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85年5月、新日本プロレスに入門。山口・豊浦町マリンピアくろいサンシャインビーチ特設リングにおける野上彰戦でデビュー。89年6月、馳と共にソ連へサンボ留学。その年の全日本サンボ選手権にも出場し、上位入賞。同年7月に、長州と組みIWGPタッグ王者となる。同年暮れに、新日本プロレスのソ連初遠征に参加。91年5月、ドイツ遠征に出発。英国へ転戦後、92年3月に凱旋帰国。93年9月より野上とJ・J・JACKSを結成。
95年11月25日、UWFインターの両国国技館大会で金原弘光と対戦。5分45秒、ヒザ十字固めで勝利。
96年3月にJ・J・JACKS解散。6月、山崎と組みIWGPタッグ王座を獲得。11月に馳が離脱してからは、新人育成コーチ役としても活動。98年1月東京ドーム大会では長州の引退試合の対戦相手を務め勝利。00年1月の東京ドームにおけるUFOとのタッグ対決では、村上を撃破し実力を発揮した。4月の東京ドーム大会では村上との一騎打ちにも勝利。7月に健介のIWGP王座に初挑戦。G1では藤波を破り、永田とAブロック代表を争った。同年11月、永田と組んで第2回G1タッグに優勝。12月14日、大阪府立体育会館 大会で永田と組んで全日本プロレスの川田、渕組と対戦。30分時間切れ引き分けに終わった。12月31日「猪木祭り」に永田と組んでマーク・コールマン、マーク・ケアーと対戦。12分29秒、コールマンの袈裟固めに永田がギブアップ負け。01年6月、武道館での長井戦でミドルキックと膝蹴りを浴びてTKO負けし、試合後に昏倒。精密検査で「異常なし」という結果だったが、ダメージが大きく長期欠場。02年10月に後楽園ホールでの「無我」大会で復帰。メインイベントで西村修と対戦し、24分14秒、グランドコブラツイストに敗れた。03年5月2日の東京ドーム大会ではケン・シャムロックと対戦し、11分44秒、アンクルホールドに敗れた。8月31日、パンクラスの両国大会に出場し、キャッチレスリングルールで鈴木みのると対戦。この約14年半ぶりとなる対戦で、2R判定3−0で敗れた。04年1月4日の東京ドーム大会でジョシュ・バーネットと組んで村上和成、柴田勝頼組と対戦。16分04秒、バーネットのキャプチュード・バスターで勝利した。この試合後に長期欠場。7月6日、後楽園ホール大会の復帰戦でエル・サムライと対戦。10分33秒、キド・クラッチに敗退。05年〜07年には選手会長として活躍。05年1月4日の東京ドーム大会で鈴木みのると対戦し、9分45秒、スリーパーホールドに敗れた。08年3月9日の愛知大会で、真壁らのGBHに袋叩きにあっていた天山を救出。以後、天山とタッグを組んでGBHと抗争。4月27日、大阪府立体育会館大会で天山と組んでIWGPタッグ王者の真壁、矢野組に挑戦。大流血に追いこまれた天山のタッチを、飯塚はリングを降りて拒否。天山に対してスリーパーホールドを決めて、最後は真壁のダイビングニードロップで真壁組の勝利。試合後はGBH勢と共に天山をイス攻撃。GBHに加入した。5月2日、後楽園ホール大会で天山と対戦。GBHのTシャツを着て、頭を丸坊主にし、なぜか片腕を三角巾で吊って入場。リングに上げられストンピングをくらうが、すぐにGBHのセコンド陣が乱入。レフリーも襲われて、2分9秒、ノーコンテストに終わった。その後も金属製の凶器「アイアン・フィンガー・フロム・ヘル」を武器にヒールとしてGBHで活躍。7月8日、後楽園ホール大会で天山を相手にランバージャック・デスマッチで決着戦。セコンドのGBHの攻撃で優位に立ったが、アイアン・フィンガー・フロム・ヘルを奪われて反撃される。スリーパーホールドはロープに逃げられ、場外のテーブルに向かってTTDをくらい、リングでもTTDをくらって、23分15秒、最後はアナコンダバイスに敗れた。10月13日、両国国技館大会で、天山とチェーンデスマッチで対戦。GBHの介入で優位に進め、21分24秒、チェーンで首を絞めてレフリーストップ勝ち。12月6日、愛知県体育館大会で井上亘と対戦。11分39秒、アイアンフィンガー・フロムヘルでの地獄突きで勝利。09年2月28日、後楽園ホール大会でAKIRAと対戦。12分38秒、スリーパーホールドでレフリーストップ勝ち。3月8日、愛知県体育館大会でのNEW JAPAN CUP1回戦で本間と対戦。10分53秒、地獄突きで勝利。3月15日、後楽園ホールでの2回戦で永田と対戦。反則攻撃を続け、終盤にはGBHが乱入。アイアン・フィンガー・フロム・ヘルによる地獄突きを決め、最後は14分49秒、レフリー暴行により反則負け。3月29日、沖縄大会の試合後に永田を襲撃。チェーンで額から流血させ、首を絞めて失神させて担架送りにした。4月5日、両国国技館大会で永田とチェーンデスマッチで対戦。両者流血の激闘となり、アイアン・フィンガー・フロム・ヘルでの地獄突きからチェーンで首を絞めて、21分58秒にレフリーストップ勝ち。5月3日、福岡国際センター 大会で永田とドッグカラー・チェーンデスマッチ(首輪でつながったチェーンデスマッチ)で対戦。両者流血の大熱戦を展開し、20分7秒、KO負け。7月20日、月寒アルファコートドーム大会で天山を相手にチェーンデスマッチで対戦。15分34秒、チェーンで首を絞められてKO負け。8月からG1に出場。G1でも反則攻撃を続け、反則負けをくりかえした。8月15日、リーグ戦の最終戦で永田と対戦。反則攻撃に永田が暴走し、7分53秒 レフェリーへの暴行で反則勝ち。その結果、1勝5敗でリーグ戦を終えた。
11月8日、両国国技館大会で真壁を相手にチェーンデスマッチで対戦。16分55秒、トップロープからのニードロップをくらってKO負け。12月5日、愛知県体育館大会で真壁を相手にチェーンデスマッチで対戦。コーナーに逆さ吊りにされて場外から首をチェーンでグルグル巻きにして絞めあげられ、15分7秒、レフリーストップ負け。
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