小市民ダークロのありがちで気の抜けた感じのやつ

リアルデビューももう近い!


食卓で父が新聞を読んでいる。さえない顔色の息子が2階から降りてきて食卓につく。
「今日は、早いな」
「眠れないんだ。いろいろ考えごとがあって」
「おまえさ。いつまで、こんな生活をするつもりだ」
「・・・ああ」
「整形手術までうけさせてやったんだ。さっさと出ていったらどうだ。今なら、もてるだろ。今のおまえ。タレントに似てるぞ。芸能人の。ええと。・・・もりた。・・・健作?」
「ああ。あまりピンと来ないけど、オヤジの時代的には、いい男だったんだろ?」
「ああ、森田タモリのほうだ。おまえ、森田タモリに似てるよ」
「森田タモリって、そうじゃねえと思うけどな。タモリのこと?」
「そう!じゃあ、タモリ!タモリのサングラスかけてないときに、おまえそっくり!」
「ええ。なんかレアだな。でもぜんぜんかっこよくないだろ!見たことないけど、いやだよそれ!似てないほうがいいし、おれの努力を根底からくつがえすようなこと言うなよ」
突然、父が冷蔵庫を開け、ストックしてあった骨を投げる。
「ワオーン!ワンワン!」
とうれしそうに骨を拾いにいく息子。骨を口にくわえて戻ってくる。
「それ!」
と父が窓を開けて骨を外に投げる。
「行け!」
呆然と外を眺めた後、また食卓に戻る息子。
「今、珍しく輝いてたな、おまえの顔が」
「やっぱりだめだ。家の中ではいい感じなんだけど」
「だいぶ慣れてきたぞ。あと一息だ」
「オヤジ、毎朝、ありがとな」
「よし、食事の前にいつもの挨拶でもするか」
2人、同じ方向を向く。
「リアルデビューももう近い!リアルデビューももう近い!リアルデビューももう近い!」
2人、向き合う。
「いただきます」
2人、おじぎする。息子、ハムエッグを口に運ぶ。
「まあ、それはそうと。さっきの続きだが。・・・だまって聞きなさい」
父、新聞を開く。
「ん?・・・なんだこれ」
新聞には「凶悪人、整形して逃亡?」と大きな見出し。整形前と整形後の写真が並んでいる。整形後の顔が、息子だった。
「オヤジ、どうした?」
「・・・おまえ。誰かに似てるって。言われたことないか?」
「ああ、森田タモリだろ。言われたことはねえよ。整形してから今まで引きこもってるんだから」
「おまえ、なにかを抱えてないか?ストレスとか、心の闇とか」
「うん、それはあるかも」
「やっぱり!お、おまえさ、い、いつも部屋に父さんも母さんも入れさせないだろ?ベッドの下に、ガラクタとかなんとかかくしてるみたいだよな?おまえ、父さんに、なにかかくしてることないか?」
「なんにもねえよ」
「10月21日、午前11時20分、おまえはその時、なにをしていたんだ」
「え?いやに具体的な日付だな」
「警察をなめるな!」父、机をたたき、息子の襟首をつかむ。食卓がめちゃくちゃになる。
「どこにいたかと聞いてるんだ!」
「離せよ!離せって!」
「おれが話すんじゃない!おまえが話すんだよ」
「落ちつけよ!オヤジは警察じゃねえだろ。無職だろ」
息子、父を振りほどいて突き飛ばす。落ちていた新聞を拾いあげる。
「な、なんだこれ」
新聞をくいいるように見つめる息子。
「ますます、外に出づらくなっちまったよ・・・」
息子、父に近づく。
「よ、よせ!話せば分かる!話せば分かるだろ?(半泣き)」
「ち、チゲーよ!やってねえよ!」
「でも、この新聞にはそう書いてあるぞ!いいか?捕まるのと自首するのでは、罪の重さがちがうぞ!命の重さは一緒でも、罪の重さが変わる!」
息子、新聞を読む。
