ダークロHP

中邑真輔

1980年2月24日
京都府京丹後市(旧:中郡峰山町)出身
188cm 101kg 血液型:A型
タイトル歴:IWGPヘビー IWGPタッグ U30 NWFヘビー IWGPインターコンチネンタル NXTヘビー WWE・US
得意技:シャイニング・トライアングル(飛びつき式の三角絞め) ランドスライド ボマイェ(ランニング・ニーパット。WWEでの呼び名はキンシャサ)

高校時代からアマレスを始める。青山学院大学ではレスリング部主将として活躍。98年、JOC杯全日本ジュニア選手権フリースタイル83キロ級優勝。00年、世界学生選手権予選フリー85キロ級3位。01年、全日本選手権フリー97キロ級4位。同年9月、新日本プロレスの入門テストに合格。 02年3月、新日本プロレス入門。8月29日、日本武道館での安田忠夫戦でデビュー。4分26秒、フロントスリーパーに敗れた。その後、アメリカのロス道場で格闘技修行を積む。12月31日の猪木祭でダニエル・グレイシーと対戦。1Rでタックルからテイクダウンを取ったが、下から連打されて右目上を流血。2Rでは不用意に伸ばした左手をダニエルに捉えられ、2R2分14秒、腕ひしぎ逆十字固めに敗れた。 03年1月4日の新日本プロレスの東京ドーム大会で、小原道由と組んで村上和成、安田組と対戦。安田を投げっぱなしジャーマンからフロントネックロックに捉え、7分12秒、レフェリーストップで勝利した。5月2日、東京ドーム大会でK−1戦士ノルキヤと総合ルールで対戦。2R3分12秒、ギロチンチョークで勝利した。6月13日の日本武道館大会では高山善廣のNWFヘビー級王座に挑戦。11分49秒、ジャーマンスープレックスホールドに敗れた。8月にはG1に参戦。安田、柴田勝頼相手に勝利した。8月28日、大阪府立体育会館大会で西村修と対戦。15分42秒、足4の字固めに敗れた。12月9日、天山広吉のIWGP王座に挑戦。天山のパワーに圧倒されたが、試合終盤で必殺のシャイニングトライアングルをかける。さらに技を外そうとする天山の左腕を取り、12分8秒、逆十字固めで勝利。IWGPヘビー級王者を獲得した。デビューから1年4ヶ月、23歳という史上最年少での載冠となった。12月31日のK-1「Dynamite!!」で、アレクセイ・イグナショフと対戦。3R1分19秒、TKOで敗れたが、不可解なルールと判定に抗議し再戦が決定した。03年度のプロレス大賞で新人賞を受賞した。 04年1月4日、東京ドーム大会のメインでIWGPとNWFの王座統一戦として高山と対戦。高山の猛攻に耐えて大逆転勝利。復活後のNWF第2代王者となったが翌日自ら封印した。その後、頭部の痛みを訴えて1月10日から20日まで都内病院に検査のため入院。欠場により2月5日にIWGP王座を返上した。復帰戦となった5月3日、東京ドーム大会のメインでボブ・サップと対戦。関節技を何度も出したがサップのパワーの前に歯が立たなかった。最初のビーストボムをカウント1で返したが、12分31秒、2発目のビーストボムに敗れた。5月22日、K−1「ROMANEX」でイグナショフと再戦。2R1分51秒、ギロチンチョークで勝利。12月11日、棚橋弘至と組んでIWGPタッグ王座を獲得。 05年1月4日の東京ドーム大会では、メインで棚橋と対戦。24分45秒、逆十字固めで勝利。第2代のU30王者となったが、ベルト封印を宣言。3月26日の両国国技館大会では、小島聡に奪取されたIWGP王座に挑戦したが、60分時間切れ引き分け。G1では決勝トーナメントに進出。8月14日のG1の準決勝では蝶野と対戦。11分35秒、裏STFに敗れた。その後、8月29日から棚橋と共にメキシコに遠征してCMLLに出場。帰国後の10月8日の東京ドーム大会では棚橋と組んで、川田安生組と対戦。川田の強烈な蹴りとバックドロップに苦戦したが、最後は棚橋が安生をジャーマン、ドラゴンスープレックスの連発で勝利した。10月30日には蝶野、天山組と防衛戦。29分31秒、蝶野の裏STFに中邑が敗れ、タッグ王座から陥落。 06年1月4日の東京ドーム大会ではメインイベントでIWGP王者のブロック・レスナーに挑戦。圧倒的な強さを見せつけられて8分48秒、必殺技のバーディクト(F5)に敗れた。3月に海外遠征を発表。アメリカに遠征し、試合を一切行わずに新日本プロレスのロス道場でトレーニング。9月24日、大阪府立体育館大会で帰国の挨拶。蝶野対天山の試合後に乱入して天山にボディスラム、止めに入った平澤にパワースラムを決めてアピール。10月9日、帰国第1戦は両国国技館大会で蝶野と組んで長州中西組と対戦。新技のランドスライドで長州に勝利した。10月15日から始まったG1タッグリーグ戦に蝶野と組んで優勝。12月10日にIWGP王者の棚橋に挑戦。22分44秒、ドラゴンスープレックスに敗れた。試合後は悔しさを前面に出して「認めるよ。棚橋選手を。またゼロからやり直しだ」と語った。 07年1月4日、新日本プロレスの東京ドーム大会で、川田と対戦。