WWF、WCW、新日本、 Uインター、全日本と日米のメジャー団体を席捲。 スーパー・ヘビー級の肉体を誇りながらムーンサルト・ブレスなどの空中殺法まで駆使する。学生時代はボクシングの経験あり。白人の皮膚は薄くて切れやすいためボクシングを断念。コロラド大学卒業後、プロフットボールチームのロサンゼルス・ラムズに入団が決まっていたが断念。85年1月に、バーン・ガニアにスカウトされてプロレス入り。デビュー当時のリングネームはレオン・ホワイト。AWAで活躍。87年3月22日にコロラド州デンバーでオットー・ワンツを破りCWA世界ヘビー級王座を獲得。タイトル獲得後、ブル・パワーのリングネームでCWAの本拠地西ドイツに転戦。ヨーロッパでオットー・ワンツと抗争した。日本へは当初、全日本プロレスの88年1月のツアーに参加する予定だったが、87年12月、新日本プロレスに登場。たけしプロレス軍団の刺客として登場。アントニオ猪木から2分でフォ−ルを奪うデビュー。新日本プロレス時代には、永井豪デザインのコスチュームで入場していた。89年4月の東京ドーム初興行で、王座決定トーナメントに優勝し、IWGPヘビー級王座を獲得。8月10日に長州を破りIWGPヘビー級王座に返り咲き。同月21日にはオーストリアでオットー・ワンツを破りCWA王座2度目の獲得。11月にメキシコでカネックを破りUWA世界ヘビー級王座を獲得。90年2月10日、新日本プロレスの東京ドーム大会で、全日本プロレスの最強外国人スタン・ハンセンを相手にIWGP王座の防衛戦。外国人頂上対決となり、大迫力の試合となった。ハンセンのヒジがベイダーの右目に当たり、腫れあがっても試合を続行。ハンセンの予告ラリアットをドロップキックで返した。強烈なベイダーハンマーをくらわせたが、ロープの反動でハンセンも予告なしのラリアット。ラリアットを食らってもベイダーは倒れなかった。15分47秒、両者リングアウトの引き分けの結果だったが強烈な印象を残した。両者は6月12日に福岡国際センターでも再戦しているが、22分11秒、両者反則の引き分けに終わっている。91年1月に藤波を破りIWGPヘビー級王座3度目の獲得。92年3月にビガロと組んでIWGPタッグ王座を獲得。91年よりWCWに登場。92年7月、スティングを破りWCW世界ヘビー級王座を獲得。93年5月、UWFインターに移籍。12月5日、神宮球場大会で高田と対戦し、腕ひしぎ逆十字固めで敗れた。94年4月からUWFインターのトーナメントに参戦。4月3日の1回戦でハシミコフに足折り固めで勝利。5月6日の2回戦で垣原賢人と対戦し、3分40秒、高角度の顔面砕き(リバース・パワーボム)で勝利。6月10日、準決勝で田村潔司と対戦し、7分14秒、パワーボムで勝利。8月18日、日本武道館での決勝で高田と対戦。高田のキックを真正面で受けきり、豪快な掌打を振り回し、19分24秒に15度目のダウンを奪ってKO勝ち。プロレスリング世界ヘビー級ベルト(ルー・テーズベルト)を獲得。96年1月4日、新日本プロレスの東京ドーム大会でアントニオ猪木のファイナル・カウントダウン第5戦の相手を務める。2月、WWF登場。しかしケガが完治しないまま復帰したため活躍せず。98年5月、全日本プロレスに登場。99年3月に田上明をパワーボムで破り3冠ヘビー級王座を獲得。4月、チャンピオンカーニバル優勝。10月に3冠王座に返り咲き。00年2月にスティーブ・ウイリアムスと組み、世界タッグ王座を獲得。10月からノアに参加。GHC初代王者決定トーナメントでは準決勝の高山戦で反則負けを喫する。01年10月、タッグ王座決定トーナメントにスコーピオと組んで参加。2回戦、準決勝と合計しても、わずか12分20秒という短時間で難なく突破。そして決勝戦では秋山、斎藤組を痛ぶり、最後は秋山をスカイハイ・チョークスラムで破る。しかし11月、三沢、小川組に破れ王座転落。03年1月15日の島根大会を最後にノアを離脱。5月にWJプロレスに参戦。04年1月4日、さいたまスーパーアリーナでの「ハッスル1」に来日し、橋本真也と対戦。場外マットをはがしてのDDTをくらってしまい、9分59秒、リングアウト負け。08年1月、ディファ有明で5日に開催される「BIG VANCRUSH〜皇帝降臨レッスルウォーズ〜」に参加するため来日。急病に見舞われ緊急入院し、大会に来場しなかった。約10日間の入院後、19日に退院して帰国した。
「俺の知っている中でも誰よりも素早く動ける大男だ。事実、レスラーの中でも最高の動きをしていた。だが、俺がこう書いたことは内緒だ。ヤツには言ってくれるな。 ベイダーのマイクパフォーマンスはまずまずで、試合のほうは申し分なかった。それは問題なかったのだが、感情面をコントロールするのが厄介だった。ルガーの闘いぶりは攻撃的ではなかったが、ベイダーときたらまさにモンスター。 フットボーラーのケンカっ早さで攻め、やり過ぎとも言えるほどだった。対戦相手がどうなろうと知るもんかという闘い方は業界内でも知れ渡っていた。(中略) 酔っていない普段のベイダーは問題なかったが、酒が入ったときや試合中などは典型的な暴れん坊だった。それがヤツの失敗の原因だ。だが、幸運なことにヤツは業界で生き延びている。日本のマット界に参戦したりもしている。シュート・スタイルがヤツにはピッタリなのだ。もっと早くそうすればよかったくらいだ」 (「ハーリー・レイス自伝 キング・オブ・ザ・リング」より)
|