ダークロHP / レスラーノート

中西学

1967年1月22日
京都府京都市出身
186cm 120〜125kg 血液型A型
タイトル歴:IWGPヘビー IWGPタッグ NWAインターコンチネンタルタッグ NEVER6人タッグ
得意技:アルゼンチン・バックブリーカー ジャーマンスープレックス マッケンロー(01年のG1用に開発。ヒザ裏への腕パンチ) ヘラクレスカッター

通称「野人」。実家は茶農家。高校時代よりアマレスで活躍。専修大学ではフリースタイル100キロ級で全日本選手権3連覇を達成。卒業後、一時、和歌山県の教育庁に勤めた後、91年4月に新日本プロレスのアマレス部門「闘魂クラブ」に入団。92年のバルセロナ五輪に出場(フリー100キロ級2回戦敗退)後、同年8月に新日本プロレス入門。10月13日、大阪府東大阪市立中央体育館のS・S・マシーンノートン戦(パートナーは藤波)でデビュー。7分33秒、ノートンのパワースラムにフォール負け。95年1月4日、東京ドーム大会で天山の凱旋帰国試合の相手として対戦。7分41秒、マウンテンボムに敗れた。3月の第6回ヤングライオン杯で永田を破り優勝。6月に米国武者修行へ出発。7月からWCWマットに参戦し、クロサワの名で活躍。 96年9月に帰国。 97年5月、小島と組みIWGPタッグ王座に君臨。 99年1月4日、東京ドーム大会で藤田和之と対戦。11分10秒、アルゼンチンバックブリーカーで勝利。8月にG1に参戦し、リーグ戦を首位で通過。8月15日、優勝決定戦で武藤敬司と対戦。試合終盤に水車落とし、ジャーマンスープレックスでたたみかけるが、フランケンシュタイナーから足四の字固めをくらってしまい大ピンチ。なんとかロープブレイクし、最後は14分43秒、アルゼンチンバックブリーカーでかつぎ上げて勝利。G1に優勝した。8月28日、神宮球場大会で永田と組んでIWGPタッグ王座を獲得。 00年3月、格闘集団「G−EGGS」の一員となる。8月のG1では準優勝に終わり2連覇を逃した。関西弁、足を踏み鳴らす野人ダンス、「ホーッ!」のかけ声などで野人キャラを確立。 01年1月に女優の近藤典子と結婚(05年に離婚)。7月20日の札幌ドームではPRIDE戦士のゲーリー・グッドリッジと対決し敗退。9月16日、名古屋でのリベンジ戦で勝利。 02年1月4日、東京ドーム大会でジャイアント・シルバと対戦。6分49秒、リングアウト勝ち。5月2日、東京ドーム大会でバス・ルッテンと対戦。試合開始早々に掌打をくらってダウン。カウント9で起きあがり、その後はパワー殺法で見応えある攻防を展開。6分、三角絞めに敗れた。10月14日の東京ドーム大会でボブ・サップと対戦。アルゼンチンバックブリーカーで担ぎ上げるなどパワーで真っ向勝負を挑んだ。サップのミサイルキックで吹っ飛び、6分26秒、リングアウト負けに終わったが、ド迫力ファイトが話題となった。 03年3月9日、名古屋レインボーホール大会のメインで永田のIWGP王座に挑戦。60分時間切れ引き分けに終わった。6月29日、K−1ジャパンのさいたまスーパーアリーナ大会で、TOAとK−1ルールで対戦。1R1分28秒、右フックでKO負けした。 04年1月4日、東京ドーム大会で天龍源一郎と対戦。10分20秒、フィッシャーマンズスープレックスで勝利。 06年1月4日、東京ドーム大会でジャイアント・バーナードと対戦。9分53秒、コーナープレスに敗れた。6月24日、ZERO−ONE MAXのディファ有明大会で、大森隆男と組んで、NWAインターコンチネンタルタッグ王者の佐藤耕平崔領二組に挑戦。中西のマッケンローによるアシストを受けた大森がアックスボンバー。この合体技「ワシントン条約」で崔を倒し、王座を獲得。7月17日、月寒ドーム大会で真壁越中組に勝利してIWGPタッグ王座を獲得。タッグ2冠王になった。8月25日、後楽園ホール大会で大谷田中組を相手にNWAインターコンチネンタルタッグの防衛戦。