ダークロHP / レスラーノート

ヒロ斎藤

本名:斎藤弘幸
1961年5月25日
神奈川県川崎市出身
175cm 108kg 血液型A型
タイトル歴:WWF世界ジュニア IWGPタッグ 世界ジュニア(全日本プロレス)
得意技:セントーン ジャーマン・スープレックス・ホールド

中学卒業後、1年間、材木屋などのバイトをしつつボディビルで鍛える。 78年2月に新日本プロレスに入門。チョビというあだ名で藤波の付き人をしていた。8月26日、長野県飯山市民体育館大会での魁勝司戦でデビュー。 81年7月に木戸と共にメキシコに遠征。現地でセントーンを習得。 83年6月にルードに転向。7月にメキシコ遠征中のジョージ高野の誘いでカナダのカルガリー地区に遠征。リング名をヒロ斎藤に変更。髪の毛を金髪に染め、マネージャーの若松と組んでヒールに転向。 84年10月に帰国し、ストロングマシン軍団の一員として素顔で活躍。 85年3月に仲間割れでマシン軍団から離脱。5月、第12代WWF世界ジュニア王者となる。8月29日、スーパー・ストロングマシン高野俊二とカルガリー・ハリケーンズを結成。新日本プロレスを離脱し、ジャパン・プロレスに加入。 86年4月より全日本プロレスに参戦。馬場は「プロレスが分かっている選手だ」と誉めていた。7月31日、両国国技館での王座決定戦でブラッド・アームストロングと対戦。11分13秒、ジャーマンスープレックスで破り、初代の世界ジュニア王者になった。11月23日、後楽園ホール大会で小林邦昭を相手に防衛戦。フィッシャーマンズスープレックスに敗れて王座転落。 87年5月、新日本プロレスに復帰。 88年7月22日、札幌中島体育センター大会で越中詩郎のIWGPジュニア王座に挑戦。11分31秒、ジャックナイフ式エビ固めにフォール負け。 89年に後藤保永らとブロンド・アウトローズ(のちのレイジング・スタッフ)を結成。 90年12月26日、浜松アリーナ大会でマシンと組んでIWGPタッグ王者の馳浩佐々木健介組に挑戦。10分16秒、セントーンで馳をフォールしてIWGPタッグ王座を獲得。木戸修 、木村健吾組、馳浩、佐々木健介組を相手に防衛を重ねた。 91年3月6日、長崎国際体育館大会で馳浩、佐々木健介組に敗れて王座転落。 93年10月にレイジング・スタッフ解散。 95年2月に蝶野天山と狼群団を結成し、参謀格として活躍。10月28日、UWFインターの国立代々木競技場第1体育館大会で佐野直喜と対戦。バックを取られてからの急所蹴りや、ジャーマン2発、セントーンなどで持ち味を発揮したが、11分3秒、腕ひしぎ逆十字固めに敗れた。 97年5月にNWO軍入りを経て、00年2月にT2000の一員となる。レスラー生活と平行して、千葉県船橋市で炭火焼肉「ヒロ」を01年から05年まで経営していた。 06年1月に新日本プロレスを退団。8月2日、後楽園ホール大会での無我ワールド・プロレスリングのプレ旗揚げ戦でメインイベントに出場し、西村修と対戦。クラシカルなムーブでファンを魅了。24分10秒、ジャーマンスープレックスで勝利した。9月15日に無我ワールド・プロレスリングに入団。同日のアクロス福岡大会でバック・クォーターメインと対戦。13分28秒、ダイビングセントーンで勝利。9月16日、別府杉乃井ホテル大会で吉江豊と対戦。11分23秒、ダイビング・ボディプレスに敗れた。9月18日、大阪ABCホール大会で西村と対戦。24分8秒、ジャーマンスープレックスで勝利。9月22日、広島グリーンアリーナ・小ホール大会で藤波辰爾と対戦。11分59秒、ワンハンドバックブリーカーに敗れた。9月25日、後楽園ホール大会で後藤達俊と対戦。10分16秒、ドラゴンスリーパーに敗れた。10月31日、Zepp Sendai大会で倉島信行と対戦。5分40秒、ダイビングセントーンで勝利。11月20日、六本木ヴェルファーレ大会で長井満也と3分5Rで対戦。3R2分49秒、ダイビングセントーンで勝利。