川田の右腕を徹底的に痛めつけたが、15分すぎから垂直落下式ブレーンバスターなどで反撃されて、最後は19分2秒、顔面めがけたカウンターのミドルキックに敗れた。試合後、川田に「新日本を潰すなよ」とマイクアピールされた。6月17日、後楽園ホール大会で天山と対戦。14分15秒、飛びつき逆十字固めで勝利。8月5日から始まったG1クライマックスに参戦。開幕戦の大阪府立体育会館大会で棚橋と対戦。30分時間切れ引き分け。8月6日、ツインメッセ静岡大会で中西と対戦。12分38秒、腕ひしぎ逆十字固めで勝利。8月8日、横浜文化体育館大会で越中と対戦。10分34秒、ヒップアタックからの侍ドライバー84に敗れた。試合後、越中は「プロなんだから勝ちたいなら勝ちたい、苦しいなら苦しい。全部リングに出していいと思うんだよ。カッコつけすぎ。中邑なんかおれらのグループでやった中でいちばん青かったよ。キャリアが足りない分、それを補うプラスアルファがあるかといったら、あいつにはなにもなかった」と酷評した(週刊プロレス1382号P24)。 8月10日、愛知県体育館大会でミラノコレクションA.T.と対戦。12分30秒、ランドスライドで勝利。8月11日、両国国技館大会で矢野と対戦。12分13秒、腕ひしぎ逆十字固めで勝利。3勝1敗1引き分けでリーグ戦を突破。8月12日、両国国技館大会での準決勝で永田裕志と対戦。18分22秒、飛びつき逆十字を切りかえされ、逆十字をかけられたところで、肩を負傷しドクターストップ負け。その後は肩鎖関節靭帯断裂による脱臼のため欠場。11月11日の両国国技館大会で復帰。ジャイアント・バーナードと組んで永田、中西組と対戦し、16分45秒、飛びつき腕十字固めで中西に勝利。メイン終了後にIWGP王座挑戦を棚橋にアピール。12月9日、IWGP王座の挑戦者決定戦で真壁に勝利。 08年1月4日、東京ドーム大会のメインでIWGP王者の棚橋に挑戦。痛めた左肩を集中攻撃されて大苦戦。雪崩式ランドスライドから23分8秒、ランドスライドで勝利。IWGPヘビー級王座を獲得。試合後に3代目IWGPベルト保持者カート・アングルに対戦を要求。1月22日、TNAに出場し、エリックス・スキッパーと対戦。4分40秒、ランドスライドで勝利した。2月17日、両国国技館大会でカート・アングルと対戦。場外への投げっぱなしフロントスープレックス、雪崩式アングルスラム、3度のアンクルロックを耐えぬき、13分55秒、腕ひしぎ逆十字固めで勝利して3代目ベルト奪還に成功した。3月2日、ZERO−ONE MAXの後楽園ホール大会のメインで佐藤耕平と対戦。17分8秒、腕ひしぎ十字固めで勝利。3月20日、後楽園ホール大会でNEW JAPAN CUPに優勝した棚橋を相手に防衛戦。24分44秒、腕ひしぎ逆十字固めで勝利して防衛に成功。4月27日、大阪府立体育会館大会で武藤敬司を相手に防衛戦。22分34秒、ムーンサルトプレスに敗れ、IWGP王座から転落。8月からG1に出場。4勝2敗でリーグ戦を終えて、惜しくも決勝進出を逃した。8月16日、G1開催中の両国国技館大会のメインでカート・アングルと組んで棚橋、AJスタイルズ組と対戦。14分9秒、アングルがオリンピックスラムで棚橋にフォール勝ちした。10月13日、両国国技館大会で、武藤のIWGP王座に挑戦。21分39秒、フランケンシュタイナーに敗れた。 09年1月4日、東京ドーム大会で後藤洋央紀と組んでノアの三沢光晴杉浦組と対戦。15分17秒、中邑の飛びつき腕ひしぎ逆十字固めで杉浦に勝利。2月15日、両国国技館大会で棚橋のIWGP王座に挑戦。24分26秒、ハイフライフローに敗れた。3月1日、ノアの日本武道館大会でミラノコレクションA.T.と組んで潮崎豪、杉浦組と対戦。20分30秒、潮崎のラリアットにミラノがフォール負け。3月8日、愛知県体育館大会でのNEW JAPAN CUP1回戦で真壁と対戦。15分32秒、ランドスライドで勝利。3月15日、後楽園ホールでの2回戦で後藤洋央紀と対戦。19分、ラリアットに敗れた。レフリー不在となった場面でGBHの矢野が乱入し、真壁にイス攻撃。まさかの裏切りの直後に12分42秒、ランドスライドで勝利。その後、矢野とチーム「CHAOS(ケイオス)」を結成。8月からG1に出場。ボマイェを武器に快進撃を続け、天山、永田、中西、後藤、飯塚、杉浦相手にリーグ戦を全勝で突破。8月16日、両国国技館での準決勝で棚橋と対戦。13分31秒、ボマイェで勝利。左ハイキックがまともに入り、試合後に棚橋は眼窩内側壁骨折のため入院し、王座返上。同日の決勝では真壁と対戦。18分29秒、ダイビングニードロップに敗れた。9月27日、神戸ワールド記念ホール大会メインでのIWGP王座決定戦で真壁と対戦。20分57秒、ボマイェで勝利してIWGP王座を獲得。試合後に「新日本プロレスの歴史、全てのレスラーの思い、このIWGPにはこもっている。その思い入れはある。ただ、輝き。このIWGPに、昔のような輝きがあるか?おれはないと思う。足りない!猪木! 旧IWGP王座はおれが取りかえす!」とマイクアピールした。10月12日、両国国技館大会(蝶野の25周年特別興行)で大谷晋二郎を相手に防衛戦。