ダークロHP / レスラーノート

天山広吉

本名:山本広吉
1971年3月23日
京都府京都市出身
183cm 115〜120kg 血液型O型
タイトル歴:IWGPヘビー IWGPタッグ CWA世界ジュニア NWA世界タッグ NWA世界ヘビー
得意技:ムーンサルトプレス アナコンダバイス アナコンダクロス(相手の左腕を固めてのアナコンダバイス) ダイビング・ヘッドバット モンゴリアンチョップ TTD(テンザン・ツームストン・ドライバー) アナコンダマックス

高校時代はバスケットボール部で活躍。ボディビルで鍛え、新日本プロレス学校に入門。卒業後の90年3月に新日本プロレスに入門。しかし、2日目に退団。5月、再入門。11月6日、22人参加バトルロイヤルで仮デビュー。91年1月11日愛媛県今治市公会堂の松田納戦でデビュー。92年1月4日、東京ドーム大会の第1試合でブラックキャットと対戦。10分28秒、雪崩式DDTに敗れた。93年3月の第4回ヤングライオン杯に優勝し、6月に欧州武者修行へ出発。CWA世界ジュニアヘビー級王座を獲得。 95年1月に帰国し、1月4日の東京ドーム大会の凱旋試合で中西と対戦。7分41秒、マウンテンボムで勝利。2月に蝶野ヒロ斎藤と狼群団を結成。10月15日から始まったSGタッグリーグ戦に蝶野と組んで参戦し、優勝。蝶野とのコンビでIWGPタッグ王座に2度君臨した。95年度のプロレス大賞で蝶野と共に最優秀タッグチーム賞を受賞した。 96年1月4日、東京ドーム大会で小島と対戦。9分24秒、ダイビングヘッドバットで勝利。4月29日、東京ドーム大会でランディ・サベージと対戦。9分49秒、首固めに敗れた。9月16日、愛知県体育館大会でアニマル・ウォリアーと対戦。4分17秒、パワースラムに敗れた。9月20日、大阪府立体育会館大会で日米対抗スーパースターズ・トーナメントに参戦。1回戦でアーン・アンダーソンと対戦。9分45秒、ダイビング・ヘッドバットで勝利。9月21日、後楽園ホール大会での2回戦でスコット・ノートンと対戦。4分59秒、パワースラムに敗れた。96年度のプロレス大賞で蝶野、ヒロ斎藤と共に最優秀タッグチーム賞を受賞した。 97年5月にNWO軍入りし、8月のG1では準優勝。 98年1月4日、東京ドーム大会で永田と対戦。11分33秒、ナガタロックに敗れた。7月14日、札幌中島体育センター大会で藤波のIWGP王座に挑戦。16分7秒、卍固めに敗れた。 99年1月4日、東京ドーム大会で小島と組んで天龍越中組のIWGPタッグ王座に挑戦。16分35秒、天山がダイビングヘッドバットで越中に勝利。IWGPタッグ王座を獲得。8月のG1では蝶野から初勝利。 00年1月4日、東京ドーム大会でワイルド・ペガサスと対戦。10分55秒、ダイビングヘッドバットで勝利。2月に蝶野率いるT2000の一員となる。7月に小島とのコンビで中西、永田組を下し、通算5度目のIWGPタッグ王座を獲得。10月21日、名古屋で全日マットに初参戦し、川田利明とタッグで対決。00年度のプロレス大賞で小島と共に最優秀タッグチーム賞を受賞した。 01年1月4日、東京ドーム大会でIWGPヘビー級王座争奪トーナメントに参戦。1回戦で永田と対戦。16分45秒、ムーンサルトプレスで勝利。同日の準決勝で川田利明と対戦。10分45秒、パワーボムに敗れた。12月のG1タッグリーグ戦では小島と組み優勝。 02年1月、小島の新日離脱により天コジタッグ解消。T2000総帥の蝶野とのタッグによる共闘を宣言した。3月24日、蝶野と組んでIWGPタッグ王座に返り咲く。3月22日、東京体育館大会で安田忠夫のIWGP王座に挑戦。13分25秒、フロントスリーパーに敗れた。03年7月にカナダに約2週間遠征し、必殺技アナコンダバイスを開発。8月にG1クライマックスに出場。決勝戦で秋山準に勝利して優勝した。10月15日から始まったG1タッグリーグ戦に西村修と組んで参戦し、優勝。11月3日に高山善廣に勝利してIWGP王座を獲得。12月10日に中邑真輔に敗れて王座から転落。04年2月15日、両国国技館大会でのIWGP王座決定トーナメントに出場し、1回戦で佐々木健介と対戦。10分54秒、TTDで勝利。準決勝で永田と対戦し、17分8秒、ムーンサルトプレスで勝利。決勝戦で天龍源一郎と対戦し、13分1秒、ダイビングヘッドバットで勝利してIWGPヘビー級王座を獲得した。3月12日に佐々木健介に敗れて王座転落。8月には新日本プロレスのG1に出場。リーグ戦を突破して決勝トーナメントに進出。8月15日、両国国技館での決勝トーナメント1回戦で中邑と対戦し、13分6秒、アナコンダバイスで勝利。準決勝で柴田勝頼と対戦し、7分11秒、アナコンダバイスでTKO勝ち。決勝戦で棚橋弘至と対戦し、21分1秒、アナコンダバイスで勝利。新闘魂三銃士を力でねじふせ優勝。G1クライマックス2連覇を達成した。12月5日、全日本プロレスの両国国技館大会で川田の三冠王座に挑戦。32分21秒、ランニング顔面蹴りに敗れた。12月12日に佐々木に勝利してIWGP王座3度目の獲得。