ダークロHP

ランディ・サベージ
RANDY SAVAGE


本名:ランディ・ポッフォ
1952年11月15日
フロリダ州サラソタ出身(オハイオ州コロンバス出身説あり)
190cm 106kg
タイトル歴:ICW世界ヘビー WWFインターコンチネンタル WWF世界ヘビー WCW世界ヘビー
得意技:ダイビング・エルボードロップ ダブル・アックス・ハンドル(トップロープから組んだ両手を振り下ろす) ドリルアホール・パイルドライバー

マッチョマンの異名を持つ、WWFの看板レスラーだった。派手な衣装に身を包み、大味で豪快なスタイルで活躍。父はレスラーのアンジェロ・ポッフォ。高校卒業後、キャッチャーとしてレッズ、カージナルス、ホワイトソックスの2Aに通算5シーズン在籍。 75年にプロレス入り。 78年に父がケンタッキー地区でICW(International Championship Wrestling )を旗揚げ。弟のラニー・ポッフォと共にICWのエースとして活躍。デトロイト地区ではシークらと抗争した。 83年にライバル団体のCWAに移籍。ジェリー・ローラーと抗争。 85年6月にWWF入り。 86年2月、インターコンチネンタル王座を獲得。 87年3月29日、「レッスルマニア3」でリッキー・スティムボートを相手に防衛戦。流れるような動きで観客を魅了し名勝負を展開。14分35秒、ボディスラムを片エビ固めに切り返されてフォール負けして王座転落。 88年3月27日、レッスルマニア4でのWWF世界ヘビー級王座決定トーナメントの決勝戦でテッド・デビアスと対戦。ダイビング・エルボードロップで勝利。WWF世界ヘビー級王座を獲得。 90年4月13日、東京ドームでの日米レスリングサミットで天龍源一郎と対戦。10分49秒、延髄斬りからのパワーボムに敗れた。 91年3月30日、SWSの東京ドーム大会に来日し、ジョージ高野と対戦。観客を沸かせる好試合を展開し、13分42秒にダイビング・エルボードロップで勝利した。4月1日、SWSの神戸ワールド記念ホール大会で天龍と対戦。8分3秒、パワーボムに敗れた。6月11日、SWSの大阪府立体育館大会のメインで谷津嘉章を相手にランバージャック・デスマッチで対戦。14分21秒、ダイビングエルボードロップで勝利。 92年4月、レッスルマニア8でリック・フレアーを破り再びWWF世界ヘビー級王座を獲得。 94年秋にWCWに移籍。 95年11月26日、60人参加、3つのリングを使ったバトルロイヤルに勝利して、WCW世界ヘビー級王座を獲得。12月27日、PPV「スターケード」でフレアーに敗れて王座転落。 96年1月22日、再びWCW世界ヘビー級王座を獲得。2月11日、金網マッチでフレアーに敗れて王座転落。4月29日、新日本プロレスの東京ドーム大会に来日し、天山広吉と対戦。9分49秒、首固めで勝利した。7月17日、新日本プロレスの札幌中島体育センター大会でライガーと対戦。ラリアットからのダイビングエルボードロップで勝利。試合後に健闘を称えあった。 97年にNWOに入る。 99年7月にWCW世界ヘビー級王座を獲得。 00年1月4日、新日本プロレスの東京ドーム大会に来日し、リック・スタイナーと対戦。両者ともコンディションが悪く、凡戦を展開。11分8秒、ブルドッキングヘッドロックに敗れた。同年にWCWを離脱。 02年に公開されたサム・ライミ監督の映画「スパイダーマン」にプロレスラーのボンソウマグロー役として出演し、スパイダーマンと試合をした。 04年12月5日、TNAの「ターニングポイント」で、ジェフ・ハーディーAJスタイルズと組んで、ジェフ・ジャレットスコット・ホールケビン・ナッシュ組と対戦。試合終盤で登場し、特に大きな見せ場はなかったが、ロープに飛んで回転エビ固めを狙うジャレットを押しつぶして17分52秒で勝利。TNAでの出場はこの1試合に終わった。 11年5月20日、09年モデルのジープ・ラングラーでフロリダのハイウェイを運転中、心臓発作を起こしたのか、車両のコントロール不能に陥り、中央分離帯を飛び出し、反対側の道路脇の木に正面衝突。病院に搬送されたが死去。同乗していた妻は軽症で無事だった。

 グーグル検索 レスラーノート検索


ダークロHP