14分53秒、ワシントン条約で勝利して防衛に成功。11月24日、ZERO−ONE MAXの後楽園ホール大会で安田忠夫、佐藤耕平組とNWAタッグ王座の防衛戦。16分4秒、ワシントン条約で佐藤に勝利。この時期にはテレビ番組「さんまのSUPERからくりTV」に出演し、視聴者からの悩み相談を解決するコーナーで迷演技を繰り広げた。06年12月17日放送の回では、キャンピングカーを引っぱりながらの50メートル走でギネス記録を破るなど、体を張って活躍。12月10日、愛知県体育館大会で真壁、越中組を相手にIWGPタッグ王座の初防衛戦。凶器攻撃に苦戦したが、合体技のワシントン条約が炸裂。最後は中西がヘラクレスカッターで越中に勝利。大森が「新日本の中で一番頼もしい選手」と称えれば、中西も「普段は紳士だけど、リングでは野獣に変わる」と応えた。 07年3月8日、ZERO−ONE MAXの後楽園ホール大会で、高山、佐藤耕平組とNWAインターコンチネンタルタッグ王座の防衛戦。19分23秒、佐藤のジャーマンスープレックスホールドに大森がフォールを奪われ王座陥落。3月11日、新日本プロレスの愛知県体育館大会でジャイアント・バーナード、トラヴィス・トムコ組とIWGPタッグ王座の防衛戦。16分40秒、合体パワーボムで中西がフォールを奪われ王座陥落。ワイルドチャイルドは無冠となった。7月29日、新日本プロレス「LOCK UP」の後楽園ホール大会で関本大介と対戦。11分29秒、ヘラクレスカッターで勝利。8月5日から始まったG1クライマックスに参戦。開幕戦の大阪府立体育会館大会で越中と対戦。10分30秒、ジャーマンスープレックスに敗れた。8月6日、ツインメッセ静岡大会で中邑真輔と対戦。12分38秒、腕ひしぎ逆十字固めに敗れた。8月8日、横浜文化体育館大会で矢野と対戦。10分41秒、黒霧島にフォール負け。8月10日、愛知県体育館大会で棚橋弘至と対戦。12分13秒、マナバウアーで勝利。8月11日、両国国技館大会でミラノコレクションA.T.と対戦。5分29秒、ジャーマンスープレックスで勝利。リーグ戦は2勝3敗に終わった。10月18日から始まったG1タッグリーグに永田と組んで参戦。3勝4敗でリーグ戦を終えた。 08年1月1日、ZERO−ONE MAXの後楽園ホール大会で大森と久しぶりに組んで崔、佐々木義人組と対戦。大森のキック誤爆をきっかけに険悪なムードとなり、中西が大森をジャーマンスープレックスで投げて、義人がラリアットでフォール勝ちして試合終了。正月早々、ワイルドチャイルドが仲間割れした。1月4日、新日本プロレスの東京ドーム大会でアビスと対戦。花道で画鋲をまかれ、ボディスラムでたたきつけられそうになったが、逆にフェイスクラッシャーで切りかえした。アルゼンチン・バックブリーカーはすぐに逃げられたが、6分、この試合のために編みだした「大☆中西ジャーマン」(相手をロープに押しつけてその反動を使ってのジャーマン、さらにジャーマンスープレックスでとどめをさす)で完勝。3月2日、ZERO−ONE MAXの後楽園ホール大会で大森とシングルで対戦。17分50秒、アックスボンバーに敗れた。その後、ZERO−ONE MAXの北海道シリーズ参戦が決定し、3月7日には「(3月2日は)不覚やったね。大森のアックスボンバーはマジで効いたわ。キツイ一発やったよ。まぁ、話は変わりますけど、もうじき春ですわ。草木も芽を出し、動物も冬眠から覚める頃。となれば、野人も冬眠から覚めないとイカンでしょ。あの敗北は確かに不覚だったよ。その不覚を糧にして、野人大復活&大爆発in北海道を敢行しますよ。覚悟しとけよ、ゼロワン!」というコメントを残した。3月25日、ZERO−ONE MAXの旭川地場産業振興センター大会で高岩竜一と対戦。9分26秒、アルゼンチンバックブリーカーで勝利。3月29日、ZERO−ONE MAXの札幌テイセンホール大会で大森隆男と再戦。12分51秒、ジャーマンスープレックスで勝利した。