05年1月4日、東京ドーム大会で闘魂杯巴戦に出場。蝶野と対戦し、11分33秒、FTSに敗れた。2月20日、三冠王者の小島とダブルタイトルマッチを行なった。試合終了間際に天山がグロッキーとなり、59分45秒、KO負け。5月14日、東京ドーム大会で小島に勝利してIWGP王座を奪還。7月18日に藤田和之に敗れて王座転落。 06年1月4日、東京ドーム大会で大森、越中組を相手にタッグ王座の防衛戦。19分28秒、蝶野がシャイニングケンカキックで越中に勝利。8月、G1に出場し、全勝優勝を達成した。10月に真壁、越中らとヒールユニットGBHを結成。年末には全日本プロレスの世界最強タッグ決定リーグ戦で小島と組んで優勝。 07年6月17日、後楽園ホール大会で中邑と対戦。14分15秒、飛びつき逆十字固めに敗れた。8月5日から始まったG1クライマックスに参戦。開幕戦の大阪府立体育会館大会で蝶野と対戦。17分20秒、バッファロースリーパーで勝利。8月6日、ツインメッセ静岡大会で永田と対戦。10分41秒、リストクラッチ式エクスプロイダーからのナガタロック4に敗れた。8月8日、横浜文化体育館大会でジャイアント・バーナードと対戦。13分24秒、シットダウン式ラストライドに敗れた。8月10日、愛知県体育館大会で真壁と対戦。15分45秒、アナコンダバイスで勝利。8月11日、両国国技館大会でと対戦。9分18秒、雪崩式ジャパニーズドロップに敗れた。リーグ戦は2勝3敗に終わった。10月8日、両国大会で後藤洋央紀と対戦。場外での鉄柱攻撃と頭突きで後藤を大流血させ、ダイビングヘッドバット、アナコンダバイス、TTDを決めるが、試合終盤にラリアット、バックドロップをくらい、18分5秒、昇天で敗れた。この試合後、頚椎損傷のため長期欠場。 08年2月17日、両国国技館大会で復帰。GBHの邪道外道石井智宏と組んで長州、蝶野、マシン、越中組と対戦。試合中に石井にダイビングヘッドバットを誤爆。これがきっかけで石井がフォール負け。試合後にメンバーから攻撃を受けてGBHを追放された。3月に「NEW JAPAN CUP」に参戦。3月9日、1回戦で石井智宏に勝利。試合後にGBHに袋叩きにあっていたところを飯塚高史に助けられる。以後、飯塚と共にGBHと抗争。3月21日、2回戦で真壁と対戦。ゴング前に奇襲をしかけて場外で真壁を流血させた。そのまま2分35秒、両者リングアウトになったが、直後に再試合。両者流血する荒れ模様の試合となり、GBHの介入やチェーンラリアットで大苦戦。TTDが決まったが、GBHの介入でレフリーはカウントできなかった。最後は14分49秒、ニードロップに敗れた。4月27日、大阪府立体育会館大会で飯塚と組んで真壁、矢野組のIWGPタッグ王座に挑戦。イス攻撃、チェーン攻撃で大流血。なんとか飯塚にタッチしようとするが、飯塚がリングに降りてタッチを拒否。真壁にTTDを決めたが飯塚が背後からスリーパー。矢野のパワーボムをくらい、最後は15分14秒、真壁のトップロープからのニードロップに敗れた。試合後、GBH勢がリングになだれ込み、天山を攻撃。飯塚からもイス攻撃を浴び、担架で退場。5月2日、後楽園ホール大会で飯塚と対戦。GBHのTシャツを着て、頭を丸坊主にし、なぜか片腕を三角巾で吊った飯塚をリングに上げて、ストンピングするが、GBHのセコンド陣が乱入。レフリーも襲われて、2分9秒、ノーコンテストに終わった。7月8日、後楽園ホール大会で飯塚を相手にランバージャック・デスマッチで決着戦。セコンドのGBHの攻撃で流血し、大苦戦したが、23分15秒、アナコンダバイスで勝利した。試合後に真壁らのGBHに痛めつけられていたが、全日本プロレスで長期欠場中の小島がリングに登場してGBHをけちらし、「真壁、GBH、よく聞け。おれたちが世界一有名で世界で一番かっこいいチーム、天山小島、略して天コジだ、バカヤロウ!」とマイクアピール。2人でガッチリと握手した。8月からG1に参戦。8月9日に川田と対戦し、相手の技を受けきって、19分24秒、アナコンダバスターで勝利。試合後にGBHに襲撃され、担架で退場。8月11日にはGBHの矢野と対戦し、乱入した飯塚の攻撃はかわしたが背後から矢野のイス攻撃をくらい、11分50秒、鬼殺しに敗れた。試合後に首を痛めて担架で退場。8月13日に後藤洋央紀と対戦し、12分43秒、雪崩式ショルダーネックブリーカードロップをくらってTKO負け。試合後に担架で退場。その後も精彩を欠き、1勝5敗でリーグ戦を終えた。8月22日、全日本プロレスの後楽園ホール大会での小島対TARU戦の試合後に、ブードゥ・マーダーズにやられている小島を救出しにリングに登場。敵を蹴散らした後「おれの大事なコジをボコボコにしよって・・・おれらは1人やないぞ。コジ、あいつらいっしょにつぶそうやないか!」とマイク。小島も「ありがとう天山。おれたち、まだまだがんばっていかなきゃならないよ。なぜならおれたちがプロレス界で一番かっちょいいチーム、天山&小島、略して天コジだバカヤロー!」と小島も返答。決着戦として8月31日、両国国技館大会で小島と組んで真壁、TARU組と対戦。