12月7日、EBiS303大会で長井と対戦。11分28秒、スリーパーホールドに敗れた。 07年1月19日、札幌テイセンホール大会で倉島と対戦。6分40秒、ダイビングセントーンで勝利。1月24日、大船渡市民体育館大会で正田和彦と対戦。7分40秒、ジャーマンスープレックスで勝利。2月27日、明石市立産業交流センター大会で藤波と対戦。9分4秒、足4の字固めに敗れた。3月3日、豊田市柳川瀬公園体育館大会で吉江と対戦。10分51秒、ダイビング・ボディプレスに敗れた。3月6日、大分イベントホール大会で倉島と対戦。5分57秒、ダイビングセントーンで勝利。7月1日、新潟フェイズ大会で高木功と対戦。7分21秒、首固めでフォール勝ち。7月29日、大阪府立体育会館・第2競技場大会で征矢学と対戦。6分37秒、ダイビングセントーンで勝利。9月1日、幕張メッセ国際展示場大会でグラン浜田と対戦。10分13秒、ダイビングセントーンで勝利。11月18日、国東体育館大会で竹村豪氏と対戦。11分35秒、ダイビングセントーンで勝利。11月20日、大分イベントホール大会で吉江と対戦。15分43秒、ダイビング・ボディプレスに敗れた。12月8日、前橋グリーンドーム・サブイベントエリア大会で倉島と対戦。9分26秒、ダイビングセントーンで勝利。12月3日、大阪府立体育会館・第2競技場大会でDRAGON CUPに参戦し、1回戦でTAJIRIと対戦。12分27秒、グリーンミストからのジャックナイフ式エビ固めにフォール負け。 08年2月23日、大阪府立体育会館第2競技場でドラディションのプレ旗揚げ戦。メインでグラン浜田と組んで藤波、蝶野組と対戦。14分43秒、ドラゴンスリーパーに浜田が敗れた。3月20日、船橋アリーナ大会でドラディションの旗揚げ戦。メインで藤波と組んで吉江豊、南野タケシ組と対戦。19分、ヒロのダイビングセントーンで南野に勝利した。5月31日、岐阜商工会議所大ホール大会で滝澤大志と対戦。7分56秒、ダイビングセントーンで勝利。7月27日、フーテンプロのラゾーナ川崎大会で澤宗紀と対戦。10分43秒、ダイビング・セントーン2連発からの胴締めスリーパーでレフリーストップ勝ち。9月15日、広島産業会館西展示館第1展示場大会で梶原慧と対戦。8分12秒、セントーンで勝利。11月22日、後楽園ホール大会で梶原慧と対戦。8分41秒、フロントスリーパーで勝利。 09年1月29日、新宿FACE大会でグラン浜田と対戦。8分1秒、胴締めスリーパーで勝利。2月10日、阿南市スポーツ総合センター・サブアリーナ大会でアミーゴ鈴木と対戦。8分10秒、ダイビングセントーンで勝利。2月11日、焼津市民体育館大会で梶原慧と対戦。8分14秒、ダイビングセントーンで勝利。3月9日、小倉北体育館大会で梶原慧と対戦。12分16秒、ダイビングセントーンで勝利。3月12日、鹿児島市民体育館大会で山上康弘と対戦。12分55秒、ダイビングセントーンで勝利。3月14日、博多スターレーン大会で藤田峰雄と対戦。10分29秒、ダイビングセントーンで勝利。 10年3月22日、和志組のアクセル仙台大会でマスクドインベーダーと対戦。4分18秒、ダイビングセントーンで勝利。 11年1月10日、後楽園ホールでのレジェンド・ザ・プロレスリングの旗揚げ戦で福田、田島と組んで泉田菊地組と対戦。13分52秒、菊地の火の玉ボムに田島が敗れた。5月から、復活した新日本プロレス学校でトレーナーに就任。9月30日、レジェンドプロレスの札幌テイセンホール大会でAKIRAと対戦。6分、ムササビプレスに敗れた。10月2日、レジェンドプロレスの浜中町総合体育館大会で本田多聞と対戦。8分34秒、両者リングアウトの引き分け。10月3日、新日本プロレスの後楽園ホール大会での天山のデビュー20周年記念試合に出場。蝶野、天山と組んで金本大谷、西村組と対戦。22分53秒、天山がムーンサルトプレスで西村に勝利。 12年4月20日、後楽園ホールでの藤波の40周年記念興業に出場。