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ヤス・フジイ

本名:藤井康之
1949年4月27日
大阪府大阪市出身
192cm 120kg
タイトル歴:セントラルステーツ・タッグ アメリカス・タッグ NWAカナディアン・タッグ NWA北米タッグ(セントラルステーツ版) インターナショナル・タッグ(カルガリー版) NWA世界タッグ(セントラルステーツ版) アメリカスヘビー

高校時代は水泳部で活躍。自由形で国体、インターハイ出場。 67年3月に国際プロレスに入団。マイティ井上と同時の入団だった。格闘技の経験がなかったためデビューまでに時間がかかった。 68年1月12日、熊本市体育館大会での仙台強戦で本名でデビュー。15分時間切れ引き分けに終わった。4月8日、藤井東助に改名。 70年1月、零戦隼人に改名。1月13日の試合を最後に、1月16日、シャチ横内の誘いで海外遠征。ジョージア地区で活躍。日の丸鉢巻にハッピを着て、ヒゲを生やしてヤス・フジイの名で活躍。8月から横内と共にバンクーバー地区で活躍。10月12日、バンクーバーで横内と組んでドン・レオ・ジョナサン、ダンカン・マクタビッシュ組を破りNWAカナディアン・タッグ王座を獲得。11月9日、バンクーバーでジョナサン、スティーブン・リトルベア組に敗れて王座転落。 71年4月ごろから横内と共にオクラホマ・ルイジアナ地区で活躍。9月ごろから横内と共にセントラルステーツ地区で活躍。10月15日、横内と組んでボブ・ガイゲル、ダニー・リトルベア組を破りNWA北米タッグ王座を獲得。 72年11月ごろから横内と共にオクラホマ・ルイジアナ地区で活躍。 73年2月ごろから横内と共にジョージア地区で活躍。2月14日、ジョージア州コロンバスで横内と組んでサウスイースタン・タッグ王座を獲得。5月ごろから横内と共にカルガリー地区で活躍。インターナショナル・タッグ王座を獲得。11月3日、横内が引退。その後、ジョージア地区に転戦。 74年1月に帰国し、再渡米。5月からジョージア地区でグレート・フジの名で出場。6月18日、アトランタでキム・ドクと組んでアイランダーズ(アファシカ)に敗れた。10月、オクラホマ・ルイジアナ地区に出場。 75年2月、セントラルステーツ地区に出場。オキ・シキナ(サパタ・マルティネス)と組んで出場。3月27日、シキナと組んでマイク・ジョージジェリー・オーツ組を破りNWA世界タッグ王座を獲得。5月21日、テッド・オーツ、ジェリー・オーツ組に敗れて王座転落。10月、カナダ・バンクーバー地区に出場。12月8日、バンクーバーで八木宏(剛竜馬)と対戦し、引き分けた。 76年3月、オレゴン地区に出場。5月から8月までジョージア地区に出場。11月、ロサンゼルス地区に出場。ドクター・ヒロ・オオタの名で活躍。11月26日、チャボ・ゲレロを破りアメリカスヘビー級王座を獲得した。12月3日、チャボ・ゲレロに敗れて王座転落。 77年2月11日、プロフェッサー・タナカと組んでビクター・リベラシエン・カラス組を破りアメリカス・タッグ王座を獲得。3月、リベラ、テリー・ソイヤー組に敗れて王座転落。 78年2月5日、ロン・バスと組んでチャボ・ゲレロ、ヘクター・ゲレロ組を破りアメリカス・タッグ王座を再び獲得。2月24日、サンディエゴでチャボ・ゲレロエル・ハルコン組に敗れて王座転落。8月、オレゴン地区に出場。 79年2月からミシシッピ州ジャクソン中心に出場。7月、テネシー州のICWにカーネル・ヤン・キーの名で出場。9月、ドイツのハノーバー・トーナメントに参戦。11月1日に始まった国際プロレスの「デビリッシュ・ファイト・シリーズ」に参戦。11月4日、後楽園ホール大会でマイティ井上と対戦。9分32秒、回転エビ固めにフォール負け。11月14日、諏訪湖スポーツセンター大会で上田馬之助と組んで井上、浜口組のIWAタッグ王座に金網マッチで挑戦。15分21秒、井上の逆エビ固めにフジイが敗れた。12月5日にシリーズが終了。その後はヤン・キーの名でカナダ・カルガリーに出場。 80年3月、イギリスに出場。7月、オーストリア・グラーツでオットー・ワンツ主宰のトーナメントに参戦。10月、ポール・バーガー主宰のハンブルグのトーナメントに参戦。 82年1月、ベルリンのトーナメントに参戦。7月、ウィーンのトーナメントに参戦。9月、ハノーバーのトーナメントに参戦。 83年1月、アメリカ・セントラルステーツ地区に出場。3月3日、カンザスシティでキム・ドクと組んでボブ・ブラウンバズ・タイラー組を破りセントラルステーツ・タッグ王座を獲得。新日本プロレスに登場し、ストロングマシン(3号?)として活躍。 その後、ハワイで旅行関係の仕事に就いた。85年1月、新日本プロレスでストロング・マシン3号に変身し、マシン軍団の一員として活躍。8月1日、両国国技館大会でストロング・マシンと対戦。1分28秒、横入り式エビ固めにフォール負け。この試合を最後に新日本プロレスを離脱し、引退。引退後はハワイで観光ガイド。

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