実家は埼玉で焼肉店「焼肉ファミリー」を経営。高校までは柔道で活躍。日体大を卒業し、01年3月にノアに入団。三沢光晴の付き人となる。01年12月24日、ディファ有明での佐野、金丸組戦でデビュー(パートナーは池田大輔)。02年2月2日から鈴木鼓太郎に改名。命名したのは三沢で、「太鼓のように打たれ強く、打てば響く選手に」という願いがこめられていた。入団と同時に空中殺法に非凡のセンスを見せた。鼓太郎の登場後、飛び技を多用していたKENTAはファイトスタイルを変えた。ガンダムマニアで技の名前もガンダムにちなんだものが多い。10月31日のハロウィン興行ではマスクマンのケビンマスクに変身してマンガと同じ必殺技OLAP、ビッグベンエッジを見せ非凡なセンスを発揮。04年4月27日、広島グリーンアリーナ大会でライガーのGHCジュニア王座に挑戦。19分45秒、垂直落下式ブレーンバスターに敗れた。11月20日、ディファ有明大会で三沢と対戦。師匠との初対決でタイガードライバーを決め、形が崩れながらもブルーディスティニーを決めたが、9分55秒、エメラルドフロウジョンに敗れた。12月にメキシコでマスクマンのタイガーエンペラーに変身。タイガーエンペラーとしては、ごくまれに試合に登場し、歴代のタイガーマスクと比べても劣らないセンスで活躍。05年5月のディファカップではタイガーエンペラーとしてドラゴンゲートのスペルシーサーと組んで出場。1回戦で中嶋勝彦、村浜武洋組と対戦し、14分54秒、タイガースープレックス2004で勝利。準決勝では日高郁人、藤田ミノル組に11分29秒、ショーンキャプチャーに敗れた。3位決定戦ではカズ・ハヤシ、レオナルド・スパンキー組に14分36秒、スライスブレイドNo2に敗れた。07年1月21日、日本武道館大会でリッキー・マルビンと組んでGHCジュニアタッグ王者のブリスコ兄弟と対戦。脅威の空中技と合体技で観客を魅了。26分26秒、パーフェクトブルーディスティニーで勝利しGHCジュニアタッグ王座を獲得した。その後もこのタッグは流れるような動きの連係プレーで活躍し、ジュニアタッグ戦の新境地を開いた。2月24日、大阪市中央公会堂大会で石森太二、ロッキー・ロメロ組を相手に防衛戦。それぞれが持ち味を活かした好試合を展開。トップロープから飛んだ石森をスワンダイブで飛んでキャッチしてバックドロップで投げる高難易度の技を披露。終盤に合体技がさえまくり、28分15秒、石森への合体サンタマリアで防衛に成功。5月12日、新宿FACEでのマッスルアウトローズの自主興行で土井、吉野組を相手に防衛戦。終盤に合体攻撃をたたみかけ、27分9秒、ブルー・ディスティニーで土井にフォール勝ちして2度目の防衛に成功。6月3日、ノアのきたえーる大会でドラゴンゲートの新井、岩佐組相手に防衛戦。ブルーディスティニーで勝利して3度目の防衛に成功。7月にマルビンと組んで日テレ杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦に出場。7月3日にKENTA、石森組と対戦し、時間切れ引き分け。7月6日に青木、ロメロ組に勝利。7月7日に丸藤、飯伏組と対戦し、19分44秒、ダブル・ツームストン・パイルドライバーで勝利。7月13日にブライアン・ダニエルソン、デイビー・リチャーズ組と対戦し、22分45秒、ダニエルソンのジャックナイフ式エビ固めにマルビンがフォール負け。7月15日に日本武道館大会でブリスコブラザースと対戦。試合終盤のパーフェクト・ブルーディスティニーはレフリー不在のためカウントは2。時間切れ引き分けに終わり優勝を逃した。時間切れ引き分けを前提にしたかのような試合運びを見せて、試合後にノア史上最大のブーイングが飛んだ。表彰式の場で、リーグ戦に優勝したKENTAが「チャンピオンチーム、しょっぱい試合するから、こんな雰囲気になっちゃっただろ。せっかくだから、タイトルマッチ、やるのかやらないのか皆さんの前でハッキリしろ」とマイクアピールし、次期シリーズでのタイトル戦が決定した。8月31日、広島グリーンアリーナ大会でKENTA、石森組を相手に防衛戦。31分58秒、ブルーディスティニーで石森に勝利し防衛に成功。9月29日、大阪府立体育会館大会で土井、堀口組を相手に防衛戦。ゴング前の奇襲からの場外戦や、セコンドの吉野の介入で苦戦。毒霧を浴びてから堀口のビーチフラッグ、土井のバカタレスライディングキック、堀口のバックスライドフロムヘルを浴びるがマルビンがカット。試合終盤に堀口のバックスライドフロムヘルを返してブルーディスティニー、アッパーカットを決め、最後は18分37秒、高角度前方回転落とし固めで勝利。5度目の防衛に成功した。11月24日、札幌・STVスピカ大会で土井、吉野組を相手に防衛戦。試合中にマルビンが左足を負傷したため孤立無援となり大苦戦。17分39秒、土井のマスキュラーボムに鼓太郎がフォールを取られて王座転落。