14分26秒、小島のラリアットでTARUにフォール勝ち。試合後に現れたGBH勢を蹴散らした。10月11日、全日本プロレスの後楽園ホール大会で小島と組んで世界タッグ王者の鈴木みのる太陽ケア組に挑戦。32分17秒、ケアのTKO34thに小島がフォール負け。10月13日、両国国技館大会で飯塚とチェーンデスマッチで対戦。GBHの総攻撃を浴びて21分24秒、チェーンで首を絞められてレフリーストップ負け。10月18日から小島と組んでG1タッグリーグ戦に参戦。初戦でGBHの飯塚、石井組と対戦。GBHの真壁、矢野の乱入もあり、最後は11分15秒、飯塚のアイアン・フィンガー・フロムヘルによる地獄突きを天山がくらってフォール負け。その後は無敗で勝ちあがり、Aブロックを1位で通過。11月5日、後楽園ホールでの準決勝で中西、吉江組と対戦。19分45秒、小島のラリアットで中西にフォール勝ち。同日の決勝で真壁、矢野組と対戦。凶器攻撃で2人とも流血したが、23分55秒、天山がTTD、アナコンダバイスからのアナコンダクロスで矢野に勝利。G1タッグリーグ戦に優勝した。11月22日から天山と組んで全日本プロレスの最強タッグリーグ戦に参戦。12月7日、広島サンプラザホール大会での優勝決定戦で諏訪魔近藤組と対戦。公式戦で敗れた相手との対戦となった。28分36秒、小島のラリアットで近藤にフォール勝ちし、リーグ戦に優勝。12月31日、網膜はく離の手術をして、長期欠場。 09年1月4日の東京ドーム大会では小島と組んでチーム3D、真壁、矢野組を相手に3WAY戦でのIWGPタッグ王座戦が予定されていたが欠場となった。5月3日、福岡国際センター 大会で復帰戦。小島と組んでバーナード、カール・アンダーソン組と対戦。18分44秒、アンダーソンのガン・スタンに天山がフォール負け。5月6日、ノアの日本武道館大会で岡田と組んで小橋伊藤組と対戦。17分2秒、小橋のラリアットに岡田がフォール負け。7月20日、月寒アルファコートドーム大会で飯塚を相手にチェーンデスマッチで対戦。15分34秒、KO勝ち。8月から新日本プロレスのG1に出場。体調が悪化していたため動きが非常に悪く、8月9日の中邑戦ではパワーボムで持ちあげようとして失敗し、パイルドライバーのように落としてしまったこともあった。8月13日、愛知県体育館大会で中西と対戦。10分30秒、ヘラクレスカッターに敗れた。試合後、飯塚と石井に襲撃され、飯塚のアイアンフィンガー・フロム・ヘルでの地獄突きからパイルドライバーをくらってしまい、担架で退場。この試合後、脊椎管狭窄症と右肩亜脱臼のため長期欠場。G1の公式戦は2勝4敗で全試合に出場することができた。9月24日、千葉県内の病院で頚椎後縦靭帯骨化症の手術を行った。10月2日に退院。 10年11月18日、新木場1stRINGで行われた新日本プロレス主催の若手中心の大会「NEVER」で復帰戦。アントーニオ本多と対戦し、13分7秒、TTDからのアナコンダバイスで勝利。12月11日、大阪府立体育会館大会で外道と対戦し、8分43秒、アナコンダバイスで勝利。12月12日、愛知県体育館大会で邪道と対戦し、10分40秒、アナコンダバイスで勝利。12月16日、ディファ有明大会で、放送席で解説をしていたところに飯塚に襲われ、背後からスリーパーホールドで絞め落とされて医務室へ直行。 11年1月4日、東京ドーム大会で、失神させた方が勝利となるルールで飯塚と対戦。11分13秒、アナコンダクロスで勝利。2月12日、大阪府立体育会館・第二競技場大会で飯塚と対戦。10分24秒、アイアン・フィンガー・フロム・ヘルを奪っての地獄突きで反則負け。2月15日、後楽園ホール大会で中邑と対戦。8分24秒、ボマイェに敗れた。3月13日、アクトシティ浜松大会でのNEW JAPAN CUP1回戦で飯塚と対戦。12分50秒、アナコンダクロスで勝利。3月19日、愛知県体育館大会での2回戦で矢野と対戦。11分9秒、急所攻撃から丸めこまれて裏霞にフォール負け。8月からG1に参戦。8月1日、福岡国際センター大会での初戦で後藤洋央紀と対戦。10分37秒、後藤式(足極めエビ固め)にフォール負け。8月5日、後楽園ホール大会で中邑と対戦。13分43秒、ボマイェに敗れた。8月6日、愛知県体育館大会で鈴木みのると対戦。14分26秒、ゴッチ式パイルドライバーに敗れた。8月7日、大阪府立体育会館大会で井上亘と対戦。9分50秒、TTDを決めて、新技のアナコンダX(変型アナコンダバイス)で勝利。8月8日、横浜文化体育館大会でMVPと対戦。11分17秒、イリバーシブルクライシスに敗れた。8月10日、代々木競技場・第2体育館大会でストロングマンと対戦。7分18秒、アナコンダバイスで勝利。8月11日、代々木競技場・第2体育館大会でラ・ソンブラと対戦。9分16秒、アナコンダバイスで勝利。8月13日、後楽園ホール大会でカール・アンダーソンと対戦。9分39秒、ガン・スタンに敗れた。8月14日、最終戦の両国国技館大会で小島と対戦。14分10秒、オリジナルTTDで勝利。