メインで蝶野、AKIRAと組んで藤波、長州初代タイガーマスクと対戦。9分24秒、藤波のドラゴンスリーパーにAKIRAが敗れた。5月5日、レジェンドプロレスの巌流島大会で藤波と組んで長州、大谷組と対戦。7分29秒、長州のサソリ固めにヒロが敗れた。11月22日、ドラディションの新宿FACE大会のメインで藤波と対戦。7分10秒、ドラゴンスリーパーに敗れた。12月13日、ZERO1のZepp Nagoya大会で橋本大地と組んでタッグトーナメント「風林火山」に出場。1回戦で大谷、高岩組と対戦。15分54秒、大谷のスパイラルボムに橋本が敗れた。 13年11月19日、ドラディションの後楽園ホール大会でAKIRAと対戦。10分29秒、グローイングアップにフォール負け。 14年5月11日、ドラディションの後楽園ホール大会でベアー福田と対戦。7分32秒、ダイビングセントーン2連発からのセントーンで勝利。10月10日、新宿FACEでのAKIRAのデビュー30周年記念興行でAKIRAと対戦し、首固めにフォール負け。11月19日、ドラディションの後楽園ホール大会で小川良成と対戦。7分11秒、ダイビングセントーンを決めてフォールをしようとしたところで首固めに丸め込まれてフォール負け。 15年1月4日、新日本プロレスの東京ドーム大会の第0試合の時間差バトルロイヤルに出場。1月11日、W−1の後楽園ホール大会で武藤敬司と組んでAKIRA、征矢学組と対戦。13分54秒、征矢のサソリ固めに武藤が敗れた。10月1日、ドラディションの後楽園ホール大会でベアー福田、浜亮太と3WAYマッチで対戦。5分2秒、浜がオオキドプレスで福田に勝利。 16年1月4日、新日本プロレスの東京ドーム大会での時間差バトルロイヤルに出場。3月13日、花鳥風月の東京・スターライズタワー大会で西村と組んで鈴木秀樹、GENTARO組と対戦。16分4秒、西村が足4の字固めでGENTAROに勝利。4月17日、花鳥風月の東京・スターライズタワー大会で西村、ドリー・ファンク・ジュニアと組んで服部健太、ジョシュ・オブライエン、山本裕次郎組と対戦。17分4秒、ドリーがスピニングトーホールドでジョシュに勝利。7月4日、ドラディションの後楽園ホール大会で藤原喜明と組んで藤波、秋山組と対戦。7分46秒、秋山のエクスプロイダーに斉藤が敗れた。 17年1月4日、新日本プロレスの東京ドーム大会で14人参加のニュージャパンランボー(時間差バトルロイヤル)に出場。1月5日、後楽園ホール大会でスコット・ノートン、天山、小島、チーズバーガーと組んでケニー・オメガファレタマ・トンガタンガ・ロアボーン・ソルジャー組と対戦。9分57秒、小島がラリアットでボーン・ソルジャーに勝利。3月12日、全日本プロレスの後楽園ホール大会で世界ジュニア歴代王者が登場したスペシャル6人タッグマッチで青木篤志佐藤光留と組んで渕正信田中稔、高尾組と対戦。14分3秒、佐藤が捕獲式腕ひしぎ十字固めで渕に勝利。8月27日、全日本プロレスの両国国技館大会でドリー・ファンク・ジュニアと組んで渕、カブキ組と対戦。10分16秒、ドリーがスピニングトーホールドで渕に勝利。9月27日、東京愚連隊の新宿FACE大会でケンドー・カシン、征矢学と組んで百田光雄バラモンシュウバラモンケイ組と対戦。8分30秒、斉藤がセントーンでシュウに勝利。10月27日、ドラディションの後楽園ホール大会で長井と組んで藤原、越中組と対戦。11分45秒、越中のミサイルヒップアタックに斉藤が敗れた。10月29日、ドラディションの大阪南港ATCホール大会で長井と組んで冨宅、藤原組と対戦。16分29秒、斉藤がダイビングセントーンで冨宅に勝利。 18年2月16日、後楽園ホールでのプロレスリング・マスターズのメインで蝶野をセコンドに天山、AKIRA、スーパーJと組んで藤波、長州、ライガー、武藤組と対戦。15分10秒、天山がアナコンダバイスでライガーに勝利。