08年5月15日、後楽園ホール大会でGHCジュニアタッグ王者の石森太二と対戦。ツームストンパイルドライバー2連発から張り手を打ち、12分26秒、最後は前方回転落とし固めで勝利。 試合後に「おい、石森。チャンピオンが負けるってどういう意味か分かってるのか」と挑発し、パートナーのマルビンも「みなさん、こいつが今日鼓太郎に負けた。チャンピオン、こんなもんか」とマイク。そこにKENTAも登場。「リッキー、日本語上手になったね。それから鼓太郎、最近影が薄いから心配してたところだよ。まあ、元気そうでなによりだよ。最初の防衛戦、おまえらとやりたいと思ってた」とKENTAが答えてタイトル戦が決定した。6月1日、北海道立総合体育センター大会でマルビンと組んでGHCジュニアタッグ王者のKENTA、石森組に挑戦。25分57秒、KENTAの張り手連打からの腕決め卍固めにマルビンが敗れた。試合後のバックステージでマルビンがメキシコ帰国を表明。6月29日、後楽園ホール大会でメキシコから帰ってきたマルビンと組んでメインの8人タッグに出場したが、試合終盤に背後からマルビンをイス攻撃し、相手チームの勝利をアシスト。この試合後、マルビンとのタッグは解消し、金丸とタッグを組む。7月13日、博多スターレーン大会で金丸と組んでKENTA、石森組のGHCジュニアタッグ王座に挑戦。セコンドの平柳の乱入が功を奏し、最後は31分13秒、鼓太郎のレクイエムで勝利。GHCジュニアタッグ王座を獲得した。9月27日、大阪府立体育会館大会で新日本プロレスの内藤、裕次郎組を相手に防衛戦。21分18秒、金丸のタッチアウトで勝利。10月19日、博多スターレーン大会でリッキー・マルビンと対戦。トペをイスで迎撃して流血させ、終盤には赤い毒霧を吐くなど圧倒。22分13秒、ブルーディスティニー固めでレフリーストップ勝ち。12月7日、日本武道館大会でKENTA、石森組を相手にタッグ王座の防衛戦。必殺のgo2sleepをくらったが、セコンドの平柳がレフリーの足をひっぱってカウントを阻止。31分54秒、鼓太郎のレクイエムでKENTAにフォール勝ち。その後もヒールファイトを全面に押しだしKENTAと抗争。09年1月25日、後楽園ホール大会で、GHCジュニア王者のKENTAに挑戦。32分5秒、go2Sleepに敗れた。6月13日、試合中に三沢が死去。三沢の付き人の太田がケガで欠場中のため、その日も付き人として三沢のセコンドについていた。7月5日、ディファ有明での選手会興行(ファンによる綱引きで対戦相手が決定)で力皇猛と対戦。11分24秒、無双に敗れた。7月12日から金丸と組んでジュニアタッグリーグ戦に参戦。リーグ戦を2戦1引き分けの1位で通過。7月25日、JCBホール大会での準決勝でKENTA、石森組と対戦。19分28秒、金丸がタッチアウトで石森に勝利。同日の決勝戦で飯伏、青木組と対戦。19分49秒、鼓太郎がローリングエルボーからのタイガードライバーで青木にフォール勝ち。タッグリーグ戦に優勝した。9月12日、後楽園ホール大会のメインで中嶋、宮原組を相手にタッグ王座の防衛戦。24分31秒、鼓太郎のタイガードライバーで宮原に勝利。10月3日、大阪府立体育会館大会で邪道、外道組を相手に防衛戦。場外戦で金丸が流血し、その後もローンバトルを強いられたが、タッチを受けた鼓太郎が外道にタイガードライバー、邪道にエルボースイシーダを決めて逆転し、最後は24分32秒、金丸がタッチアウトで外道に勝利。10月にジュニアヘビー級リーグ戦に参戦。10月28日、新潟市体育館大会で決勝トーナメント進出をかけてKENTAと対戦。試合途中でKENTAが右ヒザをケガしたためレフリーストップ勝ち。決勝トーナメントに進出したが、A型インフルエンザのため大会を欠場してしまった。12月6日、日本武道館大会でマルビン、石森組を相手に防衛戦を行い、大熱戦を展開。22分26秒、鼓太郎がエルボー連打からのローリングエルボーバットでマルビンにフォール勝ち。12月23日、ディファ有明での丸藤正道プロデュース興行でムシキング・テリー(伊藤旭彦)と対戦。8分40秒、ヒザを負傷してレフリーストップ負け。この試合後、左ヒザ前十字靭帯断裂および内側側副靭帯損傷のため長期欠場。
ジュニアヘビー級リーグ戦(09年10月)
10月15日 後楽園ホール △ 中嶋勝彦 30分 時間切れ引き分け
10月24日 札幌テイセンホール × リッキー・マルビン 9分40秒 首固め
10月25日 札幌テイセンホール ○ デリリアス 13分52秒 タイガードライバー
10月28日 新潟市体育館 ○ KENTA 17分28秒 レフリーストップ(右ヒザ負傷)
※決勝トーナメントに進出したが、A型インフルエンザのため欠場。
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