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ドン荒川

本名:荒川真
1945年3月6日
鹿児島出水市出身
170〜175cm 96〜100kg
タイトル歴:WWCカリビアン・タッグ
得意技:市役所固め(変型足4の字固め) カンチョウ攻撃 ローリング・キョンシー・アタック

中学時代から柔道に励み、学生時代はアマレスに熱中するが試合中にドロップキックを繰り出し失格となった珍妙な経歴の持ち主。 72年7月に新日本プロレスに入門。9月19日、新潟市体育館のリトル浜田戦でデビュー。ニックネームは「前座の力道山」。黒タイツ姿とコミカルな試合で人気を獲得、そのファイトスタイルは「ひょうきんプロレス」と呼ばれた。栗栖正伸との試合は「鹿児島選手権」と呼ばれ意地の張り合いに終始した。 79年8月26日、日本武道館での「夢のオールスター戦」で、国際プロレスのスネーク奄美と対戦。鹿児島県選手権といわれたこの試合で8分26秒、バックドロップからのヒップドロップで勝利した。同年にはプエルトリコに遠征。9月にケンゴ・アラカワ(ケンドー・キムラ説あり)のリングネームで木村健悟とWWCカリビアン・タッグ王座を獲得。 85年頃からリングネームをドン荒川に改名。ジュニア戦線にも顔を出した。85年8月1日、両国国技館でザ・コブラのNWA世界ジュニア王座に挑戦し、ザ・コブラのジャーマン・スープレックスホールドに敗退。 86年3月14日、鹿児島県体育館で越中のIWGPジュニア王座に挑戦して両者リングアウトで引き分けた。 89年3月に一度引退。 90年にSWSの旗揚げ戦で復帰。11月22日、浜松アリーナ大会で片山明と対戦。6分45秒、ワキ固めで勝利。12月7日、大阪府立体育館大会で大矢と対戦。10分28秒、ワキ固めで勝利。 91年1月6日、静岡産業館大会で鶴見五郎と対戦。7分15秒、サイドバスターに敗れた。2月5日、熊本市体育館大会で新倉史裕と対戦。5分50秒、首固めにフォール負け。2月7日、長崎国際体育館大会で畠中と対戦。6分38秒、腕ひしぎ逆十字固めで勝利。2月22日、後楽園ホール大会でアポロ菅原と対戦。7分12秒、急所攻撃で反則負け。3月7日、札幌中島体育センター大会で山中鉄也と対戦。4分33秒、腕ひしぎ逆十字固めで勝利。4月23日、上越リージョンプラザ大会で鶴見五郎と対戦。5分41秒、変型エビ固めにフォール負け。5月23日、後楽園ホール大会で大矢と対戦。9分11秒、エビ固めにフォール負け。6月10日、愛知県体育館大会で片山と対戦。8分54秒、腕ひしぎ逆十字固めで勝利。6月11日、大阪府立体育館大会でアポロ菅原と対戦。7分5秒、首固めでフォール勝ち。7月8日、八戸市体育館大会で山中と対戦。10分10秒、腕ひしぎ逆十字固めで勝利。8月5日、高崎中央体育館大会で山中と対戦。5分24秒、腕ひしぎ逆十字固めで勝利。8月9日、横浜アリーナ大会で畠中と対戦。10分29秒、脇固めで勝利。10月29日、福岡国際センター大会で川畑輝と対戦。5分51秒、成金固めで勝利。 92年3月14日、青森県営体育館大会で安良岡裕二と対戦。5分59秒、ジャーマンスープレックスで勝利。3月16日、秋田県立体育館大会でアポロ菅原と対戦。7分8秒、ラリアットに敗れた。3月18日、新潟市体育館大会で川畑と対戦。5分54秒、ジャーマンスープレックスで勝利。3月22日、後楽園ホール大会で畠中と対戦。5分46秒、脇固めで勝利。SWS崩壊後はメガネスーパーの社員となる。崩壊後もSWS所属として活躍。 93年12月5日、藤原組の後楽園ホール大会で14ヶ月ぶりに復帰戦。この日がデビュー戦だった池田大輔相手に、3分58秒、一本背負いからの腕ひしぎ逆十字固めで勝利。 95年4月2日、東京ドームでの「夢の懸け橋」で、カール・グレコと組んで藤原喜明石川雄規組と対戦。ゴットファーザーのテーマで入場した荒川は、カンチョウ攻撃、つば飛ばしなどひょうきんプロレスを全開。直立不動で倒れこむ頭突きの連続で藤原を攻めたてるが、最後はカール・グレコが石川の三角絞めに敗れた。 02年からZERO−ONEに登場。市役所固め、都庁固め、お年玉固め、金利固め、両国固めなどの奇妙な技を開発した。 長男は相撲取りとして02年3月に八角部屋に入門した。 03年2月2日、ディファ有明大会でスティーブ・コリノと対戦。カンチョー攻撃や飛行機投げからのエルボードロップなどで善戦したが、3分5秒、逆さ押さえ込みに敗れた。12月25日、藤原喜明と対戦。エアプレーンスピンで回したが、自らも目を回し、そのままダウン。10分、押さえこまれてフォール負け。 04年2月29日、ZERO−ONEの両国国技館大会で藤原喜明と組んで、栗栖組と対戦。栗栖への浣腸攻撃に夢中になっていた荒川だったが、15分46秒、渕の横入り式エビ固めにフォール負け。 05年12月29日、後楽園ホールで行われたビッグマウス・ラウドの第2弾興行に出場し、第1試合で木戸修と対戦。木戸のワキ固めはなんとか耐えぬいたが、4分31秒、丸め込みからの体固めで敗れた。その後もビッグマウス・ラウドの前座で活躍。ビッグマウス・ラウド崩壊後はUWAI STATIONに出場。 06年12月30日、UWAI STATIONの後楽園ホール大会でフジタ“Jr”ハヤトと対戦。61歳対19歳の対戦となった。5分20秒、変形アームロックで勝利。 07年5月2日に新日本プロレスの後楽園ホール大会に出場し、第1試合で平澤光秀と対戦。キックを連打した平沢に対し、首投げ、腕十字で対抗。目潰しやカンチョウ攻撃で相手をおちょくり、怒った相手をひらりとかわし、6分41秒、逆さ押さえ込みで勝利した。5月3日には同じく後楽園ホール大会で内藤哲也と対戦。6分35秒、サラ金固めで勝利した。 08年3月23日、ZERO−ONE MAXの靖国神社大会で菊タローと対戦。7分46秒、サラ金固めで勝利。12月18日、後楽園ホールでの「昭和プロレス」で小林邦昭タイガー戸口、木村健悟、ジャイアント小馬場、アントニオ小猪木と共にバトルロイヤルに出場(試合は アントニオ小猪木の勝利)。 09年9月21日、ZERO1の後楽園ホール大会で菊藤さん(菊タロー)と対戦。5分36秒、逆さ押さえこみで勝利。10月12日、両国国技館での蝶野の25周年特別興行のバトルロイヤルに出場。10月29日、ドラディションの広島産業会館西展示館第1展示場大会で男盛と対戦。10分37秒、逆さ押さえ込みでフォール勝ち。 17年11月5日、死去。

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