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ビンス・マクマホン(ビンス・マクマーン)
VINCE MCMAHON


本名:ビンセント・ケネディ・マクマホン
1945年8月24日
ノースカロライナ州パインハート出身
192cm 104kg
タイトル歴:WWF世界ヘビー ECW世界ヘビー(WWE版)

ニューヨークのマジソン・スクエアガーデンを本拠地にするアメリカ北東部の団体WWFのオーナー、ビンス・マクマホンの息子として生まれる。WWFの実況アナウンサーとして活躍。82年6月、WWFの全権利を父から買収。WWFはハルク・ホーガンをエースにして84年から全米進出。ライバル団体WCWを01年3月に崩壊させて、アメリカマット界を統一。98年からWWF世界王者になったスティーブ・オースチンを「品位に欠ける王者」と酷評してから抗争開始。リングにも悪のオーナーとして登場するようになる。誰の助けも借りない一匹狼のオースチンが権威の象徴ビンスにはむかうストーリーに観客が熱狂。ビンス自身がボディビルダーでレスラー志望だったこともあり、体を張った熱演でオースチンに対抗し、トップヒールとして活躍。この「アティテュード」路線によってWWFは人気爆発した。3月30日、オースチンへのベルト授与式でスタナーをくらう。4月6日、ビンスの希望通りにスーツ姿で登場したオースチンだったがスーツを脱いでビンスの股間を攻撃。99年1月にロイヤルランブルに優勝。2月にオースチンと金網マッチで対決。金網上部からの実況席への転落、豪快な技を何度もくらっての流血、突然のビッグショーの乱入の末に敗れた。3月22日、ビール配送車で乗りつけたオースチンにビンス、ロック、シェインがビールまみれにされた。9月14日、WWF世界ヘビー級王座を獲得。03年3月30日のレッスルマニア19ではハルク・ホーガンと対戦。ホーガンと並んでも体格で負けないビンスは互角の勝負を展開。手四つでの力比べでもホーガンを圧倒。場外戦でイス攻撃をしようとしたところをホーガンに避けられ、鉄柱に頭をぶつけられる。イス攻撃を受け流血。さらに顔面パンチの連打を浴びてリングに戻される。ホーガンのパンチの連打で場外転落。背中にイスを振り落されピンチに陥るが、ローブローで反撃。イス攻撃の後、リング下からハシゴを取り出し、放送機材で攻撃。ハシゴの上に乗り放送席でダウンするホーガンへレッグドロップ。放送席は崩壊した。リングに戻ってフォールするがカウントは2。さらに片エビ固めでフォールするもカウント2。場外へ降りてリング下から鉄パイプを取り出し攻撃しようとしたが、ホーガンはローブローでそれを防ぐ。両者がダウンしている間にロディー・パイパーが乱入し、ホーガンに鉄パイプで殴りつけた。フォールするビンスだったがカウントは2。鉄パイプを拾おうとするがレフリーに止められ、レフリーを場外へ放り投げる。ビンスは鉄パイプで殴りつけた後、レッグドロップでフォールに行くがカウントは2。直後にホーガン復活。「YOU!」と指差してからパンチでダウンさせレフリーを放り投げる。「YOU!」の後にパンチ3連発、ビッグブーツ。最後にレッグドロップ3連発でホーガンが勝利した。06年4月2日、レッスルマニア22でショーン・マイケルズとノー・ホールズ・バード(なんでもあり)マッチで対戦。60才とは思えない驚異的な肉体で、マイケルズとケンカマッチを展開。途中からシェーン・マクマホンが助けに入るが、マイケルズに手錠を奪い取られて左手首とサードロープをつながれてしまった。ビンスはイス攻撃で額から流血。頭にアルミのゴミバケツをかぶせられ、ラダー最上段からのエルボードロップをテーブルの上で豪快に浴びる。4メートルの高さからの豪快な一撃で、勝負あり。最後はむりやり立たされて、18分26秒、スウィート・チン・ミュージックに敗れた。ビンスは担架で退場する間、中指をつき立てた。07年4月1日、レッスルマニア23で億万長者ドナルド・トランプと髪切りマッチ。トランプの代理ボビー・ラシュリーとビンスの代理ウマガとの試合となった。シェーン・マクマホンと共に試合に介入したが、ラシュリーのスピアーにウマガがフォール負け。ビンスはスキンヘッドになった。4月29日、シェーン、ウマガと組んで、3対1の変則マッチでECW王者ラシュリーに挑戦。