19分19秒、ボマイェで勝利。11月8日、両国国技館大会で棚橋を相手に防衛戦。22分47秒、ボマイェで勝利して防衛に成功。12月5日、愛知県体育館大会で永田を相手に防衛戦。19分39秒、ボマイェで勝利して防衛に成功。 10年1月4日、東京ドーム大会のメインで高山を相手に防衛戦。15分51秒、ボマイェで勝利して防衛に成功。2月14日、両国国技館大会で中西を相手に防衛戦。中西の秘策「荒鷲つかみ」でボマイェを防がれ、パワーファイトに圧倒されたが、終盤にボマイェを荒鷲つかみで防がれたところに左のボマイェを決めて、18分2秒、最後は右のボマイェで勝利して防衛に成功。2月28日、後楽園ホールでのグリコ・パワープロダクション主催大会でK1ヘビー級王者の京太郎とエキシビションマッチで対戦。K1ルールで2分2ラウンド、2分間の延長戦ではプロレスルールでの試合となった。延長戦では投げっぱなしジャーマンを決めて逆片エビ固め、スリーパーで絞めあげたところで試合終了となった。4月4日、後楽園ホール大会で後藤洋央紀を相手に防衛戦。19分41秒、ボマイェで勝利。5月3日、福岡国際センター大会で真壁を相手に防衛戦。18分18秒、ヒザ立ち状態のところでダイビングニードロップを顔面にくらってフォール負け。王座転落。5月30日の大会から左肩肩鎖関節負傷のため欠場。6月19日、大阪府立体育会館大会で復帰し、ダニエル・ピューダーと対戦。4分41秒、ボマイェで勝利。7月19日、月寒ドーム大会で真壁のIWGP王座に挑戦。18分15秒、ドラゴンスープレックスに敗れた。8月からG1に参戦。8月6日、開幕戦の後楽園ホール大会で永田と対戦し、17分43秒、バックドロップホールドに敗れた。8月7日、大阪府立体育会館大会で後藤洋央紀と対戦し、16分51秒、足極めエビ固めにフォール負け。8月8日、愛知県体育館大会でバーナードと対戦し、10分39秒、ボマイェで勝利。8月10日、横浜文化体育館大会で高橋裕二郎と対戦し、11分47秒、ボマイェで勝利。8月12日、仙台サンプラザホール大会で井上亘と対戦し、11分18秒、ボマイェで勝利。8月14日、両国国技館大会で小島と対戦し、16分45秒、ボマイェで勝利。8月15日、両国国技館での最終戦で潮崎と対戦。30分時間切れ引き分け。惜しくも決勝進出はならなかった。8月22日、ノアの有明コロシアム大会で潮崎と再戦。ラリアット、ゴーフラッシャーはカウント2で返したが、最期は19分8秒、変形ゴーフラッシャーを豪快にくらってフォール負け。10月11日、両国国技館大会で後藤洋央紀と対戦。16分8秒、昇天・改に敗れた。後藤洋央紀に負けたことでIWGP王座への挑戦権が得られないと思われたが、王者の小島が中邑を挑戦者に指名。10月にはダニエル・ピューダーと組んでG1タッグリーグ戦に出場したが、リーグ戦敗退。12月11日、大阪府立体育会館大会で小島のIWGP王座に挑戦。19分17秒、ラリアットに敗れた。12月12日、愛知県体育館大会で井上亘と対戦し、9分44秒、ボマイェで勝利。12月17日、ディファ有明大会で4代目タイガーマスクと対戦。7分34秒、ボマイェで勝利。 11年1月4日、東京ドーム大会で潮崎と対戦。ラリアットを豪快にくらいながらも、14分17秒、ボマイェで勝利。2月12日、大阪府立体育会館・第二競技場大会で井上亘と対戦。9分20秒、ボマイェで勝利。2月15日、後楽園ホール大会で天山と対戦。8分24秒、ボマイェで勝利。3月6日、後楽園ホール大会でのNEW JAPAN CUP1回戦で後藤洋央紀と対戦し、13分45秒、ボマイェで勝利。3月19日、愛知県体育館大会での2回戦で中西と対戦。8分49秒、ボマイェで勝利。3月20日、ベイコム総合体育館大会での準決勝で真壁と対戦。9分55秒、後頭部へのダイビング・ボマイェ、さらにボマイェをくらわせて勝利。同日の決勝で永田と対戦。14分44秒、バックドロップホールドに敗れた。5月3日、福岡国際センター大会で棚橋のIWGP王座に挑戦。20分17秒、フライング・ボディアタックからのハイフライフローに敗れた。5月27日からメキシコのCMLLに遠征。7月3日の後楽園ホール大会から新日本プロレスのシリーズに復帰。8月からG1に参戦。8月1日、福岡国際センター大会での初戦でMVPと対戦。12分2秒、イリバーシブルクライシス(変形ナガタロック2)に敗れた。8月2日、福岡国際センター大会で小島と対戦。15分5秒、ボマイェで勝利。8月5日、後楽園ホール大会で天山と対戦。13分43秒、ボマイェで勝利。8月6日、愛知県体育館大会で井上亘と対戦。12分29秒、ボマイェで勝利。8月7日、大阪府立体育会館大会でストロングマンと対戦。6分56秒、ボマイェで勝利。8月8日、横浜文化体育館大会でラ・ソンブラと対戦。10分49秒、ボマイェで勝利。8月10日、代々木競技場・第2体育館大会でカール・アンダーソンと対戦。12分11秒、ボマイェで勝利。8月13日、後楽園ホール大会で後藤洋央紀と対戦。13分13秒、昇天・改に敗れた。8月14日、両国国技館大会で鈴木みのると対戦。