この結果、リーグ戦は4勝5敗に終わった。この試合で小島は右眼眼窩底骨折となり、長期欠場。10月2日、ZERO1の靖国神社大会で橋本大地と対戦。12分49秒、TTDからのアナコンダバイスで勝利。10月3日、後楽園ホール大会でデビュー20周年記念試合として蝶野、ヒロ斎藤と組んで金本大谷、西村組と対戦。22分53秒、天山がムーンサルトプレスで西村に勝利。10月10日、両国国技館大会で、この試合が復帰戦となった小島と再戦。10分8秒、ラリアットに敗れた。10月22日からはじまったG1タッグリーグでは井上亘と組んで出場。2勝3敗でリーグ戦敗退。11月12日、大阪府立体育会館大会で小島と対戦。15分49秒、ムーンサルトプレスで勝利。試合後に飯塚高史の襲撃を受けたが小島によって救出された。その後、小島とのタッグを再結成。12月23日、後楽園ホール大会でバーナードと対戦。9分28秒、横入り式エビ固めでフォール勝ち。12月24日、後楽園ホール大会でアンダーソンと対戦。9分29秒、ガンスタンに敗れた。 12年1月4日、東京ドーム大会で小島と組んでバーナード、アンダーソン組のタッグ王座に挑戦。12分40秒、小島のラリアットの直後に天山がムーンサルトプレスを決めてバーナードに勝利。IWGPタッグ王座を獲得した。2月12日、大阪府立体育会館大会でバーナード、アンダーソン組を相手にタッグ王座の防衛戦。17分47秒、小島がラリアットでバーナードに勝利。3月18日、岩手県営体育館大会でランス・アーチャー、高山組を相手にタッグ王座の防衛戦。17分42秒、天山がムーンサルトプレスでアーチャーに勝利。4月1日、ベイコム総合体育館大会での「NEW JAPAN CUP」1回戦でアンダーソンと対戦。8分、ダイビングヘッドバットで飛んだ瞬間にガンスタンをくらって敗れた。5月3日、福岡国際センター大会で飯塚、矢野組を相手にタッグ王座の防衛戦。試合終盤に飯塚が天山を場外フェンスに手錠で拘束。リング上で小島が矢野にラリアットを決めたが、飯塚がレフリーを場外に落としてカウントを中断。レフリー不在の状況で飯塚のアイアンフィンガーフロムヘルでの地獄突きを小島がくらってしまい、16分47秒、矢野の鬼殺しに小島がフォール負け。IWGPタッグ王座から転落した。6月16日、大阪府立体育会館大会で小島と組んで矢野、飯塚組のIWGPタッグ王座に挑戦。2分41秒、両者リングアウト。再試合では12分26秒、ノーコンテストに終わった。7月1日、両国国技館での新日本プロレスと全日本プロレスの創立40周年記念大会で武藤、小島と組んで飯塚、矢野、石井組と対戦。12分9秒、小島がラリアット、天山がダイビングヘッドバット、武藤がムーンサルトプレスを決めて石井に勝利。7月8日、後楽園ホールでの大谷のデビュー20周年記念大会のメインで小島と組んで大谷、田中将斗組と対戦。25分53秒、田中のスライディングDに小島が敗れた。7月18日、札幌テイセンホール大会で飯塚と対戦。10分39秒、矢野が乱入してイス攻撃をしたため反則勝ち。7月19日、札幌テイセンホール大会で小島と組んで矢野、飯塚組と対戦。大乱戦の末、12分26秒、飯塚のスリーパーホールドに小島がレフリーストップ負け。7月22日、山形市総合スポーツセンター大会で小島と組んで矢野、飯塚組を相手にIWGPタッグ王座決定戦。13分43秒、小島がラリアットで飯塚に勝利。IWGPタッグ王座を獲得した。8月からG1クライマックスに出場。8月1日、後楽園ホール大会での開幕戦でオカダ・力ズチ力と対戦。11分20秒、ドロップキックからのレインメーカーに敗れた。8月4日、愛知県体育館大会で真壁と対戦。11分58秒、アナコンダバイス、アナコンダバスターからのムーンサルトプレスで勝利。8月5日、大阪府立体育会館大会でランス・アーチャーと対戦。10分57秒、ダイビングヘッドバットをかわされ、チョークスラムからのダークデイズに敗れた。8月7日、仙台サンプラザホール大会で後藤洋央紀と対戦。13分39秒、アナコンダバイス、アナコンダバスターからのムーンサルトプレスで勝利。8月8日、横浜文化体育館大会でルーシュと対戦。9分30秒、アナコンダバイス、アナコンダバスターからのムーンサルトプレスで勝利。8月10日、新潟市体育館大会でMVPと対戦。9分35秒、ダイビングヘッドバットをかわされた直後にイリバーシブルクライシスを決められ敗れた。8月11日、後楽園ホール大会で内藤哲也と対戦。13分27秒、回転エビ固めにフォール負け。8月12日、両国国技館大会で中邑と対戦。大声援を受けて試合を進め、12分48秒、TTDからのムーンサルトプレスで勝利。リーグ戦を4勝4敗で終えた。10月8日、両国国技館大会でデイビーボーイ・スミス・ジュニア、ランス・アーチャー組を相手にタッグ王座の防衛戦。12分47秒、合体技のキラーボム(アーチャーのフルネルソンバスターとスミスのライガーボム)に小島が敗れて王座転落。10月27日、台湾の国立台湾大学総合体育館での新日本プロレスと全日本プロレスの合同大会で、小島と組んでKENSO組と対戦。