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都立玉川高校を卒業後、81年3月に新日本プロレス入門。82年5月6日、福岡スポーツセンターのクロネコ(ブラック・キャット)戦でデビュー。初代タイガーマスクの付き人だったことから、83年8月に引退した佐山と共にリングを離れた。スーパータイガー・ジムのインストラクターを務める。84年7月、佐山と共に第1次UWFで復帰。85年12月、新日本プロレスにUターン。87年9月1日には藤原と組んでIWGPタッグ王者の前田、高田組に挑戦。17分39秒、山崎が高田をジャーマン・スープレックスで破り、第6代IWGPタッグ王座を獲得した。88年4月、第2次UWF設立に参加。5月12日、後楽園ホールで旗揚げ戦。前売りチケットが15分で完売するほどの人気となったこの大会。全3試合のメインイベントに出場し、前田と対戦。24分56秒、片羽絞めで敗れた。89年11月29日、東京ドーム大会でクリス・ドールマンと対戦し、3R48秒、腕ひしぎ十字固めに敗れた。91年5月、高田らとUWFインターを旗揚げ。95年7月にフリーとなる。8月に新日本プロレスに登場。96年6月、飯塚と組みIWGPタッグ王者となる。97年2月16日、両国国技館大会で橋本真也のIWGP王座に挑戦。18分55秒、垂直落下式DDTに敗れた。
8月には健介と組んでIWGPタッグ王座を獲得。98年8月、G1クライマックスに出場。1回戦で藤波と対戦し、7分51秒、腕ひしぎ逆十字固めで勝利。2回戦で健介と対戦し、6分42秒、ヒザ固めで勝利。準決勝で蝶野と対戦し、9分43秒、裏アキレス腱固めで勝利。決勝で橋本真也と対戦。橋本のキックを真っ向から受け、多彩なキックで反撃。ヒザ固めや胴絞めスリーパー、裏アキレス腱固めなどで追いこんだが、15分34秒、垂直落下式DDTに敗れた。
99年1月に新日本プロレス所属となったが、11月15日、気管支拡張症、及び肺挫傷による現役引退を発表。00年1月4日、東京ドーム大会で永田裕志を相手に引退試合。試合は6分44秒、永田のバックドロップ・ホールドに敗れた。その後「鍼、灸、整体、脊椎矯正」の「山崎バランス治療院」を神奈川県海老名市で開業。
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