12分13秒、ボマイェで勝利。Bブロック1位となり、決勝進出。同大会のメインで内藤哲也を相手に優勝決定戦。20分19秒、後頭部を膝に落とす変形ランドスライドからのボマイェで勝利してG1を初優勝。8月27日、日本武道館での全日本、新日本、ノアの合同チャリティ興業「ALL TOGETHER」に出場し、メインでKENSO、杉浦と組んで、棚橋、諏訪魔、潮崎組と対戦。22分50秒、潮崎のラリアット、諏訪魔のラストライド、棚橋のハイフライフローをくらったKENSOが敗れた。9月19日、神戸ワールド記念ホール大会で棚橋のIWGP王座に挑戦。26分7秒、ハイフライ・フロール(ハイフライフローからのエビ固め)に敗れた。10月22日からはじまったG1タッグリーグでは矢野通と組んで出場。5勝全勝でBブロックを1位で突破。11月6日、後楽園ホール大会での準決勝で鈴木みのる、ランス・アーチャー組と対戦。12分8秒、鈴木みのるのゴッチ式パイルドライバーに中邑が敗れた。12月4日、愛知県体育館大会で内藤と対戦。左腕を負傷していた相手に、13分15秒、ボマイェで圧勝。12月9日、ディファ有明大会で4代目タイガーマスクと対戦。9分、リバースパワースラムからのボマイェで勝利。12月24日、後楽園ホール大会で井上亘と対戦。9分50秒、ボマイェで勝利。 12年1月4日、東京ドーム大会で矢野と組んで潮崎、丸藤組と対戦。15分10秒、潮崎のゴーフラッシャーに矢野が敗れた。試合後に丸藤と額をぶつけてにらみ合った。 2月12日、大阪府立体育会館大会で内藤と対戦。17分38秒、グロリアからのスターダストプレスに敗れた。4月1日、ベイコム総合体育館大会での「NEW JAPAN CUP」1回戦でMVPと対戦。9分45秒、ボマイェで勝利。4月5日、後楽園ホール大会での2回戦でカール・アンダーソンと対戦。15分22秒、ガンスタンに敗れた。5月3日、福岡国際センター大会でカール・アンダーソンと再戦。12分15秒、後頭部のボマイェからのボマイェで勝利。7月1日、両国国技館での新日本プロレスと全日本プロレスの創立40周年記念大会でオカダ・カズチカと組んで諏訪魔、近藤組と対戦。14分13秒、オカダがレインメーカーで近藤に勝利。7月22日、山形市総合スポーツセンター大会で後藤洋央紀のIWGPインターコンチネンタル王座に挑戦。16分50秒、ボマイェで勝利して王座獲得。8月からG1クライマックスに出場。8月1日、後楽園ホール大会での開幕戦で内藤と対戦。13分39秒、スターダストプレスに敗れた。8月3日、後楽園ホール大会で後藤洋央紀と対戦。13分31秒、ラリアットからの昇天・改に敗れた。8月4日、愛知県体育館大会でランス・アーチャーと対戦。12分11秒、ボマイェで勝利。8月5日、大阪府立体育会館大会でオカダ・力ズチ力と対戦。16分16秒、ボマイェで勝利。8月7日、仙台サンプラザホール大会でMVPと対戦。12分14秒、ボマイェで勝利。8月8日、横浜文化体育館大会で真壁と対戦。14分12秒、顔面へのダイビングニーアタックに敗れた。8月11日、後楽園ホール大会でルーシュと対戦。10分7秒、ボマイェで勝利。8月12日、両国国技館大会で天山と対戦。12分48秒、TTDからのムーンサルトプレスに敗れた。リーグ戦を4勝4敗で終えた。8月26日、SWFのカリフォルニア州グレドリー・ビューツ・カウンティフェア特設会場大会に登場。オリバー・ジョンを相手に防衛戦を行い、7分47秒、ボマイェで勝利。10月8日、両国国技館大会で後藤洋央紀を相手に防衛戦。15分12秒、ボマイェで勝利。11月11日、大阪府立体育会館大会でカール・アンダーソンを相手に防衛戦。17分36秒、ボマイェで勝利。11月20日から始まった「WORLD TAG LEAGUE」に石井と組んで出場。3勝3敗でリーグ戦を終了した。12月2日、愛知県体育館大会で石井と組んで桜庭、柴田組と対戦。9分20秒、桜庭のサクラバロックに石井が敗れた。 13年1月4日、東京ドーム大会で桜庭和志を相手に防衛戦。11分12秒、ボマイェで勝利。1月19日、後楽園ホール大会のメインでラ・ソンブラを相手に防衛戦。13分29秒、ボマイェで勝利。2月10日、広島サンプラザホール大会で真霜拳號と対戦。11分21秒、ボマイェで勝利。3月3日、後楽園ホール大会でランス・アーチャーを相手に防衛戦。15分1秒、ボマイェで勝利。3月11日、後楽園ホール大会でのNEW JAPAN CUP1回戦でデイビーボーイ・スミス・ジュニアと対戦。13分6秒、ジャンピングパワーボムに敗れた。4月5日、後楽園ホール大会のメインで石井と組んでスミス・ジュニア、アーチャー組のIWGPタッグ王座に挑戦。20分47秒、キラーボムをくらって石井がスミス・ジュニアにフォール負け。4月7日、両国国技館大会でデイビーボーイ・スミス・ジュニアを相手に防衛戦。その場飛びボマイェ、トップロープからのボマイェを決め、18分4秒、ボマイェで勝利。5月3日、福岡国際センター大会でシェルトン・X・ベンジャミンと対戦。14分59秒、ハイキック、その場飛びボマイェからのボマイェで勝利。