13分45秒、小島がラリアットで浜に勝利。11月3日、ノアの後楽園ホール大会で小島と組んで杉浦貴ヨネ組と対戦。12分35秒、小島がラリアットでヨネに勝利。11月11日、大阪府立体育会館大会で小島と組んでスミス・ジュニア、アーチャー組と対戦。13分12秒、合体技のキラーボムをくらってアーチャーに天山がフォール負け。11月20日から始まった「WORLD TAG LEAGUE」に小島と組んで出場。4勝2敗に終わり、リーグ戦を1位で突破。12月2日、愛知県体育館大会での準決勝でカール・アンダーソン、後藤洋央紀組と対戦。14分41秒、後藤の後藤式に天山がフォール負け。 13年1月4日、東京ドーム大会で小島と組んで武藤、大谷組と対戦。15分36秒、天山がムーンサルトプレスで大谷に勝利。2月10日、広島サンプラザホール大会で小島と組んでスミス・ジュニア、アーチャー組のIWGPタッグ王座に挑戦。14分16秒、キラーボムをくらってアーチャーに小島がフォール負け。3月11日、後楽園ホール大会でのNEW JAPAN CUP1回戦でカール・アンダーソンと対戦。8分42秒、ムーンサルトプレスをかわされた直後にガンスタンをくらって敗れた。5月3日、福岡国際センター大会で小島と組んで王者のスミス・ジュニア、アーチャー組、矢野、飯塚組、ストロングマン、中西組を相手に4WAYでの王座戦。10分40秒、小島がラリアットでストロングマンに勝利。IWGPタッグ王座を獲得した。6月22日、大阪府立体育会館大会で矢野、飯塚組、スミス・ジュニア、アーチャー組を相手に3WAYでのタッグ王座の防衛戦。11分50秒、小島がラリアットでアーチャーに勝利して防衛に成功。7月20日、秋田市立体育館大会で矢野、飯塚組を相手にタッグ王座の防衛戦。2分54秒、両者リングアウト。再試合が行われ、10分19秒、天山がムーンサルトプレスで飯塚に勝利。8月1日から始まったG1クライマックスに参戦。開幕戦のアクトシティ浜松大会でシェルトン・X・ベンジャミンと対戦。8分20秒、ダイビングヘッドバットをかわされた直後にペイダートをくらって敗れた。8月2日、後楽園ホール大会で高橋裕二郎と対戦。9分7秒、フィッシャーマンバスター、ムーンサルトプレス、ラリアットからのムーンサルトプレスに敗れた。8月3日、愛知県体育館大会で鈴木みのると対戦。11分46秒、ムーンサルトプレスで勝利。8月4日、大阪府立体育会館大会でカール・アンダーソンと対戦。9分55秒、ガンスタンに敗れた。8月6日、石川県産業展示館3号館大会で矢野と対戦。8分39秒、ムーンサルトプレスで勝利。8月7日、仙台サンプラザホール大会で内藤と対戦。12分20秒、ラリアット、アナコンダバイス、アナコンダバスターからのムーンサルトプレスで勝利。この試合で肋骨を骨折して長期欠場。その後のリーグ戦は不戦敗に終わった。10月14日、両国国技館大会で復帰戦。渡辺高章と組んでスミス・ジュニア、アーチャー組と対戦。11分48秒、合体技のキラーボムをくらってアーチャーに渡辺がフォール負け。11月9日、大阪府立体育会館大会でIWGPタッグ王者のアーチャー、スミス・ジュニア組、ロブ・コンウェイジャックス・ダン組を相手に3WAYでのダブルタイトルマッチ。NWA王座がかけられた1本目はコンウェイのエゴトリッブに小島が敗れた。IWGP王座がかけられた2本目は3分、キラーボムをくらってアーチャーに天山がフォール負け。IWGPタッグ王座から転落した。11月23日から始まった「WORLD TAG LEAGUE」に小島と組んで参戦。4勝2敗でリーグ戦を2位で突破。12月8日、愛知県体育館大会での準決勝でアーチャー、スミス・ジュニア組と対戦。12分54秒、天山がムーンサルトプレスでスミス・ジュニアに勝利。同日の決勝でカール・アンダーソン、ドク・ギャローズ組と対戦。18分57秒、合体技のマジックキラーをくらって天山がアンダーソンにフォール負け。 14年1月5日、後楽園ホール大会で小島と組んでコンウェイ、ジャックス・ダン組のNWA世界タッグ王座に挑戦。小島がラリアットをコンウェイに決めたが、セコンドにいたNWAのサープ社長がフォールを妨害。11分29秒、コンウェイに急所攻撃からエビ固めに丸めこまれて小島がフォール負け。2月9日、広島サンプラザホール大会でマイケル・ターヴァーと対戦。ショルダータックルをくらった際に額に肘が当たり大流血。9分15秒、1.9に敗れた。2月11日、大阪府立体育会館大会で小島と組んでターヴァー、ヤムヤム組を相手にNWA世界タッグ王座挑戦者決定戦。12分54秒、天山がアナコンダバイスでターヴァーに勝利。4月6日、両国国技館大会で小島と組んでロブ・コンウェイ、ジャックス・ダン組のNWA世界タッグ王座に挑戦。10分36秒、天山がムーンサルトプレスでダンに勝利。NWA世界タッグ王座を獲得した。4月12日、台湾大学総合体育館大会でジャックス・ダンと対戦。7分26秒、スピアーに敗れた。4月13日、台湾大学総合体育館大会で小島と組んでロブ・コンウェイ、ジャックス・ダン組を相手にタッグ王座の防衛戦。