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グァダラハラの名門ディアブロ・ベラスコ・ジムの出身。73年6月17日にデビュー。デビュー当時はマスクマンだったが、74年1月4日にエル・ベンガドールとのマスカラ・コントラ・マスカラに敗れて素顔になった。ナショナル・ミドル級、NWA世界ミドル級、NWA世界ライト・ヘビー級、UWA世界ミドル級王座を獲得。EMLLのトップ・ルードとして活躍。80年3月28日には佐山聡を破りNWA世界ミドル級王座を獲得している。84年4月6日にはアレナ・メヒコで三沢光晴と対戦し、NWA世界ミドル級王座を防衛した。ピラタ・モルガン、MS1とロス・インフェルナレスを結成。85年3月にインフェルナレスで初代ナショナル・トリオ王座を獲得した。86年10月にピラタ・モルガンと仲間割れしてルードの覇権争いを展開。その後、インフェルナレスを再結成。91年11月、ブラソスを破り初代CMLL世界トリオ王座を獲得。12月4日、CMLL世界ミドル級王座を獲得。92年4月、SWSに来日。NWA世界ライトヘビー級タイトルマッチでウルティモ・ドラゴンに完勝し、王座防衛した。97年10月10日、みちのくプロレスの両国国技館大会に来日。サトル・サヤマと対戦。若手時代の佐山がメキシコ遠征中にベルトを奪われた相手がサタニコであり、因縁試合という形だった。サヤマがロープをつかみそこねて転落した後、試合がかみ合わず、シューティングスタイルで突っ走ったサヤマに6分39秒、変形腕ひしぎ逆十字で敗れた。99年7月にウルティモ・ゲレーロ、レイ・ブカネロと、新生インフェルナレスを再結成。01年1月にチームから脱退し、アベルノ、メフィストと組んでインフェルナレスを再結成。4人に増えたウルティモ派インフェルナレスと抗争を開始。9月28日にアレナ・メヒコでのアニベルサリオでウルティモ派インフェルナレスと金網戦で決着戦。3対4の変則マッチに勝利して、マスカラ・マヒカのマスク剥ぎに成功し、インフェルナレス抗争に勝利した。03年11月25日にCMLL世界ウェルター級王座を獲得。04年にテクニコに転向。アレナ・コリセオではコーチも兼任。
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