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チャボ・ゲレロ(チャボ・クラシック)
CHAVO GUERRERO


本名:サルバドール・ゲレロ2世
1949年(51年説あり)1月7日
テキサス州エルパソ出身
181p 105kg
タイトル歴:アメリカスヘビー アメリカスタッグ NWAライトヘビー NWAインタージュニア
得意技:サルトモルタル ジャーマンスープレックスホールド

高校の体育教師をしていたが、父ゴリー・ゲレロ(メキシコの大レスラー)、ルー・テーズらにコーチを受け、72年にプロレス入り。 75年7月、全日本プロレスに初来日。7月30日にロサンゼルスに初進出してから大ブレイク。10月31日、アメリカス・ヘビー級王座を獲得。同タッグ王座もパートナーを変えながら11度も獲得している。ロス地区のエースとして師匠のファンクスやレイスを迎撃した。 77年2月11日にロスでアルフォンソ・ダンテスを破りNWAライトヘビー級王座を獲得。NWAライトヘビー級王者として、ハーリー・レイスのNWAヘビー級王座に挑戦したこともある。 当時ロスマットは新日と提携していた関係で、78年6月から新日本プロレスに参戦。10月20日、大阪の寝屋川市民体育館でWWWFジュニア王者の藤波辰巳に挑戦。3本勝負の1本目は12分54秒でゲレロがメキシカンローリングクラッチで勝利。2本目に藤波の得意技ドラゴンロケット(トペ・スイシーダ)をゲレロがかわし、藤波の額が場外のイスの金具に直撃し大流血のアクシデント。しかし4分43秒、ダブルアーム・スープレックスで藤波が勝利した。出血多量となった藤波に対しドクターのチェックが入るも、試合続行。3本目は3分30秒、コブラツイストで藤波の勝利に終わった。 80年4月、新日本プロレスに来日し、第3回MSGシリーズに参戦。予選トーナメントを突破して決勝リーグに進んだが、1勝7敗1引き分けに終わった。11月、木村健吾を破りNWAインタージュニア王座を獲得。 81年からはテキサスに戻り、SCWで活躍。日本での引き抜き合戦にのった形で8月に全日本プロレスにUターン。NWAインタージュニアヘビー王座を賭けて大仁田厚と対戦。 82年3月7日にシャーロッテで大仁田に王座を奪われた。大仁田の怪我による王座返上を受けて行われたトーナメントに出場。5月26日、天龍市総合体育館大会でウルトラセブンを相手に決勝戦。11分3秒、トペスイシーダ、レッグラリアート、ジャーマンスープレックスをたたみかけて勝利。NWAインタージュニア王座を再び獲得した。 84年頃から87年頃は、南部を中心にカリフォルニアやフロリダ地区まで勢力を伸ばしていたUWFで活躍。 85年10月28日、全日本プロレスの会津若松市体育館大会で2代目タイガーマスクのNWAインターナショナルジュニア王座に挑戦。12分4秒、逆さ押さえ込みにフォール負け。 87年後半にメキシコに転戦。その後、日本ではSWSと「無我」に登場。SWSでは佐野と、「無我」では野上と対戦。 92年10月にルードとしてAAAに移籍。長男がチャボ・ゲレロ・ジュニアとしてプロレスラーとなった。 04年1月からWWEに登場。チャボ・クラシックとして活躍。6月に試合を2回にわたり無断欠場したためWWEを解雇される。 05年1月からインディ団体を転戦。 07年4月、無我ワールド・プロレスリングに来日。4月3日、大館市民体育館大会のメインで西村修と組んで藤波、グラン浜田組と対戦。17分28秒、西村が逆さ押さえ込みで浜田にフォール勝ち。4月4日、青森産業会館大会のメインで藤波と組んで西村、倉島組と対戦。12分56秒、チャボがジャーマンスープレックスで倉島に勝利。4月7日、清水マリンビル大会で藤波と組んで西村、竹村豪氏組と対戦。11分54秒、チャボがジャーマンスープレックスで竹村に勝利。4月11日、後楽園ホール大会で「日本引退試合」として藤波と対戦。試合前に握手と見せかけヒップアタックで先制。藤波に対してドラゴンスリーパーをかけるなど奮闘したが、9分30秒、逆さ押さえ込みに敗れた。 08年3月16日、AAAのビッグショー「レイ・デ・レイジェス」に登場。エディ・ゲレロのAAA殿堂入りセレモニーに登場。8人タッグマッチにも出場した。 16年8月25日、東京愚連隊の新宿FACE大会で百田光雄と組んでカズ・ハヤシ黒潮井上雅央組と対戦。10分12秒、ハヤシのスモールパッケージホールドに百田がフォール負け。8月26日、ディファ有明でのファイヤープロレスの旗揚げ戦で大仁田、保坂秀樹NOSAWA論外と組んでケンドー・カシン鈴木秀樹将軍岡本、黒覆面F組とノーロープ有刺鉄線&バリケードボードストリートファイト8人タッグデスマッチで対戦。11分5秒、チャボがジャーマンスープレックスで黒覆面に勝利。11月27日、全日本プロレスの両国国技館大会でドリー・ファンク・ジュニアウルティモ・ドラゴンTAJIRIと組んでカブキ、西村、吉江、木高組と対戦。12分9秒、ドリーが首固めで西村にフォール勝ち。11月28日、東京愚連隊の後楽園ホール大会で藤原、西村と組んで船木誠勝、ドリー・ファンク・ジュニア、カブキ組と対戦。13分9秒、ドリーのスピニングトーホールドに西村が敗れた。 17年2月11日、肝臓ガンのため死去。

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