|
2人は職安から出た。毎日通っていたせいか、新しい求人情報がほとんどなかった。グーダルネは昼間から酔っぱらいたくなかったので、ポーティス頭とはこれ以上関わりたくなかった。 「どこ行くの?」 「ちょっと用事があるから」 「どこ行くの?」 「どこに行こうかなあ」 「あ、見て」 本屋に東京のタウン情報誌が置かれていた。今週号のトップに、おいしそうなデザートが特集されていた。グラッセクリームパティという飲み物が、日本に初上陸したらしい。 「イラクで新しく開発された飲み物だって。きっとおいしいよ」 「イラク・・・」 「行かなきゃ。ほら、行くよ」 「君、思いこみと行動力が、あいかわらず、すごいね」 ポーティス頭は地下鉄の入口に向かった。駅名の書かれた看板の上にさらに看板がかかっていて、その看板には、赤色で大きな文字が書かれていた。 「六本木まで21分!」 どこまでも深く深く、2人は駅のホームを目指して降りていった。ここは新しい駅だった。新しければ新しいほど、地下鉄の駅はどんどん深くなっていく。ホームにたどり着くまでに、21分くらいかかった。2人は長いホームの端にいた。 「六本木って、ここからいくつ目の駅なの?」 「六本木まで6つ目じゃないかな・・・。次の駅が1本木。その次が2本木・・・」 「四谷とか九段下にも使えるギャグね、それ」 ホームの壁に、駅名が書かれたプレートがかかっていた。プレートには「六本木駅」と書かれていた。 「あ、ここが六本木だよ」 「え?どこ?」 「ほら、矢印がある。向こうの階段を登るみたいだ」 ホームの反対側の端に、六本木に通じる階段があるようだ。2人は長い長いホームを歩いた。歩いている途中、2人の横をものすごい速さで電車が通過した。 「この電車って、どこから来て、どこに行くのかな。なんだか不思議な気分ね」 「駅なんだから、電車が走るのは当然だろ?でも、誰も乗ってないな」 「電車に乗らないのに、この運賃は高いわね」 「もう一度上に上がったら、20分くらいかかるよ。21分なんてうそだな。倍の時間かかるぜ。なんだか、だまされたみたいだな」 階段を登って六本木に着いた。グーダルネはキョロキョロ見わたした。 「あれ?さっきの場所じゃないかな?ほら、職安のビルがある・・・」 ポーティス頭は不安になった。目を閉じて、さっきの雑誌を必死に思い浮かべた。ポーティス頭は目を開いた。目の前の場所は、六本木のような場所になりつつあった。 「さあ、ここは六本木よ。行くわよ」 店はすぐに見つかった。カフェ「ビン・ラディン」はオープンカフェだった。2人はテーブルに座った。2人の周りが突然暗くなった。 「なにこれ。日蝕?」 「六本木によくある現象だろ?脱コード化の現象だよ」 「やだ、つまんない」 ポーティス頭はとなりのテーブルに座った。暗い場所でグーダルネが言った。 「文化や自然のコードを持っているわけじゃないんだよ。欲望の流れが再構成しただけだよ。流れは全て移転していく。もう一度、廃墟になるだけだ」 グーダルネは立ち上がり、ポーティス頭の向かいに座った。とたんに周りは明るくなり、さっきまでの景色がグーダルネをとりかこんだ。ウェイトレスがやってきて、グラッセクリームパティをテーブルに置いて去っていった。 「これが今日の獲物か」 「あわれな犠牲者ね」 目の前に置かれたグラッセクリームパティは、ウインナーコーヒーのようにも見えた。 「コーヒーか。どこのだっけ?ブラジル?ベトナム?」 「イラクよ。今、はやってんのよ」 「なんだ。ただのコーヒーか・・・」 「グラッセクリームパティよ」 「戦争に勝ったばかりだから、イラクをはやらせたいんだな」 ポーティス頭がコーヒーカップをつまみ上げて笑った。 「かわいいコーヒーカップね」 グーダルネはコーヒーカップを凝視していた。 「・・・きれいだね」 「・・・どうしたのよ」 「コーヒーカップを見つめていたら、だんだん分からなくなってきた。なんだか自分の意志が消えちゃったみたいだな」 コーヒーカップがグーダルネの指を求めてやさしく引き寄せた。グーダルネの人差し指、中指、親指をゆっくりとたぐり寄せる。コーヒーカップが、やわらかくジャンプした。コーヒーカップはグーダルネの唇を求めた。グーダルネの口を開けさせて、コーヒーカップは傾いた。中の液体をグーダルネの歯と歯のすき間にすべらせた。ポーティス頭がグラッセクリームパティを飲みながら言った。 「クリーミィよね」 「うん、クリーミィだね」 「フルーティだね」 「フルーティだね」 「・・・ウゲ」 ポーティス頭がクリームを吐き出した。 「汚いな」 グーダルネは顔をゆがめて眉間にしわを寄せた。 「なんか、毒々しいわ」 「毒じゃないよ、生クリームだよ」 「・・・まずい。失敗した。ミックスフセインジュースにすればよかった」 「君はいろいろな部分で味わいすぎるんだよ。いつもそうだよ」 「敏感なのよ」 「敏感だったら、こんな場所にいられないだろ。少しは恥ずかしがれよ」 「なによ。最高じゃない、六本木。六本木!うぅ〜・・・あぅ!六本木!テレビ局だってあるし」 「テレビ埼玉だっけ?」 「違うよ」 「おれ、テレビ見ないから、よく分からないよ。この番組もつまんないな。チャンネル変えよう」 グーダルネはリモコンを拾ってチャンネルを変えた。戦場で爆死する兵士が目の前に現われた。 「ちょっと!食事中に、なにかけてるのよ!」 「湾岸戦争のドキュメント。やっぱり、つまんないから切ろう」 グーダルネがリモコンのスイッチを切った。とたんに周りの景色が真っ暗になった。 「やめろよ、ゴラァッ!」 ポーティス頭がリモコンを奪ってスイッチを入れた。プツンと音がして、周囲は見覚えのある六本木の景色にかわった。 「今のはどういう現象なのかな?」 グーダルネが笑いながら言った。ポーティス頭は顔面蒼白だった。 「私たち、まちがった六本木に来ちゃったのかな」 「うーん。普段行かないから、よく分からないね」 「私たち、早く、仕事を見つけるべきよね」 「最近、どこに行っても、そういう結論になるね」 「帰ろうか」 「帰ろう」 2人は立ちあがった。ポーティス頭の周りに六本木が広がった。オシャレなカフェ、セレクトショップ、クラブ、映画館。外国人がたくさん歩いていた。グーダルネの周りには、なにも広がっていなかった。 △ |