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山崎一夫

1962年8月15日
東京都港区出身
184cm 103kg 血液型B型
タイトル歴:IWGPタッグ
得意技:裏アキレス腱固め

都立玉川高校を卒業後、81年3月に新日本プロレス入門。82年5月6日、福岡スポーツセンターのクロネコ(ブラック・キャット)戦でデビュー。初代タイガーマスクの付き人だったことから、83年8月に引退した佐山と共にリングを離れた。スーパータイガー・ジムのインストラクターを務める。84年7月、佐山と共に第1次UWFで復帰。85年12月、新日本プロレスにUターン。86年8月7日、霧橋スポーツセンター大会で高田のIWGPジュニア王座に挑戦。17分29秒、三角絞めに敗れた。12月10日、大阪城ホール大会で越中のIWGPジュニア王座に挑戦。21分52秒、エビ固めにフォール負け。87年9月1日には藤原と組んでIWGPタッグ王者の前田、高田組に挑戦。17分39秒、山崎が高田をジャーマン・スープレックスで破り、第6代IWGPタッグ王座を獲得した。88年4月、第2次UWF設立に参加。5月12日、後楽園ホールで旗揚げ戦。前売りチケットが15分で完売するほどの人気となったこの大会。全3試合のメインイベントに出場し、前田と対戦。24分56秒、片羽絞めに敗れた。9月24日、博多スターレーン大会で前田日明と対戦。10分50秒、右ハイキックをくらって5度目のダウンとなりKO負け。89年11月29日、東京ドーム大会でクリス・ドールマンと対戦し、3R48秒、腕ひしぎ十字固めに敗れた。91年5月、高田らとUWFインターを旗揚げ。7月30日、博多スターレーン大会でビリー・スコットと対戦。12分39秒、大苦戦の末、フロント・フェイスロックで勝利。92年5月8日、横浜アリーナ大会で北尾光司と対戦。7分44秒、KO負け。95年7月にフリーとなる。95年7月25日、平成維震軍の横浜文化体育館大会で新日本プロレスのリングに復帰。観客から大歓声で迎えられ、メインで後藤達俊と対戦。6分16秒、腕ひしぎ逆十字固めで勝利。9月23日、横浜アリーナ大会で越中と対戦。9分28秒、ジャーマンスープレックスで勝利。10月29日、マリンメッセ福岡大会で中野龍雄と対戦。4分33秒、裸絞めで勝利。96年1月4日、東京ドーム大会で橋本真也と対戦。9分18秒、垂直落下式DDTに敗れた。6月12日、飯塚と組んでIWGPタッグ王者となる。7月16日、蝶野天山広吉組に敗れてタッグ王座から転落。8月、両国国技館でのG1クライマックスに参戦。武藤小島に勝ち、蝶野と越中に敗れて2勝2敗に終わった。96年9月23日、横浜アリーナ大会で飯塚と組んで蝶野、天山組のIWGPタッグ王座に挑戦。18分6秒、蝶野のヤクザキックに飯塚が敗れた。97年2月16日、両国国技館大会で橋本真也のIWGP王座に挑戦。18分55秒、垂直落下式DDTに敗れた。8月には健介と組んでIWGPタッグ王座を獲得。98年2月15日、日本武道館大会で武藤と対戦。14分50秒、足4の字固めに敗れた。8月、G1クライマックスに出場。1回戦で藤波と対戦し、7分51秒、腕ひしぎ逆十字固めで勝利。2回戦で健介と対戦し、6分42秒、ヒザ固めで勝利。準決勝で蝶野と対戦し、9分43秒、裏アキレス腱固めで勝利。決勝で橋本真也と対戦。橋本のキックを真っ向から受け、多彩なキックで反撃。ヒザ固めや胴絞めスリーパー、裏アキレス腱固めなどで追いこんだが、15分34秒、垂直落下式DDTに敗れた。99年1月に新日本プロレス所属となったが、11月15日、気管支拡張症、及び肺挫傷による現役引退を発表。00年1月4日、東京ドーム大会で永田裕志を相手に引退試合。試合は6分44秒、永田のバックドロップ・ホールドに敗れた。その後「鍼、灸、整体、脊椎矯正」の「山崎バランス治療院」を神奈川県海老名市で開業。

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