4月10日、新宿FACEでの新日本プロレスの若手主体興行「ライオンズゲート」で外道と組んで4代目タイガーマスク八木哲大組と対戦。14分59秒、外道が外道クラッチで八木にフォール勝ち。4月20日、ドラディションの後楽園ホール大会でザ・コブラと組んでブラックタイガー、KENSO組と対戦。13分2秒、斉藤がダイビングセントーンでブラックタイガーに勝利。4月21日、ドラディションの大阪南港ATCホール大会でボブ・バックランド、藤原と組んで藤波、長州、船木誠勝組と対戦。13分40秒、藤波のドラゴンスリーパーに斉藤が敗れた。5月15日、新宿FACEでの新日本プロレスの「ライオンズゲート」で天山と組んで田口成田組と対戦。12分13秒、天山がアナコンダバイスで成田に勝利。7月22日、ドラゴンゲートの神戸ワールド記念ホール大会で藤波、望月と組んで藤原、フジイ、富永組と対戦。14分34秒、藤波がドラゴンスリーパーで富永に勝利。9月28日、仙台サンプラザホールで行われたみちのくプロレス主催の「昭和プロレスフェスタin仙台」で長州、人生と組んで藤波、東郷、GAINA組と対戦。9分51秒、人生が極楽固めでGAINAに勝利。 19年8月30日、プロレスリング・マスターズの後楽園ホール大会で蝶野をセコンドに天山、小島、ノートンと組んで越中、AKIRA、青柳政司齋藤彰俊(セコンドはカブキ)組と対戦。11分6秒、青柳の横入り式エビ固めに斉藤がフォール負け。10月25日、ドラディションの後楽園ホール大会でデビュー40周年記念試合。武藤敬司、天山広吉と組んで藤波辰爾、ライガー、越中詩郎組と対戦。16分55秒、斉藤がセントーンで藤波に勝利。10月27日、ドラディションの大阪・ATCホール大会でもデビュー40周年記念試合。ライガー、越中詩郎と組んで藤波辰爾、藤原喜明、LEONA組と対戦。12分55秒、斉藤がセントーンでLEONAに勝利。
蝶野「そういえばヒロさんって後輩をイジメたりまったくしないですね。イジメられて困ってるヤツの相談にのってやったり。俺らくらいの世代の相談役でしたよね」
ヒロ「自分が散々、いじめられたからね。同じことやるのはイヤでしょ」
蝶野「面倒見がいいですよね。駆け出しの頃って「コイツ本当にやる気あるのか?」って周りから見たら思うような選手、上からみたらほっておかれるような選手が困ってる時期をちゃんとケアしてますよね。天山たちの世代もみんなそうでしょ。悩んでる時期に話を聞いてあげたり」
ヒロ「天山の話は聞いたね」
蝶野「全然アイツ、そういうこと忘れてますよ(笑)」
(週刊プロレスNO.1446「蝶野王国」より)
「突然の脳梗塞・・・プロレスの極意とは」
(スポーツ報知【ヒロ斎藤40周年ヒストリー】(26)2019年10月26日12:09配信より)
 2006年に新日本プロレスを退団したヒロ。藤波の「ドラディション」に所属しながら様々な団体に参戦していた2017年、脳梗塞に見舞われた。56歳だった。
 「家で朝起きて、ウチのヤツと話をした時に“あなた、ろれつが回ってないよ”って言われたんです。その時は、もともと自分は、そういうところがあったので女房に言われても“そんなのいつものことだよ”って気にしなかったんです。それで外出したんですが、何かウチのにそう言われたことが頭の隅っこにはあって、外出先で今度は“あれ?ヒロさん、酔っ払っているんですか?”って言われて、これは、おかしいかなって思って医者へ行ったらすぐに入院になりました」
 診断は、脳梗塞。何の前兆も頭痛もまったくなかった。だからこそ、思わぬ結果に驚いたという。
 「カテーテルで手術をしまして、2週間ほど入院して、それからリハビリをしました。おかしいな?と思ってすぐに病院に行ったことが良かったです。幸い再発もありませんで、病院も最近までは毎月、通っていましたが今は3か月に1回ぐらいになりました。ただ、薬は毎日、飲んでいます。脳梗塞にはなりましたが、おかげさまで他の内臓は大丈夫で今のところ健康です」


 グーグル検索 レスラーノート検索

ダークロHP