった。お互い、特に会いたいわけじゃなかったから。グーダルネは酔っぱらっていた。竹林の7賢人は、しかめっ面をしながら金髪の頭をポリポリかいた。「この前は悪かった!」とグーダルネが叫んだ。そして土下座して額を地面にくっつけた。「もし万が一、また君に会えるとしたら。・・・その時はまた!」笑いながら勢いよくグーダルネが立ち上がった。そして、くるりと背を向け走り去った。 |
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