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KENTA

本名:小林健太
1981年3月12日
埼玉県草加市出身
173cm 78kg
タイトル歴:GHCジュニア GHCジュニアタッグ
得意技:ブサイクへのヒザ蹴り go2Sleep 腕極め卍固め ファルコンアロー(デビュー当初のフィニッシュホールド)

99年の全日本プロレスの一般公募オーディションで入団。このオーディションでは7名の合格者が出たが、デビューまでたどり着いたのはKENTA一人だった。00年5月24日、青森県総合運動公園体育館での丸藤正道戦でデビュー。小橋建太の付き人ととなる。01年1月12日に右肩を脱臼し4ヶ月間負傷欠場。6月には左足踝亀裂骨折のため1ヶ月欠場。7月18日にKENTAに改名。跳び技中心のスタイルを封印し、蹴りを主体にした激しいファイトスタイルに変更。 02年8月29日、新日本プロレスの日本武道館大会で井上亘と対戦。殺気あふれる好勝負を展開したが、9分56秒、卍固めに敗れた。 03年7月には丸藤と組んでGHCジュニアタッグ王座を獲得。1年11ヶ月にわたり同王座を防衛した。03年11月30日、札幌きたえ〜る大会で、杉浦貴の持つGHCジュニア王座に挑戦。杉浦が負けたらキャバクラを封印、KENTAが負けたら坊主頭になる「キャバクラ・コントラ・カベジェラ」での試合に惜しくも敗れて坊主頭になった。04年1月17日、蹴撃七番勝負第1戦でフベントゥ・ゲレーラと対戦し、19分6秒、ブサイクへのヒザ蹴りで勝利。3月13日、蹴撃七番勝負第2戦で小川良成と対戦し、19分10秒、岩石落とし固めで敗退。5月14日、蹴撃七番勝負第3戦で秋山準と対戦し、14分6秒、エクスプロイダーで敗退。6月27日、蹴撃七番勝負第4戦で高山善廣と対戦し、10分21秒、ランニング・ニーリフトで敗退。8月28日、蹴撃七番勝負第5戦で三沢光晴と対戦し、13分31秒、エメラルド・フロウジョンで敗退。10月9日、蹴撃七番勝負第6戦で小橋建太と対戦し、16分25秒、ショートレンジ剛腕ラリアットで敗退。11月13日、蹴撃七番勝負第7戦で丸藤と対戦し、22分23秒、不知火・改で敗退。蹴撃七番勝負は1勝6敗に終わったが、KENTA独自の激しいファイトスタイルがヘビー級にも通じることが証明された。05年7月18日にノアの東京ドーム大会で、金丸義信を破りGHCジュニアヘビー級王座を獲得。9月18日、日本武道館大会でSUWAを相手に初防衛戦。試合前にジョー樋口が読みあげていたタイトル認定書をSUWAが破り捨てる。試合開始早々にSUWAにジュラルミンケースで2回殴りつけられたところでレフリーがゴングを要請。1分34秒でKENTAの反則勝ちとなり、場内は大ブーイングで騒然となった。ジョー樋口が反則決着ではタイトル戦として認定しないと再試合を宣言。KENTAは、花道を引きあげていくSUWAに突進し、強引にリングへ引きずり戻して試合再開。金的攻撃、バンテージを使ったチョーク攻撃などのラフファイトを挑んでくるSUWAに対し、KENTAは得意のキックで応戦。SUWAのジョン・ウー、KENTAのgo2Sleepなど一進一退の攻防を続け、顔面へのミドルキック連発でダメージを与えて、最後は14分46秒、ブサイクへのヒザ蹴りで勝利して初防衛に成功。10月28日にムシキング・テリーをgo2Sleepで破り2度目の防衛に成功。11月5日には日本武道館大会でビッグマウス・ラウドの柴田勝頼と組んで森嶋ヨネ組のGHCタッグ王座に挑戦。合体技タッチ・ザ・スカイ(柴田が担ぎ、KENTAがロープの反動で飛んでラリアット)など、初タッグとは思えない連携技を見せて王者組を追いこんだが、27分50秒、森嶋のバックドロップにKENTAが敗れて王座奪取に失敗した。12月4日、再び柴田と組んで、三沢、潮崎組と対戦。三沢相手に2人は顔面蹴りやPKで蹴りまくり、17分43秒、柴田の潮崎への顔面蹴りで勝利した。12月10日WLWのスティームボートロック大会でエース・スティール相手に3度目の防衛戦。20分0秒、go2Sleepで勝利して防衛に成功。12月17日、ROHのニュージャージー州エジソンでの大会でロウキーを相手に4度目の防衛戦。激しい打撃戦で会場を熱狂させ、24分56秒、go2Sleepからのブサイクへのヒザ蹴りで防衛に成功した。