ほとんど試合には参加しなかったが、ウマガのトップロープからのボディプレス2連発の後にフォール勝ち。ECW世界ヘビー級王座を獲得した。試合後「ECWオリジナル」のサンドマンロブ・バン・ダムトミー・ドリーマーサブゥーを「ビンセント・ケネディ・マクマホンほどエクストリームな男はいないのだからな!」と挑発した。5月8日、シェイン、ウマガと組んでロブ・バン・ダム相手に防衛戦。ウマガのスプラッシュ、サモアンスパイクでダウンしたRVDをフォールして防衛に成功。6月3日、「ワンナイト・スタンド07」でラシュリーに敗れて王座転落。6月11日、RAWのドラフト特番では「Mr.マクマホンに感謝する夜」と題された、ビンスへの謝辞を伝える映像が番組中にちりばめられた。大会終了後、ビンスが乗りこんだリムジンが爆発炎上。ビンスが「死去」した。しかし、所属選手のクリス・ベンワーが妻子を殺害して自殺した事件が起こり、このアングルは中止となる。8月6日のニューヨーク州バッファロー大会に平然と登場。爆死を装ったことに対しては、誰が自分に最も感謝しているかを試すためだったと語った。6月9日、RAWで「ミリオンダラーマニア」を開催。試合の合間にビンスが無作為に選んだ応募者へ電話をかけ、番組上で発表したパスワードに答えられたら賞金を進呈した。「ミリオンダラーマニア」は6月16日、6月23日にも開催。高額の賞金で視聴率アップを狙ったが不成功に終わった。6月23日のRAWで、ミリオンダラーマニアの最後の当選者が選ばれた直後、セットが爆発して「負傷」。その後はミリオンダラーマニアは開催されず、ビンスはテレビ放送から姿を消した。09年1月19日、久しぶりにRAWに登場。全試合終了後にリングに上がり、ランディ・オートンと口論を演じ、パントキック(顔面への強烈なキック)をくらって失神。後日、シェインやステファニーも攻撃を受け、マクマホン家とオートンは完全対立。4月5日のレッスルマニアで娘婿のHHHがオートンと対戦する展開となった。4月6日、RAWに登場し、メインでランディ・オートンと対戦。RKOでノックダウン。パントキックをくらう直前にシェーンに救出され、HHHも助けに入るが、デビアス、コーディ・ローデスに攻撃をくらう。そこに乱入してきたバティスタがマクマホン家を救出。ビンスはPPV「バックラッシュ」で、自分の代わりにバティスタを出場させることを発表した。10年1月からブレット・ハートと抗争。3月28日、レッスルマニアでブレット・ハートと対戦。自らの配下に置いていたはずのハート・ダイナスティやレフリーのブルース・ハートに裏切られ、シャープシューターに完全敗北。11年6月20日放送のRAWで、王座挑戦権を獲得したCMパンクが、契約が満了する7月17日に地元シカゴで開催されるPPVで王座を獲得してそのまま退団すると宣言。6月27日放送のRAWで、パンクがWWEとマクマホンを痛烈に批判する長時間のマイクパフォーマンス。この暴言を理由にマクマホンが「無期限出場停止」の処分を下した。その後のRAWで、パンクの処置に対してシナと口論となり、PPVでのパンクの挑戦を認める代わりにシナが敗れた場合は解雇処分にすると命じた。7月17日、PPV「マネー・イン・ザ・バンク」でシナのWWE王座にパンクが挑戦。終盤にシナがSTFを決めたところに重役のジョン・ローリナイティスを伴って登場。王座流出をなんとか避けようと、ローリナイティスにゴングを鳴らすように命じたが、シナが技を解いてゴングのほうに走るローリナイティスを殴って制止。パンクがリングに戻ったシナにGTSを決めて勝利して王座を獲得されてしまった。王座が流出したため、7月18日のRAWに登場し、新王座決定トーナメント開催を宣言。決勝直前でリングに上がり、現れたシナと口論。そこにHHHが登場。役員会での会長解任の決定を告げられ、ビンスは涙を流しながら退場した。10月10日、RAWに登場。HHHを現場責任者から解任し、ジョン・ローリナイティスをGMに就任させた。その後、ローリナイティスは悪のGMとして権力を乱用。12年6月17日、PPV「ノーウェイアウト」でローリナイティスにGM解任を告げた。

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