4月6日、ZERO−ONE MAXのJCBホール大会のメインで田中将斗の世界ヘビー級王座に挑戦。バルコニーから机上ダイビングボディプレスをくらうがパワーファイトで応戦。アルゼンチンバックブリーカーからヘラクレスカッターをはなったが、技の途中でレフリーにぶつかってダウンさせてしまったためフォールが取れなかった。最後は24分12秒、正面、後頭部、ショートレンジとスライディングDの連打を浴びて敗れた。5月5日、後楽園ホールでの蝶野プロデュース興行「PREMIUM」で吉江豊と対戦。大型パワーファイター同士の肉弾戦を展開。試合終盤に160キロの吉江をアルゼンチンバックブリーカーで担いでからヘラクレスカッターを決めて、最後は24分30秒、ラリアットからのジャーマンスープレックス2連発で勝利。5月10日、ZERO1−MAXの大阪府立体育会館第2競技場大会で大谷晋二郎と対戦。18分25秒、ヘラクレスカッターで勝利。6月10日、後楽園ホールでの「武藤祭」に登場。「武藤敬司コンテスト」の終了直後にハゲヅラとつけヒゲの武藤をまねた外見で登場し、武藤の持つIWGP王座挑戦をアピール。6月15日、後楽園ホール大会でのIWGP王座挑戦者決定戦で後藤洋央紀と対戦。11分41秒、大☆中西ジャーマンで勝利。6月22日、新日本プロレスの岐阜産業会館大会で大森と対戦。15分12秒、ヘラクレスカッターで勝利。6月28日、全日本プロレスの大阪府立体育会館大会で荒谷望誉と対戦。5分26秒、ヘラクレスカッターで勝利。7月6日、後楽園ホール大会で、IWGP挑戦権奪取をアピールしていた真壁と対戦。大流血に追いこまれたが、13分28秒、大☆中西ジャーマンで勝利。初のIWGP王座戴冠に向けて機運が高まる。7月21日、月寒アルファコートドーム大会で武藤のIWGP王座に挑戦。23分50秒、ムーンサルトプレスに敗れた。武藤は試合後のバックステージで「中西学、改めて今日やってみて、プロレスのことはなんとなくおぼろげに分かりかけてるんだけど、あいつと試合やった後も、あいつがまだなぜ無冠なのか、おれまだ分からんな。やった後でも分かんねえわ。不思議でしょうがねえ」と語った。7月27日から始まったZERO−ONE MAXの火祭りに参戦。開幕戦の後楽園ホール大会で田中将斗と対戦。アルゼンチンバックブリーカーで担ぎながら客席通路を歩くなどの野人ファイトを全開させたが、30分時間切れ引き分け。7月29日、福井市体育館大会で崔領二と対戦。14分53秒、大☆中西ジャーマンで勝利。7月31日、大阪府立体育会館・第2競技場大会で大森隆男と対戦。17分24秒、アックスボンバーに敗れた。8月2日、可児市スリーフロントパーク大会で関本大介と対戦。16分55秒、大☆中西ジャーマンで勝利。2勝1敗1引き分けでリーグ戦を終了。8月3日、後楽園ホール大会で同点で並んだ大森、田中と決勝進出をかけて3WAYマッチで対戦。パワーボムで大森をフォールしようとしたが、田中のスライディングDをくらってダウン。7分24秒、直後に田中が大森にスライディングDを決めてフォール勝ち。決勝進出に失敗した。8月9日からG1クライマックスに出場。3勝3敗でリーグ戦を終えて、決勝進出を逃した。10月から吉江と組んで新日本プロレスのG1タッグリーグ戦に出場。Bブロックを2位で通過し、11月5日の後楽園ホールでの決勝トーナメント準決勝で小島、天山組と対戦。19分45秒、小島のラリアットに中西がフォール負け。12月6日、愛知県体育館大会で吉江と組んでIWGPタッグ王者の真壁、矢野組に挑戦。21分11秒、真壁のトップロープからのニードロップに吉江がフォール負け。 09年1月1日、ZERO1の後楽園ホール大会で佐藤耕平と対戦。14分56秒、大☆中西ジャーマンで勝利。1月4日、東京ドーム大会でノアの秋山準と対戦。10分27秒、リストクラッチ式エクスプロイダーに敗れた。3月8日、愛知県体育館大会でのNEW JAPAN CUP1回戦で吉江と対戦。