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高校時代からアマレスを始める。青山学院大学ではレスリング部主将として活躍。98年、JOC杯全日本ジュニア選手権フリースタイル83キロ級優勝。00年、世界学生選手権予選フリー85キロ級3位。01年、全日本選手権フリー97キロ級4位。01年9月、新日本プロレスの入門テストに合格。02年3月、新日本プロレス入門。8月29日、日本武道館での安田忠夫戦でデビュー。4分26秒、フロントスリーパーに敗れた。その後、アメリカのロス道場で格闘技修行を積む。12月31日の猪木祭でダニエル・グレイシーと対戦。1Rでタックルからテイクダウンを取ったが、下から連打されて右目上を流血。2Rでは不用意に伸ばした左手をダニエルに捉えられ、2R2分14秒、腕ひしぎ逆十字固めで敗れた。03年1月4日の新日本プロレスの東京ドーム大会で、小原道由と組んで村上和成、安田組と対戦。安田を投げっぱなしジャーマンからフロントネックロックに捉え、7分12秒、レフェリーストップで勝利した。5月2日、東京ドーム大会でK−1戦士ノルキヤと総合ルールで対戦。2R3分12秒、ギロチンチョークで勝利した。6月13日の日本武道館大会では高山善廣のNWFヘビー級王座に挑戦。11分49秒、ジャーマンスープレックスホールドで敗れた。8月にはG1に参戦。安田、柴田勝頼相手に勝利した。12月9日、天山広吉のIWGP王座に挑戦。天山のパワーに圧倒されたが、試合終盤で必殺のシャイニングトライアングルをかける。さらに技を外そうとする天山の左腕を取り、12分8秒、逆十字固めで勝利。IWGPヘビー級王者を獲得した。デビューから1年4ヶ月、23歳という史上最年少での載冠となった。12月31日のK-1「Dynamite!!」で、アレクセイ・イグナショフと対戦。3R1分19秒、TKOで敗れたが、不可解なルールと判定に抗議し再戦が決定した。04年1月4日、東京ドーム大会のメインでIWGPとNWFの王座統一戦として高山と対戦。高山の猛攻に耐えて大逆転勝利。復活後のNWF第2代王者となったが翌日自ら封印した。その後、頭部の痛みを訴えて1月10日から20日まで都内病院に検査のため入院。欠場により2月5日にIWGP王座を返上した。復帰戦となった5月3日、東京ドーム大会のメインでボブ・サップと対戦。関節技を何度も出したがサップのパワーの前に歯が立たなかった。最初のビーストボムをカウント1で返したが、12分31秒、2発目のビーストボムで敗れた。5月22日、K−1「ROMANEX」でイグナショフと再戦。2R1分51秒、ギロチンチョークで勝利。12月11日、棚橋弘至と組んでIWGPタッグ王座を獲得。05年1月4日の東京ドーム大会では、メインで棚橋と対戦。24分45秒、逆十字固めで勝利。第2代のU30王者となったが、ベルト封印を宣言。3月26日の両国国技館大会では、小島聡に奪取されたIWGP王座に挑戦したが、60分時間切れ引き分け。G1では決勝トーナメントに進出。8月14日のG1の準決勝では蝶野と対戦。11分35秒、裏STFで敗れた。その後、8月29日から棚橋と共にメキシコに遠征してCMLLに出場。帰国後の10月8日の東京ドーム大会では棚橋と組んで、川田、安生組と対戦。川田の強烈な蹴りとバックドロップに苦戦したが、最後は棚橋が安生をジャーマン、ドラゴンスープレックスの連発で勝利した。10月30日には蝶野、天山組と防衛戦。29分31秒、蝶野の裏STFで中邑が破れ、タッグ王座から陥落。06年1月4日の東京ドーム大会ではメインイベントでIWGP王者のブロック・レスナーに挑戦。圧倒的な強さを見せつけられて8分48秒、必殺技のバーディクト(F5)に敗れた。3月に海外遠征を発表。アメリカに遠征し、試合を一切行わずに新日本プロレスのロス道場でトレーニング。9月24日、大阪府立体育館大会で帰国の挨拶。蝶野対天山の試合後に乱入して天山にボディスラム、止めに入った平澤にパワースラムを決めてアピール。10月9日、帰国第1戦は両国国技館大会で蝶野と組んで長州、中西組と対戦。新技のランドスライドで長州に勝利した。12月10日にIWGP王者の棚橋に挑戦。22分44秒、ドラゴンスープレックスに敗れた。試合後は悔しさを前面に出して「認めるよ。棚橋選手を。またゼロからやり直しだ」と語った。07年1月4日、新日本プロレスの東京ドーム大会で、川田と対戦。川田の右腕を徹底的に痛めつけたが、15分すぎから垂直落下式ブレーンバスターなどで反撃されて、最後は19分2秒、顔面めがけたカウンターのミドルキックで敗れた。試合後、川田に「新日本を潰すなよ」とマイクアピールされた。8月にG1出場。