小市民ダークロのありがちで気の抜けた感じのやつ

夢の苦痛


深夜1時半。すでに寝る時間を過ぎている。明日は会社の朝会。だから、起床は一時間早い。埃まみれの布団に入る。明日、起きることができるのだろうか。明日ではなく、すでに、今日か。羊を数えてみよう。牧場を空想。牧場にはほとんど行ったことがないので、そこは、はっきりとしたものではない。目の前に、3メートルくらいの長さの木でできた柵がある。羊が目の前の柵を跳び越える。羊たちは柵を越えてどこに行くのだろうか。それについて眺めているだけでいいのか。私の前にしか柵がないので、後ろを通ったほうが楽ではないのか。心配になる。回りを見回す。大草原に誰もいない。羊が山の向こうまで一列に並んでいる。大行列。数えろ。どこかで声がする。数えることが、眠りへの第一歩なのだ。どこかで声がする。数えはじめる。・・・3811。羊がいつまでも目の前を跳び越えていく。こんなに数を覚えていたら、眠れなくなってしまう。羊が目の前から消える。列が終わったようだ。とり残された気分になる。不安になる。寝返りをうつ。疲れきっているはず。でも激しいデスクワークで神経が興奮しているせいか、なかなか寝つけない。起きあがり、市販されている睡眠薬を戸棚から出し、1粒飲む。横になる。これでいつもなら眠れるはず。左肩が痛い。寝返りをうつ。右肩を下にしていつも寝ないので、これは眠りへの後退を意味する。でもしかたない。今度は右肩が痛い。寝返りをうつ。左肩が痛い。寝返りをうつ。右肩が痛い。寝返りをうつ。左肩が痛い。寝返りをうつ。右肩が痛い。首筋の左側の筋肉がつる。首の苦痛。がまんできなくなり起きあがる。戸棚でシップを探す。見つからない。さらに眠れなくなる。シップを見つける。貼りつけるのに時間がかかる。横になる。左を下にしていると、皮膚が痛い。刺激が強すぎる。涙ぐむ。シップをはがす。今年に入って、布団を干していないので、布団が硬い。床で寝ているのと変わらないくらい痛い。土曜日に布団を干そう。でも今はどうしよう。まるで眠っているかのような、寝息の演技をしてみる。呼吸を眠りに近づける。いびきをかいてみる。自分は今、寝ているのだ。自分で自分をだまそうとする。呼吸がしづらい。部屋が埃っぽい。肺の苦痛。土曜日に掃除をしよう。でも今はどうしよう。起きあがり、少し窓を開ける。横になる。新鮮な風が入る。快適。空想の牧場を思いうかべる。羊たちはまだやってこない。寒くなる。風が入りすぎる。硬い布団で丸くなる。起きあがり、窓を閉める。逃げ場がない。追いこまれた。寒いせいか、お腹が痛い。起きあがり、整腸剤を戸棚から出し、3粒飲む。横になる。少し落ち着く。鼓動が弱い気がする。血流が弱い。心臓は、動いているだろうか。心配になり、そっと左胸に手を当てる。あまり動きを感じない。首筋に手を当てる。よかった。まだ動いている。元気がないようだ。眠ることすらできないくらい、疲れている。起きあがり、ビタミン剤を戸棚から出し、2粒飲む。横になる。少し呼吸が楽になる。交通事故のような音がする。アパートの裏の線路から、工場のような、機械と機械がぶつかりあう音がだんだん近づいてくる。線路の工事だろうか。たぶん、怪物が線路を食べているのだ。鋼鉄のレールをかみ砕き、消化する。怪物は機械でできていて、電車のようにも見えるしトカゲのようにも見える。目を光らせて、うなり声をあげる。誰にも止められない。怪物が去っていく。朝になれば、線路は一面のお花畑になっている。みんなはお花畑を歩きながら会社や学校をめざす。いっそのこと、会社を休んでしまいたい。起きあがり、携帯電話を探す。