「殺害し、ベランダに置かれた浴槽に入れて土に埋めた」
「おまえ、小さいころも、庭の木に花子を埋めただろ」
「花子は犬だよ。死因は老衰だよ!ええと、10月21日、午前11時20分。職務質問されている時に、警察官から逃走した」
「おまえ、そんなに足が速かったのか。人は見かけによらないな」
「だから別人だって!」
「だってほら、読んでみろ。おまえが手術したのと同じ病院だよ?息子よ」
「あれだよ、きっと同じ医者が手術したから絵のタッチが一緒なんだよ!」
「絵のタッチって、アーティストみたいな医者だな。素材よりも作家性のほうが重要なんだな。・・・ピカソが医者じゃなくてよかったな」
「それより、整形前の顔を見ろよ!全然違うじゃねえかよ!」
「いや、もはや、誰もおまえの元の顔なんか覚えてないぞ!」
「親なんだから覚えておけよ!頼むぞ。こんな顔じゃなかっただろ!」
「そういえば、整形前の方がかっこいいな!おまえ、その前にも整形してたのか!」
「おかしいだろ」
「お、お、お、おかしいよ!いいか。落ちついて説明するんだ。なんでこんなことやったんだ」
「え?」
「おこずかいだって毎月たっぷりあげていた。働きもせずに、生活にも困ってない。人を殺さなくたって、ハッピーに生きていけるだろ?」
「い、いや、やっぱさ。ずっとひきこもってたわけだろ?スゲー、ストレスがたまってんだよ。好きな仕事についているわけじゃないし、望みもないし、希望もない。彼女だっていないし、自分に自信のあることも、一つもない。なにかのきっかけで、なにかが爆発したんだよ」
「そうか。でも、そこまで育てたおやごさんの気持ちになってみたことはあるか?ここまで育てるのに、どんなに苦労したか。愛情を持って大切に育ててきたんだぞ」
「うう・・・。い、いや、ちょっと待て!おれに説教すんなよ!や、ヤベー。や、やっぱり自首するべきかな?あれ、なんだかおれまで自分が犯人みたいな気持ちになってきたよ。どうしよう。ここにいたら通報されちまう!なんとなく、犯人じゃなくても逮捕されちゃいそうだよ。ああ。早くオフクロ帰ってこないかな。でもオフクロまでオヤジの味方になって多数決で負けたら、きっとおれが犯人だな。陪審員制度だったらやばいな。多数決で絶対おれ負けるぞ。メガネのないタモリだったり、殺人犯だったり、いったい本当のおれはなんなんだ!」
突然、息子が冷蔵庫を開け、ストックしてあった骨を父の目の前に突きだす。
「おまえ、警察に言ったら、殺すぞ」
「おい!」
「オフクロがなんで帰ってこないのかわかるか?ベッドの下をなんでおまえに見せないか分かるか?・・・かくしてるんだよ。成人向けの本じゃないぞ、成人向けのDVDでもないからな・・・。フッフッフ」
「おまえ、なんてことを!」
「いいか?今からおれは犯人を探しに行くぞ。メガネのないタモリも探しに行くかもしれない。同じ場所に2人ともいたら一石二鳥だし、同一人物なら手間が省ける。おまえ、絶対に誰にも言うんじゃねえぞ」
息子、骨を持ったまま家を飛び出す。
「この食卓の惨状と、息子の現状。・・・母さんが帰ってきたら、どう説明しようかな。やれやれ。本当に息子が犯人とは思ってなかったけど、なんとなく危ない奴のような気がしてきて、がんばりすぎちゃったよ。どうしよう。世の中どう転ぶかわかったもんじゃないな。ひょうたんからこま。引きこもりから逃亡犯か。あとは、あいつが捕まらないのを祈るだけだ。わしは信じてるぞ。おまえの無実を。・・・さて、次は、わしが、リアルデビューする番だな。リアルデビューももう近い。リアルデビューももう近い。リアルデビューも、もう、近い」