8月5日の棚橋戦は時間切れ引分け。6日の中西戦は腕ひしぎ逆十字固めで勝利。7日の越中戦は侍ドライバー84で敗退。試合後、越中は「プロなんだから勝ちたいなら勝ちたい、苦しいなら苦しい。全部リングに出していいと思うんだよ。カッコつけすぎ。中邑なんかおれらのグループでやった中でいちばん青かったよ。キャリアが足りない分、それを補うプラスアルファがあるかといったら、あいつにはなにもなかった」と酷評した(週刊プロレス1382号P24)。10日のミラノコレクションA.T.戦はランドスライドで勝利。11日の矢野戦は腕ひしぎ逆十字固めで勝利し、決勝トーナメントに進出。12日のトーナメント1回戦で永田裕志と対戦。飛びつき逆十字を切りかえされ、逆十字をかけられたところで、肩を負傷しドクターストップ負け。その後は肩鎖関節靭帯断裂による脱臼のため欠場。11月11日の両国国技館大会で復帰。ジャイアント・バーナードと組んで永田、中西組と対戦し、16分45秒、飛びつき腕十字固めで中西に勝利。メイン終了後にIWGP王座挑戦を棚橋にアピール。12月9日、IWGP王座の挑戦者決定戦で真壁に勝利。08年1月4日、新日本プロレスの東京ドーム大会のメインでIWGP王者の棚橋に挑戦。痛めた左肩を集中攻撃されて大苦戦。雪崩式ランドスライドから23分8秒、ランドスライドで勝利。IWGPヘビー級王座を獲得。試合後に3代目IWGPベルト保持者カート・アングルに対戦を要求。1月22日、TNAに出場し、エリックス・スキッパーと対戦。4分40秒、ランドスライドで勝利した。2月17日、両国国技館大会でカート・アングルと対戦。場外への投げっぱなしフロントスープレックス、雪崩式アングルスラム、3度のアンクルロックを耐えぬき、13分55秒、腕ひしぎ逆十字固めで勝利して3代目ベルト奪還に成功した。3月20日、後楽園ホール大会でNEW JAPAN CUPに優勝した棚橋を相手に防衛戦。24分44秒、腕ひしぎ逆十字固めで勝利して防衛に成功。4月27日、大阪府立体育会館大会で武藤敬司を相手に防衛戦。22分34秒、ムーンサルトプレスに敗れ、IWGP王座から転落。8月からG1に出場。4勝2敗でリーグ戦を終えて、惜しくも決勝進出を逃した。8月16日、G1開催中の両国国技館大会のメインでカート・アングルと組んで棚橋、AJスタイルズ組と対戦。14分9秒、アングルがオリンピックスラムで棚橋にフォール勝ちした。10月13日、両国国技館大会で、武藤のIWGP王座に挑戦。21分39秒、フランケンシュタイナーに敗れた。09年1月4日、東京ドーム大会で後藤央紀と組んでノアの三沢光晴、杉浦組と対戦。15分17秒、中邑の飛びつき腕ひしぎ逆十字固めで杉浦に勝利。2月15日、両国国技館大会で棚橋のIWGP王座に挑戦。24分26秒、ハイフライフローに敗れた。3月1日、ノアの日本武道館大会でミラノコレクションA.T.と組んで潮崎、杉浦組と対戦。20分30秒、潮崎のラリアットにミラノがフォール負け。3月8日、愛知県体育館大会でのNEW JAPAN CUP1回戦で真壁と対戦。15分32秒、ランドスライドで勝利。3月15日、後楽園ホールでの2回戦で後藤洋央紀と対戦。19分、ラリアットに敗れた。レフリー不在となった場面でGBHの矢野が乱入し、真壁にイス攻撃。まさかの裏切りの直後に12分42秒、ランドスライドで勝利。その後、矢野とチーム「CHAOS(ケイオス)」を結成。8月からG1に出場。ボマイェを武器に快進撃を続け、天山、永田、中西、後藤、飯塚、杉浦相手にリーグ戦を全勝で突破。8月16日、両国国技館での準決勝で棚橋と対戦。13分31秒、ボマイェで勝利。左ハイキックがまともに入り、試合後に棚橋は眼窩内側壁骨折のため入院し、王座返上。同日の決勝では真壁と対戦。18分29秒、ダイビングニードロップに敗れた。9月27日、神戸ワールド記念ホール大会メインでのIWGP王座決定戦で真壁と対戦。20分57秒、ボマイェで勝利してIWGP王座を獲得。試合後に「新日本プロレスの歴史、全てのレスラーの思い、このIWGPにはこもっている。その思い入れはある。ただ、輝き。このIWGPに、昔のような輝きがあるか?おれはないと思う。足りない!猪木! 旧IWGP王座はおれが取りかえす!」とマイクアピールした。10月12日、両国国技館大会(蝶野の25周年特別興行)で大谷晋二郎を相手に防衛戦。19分19秒、ボマイェで勝利。11月8日、両国国技館大会で棚橋を相手に防衛戦。22分47秒、ボマイェで勝利して防衛に成功。12月5日、愛知県体育館大会で永田を相手に防衛戦。19分39秒、ボマイェで勝利して防衛に成功。
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