12月にはノアのファン投票イベント「第3回力道山杯」で1位になり、05年にノアで一番活躍した選手として認められた。12月19日に米国遠征から帰国したKENTAは「本当の意味でノアの中心に位置したい。体の大小は関係ない」と、団体トップ取りを宣言した。06年1月22日の日本武道館大会で丸藤と防衛戦。過去6戦全敗の宿敵に、断崖式不知火をくらうなど大苦戦。プロレス史上に残る激しいファイトの末、29分19秒、ブサイクへのヒザ蹴りで勝利した。4月23日、日本武道館大会でエルドラドの石森太二と6度目の防衛戦を行ない、21分4秒、go2sleepで勝利。6月4日、STVスピカ大会で杉浦と防衛戦。25分42秒、アンクル・ホールドに敗れて王座陥落。9月16日、ROHのニューヨーク大会でROHヘビー級王者ブライアン・ダニエルソンに挑戦。33分2秒、キャトルミューティレーションに敗れた。10月29日、日本武道館大会でGHCヘビー級王者の丸藤に挑戦。35分34秒、リストクラッチ・フィッシャーマンズ・ドライバーに敗れた。この試合で06年度プロレス大賞のベストバウトを獲得。07年6月30日から石森太二と組んでノア初のリーグ戦であるジュニアヘビー級タッグリーグ戦に出場。7月15日、日本武道館大会で、丸藤、飯伏組と対戦。無数の技が飛び交うハイレベルな攻防を繰り広げ、最後は21分43秒、go2sleepで飯伏にフォール勝ち。2勝3引分けでリーグ戦を終えた。次の試合の鈴木、マルビン対ブリスコブラザースが引き分けに終わったことにより優勝が決定した。試合後の表彰式で、引き分け前提のような試合運びを見せた先ほどの試合に対するブーイングが飛ぶ中、「チャンピオンチーム、しょっぱい試合するからこんな雰囲気になっちゃっただろ。せっかくだからタイトルマッチ、やるのかやらないのか、皆さんの前でハッキリしろ」と迫ると、鼓太郎は「いつでも、やってやる」と応え、KENTAは「これほど説得力のない「いつでもやってやる」は初めて聞いたよ。次のシリーズ、ベルトは太二とオレの腰に巻く」と、ベルト奪取を宣言した。8月31日、石森と組んで鼓太郎、マルビン組に挑戦。強烈な張り手やサッカーボールキック5連発、STFなどの激しい攻撃で観客を魅了。30分過ぎにマルビンに必殺のgo2Sleepを決めたが、マルビンは意地のサンタマリアで反撃。KENTAもすぐさまブサイクへのヒザ蹴りを浴びせた後、両者は戦線離脱。31分59秒、石森が鼓太郎のブルーディスティニーに敗れた。11月3日、ROHのニューヨーク大会で三沢のGHC王座に挑戦。18分31秒、変形エメラルドフロウジョンに敗れた。08年3月20日、DRAGON GATEの大田区体育館大会で石森と組んでGHCジュニアタッグ王者の鷹木信悟、B×Bハルク組に挑戦。ハルクの顔面を蹴りあげ鼻血を出させるなど激しいファイトを展開。22分54秒、KENTAが鷹木に対し、go2sleepから側頭部へのキック3連発で勝利。GHCジュニアタッグ王座を獲得。試合後には「ノアのジュニアを完全に支配したい」と語った。5月15日、後楽園ホール大会でROH王者ナイジェル・マッギネス、BJホイットマーと3WAYで対戦。勝てば王座獲得となるこの試合で、終盤にホイットマーにgo2sleepを決めたがマッギネスに阻止された。最後は13分9秒、マッギネスがホイットマーにジョーブレーカーラリアットで勝利し、王座奪取に失敗した。6月1日、北海道立総合体育センター大会で鼓太郎、マルビン組を相手にGHCジュニアタッグ王座の防衛戦。go2Sleepは鼓太郎のカットにあったが、25分57秒、張り手連打からの腕決め卍固めをマルビンに決めて勝利。6月13日、健介オフィスの大阪府立体育会館第2競技場大会で中嶋勝彦と対戦。お互いの技を出しつくす大激戦を展開。めまぐるしいキックの応酬や感情を全面に押し出しての戦いの末、27分35秒、 go2sleepで勝利。試合後に、退場する中嶋に向けてリング上から拍手を送った。6月21日、ノア初のイギリス興行であるコベントリー・スカイドーム大会でブライアン・ダニエルソン、エディ・エドワーズ組を相手にタッグ王座の防衛戦。29分49秒、go2sleepでエドワーズに勝利。7月13日、博多スターレーン大会で金丸、鼓太郎組を相手にタッグ王座の防衛戦。セコンドの平柳の乱入で大苦戦。最後は31分13秒、鼓太郎のレクイエムにKENTAがフォール負けし、タッグ王座から転落。