20分29秒、ダイビングボディプレスに敗れた。3月15日、後楽園ホール大会に来場した休業中の大森とリング上で握手。4月5日、両国国技館大会で大森と組んでバーナード、アンダーソン組と対戦。ワシントン条約を決めたが、最後は15分50秒、アンダーソンのガン・スタンに大森がフォール負け。4月22日、大阪府立体育会館・第二競技場大会で後藤洋央紀と対戦。14分38秒、変型腕固めに敗れた。5月3日、福岡国際センター大会で大森と組んで長州、蝶野組と対戦。12分7秒、中西のアルゼンチンバックブリーカーで長州に勝利。5月6日、後楽園ホール大会で棚橋弘至のIWGP王座に挑戦。21分42秒、ジャーマンスープレックスホールドで勝利してIWGPヘビー級王座を獲得。デビュー17年目にして悲願の王座奪取となった。6月20日、大阪府立体育会館大会で棚橋を相手に防衛戦。31分18秒、ハイフライフローに敗れ、初防衛戦で王座転落となってしまった。7月5日、後楽園ホール大会で大森と組んでバーナード、アンダーソン組と対戦。7分3秒、中西が大☆中西ジャーマンでアンダーソンにフォール勝ち。8月からG1に出場。前IWGP王者として臨んだG1だったが大きな活躍はなく、3勝3敗でリーグ戦敗退。10月12日、両国国技館での蝶野の25周年特別興行のメインで秋山、小島と組んで、武藤、小橋、蝶野組と対戦。他の選手がガウンを着ている中、タイツ一枚で入場。小橋をアルゼンチンバックブリーカーでかつぐなど、パワーファイトで異彩を放った。蝶野のシャイニングケンカキック、武藤のシャイニングウィザード、小橋のラリアット、武藤のシャイニングウィザードを連続でくらい、最後は23分59秒、蝶野のシャイニングケンカキックにフォール負け。 10年2月2日、新日本プロレス道場で坂口征二と柔道着姿で公開練習を行い、ボマイェ封じの「荒鷲つかみ」を完成。2月14日、両国国技館大会で中邑真輔のIWGP王座に挑戦。ボマイェを荒鷲つかみで封じて、ヘラクレスカッター、大☆中西ダルマ式ジャーマン、マナバウアー(アルゼンチン・バックブリーカーからのジャーマン)などパワーファイトで圧倒。しかし、終盤にボマイェを荒鷲つかみで返したところに左のボマイェをくらってしまい、18分2秒、最後は右のボマイェに敗れた。8月からG1に参戦。8月6日、開幕戦の後楽園ホール大会で矢野と対戦し、7分30秒、大☆中西ジャーマンで勝利。8月8日、愛知県体育館大会でカール・アンダーソンと対戦し、7分29秒、大☆中西ジャーマンで勝利。8月10日、横浜文化体育館大会で棚橋と対戦。コーナー最上段からの雪崩式ブレーンバスター、プランチャ、ミサイルキックなど大迫力のファイトで圧倒したが、15分1秒、ハイフライフロー2連発に敗れた。8月12日、仙台サンプラザホール大会でプリンス・デヴィットと対戦し、9分23秒、ジャーマンスープレックスで勝利。8月13日、後楽園ホール大会でストロングマンと対戦し、8分41秒、ヘラクレスカッターで勝利。8月14日、両国国技館大会で真壁と対戦し、10分52秒、ダイビング・ニードロップに敗れた。8月15日、両国国技館での最終戦で内藤哲也と対戦し、10分52秒、前方回転エビ固めに敗れ、リーグ戦に惜しくも敗退した。10月にストロングマンと組んでG1タッグリーグ戦に出場し、Aブロックを2位で通過。11月7日、後楽園ホール大会での準決勝で内藤、高橋組と対戦。11分54秒、高橋の急所攻撃からのジャーマンスープレックスにストロングマンがフォール負け。優勝はできなかったが、ストロングマンとのタッグはマッスルオーケストラと呼ばれ、10年度のプロレス大賞で最優秀タッグ賞を獲得した。 11年1月4日、東京ドーム大会でストロングマンと組んでタッグ王者のバーナード、アンダーソン組、ビアマネーインクを相手に3WAYでの王座戦。8分36秒、アンダーソンがガンスタンでルードに勝利したため王座獲得に失敗。2月6日、岐阜産業会館大会でバーナードと対戦。