ダークロHP / レスラーノート

ドクトル・ワグナー
DOCTOR WAGNER


本名:マヌエル・ゴンザレス・リベラ
1936年4月13日
メキシコ・サカテカス州サカテカス出身
174cm 96kg
タイトル歴:アメリカス・タッグ NWA世界ライトヘビー ナショナルライトヘビー
得意技:メキシカン・ストレッチ

61年7月16日にグアダラハラでデビュー。デビュー当時のリング名はセンテージャ・ネグロ。63年、白覆面のドクトル・ワグナーに変身。66年10月からアンヘル・ブランコと組んでタッグで活躍。73年3月16日、アレナ・メヒコでエンリケ・ベラを破りナショナル・ライトヘビー級王座を獲得。74年夏、ロスでアンヘル・ブランコと組んでアメリカスタッグ王座を獲得。アンヘル・ブランコとのタッグは「ラ・オラ・ブランカ(白い津波コンビ)」というチーム名だった。同年9月22日にエル・ハルコンを破りNWA世界ライトヘビー級王座を獲得。76年4月11日にアルフォンソ・ダンテスからナショナルライトヘビー級王座を獲得。そのままUWAに移籍した。同王座はメンドーサ、セサール・バレンチーノ、アンヘル・ブランコ、アストロ・レイ、カネックらを相手に9度の防衛に成功。78年1月15日にトレオでトレオでカネックに敗れて王座転落。79年11月11日にアストロ・レイを破り3度目のナショナルライトヘビー級王座獲得。マノ・ネグラ、アンヘル・ブランコ、ドス・カラス、ルイス・マリスカルらを相手に7度の防衛に成功。80年11月にエンリケ・ベラに敗れて王座転落した。日本では80年2月に全日本プロレスに初来日し、ドス・カラスと好勝負を展開した。85年2月にUWAを離脱。12月1日、モヌメンタル・モンテレイ闘牛場で、エル・ソリタリオとマスカラ・コントラ・マスカラで対戦。1本目はドロップキック2連発からの回転エビ固めでソリタリオの勝利。2本目はワグナーがソリタリオのマスクを破るなどラフファイトで圧倒。ダブルアームスープレックスから腕を取っての関節技でワグナーが勝利。3本目はソリタリオもワグナーのマスクを破り、互角の勝負を展開。最後は、なにかの技を狙ってワグナーが寝転がったところを、ソリタリオが上から押さえつけて勝利。ワグナーはマスクを脱いだ。86年2月、UWAに復帰。4月27日、モンテレイに移動中、車がパンクして横転し、路肩の木に激突。運転していたのはワグナー。助手席にアンヘル、後部座席にソラール、フングラ・ネグラ、マノ・ネグラが乗っていた。アンヘルは即死。ワグナーは両足複雑骨折の重傷を負い、引退した。息子のドクトル・ワグナー・ジュニアシルバー・キングもルチャドールとなって大活躍。04年6月、トレオンの自宅で転倒し、背骨を骨折して入院。9月12日、心臓発作のため死去。

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