7月18日、日本武道館大会で佐々木健介と対戦。キックやラリアットを真っ向から受けとめられ、go2sleepは不完全に決まってダメージを与えられず、最後は22分23秒、北斗ボムに敗れた。8月から始まったジュニアタッグリーグ戦には石森と組んで出場し、優勝。 10月13日、広島グリーンアリーナ大会でGHCジュニア王者のブライアン・ダニエルソンに挑戦。33分21秒、go2sleepで勝利してGHCジュニア王座を獲得。10月25日、日本武道館大会のメインで世界ジュニア王者の丸藤とダブルタイトルマッチで対戦。60分時間切れの引き分けに終わった。11月28日、新潟市体育館大会でエディ・エドワーズを相手に防衛戦。26分48秒、go2sleepで勝利して防衛に成功。12月7日、日本武道館大会で石森と組んでGHCジュニアタッグ王者の金丸、鼓太郎組に挑戦。場外戦で鼓太郎のイス攻撃、ジェラルミンケース攻撃を受けて額から流血。必殺のgo2sleepを鼓太郎に決めたが、セコンドの平柳がレフリーの足を引っぱってフォール勝ちを阻止された。最後は31分54秒、鼓太郎のレクイエムにKENTAがフォール負け。 09年1月25日、後楽園ホール大会のメインで、鈴木鼓太郎を相手に防衛戦。ラフ&反則ファイトの鼓太郎に鉄柱攻撃で流血させられたが、正統派かつ激しいスタイルで対抗し、32分5秒、go2Sleepで勝利。2月11日、健介オフィスの後楽園ホール大会で中嶋勝彦を相手に防衛戦。38分54秒、デスロールに敗れて王座転落。3月1日、ノアの日本武道館大会で中嶋に挑戦。25分45秒、デスロールを空中でキャッチしてのgo2Sleepで勝利してGHCジュニア王座を奪回。試合後の花道で謎の黒覆面に襲撃された。3月20日、ROHのペンシルベニア大会でエル・ジェネリコと組んでナイジェル・マッギネス、デイビー・リチャーズ組と対戦。19分37秒、go2Sleepでナイジェルにフォール勝ち。3月21日、ROHのニューヨーク大会でROH王者のナイジェル・マッギネスに挑戦。25分20秒、変形ロンドンダンジョンに敗れた。4月3日、ROHのヒューストン大会でデイビー・リチャーズを相手に防衛戦。18分32秒、go2Sleepで勝利。5月17日、ディファ有明で自身初のプロデュース興行を行い、メインでGHC王者の秋山とノンタイトル戦で対戦。29分14秒、変型スターネスダストαに敗れた。6月4日、シリーズ開幕戦の後楽園ホール大会でマルビンを相手に防衛戦。27分2秒、go2sleepで勝利。この大会からパートナーの石森が金丸と組むようになってしまいタッグ解消。6月13日に三沢が試合中に死去。6月22日、シリーズ最終戦の後楽園ホール大会で石森が金丸を裏切りKENTAとタッグを再結成。KENTAが「(ジュニアタッグリーグ)3連覇はおれたちがいただく。緑のマットは止まんねえぞ!」とマイクアピールした。7月5日、ディファ有明での選手会興行(ファンによる綱引きで対戦相手が決定)で潮崎と対戦。28分43秒、垂直落下式変型リバースDDTに敗れた。7月からのジュニアタッグリーグ戦ではKENTAと組んで3年連続優勝を狙ったが、7月25日の準決勝で金丸、鼓太郎組に敗れた。8月1日、ディファ有明大会のメインで石森と対戦。25分41秒、go2sleepで勝利。試合後のリング上でタッグ解消を宣言。9月21日、名古屋国際会議場大会で青木篤志を相手に防衛戦。22分34秒、 go2sleepで勝利。10月にジュニアヘビー級リーグ戦に参戦。10月28日、新潟市体育館大会での鼓太郎戦で右ヒザを負傷し、レフリーストップ負け。この試合後、右ヒザ前十字靭帯断裂および外側半月板損傷のため長期欠場。ジュニア王座を返上した。26日に右ヒザ前十字靭帯再腱の手術を受けた。
ジュニアヘビー級リーグ戦(09年10月)
10月15日 後楽園ホール ○ リッキー・マルビン 1分59秒 ランニング顔面蹴り
10月18日 仙台産業展示館・アズテックミュージアム × デリリアス 18分54秒 ビゾロ・ドライバー(変型みちのくドライバー)
10月25日 札幌テイセンホール △ 中嶋勝彦 30分 時間切れ引き分け
10月28日 新潟市体育館 × 鈴木鼓太郎 17分28秒 レフリーストップ(右ヒザ負傷)

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