9分10秒、ジャーマンスープレックスで勝利。2月15日、後楽園ホール大会でアンダーソンと対戦。10分27秒、ガン・スタンに敗れた。2月20日、仙台サンプラザホール大会でストロングマンと組んでバーナード、アンダーソン組のタッグ王座に挑戦。18分28秒、バーナードのバーナードライバーにストロングマンが敗れた。3月6日、後楽園ホール大会でのNEW JAPAN CUP1回戦で高橋と対戦し、9分50秒、ジャーマンスープレックスで勝利。3月19日、愛知県体育館大会でのトーナメント2回戦で中邑と対戦。8分49秒、ボマイェに敗れた。5月15日、全日本プロレスの後楽園ホール大会のメインで永田と組んで諏訪魔船木誠勝組と対戦。22分42秒、諏訪魔のバックドロップホールドに中西が敗れた。6月4日、京都KBSホール大会で本間、後藤洋央紀と組んで井上亘、天山、棚橋組と対戦。11分41秒、井上のジャーマンスープレックスをくらって動かなくなり、レフリーストップ負け。意識はあったものの、手足が麻痺していたため、首を器具で固定されて病院に搬送された。中心性脊髄損傷と診断されて、長期欠場。10月7日に手術。12月24日、後楽園ホール大会に来場し、リング上で挨拶。「中西学が帰ってくるところは、リングしかありませんから」と復帰を目指すことを宣言した。 12年10月8日、両国国技館大会で復帰戦。永田、ストロングマンと組んで矢野、石井飯塚組と対戦。11分29秒、矢野の裏霞に中西がフォール負け。11月20日から始まった「WORLD TAG LEAGUE」にストロングマンと組んで出場。2勝4敗でリーグ戦を終了した。 13年3月11日、後楽園ホール大会でのNEW JAPAN CUP1回戦で矢野と対戦。6分18秒、急所攻撃からの丸めこみにフォール負け。3月17日、ベイコム総合体育館大会で永田と組んで桜庭柴田組と対戦。11分13秒、桜庭の三角締めに中西が敗れた。5月3日、福岡国際センター大会でストロングマンと組んで王者のスミス・ジュニアアーチャー組、天山、小島組、矢野、飯塚組を相手に4WAYでの王座戦。10分40秒、小島のラリアットにストロングマンが敗れた。6月22日、大阪府立体育会館大会でロブ・コンウェイのNWA世界ヘビー級王座に挑戦。8分32秒、エゴ・トリップに敗れた。9月22日、Wー1の石川産業展示館3号館大会で大和ヒロシと対戦。8分15秒、アルゼンチンバックブリーカーで勝利。9月29日、神戸ワールド記念ホール大会で永田と組んで桜庭、柴田組と対戦。10分49秒、桜庭の腕ひしぎ逆十字固めを永田が押さえこんだが、片エビ固めに切り返されてフォール負け。10月6日、Wー1の後楽園ホール大会でカズ・ハヤシと対戦。7分2秒、アルゼンチンバックブリーカーで勝利。11月23日から始まった新日本プロレスの「WORLD TAG LEAGUE」にストロングマンと組んで参戦。2勝4敗でリーグ戦を終えた。 14年9月23日、コンベックス岡山大会で永田と組んで天山、小島組のNWA世界タッグ王座に挑戦。15分8秒、小島のラリアットに永田が敗れた。11月22日から始まった「WORLD TAG LEAGUE」に永田と組んで参戦。3勝4敗に終わった。 15年7月18日、ノアの後楽園ホール大会でクワイエット・ストームと対戦。5分15秒、アルゼンチンバックブリーカーで勝利。7月19日、ノアの月岡ニューホテル冠月ホール大会で北宮光洋と対戦。5分10秒、アルゼンチンバックブリーカーで勝利。7月22日、ノアの熊本市流通情報会館大会で平柳玄藩と対戦。5分2秒、アルゼンチンバックブリーカーで勝利。7月25日、ノアの佐世保市総合グラウンド体育館大会で北宮と対戦。4分55秒、アルゼンチンバックブリーカーで勝利。7月30日、ノアの岡山卸センター展示場オレンジホール大会でクワイエット・ストームと対戦。4分40秒、アルゼンチンバックブリーカーで勝利。11月21日から始まった「WORLD TAG LEAGUE」に永田と組んで参戦。