10分33秒、天山がアナコンダバイスでダンに勝利。5月25日、横浜アリーナ大会でコンウェイ、ウェス・ブリスコ組、アーチャー、スミス・ジュニア組を相手に3WAYでの防衛戦。11分38秒、小島のラリアットから天山がムーンサルトプレスでブリスコに勝利。6月21日、大阪府立体育会館大会でアーチャー、スミス・ジュニア組を相手にタッグ王座の防衛戦。15分26秒、小島がラリアットでスミス・ジュニアに勝利。7月21日から始まったG1クライマックスに参戦。開幕戦の北海道立総合体育センター北海きたえーる大会でカール・アンダーソンと対戦。ムーンサルトプレスをかわされてピンチに陥ったが、10分11秒、アナコンダマックスで勝利。7月23日、青森県武道館大会でオカダ・カズチカと対戦。12分51秒、後頭部へのドロップキック、ツームストンパイルドライバーからのレインメーカーに敗れた。7月25日、山形市総合スポーツセンター大会で高橋裕二郎と対戦。11分16秒、ヘッドバット、TTDからのアナコンダマックスで勝利。7月26日、秋田県立体育館大会で鈴木みのると対戦。11分4秒、スリーパーホールド、逆落としからのスリーパーホールドに敗れた。7月28日、仙台サンプラザホール大会でランス・アーチャーと対戦。10分44秒、ブラックアウトに敗れた。7月31日、アクトシティ浜松大会でAJスタイルズと対戦。14分22秒、オーバーヘッドキックからの変型スタイルズクラッシュに敗れた。8月1日、後楽園ホール大会で後藤洋央紀と対戦。11分46秒、TTDからのアナコンダマックスで勝利。8月3日、大阪府立体育会館大会で矢野と対戦。4分33秒、アナコンダマックスで勝利。8月4日、愛知県体育館大会で真壁と対戦。8分22秒、パワーボムからのダイビングニードロップに敗れた。8月6日、高松市総合体育館大会で内藤と対戦。10分23秒、スターダストプレスに敗れた。リーグ戦は4勝6敗に終わった。9月23日、コンベックス岡山大会で永田、中西組を相手にタッグ王座の防衛戦。15分8秒、小島がラリアットで永田に勝利。10月13日、両国国技館大会でアーチャー、スミス・ジュニア組を相手にタッグ王座の防衛戦。小島のラリアットが天山に誤爆。11分22秒、キラーボムをくらってアーチャーに小島がフォール負けして王座転落。11月22日から始まった「WORLD TAG LEAGUE」に小島と組んで参戦。4勝3敗に終わった。12月6日、ノアの有明コロシアム大会でマイバッハ谷口と対戦。9分39秒、刺又攻撃で反則勝ち。 15年2月14日、仙台サンプラザホール大会でロブ・コンウェイのNWA世界王座に挑戦。セコンドについたNWAのサープ社長の妨害に苦しみながらも、11分50秒、ムーンサルトプレスで勝利。NWA世界ヘビー級王座を獲得。9年3カ月ぶりのシングル王座戴冠となった。3月21日、名古屋国際会議場イベントホール大会で小島を相手に防衛戦。17分、ムーンサルトプレスで勝利。4月29日、グランメッセ熊本大会でビッグダディ・ヤムヤムを相手に防衛戦。10分57秒、アナコンダバイス、アナコンダバスターからのアナコンダマックスで勝利。6月9日、後楽園ホールでの鈴木軍の主催興行で小島と組んでアーチャー、スミス・ジュニア組のNWA世界タッグ王座に挑戦。14分22秒、キラーボムをくらってアーチャーに小島がフォール負け。7月20日から始まったG1クライマックスに参戦。開幕戦の北海道立総合体育センター北海きたえーる大会でドク・ギャローズと対戦。9分17秒、アナコンダバイス、アナコンダバスターからのアナコンダマックスで勝利。7月24日、京都市武道センター大会のメインで棚橋と対戦。地元の大声援を受けて奮闘したが、15分11秒、スリングブレイドからのハイフライフローに敗れた。7月26日、広島グリーンアリーナ大会で矢野と対戦。ダイビングヘッドバットを決めて両者流血。6分38秒、急所蹴りからの逆さ押さえ込みにフォール負け。7月29日、福岡国際センター大会で真壁と対戦。8分41秒、デスバレーボムからのダイビングニードロップに敗れた。8月2日、愛知県体育館大会で飯伏幸太と対戦。11分14秒、ハイキックからのフェニックススプラッシュに敗れた。8月5日、岩手産業文化センターアピオ大会でファレと対戦。9分51秒、フォーリングココナッツに敗れた。8月8日、横浜文化体育館大会でAJスタイルズと対戦。13分29秒、カーフキラーに敗れた。8月11日、後楽園ホール大会で柴田と対戦。9分49秒、スリーパーホールドを前方に投げ捨てアナコンダマックスを決めて、アナコンダバスターからのアナコンダマックスで勝利。8月14日、両国国技館大会で内藤と対戦。14分14秒、アナコンダマックスで勝利。リーグ戦は3勝6敗に終わった。8月29日、NWAのテキサス州サンアントニオ大会でジャックス・ダンに敗れてNWA王座から転落。9月23日、桃太郎アリーナ大会で小島と組んでアンダーソン、ギャローズ組のIWGPタッグ王座に挑戦。13分15秒、マジックキラーをくらってアンダーソンに小島がフォール負け。11月21日から始まった「WORLD TAG LEAGUE」に小島と組んで参戦。