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高校時代はアマレス、陸上競技で活躍。アマレスでは国体に出場するなど活躍。八幡大(九州国際大)に入学するが中退。73年3月、全日本プロレスに入団。父の反対もありいったん帰郷。74年4月に再入門した。4月22日、徳島県阿波池田四国電力横広場における大仁田厚戦でデビュー。大仁田、薗田と共に若手三羽烏といわれた。80年9月に海外武者修行へ出発。必殺のバックドロップを武器にアメリカ、カルガリー、プエルトリコを転戦。81年3月23日にはテネシー州メンフィスで、マサ・フチの名でミスター・オオニタ(大仁田厚)と組んでビル・ダンディ、ドリーム・マシーン組を破りAWA南部タッグ王座を獲得した。83年6月12日、ジョージア州サバンナ・シビック・センターでチャボ・ゲレロのNWAインタージュニア王座に挑戦。ドロップキックをくらって場外へ転落し、チャボのプランチャを浴びたが、渕も場外でのバックドロップで反撃。リングに戻ろうとしたところをチャボに足を引っぱられ、9分51秒、両者リングアウトの引き分けに終わった。8月に凱旋後はジュニア戦線で活躍。87年1月の初載冠を皮切りに世界ジュニア・ヘビー級王座に4度君臨した。特に89年10月20日から93年5月21日にかけては3年以上ベルトを守りぬき、14度の防衛に成功した。00年の大量離脱時には、川田と共に全日本プロレスに残留した。7月1日、サマーアクション・シリーズの開幕戦では全5試合だけの苦境の中、メインで川田とシングルで8年ぶりに対戦。22分48秒、パワーボムで敗れた。この試合後に川田は「痛みの伝わる試合」を提唱し、大量離脱後の全日本プロレスの方向性を明確にした。渕は試合後に「今の川田の強さだったらどの団体が来ても全日本は大丈夫だ」、「(今日は)正直言うと怖かった。でもリングに上がった時に感動した」と語った。8月11日、新日本プロレスの両国国技館大会に単身乗りこみ、2大メジャー対抗戦の扉を開く。田中リングアナの「10分間の休憩に入らせていただく前に、全日本プロレスの渕正信選手がおられましたら、今この時間、リング上にあがってください。マイクもお貸しいたします」との言葉にスーツ姿の渕が入場。観客は歓迎ムード。「これまで新日本と全日本プロレスの間には約30年間に渡って、大きな壁がありました。私はこの壁を取り除きにやってきました。私は新日本プロレス以上に選手は2人しかいませんが、全日本プロレスに対する誇りを持っています」とマイクアピール。やってきた長州力とリングで握手。そこへ蝶野が現れて「ここはテメーの来るところじゃねんだ。とっとと帰れ!」とマイクアピール。蝶野がかぶっていた帽子を長州に投げつけ、T2000のメンバーもリング上へ。セコンドが長州と蝶野を止めに入る。蝶野が先にリングを降りて帰ろうとしたところ、渕が「蝶野!忘れ物だ!」と言って、帽子をひろって投げ返した。「新日本プロレスのファンの皆様、どうも大変お騒がせしました」と渕が最後に一言。ダンディな振る舞いに会場が湧き上がる中、リングを降りた。9月2日、全日本プロレス武道館大会で蝶野と対戦。新日本プロレスと全日本プロレスの対抗戦の第1戦ということで異様な興奮に包まれたこの試合。大「フッチー」コールに後押しされてフェイスロックやバックドロップで果敢に攻めていった渕だったが、最後には蝶野のケンカキックで敗退。負けてしまった渕だが、蝶野のSTFを耐えきるなど、かなりの奮闘を見せた。10月9日の新日本プロレス東京ドーム大会では越中と越境合体。01年1月29日、全日本プロレスの東京ドーム大会でライガーとジュニア頂上対決。バックドロップの連発でライガーをフォール寸前まで追いこんだが、18分4秒、一瞬の隙をつかれて横回転式エビ固めに敗れた。04年2月22日、日本武道館大会で天龍源一郎と対戦。10分43秒、パワーボムに敗れた。5月22日、後楽園ホール大会で天龍と組んでザ・グレート・コスケ、獅龍組のアジアタッグ王座に挑戦。21分43秒、渕がバックドロップで獅龍にフォール勝ちし、アジアタッグ王座を獲得。07年11月、無我ワールド・プロレスリングを退団したばかりの西村修と組んで最強タッグ決定リーグ戦に出場。7年ぶりの出場となったが、西村と共に独特のクラシカルな戦法で2勝2敗3引分けと健闘した。08年12月18日、後楽園ホールでの「昭和プロレス」でライガーと組んで長州、蝶野組と対戦。7分46秒、蝶野のシャイニング・ケンカキックにライガーがフォール負け。09年1月に西村と組んでアジアタッグ王座決定トーナメントに参戦。1月2日に太陽ケア、MAZADA組に勝利し、1月3日に小島、KAI組に勝利。1月3日、後楽園ホールでの決勝で鈴木みのる、NOSAWA論外と対戦。17分46秒、みのるにスリーパーホールド、張り手、ゴッチ式パイルドライバーとたたみかけられフォール負け。4月にエル・サムライと組んでジュニアタッグリーグ戦に参戦。2勝2敗1分けでリーグ戦を終了し、6チーム中3位に終わった。
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