5月31日、CMLLのアレナメヒコ大会のメインでラ・ソンブラを相手に防衛戦。1本目は雪崩式ランドスライドで勝利。2本目はクロスアーム式ジャ―マンスープレックスに敗れた。3本目はスク―ルボーイスープレックスに敗れたてIWGPインターコンチネンタル王座から転落。7月20日、秋田市立体育館大会でラ・ソンブラのIWGPインターコンチネンタル王座に挑戦。13分59秒、ボマィエで勝利。インターコンチネンタル王座を奪回した。8月1日から始まったG1クライマックスに参戦。開幕戦のアクトシティ浜松大会でカール・アンダーソンと対戦。12分54秒、必殺のボマイェをかわされ、リバースのガンスタン、バーナードライバーからのガンスタンに敗れた。8月2日、後楽園ホール大会で鈴木みのると対戦。緊張感あふれる攻防を続け、13分44秒、スリーパーホールドを腕ひしぎ逆十字に切り返したが、即座にゴッチ式パイルドライバーに切り返されて敗れた。8月3日、愛知県体育館大会で矢野と対戦。11分36秒、ボマイェで勝利。8月4日、大阪府立体育会館大会のメインで飯伏幸太と対戦。19分18秒、ダイビング・ボマイェ、ボマイェからのボマイェで勝利。この試合でプロレス大賞のベストバウトを獲得した。8月6日、石川県産業展示館3号館大会で高橋裕二郎と対戦。10分47秒、スライディング式ボマイェからのボマイェで勝利。8月7日、仙台サンプラザホール大会で永田と対戦。13分55秒、ジャンピングボマイェ、スライディング式ボマイェからのボマイェで勝利。8月10日、両国国技館大会で内藤と対戦。14分50秒、ジャーマンスープレックス、ドラゴンスープレックス、グロリアからのスターダストプレスに敗れた。8月11日、両国国技館大会でシェルトン・X・ベンジャミンと対戦。10分34秒、ジャンピングボマイェを決めたが、突進したところでペイダートをくらって敗れた。この結果、5勝4敗(1不戦勝)で惜しくもリーグ戦に敗退した。9月29日、神戸ワールド記念ホール大会でベンジャミンを相手に防衛戦。12分7秒、ボマイェで勝利。10月14日、両国国技館大会で丸藤を相手に防衛戦。16分18秒、ボマイェで勝利。11月9日、大阪府立体育会館大会で鈴木みのるを相手に防衛戦。19分4秒、ボマイェで勝利。試合後、棚橋をリングに呼び、次期挑戦者に指名した。11月23日から始まった「WORLD TAG LEAGUE」に石井と組んで参戦。3勝3敗でリーグ戦を終えた。 14年1月4日、東京ドーム大会のメインで棚橋を相手に防衛戦。23分24秒、ハイフライフローに敗れて王座転落。1月18日、後楽園ホール大会でルーシュと対戦。ボディペイントを施して出場。10分18秒、ボマイェで勝利。2月9日、広島サンプラザホール大会のメインで棚橋のインターコンチネンタル王座に挑戦。22分32秒、ドラゴンスープレックスに敗れた。3月15日、NEW JAPAN CUPに参戦し、後楽園ホール大会での1回戦でスミス・ジュニアと対戦。14分59秒、ボマイェで勝利。3月22日、名古屋国際会議場・イベントホール大会での2回戦でプリンス・デヴィットと対戦。10分23秒、ボマイェで勝利。3月23日、ベイコム総合体育館大会での準決勝で鈴木みのると対戦。13分12秒、ボマイェで勝利。同日の決勝でファレと対戦。バッティングで顔面から大出血したが、15分20秒、ボマイェで勝利して初優勝。優勝者にはIWGPヘビー級王座かIWGPインターコンチネンタル王座のいずれかの挑戦権が与えられる規定となっていたが、インターコンチネンタル王座への挑戦権を選択した。4月6日、両国国技館大会のメインで棚橋のインターコンチネンタル王座に挑戦。26分49秒、ボマイェで勝利してインターコンチネンタル王座を奪回。5月9日、BCWのカナダ・ウィンザー・ST.CLAIR COLLEGE大会でタイソン・ダックスを相手に防衛戦。8分43秒、ボマイェで勝利。5月17日、ROHと新日本プロレス共催のニューヨーク・ハンマーステインボールルーム大会でケビン・スティーンと対戦。12分48秒、ダイビングボマイェ、スライディングボマイェからのボマイェで勝利。5月25日、横浜アリーナ大会でダニエル・グレイシーを相手に防衛戦。10分24秒、ランドスライドからのボマイェで勝利。6月21日、大阪府立体育会館大会のメインでファレを相手に防衛戦。巨体を活かしたパワーファイトに圧倒され、17分56秒、ダイビングボディプレスからのバッドラックフォールに敗れて王座転落。7月21日から始まったG1クライマックスに参戦。開幕戦の北海道立総合体育センター北海きたえーる大会で柴田勝頼と対戦。15分27秒、バックブロー、go2sleepからのPKに敗れた。7月23日、青森県武道館大会でデイビーボーイ・スミス・ジュニアと対戦。13分37秒、ジャンピングボマイェ、スライディング式ボマイェからのボマイェで勝利。7月26日、秋田県立体育館大会で永田と対戦。16分11秒、スライディング式ボマイェからのボマイェで勝利。7月28日、仙台サンプラザホール大会で本間朋晃と対戦。