リーグ戦は2勝4敗に終わった。 16年3月3日、大田区総合体育館大会での「NEW JAPAN CUP」1回戦でマイケル・エルガンと対戦。8分22秒、エルガンボムに敗れた。4月10日、両国国技館大会で柴田のNEVER王座に挑戦。10分47秒、スリーパーホールドからのPKに敗れた。4月21日から始まったノアのグローバルタッグリーグ戦に小島と組んで参戦。3勝4敗に終わった。6月27日、G1の出場選手が発表されたが落選。7月3日、岩手産業文化センター大会で小島から「天山のG1にかける意気込み、一番分かってるのはこのおれだ。天山が最後のG1って言うんだったら、おれの枠を天山に渡すよ」とリング上でG1への出場権を譲渡された。7月18日から始まったG1クライマックスに出場。セコンドの小島と観客の声援を受けて奮闘。開幕戦の北海道立総合体育センター・北海きたえーる大会で石井智宏と対戦。14分8秒、TTD、ラリアットからのムーンサルトプレスで勝利。7月23日、町田市立総合体育館大会でタマ・トンガと対戦。10分31秒、アナコンダバイス、アナコンダバスター、ラリアットからのムーンサルトプレスで勝利。7月25日、ビッグパレットふくしま大会で丸藤正道と対戦。12分29秒、トラースキック2連発、虎王からの不知火に敗れた。7月28日、所沢市民体育館大会で真壁と対戦。10分8秒、デスバレーボムからのダイビングニードロップに敗れた。7月31日、岐阜産業会館大会でIWGP王者のオカダ・カズチカと対戦。ムーンサルトプレスを狙ってコーナーに上がったところにドロップキックをくらってしまい、12分30秒、ジャーマンスープレックスからのレインメーカーに敗れた。8月3日、鹿児島アリーナ大会でファレと対戦。8分22秒、グラネードに敗れた。8月6日、大阪府立体育会館大会で後藤洋央紀と対戦。10分2秒、GTRに敗れた。8月8日、横浜文化体育館大会で棚橋と対戦。11分17秒、スリングブレイドからのハイフライフローに敗れた。8月12日、両国国技館大会での最終戦でSANADAと対戦。圧倒的な大「天山」コールが鳴り響いた。ラウンディングボディプレスをカウント2で返したが、12分12秒、Skull Endに敗れた。リーグ戦は2勝7敗で終了。試合後にセコンドの小島と抱擁。試合後のバックステージでは「最悪な結果を出して、結果も残せへんって、ほんまコジには申し訳ない。でも、良い夢見させてもらった、コジのおかげで」と語った。11月18日から始まった「WORLD TAG LEAGUE」に小島と組んで参戦。4勝3敗でリーグ戦を終えた。 17年3月6日、大田区総合体育館大会で小島と組んで矢野、石井組のIWGPタッグ王座に挑戦。12分28秒、小島がラリアットで矢野に勝利。IWGPタッグ王座を獲得した。4月9日、両国国技館大会でハンソンレイモンド・ロウ組を相手にタッグ王座の防衛戦。14分6秒、合体技のフォールアウトをくらってロウに小島がフォール負け。タッグ王座から転落した。5月3日、福岡国際センター大会で小島と組んで、タマ・トンガ、タンガ・ロア組、IWGPタッグ王者のハンソン、ロウ組を相手に3WAYでのタッグ王座戦。11分43秒、フォールアウトをくらってロウに天山がフォール負け。11月18日から始まった「WORLD TAG LEAGUE」に小島と組んで参戦。3勝4敗でリーグ戦を終えた。 18年2月5日、後楽園ホール大会で北村克哉と対戦。9分42秒、アナコンダマックスで勝利。2月16日、後楽園ホールでのプロレスリング・マスターズのメインで蝶野をセコンドにヒロ斉藤、AKIRA、スーパーJと組んで藤波、長州、ライガー、武藤組と対戦。15分10秒、天山がアナコンダバイスでライガーに勝利。11月17日から始まったワールドタッグリーグに小島と組んで参戦。5勝8敗に終わった。 19年3月10日、尼崎市記念公園総合体育館大会での「NEW JAPAN CUP」1回戦で田口隆祐と対戦。12分8秒、キドクラッチにフォール負け。4月8日、膝の手術。以後、長期欠場。6月17日、後楽園ホール大会で復帰。11月16日から始まったWORLD TAG LEAGUEに小島聡と組んで参戦。4勝11敗に終わった。
天龍 その小島選手と天山選手が、両国で闘ったじゃない(2005年2・20)。三冠とIWGPを懸けて。
天山 ありましたね。あの時、天龍さん、テレビ解説されてましたよね。
天龍 そうそう。俺ね、試合見てて、これは60分いっぱいまでいっちゃうのかなと思ってたんだけど、10何秒か残して勝負ついたとき、すごい衝撃的だったんだよね。
天山 何日かして、試合のビデオを見たんですけど、試合終わった後に藤波さんと天龍さんが並ばれてて、二人ともぼう然としてる映像を見た記憶がありますね(苦笑)。
天龍 これ、引き分け持ち込めたじゃない!って思った試合に白黒ついちゃったっていうのと、後になって天山選手の状況を知ったときに、すごい顛末だな、ドラマティックだなっていう、そこに尽きたね。後日、記者会見をして釈明してたけどさ、あれはキツかったでしょう?