リーグ戦は2勝4敗に終わった。 16年2月25日、新宿FACEで行われた若手主体興行「ライオンズゲート」でクワイエット・ストームと対戦。7分47秒、アルゼンチンバックブリーカーで勝利。11月18日から始まった「WORLD TAG LEAGUE」にヘナーレと組んで参戦。7戦全敗に終わった。12月17日、後楽園ホール大会で永田と対戦。13分33秒、エクスプロイダーに敗れた。 17年1月3日、ディファ有明で行われた新日本プロレス主催のイベント「大プロレス祭」でヘナーレと対戦。6分48秒、ヘラクレスカッターで勝利。1月5日、後楽園ホール大会のメインで棚橋、田口と組んでSANADAEVILBUSHI組の6人タッグ王座に挑戦。13分24秒、中西がヘラクレスカッターでBUSHIに勝利。NEVER6人タッグ王座を獲得した。2月11日、大阪府立体育会館大会でSANADA、EVIL、BUSHI組を相手に6人タッグ王座の防衛戦。12分15秒、SANADAのSkull Endに中西が敗れて王座転落。3月6日、大田区総合体育館大会で岡倫之と対戦。7分11秒、アルゼンチンバックブリーカーで勝利。6月15日、新宿FACEでの「ライオンズゲート」で北村克哉と対戦。6分54秒、アルゼンチンバックブリーカーで勝利。10月12日、新宿FACEで行われた若手主体興行「ライオンズゲート」で吉野コータローと対戦。7分32秒、アルゼンチンバックブリーカーで勝利。10月21日、東金アリーナで行われた永田の25周年記念大会のメインで「永田裕志・中西学デビュー25周年記念試合」として永田と対戦。17分47秒、エクスプロイダーに敗れた。11月18日から始まった「WORLD TAG LEAGUE」に永田と組んで参戦。2勝5敗でリーグ戦を終えた。 18年2月6日、後楽園ホール大会で北村克哉と対戦。7分18秒、アルゼンチンバックブリーカーで勝利。3月25日、全日本プロレスのさいたまスーパーアリーナ大会で大森と組んで秋山、永田組のアジアタッグ王座に挑戦。15分46秒、秋山のリストクラッチ式エクスプロイダーに大森が敗れた。4月13日、後楽園ホール大会で岡と対戦。8分9秒、アルゼンチンバックブリーカーで勝利。5月15日、新宿FACEでの「ライオンズゲート」で岡と対戦。9分4秒、アルゼンチンバックブリーカーで勝利。11月17日から始まったワールドタッグリーグに永田と組んで参戦。3勝10敗に終わった。 19年3月8日、後楽園ホール大会での「NEW JAPAN CUP」1回戦でYOSHI−HASHIと対戦。12分26秒、バタフライロックに敗れた。11月16日から始まったWORLD TAG LEAGUEに永田裕志と組んで参戦。2勝13敗に終わった。 20年1月7日、都内で会見を開き、2月22日の後楽園ホール大会で引退すると発表した。
クロサワ9番勝負・・・96年9月。WCWからの凱旋帰国時に開催。6勝3敗
第1戦○天山広吉 9分54秒 ジャーマンスープレックス 9月12日 宮城県スポーツセンター
第2戦○小島聡 10分56秒 アルゼンチンバックブリーカー 9月13日 長岡市厚生会館
第3戦○蝶野正洋 10分36秒 STFをロープブレイクしなかったため反則勝ち 9月14日 群馬県スポーツセンター
第4戦×パワー・ウォリアー 4分56秒 ラリアット 9月16日 愛知県体育館
第5戦○長州力 7分44秒 アルゼンチンバックブリーカー 9月17日 アイメッセ甲府
第6戦○リック・フレアー 8分48秒 アルゼンチンバックブリーカー 9月19日 岡山県体育館
第7戦○ヒュー・モリス 8分11秒 サソリ固め 9月20日 大阪府立体育館
第8戦×アニマル・ウォリアー 7分14秒 ダイビングラリアット 9月21日 後楽園ホール
第9戦×リック・スタイナー 8分 ラリアット 9月23日 横浜アリーナ


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