10分19秒、スライディング式ボマイェからのボマイェで勝利。7月31日、アクトシティ浜松大会でベンジャミンと対戦。9分1秒、ジャンピングボマイェからのボマイェで勝利。8月1日、後楽園ホール大会のメインで石井智宏と対戦。15分14秒、ボマイェで勝利。8月3日、大阪府立体育会館大会のメインで棚橋と対戦。17分、ボマイェをかわされてジャパニーズレッグロールクラッチホールドにフォール負け。8月4日、愛知県体育館大会で小島と対戦。12分51秒、ラリアットを狙って突進したところにカウンターのジャンピングボマイェを決めて勝利。8月6日、高松市総合体育館大会のメインでドク・ギャローズと対戦。11分35秒、後頭部へのジャンピングボマイェからのボマイェで勝利。8月8日、横浜文化体育館大会でファレと対戦。11分8秒、スライディングボマイェからのボマイェで勝利。この結果、8勝2敗でリーグ戦を突破。8月10日、初開催となる西武ドーム大会のメインでオカダ・カズチカを相手に優勝決定戦。試合終盤でスライディングボマイェとジャンピングボマイェを決めたが、とどめのボマイェをかわされ、23分18秒、レインメーカー3連発に敗れた。この試合でプロレス大賞のベストバウトを受賞した。9月21日、神戸ワールド記念ホール大会のメインでファレのインターコンチネンタル王座に挑戦。19分13秒、ボマイェで勝利。IWGPインターコンチネンタル王座を獲得。11月8日、大阪府立体育会館大会のメインで柴田勝頼を相手に防衛戦。17分5秒、後頭部へのボマイェ、スライディング・ボマイェからのボマイェで勝利。11月22日から始まった「WORLD TAG LEAGUE」に石井智宏と組んで参戦。4勝3敗に終わった。 15年1月4日、東京ドーム大会で飯伏幸太を相手に防衛戦。掟破りのボマイェをくらった直後、殴り合い、蹴り合いが始まり、東京ドームを熱狂させる大激戦を展開。ボマイェの相打ちからランドスライドを決め、20分12秒、ボマイェで勝利。試合後のリング上で「ヤバーい。ヤバい。真っ白だ。真っ白な灰に・・・ウッソーッ!もう少しで真っ白な灰になるところだった。飯伏は最高のイヤァオだね。東京ドーム、準備はいいだろうな。いいかー。イヤァオッ!」とマイクアピールした。2月14日、仙台サンプラザホール大会のメインで永田を相手に防衛戦。17分55秒、延髄斬りからのボマイェで勝利。5月3日、福岡国際センター大会のメインで後藤洋央紀を相手に防衛戦。20分53秒、雪崩式牛殺しからの昇天・改に敗れて王座転落。5月12日から16日にかけて、ROHと新日本プロレスの合同興行でアメリカとカナダに遠征。現地で圧倒的な人気を獲得した。5月13日、ペンシルバニア州フィラデルフィアの2300アリーナでジェイ・リーサル、マーク・ブリスコ、ライガーを相手に4WAYマッチで対戦。16分29秒、中邑がボマイェでライガーに勝利。5月15日、カナダ・オンタリオ州トロントのテッド・リーブ・アリーナでのROHと新日本プロレスの合同興行でACHと対戦。12分39秒、ボマイェで勝利。5月16日、同会場でロデリック・ストロングと対戦。17分5秒、ボマイェで勝利。6月14日、RPWのロンドン・ヨークホール大会でロデリック・ストロングと対戦。ボマイェで勝利。7月5日、大阪城ホール大会で後藤洋央紀のインターコンチネンタル王座に挑戦。22分40秒、牛殺し、裏昇天、ヘッドバットからの昇天・改に敗れた。7月20日から始まったG1クライマックスに参戦。7月23日、ツインメッセ静岡大会のメインでカール・アンダーソンと対戦。17分41秒、リバースパワースラムからのボマイェをかわされ、ガンスタンに敗れた。7月25日、高松市総合体育館・第1競技場大会で永田と対戦。16分26秒、スライディングボマイェ、ジャンピングボマイェからのボマイェで勝利。7月26日、以前から痛めていた左ヒジの負傷のため欠場。28日のマイケル・エルガン戦も欠場して不戦敗。29日の大会も欠場。8月1日、大阪府立体育会館大会で復帰し石井智宏と対戦。14分47秒、ランドスライドからのボマイェで勝利。G1史上初の「途中欠場しながらも公式戦に復帰した」選手となった。8月4日、仙台サンプラザホール大会のメインで後藤洋央紀と対戦。負傷した左ヒジを集中攻撃されてペースを握られ、牛殺しから雪崩式牛殺しをくらったがカウント2で返し、16分32秒、飛びつき腕ひしぎ逆十字固めで勝利。8月7日、アクトシティ浜松大会で高橋裕二郎と対戦。10分36秒、ジャンピングボマイェからのボマイェで勝利。8月9日、後楽園ホール大会で本間と対戦。11分50秒、ボマイェで勝利。8月12日、後楽園ホール大会で小島と対戦。11分24秒、ラリアットで突進してきた小島にカウンターのボマイェを決めて勝利。8月15日、両国国技館大会のメインでIWGP王者のオカダ・カズチカと対戦。23分31秒、レインメーカーを飛びつき腕ひしぎ十字固めに切り返し、三角絞め、腕ひしぎ十字固めに移行して勝利。この結果、7勝2敗でリーグ戦を突破。試合後、「あとひとつ!命を燃やそうか!」とマイクアピールした。8月16日、両国国技館大会での優勝決定戦で棚橋と対戦。