天山 ホント終わったなと思いましたね。プロレス人生終わったっていうかすべてひっくるめて、取り返しのつかないことをしてしまったな、自分のせいで新日本が・・・っていう。
天龍 残り時間1分とか30秒とか耳に入るじゃない。何とかならなかったの?
天山 いや、記憶がなくて。途中で頭というか首を打っちゃって、気がついたらもう控室だったんで。夢の中で闘ってるような感じでしたね。
天龍 それはヤバかったね。脳に酸素がいかない状態だったんだね。
天山 脱水症状もそうだったんですけど、ほんとは途中で首に何かを食らっちゃって、KO状態になってたみたいなんです。それを無理やり起きたりなんだりしてたら・・・。だから後半の記憶はほとんどないですね。
天龍 レスラーって脳震とうを起こしても、試合をして終わった後に控室で「あれ、俺、試合やってきたの?」とかしょっちゅうあるじゃない。それが怖いんだよね。(フォールを)はねて、やられたらやり返さなきゃいけないっていう本能が叩き込まれてるから。
天山 体が動いちゃうんですよね。
天龍 怖いよ。脳震とうを起こしても、起きれたら起きちゃうんだから。何かをやろうと思うんだよね。
天山 普通の人じゃ考えられないことをやってるんだなってあらためて思いましたね。
(週刊プロレスNo.1740より)
天山の負傷
02年6月5日 鼻骨骨折。大阪府立体育会館大会での中西のジャンピング・ニーを受けて大出血。6月23日に復帰。
02年9月6日 石川県産業展示館3号館大会での西村戦で、ムーンサルトプレスを失敗し、急角度に頭頂部を強打し、失神。3大会を欠場し、9月12日に復帰。
03年6月10日 左肩鎖関節負傷。大阪府立体育会館でのメインでIWGP王者の高山に挑戦。試合中に負傷。
04年12月13日 「首の痛みがひどい。川田戦からダメージが蓄積されている」と記者会見でコメント。04年12月5日、川田の三冠王座に挑戦し、32分21秒、ランニング顔面蹴りに敗退。12月11日、小島と30分時間切れ引き分け。12月12日、佐々木健介のIWGP王座に挑戦し、31分38秒、ムーンサルトプレスで勝利。
05年2月3日 座骨神経痛。2月3日から欠場し、2月11日に復帰。「MRIを撮ったら、ヘルニアのようになっていて、神経まで圧迫していたので足まで痺れているような状態でした。本当にきつくてワラをもつかむ気持で鍼治療なども受けました。(新日本プロレスのホームページの2月10日の記事より)」
05年2月20日 脱水症状。三冠王者の小島とのダブルタイトルマッチで59分45秒、脱水症状となりKO負け。1晩だけ入院し、欠場。3月19日に復帰。
06年6月19日 肉体改造のためグアム合宿。邪道、外道と共にトレーニング。
06年12月 頚椎損傷。その後も試合に強行出場。
07年8月8日 座骨神経痛(腰痛)。G1のバーナード戦でエルボーを3発受け、左骨盤にずれ。このころ、古傷の首と腰が悪化。12日の試合後には「アカン、最悪や。力が入らへん。今まで、だましだましやってたけど、もう限界。リングが怖い。もうアカンな、俺・・・ここまでくるとは思わんかった。気力だけでやってたけど、もう通用せん。ホンマにやばい。もう勘弁してくれ・・・(Gスピリッツvol.3より)」と語る。
07年10月8日 座骨神経痛と頸椎損傷の悪化。両国国技館大会の後藤戦をきっかけに欠場。右手の握力が落ちる。約4カ月の離脱。
08年8月9日 頚椎捻挫。愛知県体育館大会での川田戦後、GBHに机へのスーパーパワーボムをくらう。
08年10月8日 右肩打撲。都内の交差点をミニバイクで直進中、右折しようとした路線バスと接触。
08年12月29日 右目網膜剥離。約5カ月の欠場。5月に復帰。
09年6月 頸椎の古傷の悪化。6月のシリーズで古傷の頸椎を傷めた。
09年8月14日 頸椎部の脊椎管狭窄(きょうさく)症(腰痛)と右肩亜脱臼。欠場。

 グーグル検索 レスラーノート検索


◆YOUTUBE 動画・・・・・・・・・・・・

ダークロHP