「体調不良のため本日欠勤いたします。誠に申し訳ありません」とメールを書く。会社にメールしようとしたが、メールアドレスがわからない。今までほとんど当日に欠勤したことはないので、会社のメールアドレスは保存したことがなかった。宛先不明の欠勤メール。自分宛にメールしてみる。横になる。朝、電話しよう。そうしよう。いっそのこと、会社を辞めてしまいたい。考えすぎている。なにも考えないようにする。無の境地。なにも考えないことこそ、眠りに近づく瞬間である。どこまでも続く暗闇を漂う。ここはどこか、私は誰か、それさえも考えない。暗闇に光が見える。カーテンの隙間から街灯の光が差し込んでいる。まぶしい。起きあがり、カーテンをきちんとしめる。横になる。落ち着いたような気がする。気持ちは落ち着いたが、眠りはいつまでもやってこない。眠れないのは、誰のせいでもない。化学物質のせいだ。メラトニンまたはNーアセチルー5ーメトキシトリプタミンのせいだ。頭の奥で、トリプトファンからセロトニンができて、セロトニンからメラトニンができて、これが眠りを作りだすのだ。けっこう複雑だ。たぶん、今夜は作りかたを間違えたのだ。今年の夏は、プールいっぱいのメラトニンの中で泳ぎたい。メラトニンの中で溺れたい。メラトニンの中に沈みたい。今、何時だろうか。もしも時計を見て、明け方近いと、きっと焦ってしまい眠れなくなるだろうから、あえて時計は見ない。日本時間。ロンドン時間。ニューヨーク時間。地球が回る。それぞれに時間が訪れる。だから、自分時間で深夜0時。これでじゅうぶんだ。不変性。連続性。人々は朝起きてどこかでその人なりの生活を送る。夜が来てどこかでその人なりの場所で眠り、その人なりの夢を見る。朝になる。半分は夢の中にいる。それが自然だ。眠りは正しい行為だ。でも、違和感を覚える。まだ眠りたくない。朝に起きてから、まだ自分自身の生活を送っていない。満足できない。今日は、他人の夢の中にいたかのような一日でしかなかった。眠りは屈服であり、あきらめだ。埋没し、停滞し、服従する。それにあらがう自分を感じる。安心すれば眠れるのだろうが、眠ってしまうと安心できない。眠れないことで安心している。眠れないことで眠る。眠ることで眠れない。メラトニンの海に浮かぶ脳みそが暴れている。夢を見ることは、現実に負けることだ。いや、本当にそうだろうか。どこかに出口は見えないだろうか。起きているときも、夢を見ているのではないだろうか。現実に負けているのではないだろうか。出口が見えないのではないだろうか。どこに行っても同じことなのではないだろうか。寝返りをうつ。今夜は何回寝返りをうったのだろうか。数えておけばよかった。空想の牧場では、羊たちはやってきただろうか。目覚まし時計が激しく鳴っている。音の苦痛。いつのまにか朝になっている。おもしろいくらいの寝不足だ。今日は会社に行けるだろうか。上についているボタンを押して、止める。止まらない。いつまで経っても鳴りやまない。おかしい。起きあがる。そこで気がつく。夢。目覚まし時計は鳴っていない。深夜3時。まだ朝ではない。どこまでが現実でどこまでが夢だったのか。夢の苦痛。現実の苦痛。全ては同じである。最初から眠っていたのなら、眠れないのも当然だ。眠れない夢を見ていたのだろうか。もしも夢の中で眠ってしまったら、どうなってしまうのか。この状況さえも、また、夢なのか。寝返りをうちながら、ここはどこだと考える。だんだんわからなくなる。眠れなくなってくる。でもそれでいいのだ。朝になったのだから。起きあがり、着替えをする。会社に向かう準備をする。現実の、会社へ。夢の、会社へ。