32分15秒、ドラゴンスープレックス、うつ伏せ状態でのハイフライフローからのハイフライフローに敗れた。8月21日、ROHのペンシルバニア州フィラデルフィア大会のメインでアダム・コールと対戦。ボマイェで勝利。9月27日、神戸ワールド記念ホール大会のメインで後藤洋央紀のインターコンチネンタル王座に挑戦。22分56秒、ボマイェで勝利。インターコンチネンタル王座を奪回した。10月2日、RPWのロンドン・ヨークホール大会でビッグ・ダモと対戦。15分11秒、ボマイェで勝利。10月3日、RPWのレディング・リバーミード・レジャー・コンプレックス大会でマーティ・スカルと対戦。17分19秒、ボマイェで勝利。11月7日、大阪府立体育会館大会のメインでカール・アンダーソンを相手に防衛戦。21分37秒、ボマイェで勝利。11月21日から始まった「WORLD TAG LEAGUE」に石井と組んで参戦。リーグ戦は3勝3敗に終わった。12月18日、後楽園ホール大会で田口隆祐と対戦。9分10秒、ボマイェで勝利。 16年1月4日、東京ドーム大会でAJスタイルズを相手に防衛戦。24分18秒、雪崩式ランドスライドから後頭部へのボマイェ、ボマイェを決めて勝利。1月5日、後楽園ホール大会でYOSHI−HASHIと組んでAJスタイルズ、ケニー・オメガ組と対戦。12分1秒、オメガの片翼の天使に中邑が敗れた。1月12日、1月いっぱいで退団することが新日本プロレスから発表された。1月30日、後楽園ホール大会で壮行試合。超満員札止めとなる1806人の観客を動員。オカダ、石井と組んで棚橋、後藤洋央紀、柴田組と対戦。21分48秒、石井が垂直落下式ブレーンバスターで柴田に勝利。試合後のリング上で「一番すげぇのはプロレスなんだよ!」と絶叫。オカダに肩車されて退場した。4月1日、WWEの下部組織のNXTでデビュー。テキサス州ダラスのケイ・ベイリー・ハッチソン・コンベンション・センターでのビッグショー「テイクオーバー:ダラス」でサミ・ゼインと対戦。コスチュームもリングネームもファイトスタイルも日本と同じままで登場。アメリカン・プロレスとは違った激しい攻防で会場を熱狂させた。20分8秒、後頭部へのダイビング・キンシャサからのキンシャサで勝利。NXTではシングルで無敗の快進撃。7月1日、両国国技館でのWWEの日本公演でクリス・ジェリコと対戦。19分48秒、キンシャサで勝利。7月2日、同会場での公演2日目でケビン・オーエンズと対戦。15分12秒、キンシャサで勝利。8月20日、サモア・ジョーのNXT王座に挑戦。キンシャサ3連発で勝利。NXT王座を獲得した。11月19日、カナダ・トロントでのPPV「テイクオーバー」でサモア・ジョーを相手に防衛戦。場外戦で急所攻撃をくらい、マッスルバスターに敗れて王座転落。12月3日、大阪府立体育会館でのNXTの日本公演のメインでサモア・ジョーのNXT王座に挑戦。19分57秒、後頭部へのダイビング・キンシャサからのキンシャサで勝利。NXT王座を奪回した。 17年5月21日、PPV「バックラッシュ」でドルフ・ジグラーを相手にスマックダウンのデビュー戦。キンシャサで勝利。7月23日、PPV「バトルグラウンド」でバロン・コービンと対戦。ローブローをくらって反則勝ち。8月20日、PPV「サマースラム」でジンダー・マハルのWWE王座に挑戦。キンシャサを狙ったところでシン・ブラザーズが乱入し、その隙を突かれてカラスに敗れた。9月16日、大阪府立体育会館でのスマックダウンの日本公演のメインでマハルのWWE王座に挑戦。カラスに敗れた。10月8日、PPV「ヘル・イン・ア・セル」でマハルのWWE王座に挑戦。カラスに敗れた。 18年1月28日、PPV「ロイヤルランブル」でランブルマッチに14番目に出場。終盤、ローマン・レインズシナ、ベイラーとの争いとなり、シナがベイラーを場外に落とし、中邑がキンシャサを決めてシナを落とし、最後にキンシャサを決めてレインズを落としてロイヤルランブルに優勝した。試合後、リング上でのインタビューで、優勝者への報酬となっていた王座挑戦権の対象を聞かれると「A、J、スターイルズ!」と絶叫し、場内の「レッスルマニア34」の看板を指さした。3月11日、PPV「ファーストレーン」でルセフと対戦。キンシャサで勝利。4月8日、PPV「レッスルマニア」でAJスタイルズのWWE王座に挑戦。会場の7万8133人の大合唱と共にギター、ドラム、バイオリン楽団の演奏で派手に入場。スタイルズクラッシュに敗れた。ひざまずいてベルトを渡した瞬間に急所攻撃を決めて、場外に落ちた相手にキンシャサを決めて、大ブーイングの中で退場した。5月6日、PPV「バックラッシュ」でAJスタイルズのWWE王座にノーDQマッチで挑戦。同時に股間を蹴りあげ、両者KOに終わった。6月17日、PPV「マネー・イン・ザ・バンク」でAJスタイルズのWWEにラストマン・スタンディングマッチで挑戦。場外戦で鉄階段上からの雪崩式スタイルズクラッシュ、急所蹴り、場外へのフェノメナール・フォアアームをくらって敗れた。