小市民ダークロのありがちで気の抜けた感じのやつ
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バイクは高速宙路を走る。中心街を見ると、本当に城が崩れていた。中心街は恐慌をきたしていた。逃げ惑う人々はいろいろな歩行道路に流されていった。車両が宙路にあふれだした。城から落ちてきた雪のようなチリが街に降り積もった。城壁はパラパラと剥がれ落ちて、内部の機械部分がむきだしにされていた。塔は崩れ、朽ち果てていった。
「ヨムレイはこの中だ。どうする」 「歩いて行けるわけないわ」 ミロは粉々になっていく入口へ、バイクで突入した。 「あれを見て!」 エンジェルが声をあげる。巨大な口が彼らを待ち受けていた。ブレーキをかけたが間に合わない。唾液を垂らした真っ赤な舌がバイクをすくい上げた・・・・・・。 そこは体の中だった。噴きあふれる血液だった。てかてか光る内臓だった。 「ここはどこなの!」 エンジェルが絶叫する。 「落ち着くんだ。これは幻覚だ。ここは城の中だ」 そう言うミロにも、この情景は信じられないものだった。バイクは血管の中を走っていた。色鮮やかな赤血球が流れ、ぐるぐる回ってミロ達を追い抜いていく。白血球がまとわりつき、侵入者を包みこもうとするが、ハンドガンで撃退する。静脈の弁に迎えられ、やがて心臓の力強い圧力に振り回される・・・・・・。本当にヨムレイはここにいるのか?いるとしても、果たして正気を保っているだろうか。 「なんとなく安らぎを感じるわ。前にもここに来たかもしれない・・・」 エンジェルがうわずった声をあげた。血管を進み続けると、いきなり大きな空間に出た。バイクは粘膜にへばりついた。向こうを見ると、なにやら液体が・・・。 「ここは胃の中だ」 胃液が噴き上がった。 「これは幻覚なんだ。君ならこの幻覚を破れるはずだ」 「幻覚なんかじゃないわ。これは本物よ!」 「エンジェル!」 ぶくぶくと泡をたてながら、胃液の中から巨大な球体が浮かび上がった。それは集積回路の集合体だった。水しぶきをあげて球体は胃に穴をあけ、ミロ達の上を飛びすぎていった。 「後を追って!あれは彼女を殺そうとしているわ!」 「彼女?」 「早く!」 ヨムレイは玉座にいた。もう彼は、教会で消された全ての記憶を取り戻していた。城は崩壊寸前だった。しかし彼は逃げようとしなかった。彼は静かに目を閉じ、ため息をついた。そこへ爆発音が響き、床からバイクが浮かび上がった。 「ヨムレイ、逃げろ。ここは危険だ!」 ミロが怒鳴った。 「逃げろよ!奴が来るんだ!」 ヨムレイは首を横に振った。 「いや、私はここに残る。私は、君よりも前に侵入してきた人間達を、何人も殺してきたのだ」 「そ、そんなこと。しまった!遅かった!」 巨大な目玉が浮かび上がる。破滅の生き物だ。充血した目は彼をにらみつけた。彼にはもう、逃げる場所も耐える力も残っていなかった。その時、エンジェルが叫んだ。 「いい?これは怪物じゃないわ。私はちっともこわくないわ!ただの機械なのよ!いつも使っている機械・・・ね?こわくないでしょ?」 「・・・機械?」 懐かしい声が彼を勇気づけた。そうだ、こいつは単なる機械なのだ。彼は立ち上がった。最後の力をふりしぼって彼は目玉をにらみつけた。目玉は立体映像を発する機械となり、映像はぼやけ、最後に機械装置の固まりとなった。ミロはハンドガンを燃料が切れるまで球体に撃ち続けた。球体は煙を吐いて沈んでいった。 「おまえは操られたんだ。どうしようもなかった・・・あっ!」 エンジェルが倒れていた。ミロは彼女を抱えて揺すった。 「どうした。しっかりしろ!」 「わ、私・・・少し疲れたみたい・・・」 蒼ざめた顔で、エンジェルは力なく笑った。ミロは気づいた。彼女が王に造られたのなら、この城と同じように・・・・・・。 「私がどうして君についてきたか知ってる?王を殺してやりたかったの・・・。でも、できなかった・・・。ほら、彼の顔を見て、私とおんなじだと思ったの・・・。彼も、一人なのよ・・・逆に助けちゃった」 彼女は、自分の体が立体映像のように透明になっていくのを眺めた。 「信じられないわ。やっぱりここはタイタンだったのね・・・。でも、よかったわね」 「え?」 「君の言ってるとおりだったじゃない。大丈夫よ。安心して。きっと元の世界に帰れるはすよ」 エンジェルの体がほとんど見えなくなり、だんだん感触がなくなっていく。 「ねえ、王の娘はどうして死んだの?」 「交通事故だ。真夜中、酔っ払って、速度オーバーだった」 「そう・・・。私、これで少しは親孝行できたかしら・・・・・・」 エンジェルは静かに消えた。しばらくしてミロは立ち上がった。ヨムレイが近寄る。 「私が生きることが、彼女への償いになるだろうか」 ヨムレイの言葉にミロはうなずいた。 突然、鳴き声が聞こえた。 「何に聞こえる?」 「赤ちゃんの鳴き声」 「君もそう思うか。最近、この城で聞こえてくるんだ・・・」 鳴き声が激しくなり、ヨムレイは両耳を押さえた。急に彼の周りは完全な暗闇となった。城が完全に崩壊したのだろうか。空気はとても冷たい。だがこれは、外の冬の寒さではない。気流が停滞しているのだ。星空が見える。ここはタイタンの地表だった。彼の体は地面を離れていく。やがて彼の目の前に巨大な環を持つ土星が浮かび上がった。あの輪の中にタイタンも含まれているのだ。 「あれを見ろよ」 いつの間にか隣にいるミロが指さした。土星よりも大きな胎児が頭上を漂っていた。泣き声は、あそこから聞こえているようだ。 「あれはなんだ」 ヨムレイがうめいた。 「わからない。このまま地球に戻れるのかな」 ミロは周りをキョロキョロ見ている。おそらく地球を探しているのだろう。宇宙の彼方から転移装置がこちらにやってきた。赤ちゃんの鳴き声は笑い声に変わっていた・・・・・・。 ミロは端末機で調べ、自分の体がまだ地球にあることを知った。ついでにデカルトの名前を調べる。彼は宇宙船事故で死亡していた。では、彼が言ったことはなんだったのか。彼の仲間のアンドロイドは地球で生きているのだろうか。それともMCに接続された彼らはどこかの世界に・・・?彼はもう一度端末機を使った。 『クロフツの影にいるのはおまえだろ?この端末機がどこに通じているかは常識だぜ。それとも常識じゃないのかな?返事ぐらいしろよ。中枢部にいるMC、マザーコンピューター、おまえだよ。ここはおまえの体のようなものだ。人間を支配するのも簡単だったよな。でも、そう思い通りにいくとは思うなよ』 ミロは端末機をしまい、転移装置にねころんだ。ポケットにしまった銃身がかさばって寝づらい。銃を膝につけようとすると、銃身になにか見覚えのない字が書いてあることに気づいた。 『これで自由になったつもりか?』 自由か。彼はにやりと笑った。これを求めるために、おれはこの仕事をこれからも続けていくだろう。 小説「タイタンの存在者」 |
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