6月25日、ベイカーズフィールド大会の試合前、犬に左足をかまれて全治2週間の重傷を負った。6月29日、両国国技館でのWWEの日本公演で松葉杖をついて挨拶。サモア・ジョーに襲われてAJスタイルズに救出された。6月30日、同会場のメインでコキーナクラッチを決めたサモア・ジョーの前に松葉杖をついて乱入し、急所攻撃。AJスタイルズの勝利をアシストした。7月15日、PPV「エクストリーム・ルールズ」でジェフ・ハーディーのUS王座に挑戦。試合前にローブローを決めて試合開始直後にキンシャサで勝利。US王座を獲得した。8月19日、PPV「サマースラム」でジェフ・ハーディーを相手に防衛戦。キンシャサで勝利。10月16日、スマックダウン1000回放送記念大会でレイ・ミステリオとWWEワールドカップ出場をかけて対戦。スワンダイブ式フロッグスプラッシュに敗れた。11月2日、サウジアラビアでのPPV「クラウンジュエル」でルセフを相手に防衛戦。アコレードをロープエスケープし、足を引っぱられて再度リング中央でかけられようとしたところで頭を上げたためルセフの股間を直撃。直後にキンシャサで勝利。11月18日、PPV「サバイバーシリーズ」でインターコンチネンタル王者のセス・ロリンズと対戦。カーブストンプに敗れた。12月25日、スマックダウンでルセフを相手に防衛戦。マチカキックに敗れて王座転落。 19年1月27日、PPV「ロイヤルランブル」でルセフのUS王座に挑戦。キンシャサで勝利。US王座を奪回した。1月29日、スマックダウンでRトゥルースを相手に防衛戦。丸めこまれてフォール負けして王座転落。4月7日、PPV「レッスルマニア」でルセフと組んで4WAYでのSDタッグ王座戦に出場し、王者組のウーソーズの勝利に終わった。6月28日、両国国技館でのWWEの日本公演でセス・ロリンズのユニバーサル王座に挑戦。18分7秒、カーブストンプに敗れた。6月29日、両国国技館での2日目でHHHと組んでロバート・ルード、サモア・ジョー組と対戦。18分48秒、中邑がキンシャサでルードに勝利。7月14日、PPV「エクストリーム・ルールズ」でフィン・ベイラーのインターコンチネンタル王座に挑戦。キンシャサで勝利。インターコンチネンタル王座を獲得した。9月15日、PPV「クラッシュ・オブ・チャンピオンズ」でミズを相手に防衛戦。キンシャサで勝利。
新日本プロレス退団
(東スポWeb 2016年01月18日(月)より)
中邑が海外進出を選んだ意外な理由
2016年01月18日 16時00分
 1月31日付で退団する中邑真輔(35)にとって最後のシリーズとなる新日本プロレスとメキシコ・CMLLの合同興行「ファンタスティカマニア」が17日、高知で開幕した。12日の正式発表以降初めての試合に臨んだ中邑は、海外に活躍の場を求めることの経緯とともに、新たな挑戦への考えを本紙に激白した。

 ――12日に退団が正式に発表された。反響は
 中邑:東スポの1面に載ったのを見た近所の人から、職を失ったと勘違いされてしまって「できることがあったら言って」と言われたくらいですね(笑い)。まあ本人的には周りほど大騒ぎすることではなくて。世界はつながっているし、この世から消えてなくなるわけではないので。
 ――WWEへの挑戦が確実視されている。現段階で具体的には語れないだろうが、やはり海外を意識しての退団か
 中邑:今しかない。年齢も含め理由は総合的なもので決断した。新日本においてやりたいようにやってきたし、2015年がある種、十二分にできたかな。会社も上昇気流でキャリア、年齢が下の人間も台頭した。自分の生き方として「新たな刺激」は常に言ってきた。(海外に)身を投じることの不安はありますけど。
 ――海外志向が強まった要因は
 中邑:もとをただせば「なるほど!ザ・ワールド」が好きだった(笑い)。新日本だとイタリア遠征(05年)の時ですかね。獣神サンダー・ライガーが圧倒的(な人気)で憧れたし、以来常に意識はしていましたね。
 ――退団はいつ決断したのか
 中邑:自分の口で団体に伝えたのは昨年12月ですけど…。プロポーズに似てるのかな。ジワジワと状況が整ってきて、目に見えない何かに動かされたというか。
 ――30日の後楽園大会では壮行試合(中邑、オカダ・カズチカ、石井智宏組vs棚橋弘至、柴田勝頼、後藤洋央紀組)が決定した
 中邑:ありがたいですね。そこに棚橋がいて、オカダも立っている。用意してもらって、快く送り出してくれる新日本に感謝しています。
 ――2月以降の予定は
 中邑:とりあえず海外に行くってことぐらいですね。これまで意識してきたことが(海外での評価として)形になってきた。いかなる状況においても自分を投影できるか、でしょうね。
 ――噂されるWWEについての印象は
 中邑:世界最大規模の団体ということは知ってますが、あとは実は何にも知らないんですよ。
 ――新たな挑戦に向かう上で一番の目標は
 中邑:(これからも)中邑真輔として歩み続けること、ですね。

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