ダークロHP / レスラーノート

竹村豪氏

本名:竹村克司
1972年8月21日
京都府城陽市出身
178cm 104kg
タイトル歴:IWRGトリオ UWA世界トリオ CAWセントロアメリカタッグ
得意技:M9(レスナーのF5と同じ)

デビュー前はバレーボール、バスケットボール、ボディビルを経験。96年4月に無我道場に入門。97年5月から7月にかけてイギリスのビリーライレージムで修行を積む。7月22日、博多スターレーンでのアレクサンダー大塚戦でデビュー。98年3月3日、無我のEBiS303大会でビリーライレージムの先輩であるシェーン・リグビーと対戦。9分46秒、ヒールホールドに敗れた。その後メキシコ遠征(EMLL)を含め、バトラーツ、レッスル夢ファクトリー等、約68試合に出場。00年9月の試合を最後にリングを離れていたが、01年2月に新日本プロレスに入団し再出発。同年3月より前座戦線で奮闘し、6月28日の宇都宮で井上を破り、新日本プロレス所属として念願の初勝利を挙げた。02年4月にメキシコ修行し、5月には西村修正田(MAZADA)と無我トリオを結成。帰国後の6月に「竹村豪氏ジュニア7番勝負」が組まれたが、全敗に終わった。7月にメキシコに再遠征。NOSAWAMAZADAと組んで「東京愚連隊」を結成した。03年6月5日に「東京愚連隊」でIWRGトリオ王座を獲得。8月に帰国してヒール転向。9月4日、後楽園ホール大会で4代目タイガーマスクのIWGPジュニア王座に挑戦。邪道外道が乱入し、レフリーに暴行したため4分49秒に反則負け。 04年1月4日、東京ドーム大会でエル・サムライと対戦。6分53秒、ムーンサルトプレスで勝利。1月24日、沖縄県立武道館でIWGPジュニア王者のヒートに挑戦。セコンドの邪道、外道の乱入で優位に立ったが、最後は17分16秒、逆十字固めに敗れた。7月にCTUの一員になった。7月18日、全日本プロレスの両国国技館大会でカズ・ハヤシの世界ジュニア王座に挑戦。14分54秒、雪崩式WA4に敗れた。9月に邪道、外道と組んでUWA世界トリオ王座を獲得。 06年1月19日に新日本プロレスを退団。8月2日、後楽園ホール大会での無我ワールド・プロレスリングのプレ旗揚げ戦で後藤達俊と対戦。9分53秒、バックドロップに敗れた。8月28日に無我ワールド・プロレスリングに入団。9月15日、アクロス福岡大会で正田と対戦。14分30秒、M−9で勝利。9月16日、別府杉乃井ホテル大会でバック・クォーターメインと対戦。10分51秒、ダイビングギロチンドロップに敗れた。9月18日、大阪ABCホール大会でバック・クォーターメインと対戦。11分、ラ・マヒストラルでフォール勝ち。9月22日、広島グリーンアリーナ・小ホール大会で倉島信行と対戦。7分19秒、逆片エビ固めで勝利。9月25日、後楽園ホール大会でマイク・バートンと対戦。12分40秒、ダイビングエルボードロップに敗れた。10月31日、Zepp Sendai大会でブラソ・デ・プラティーノと対戦。6分59秒、トペ・アトミコに敗れた。11月20日、六本木ヴェルファーレ大会で正田と3分5Rで対戦。3R2分57秒、ラマヒストラルが崩れた形のエビ固めでフォール勝ち。12月7日、EBiS303大会での無我プレミアムトーナメントに参戦し、1回戦で西村と対戦。11分27秒、逆さ押さえ込みにフォール負け。 07年1月19日、札幌テイセンホール大会で正田と組んでアルカンヘル・デ・ラ・ムエルテ、マイク“スイシーダ”セグラ組のタッグ王座に挑戦。18分50秒、正田が正田落としでセグラに勝利。CAWセントロアメリカタッグ王座を獲得した。1月20日、旭川地場産業振興センター大会で長井満也と対戦。11分7秒、陸牙に敗れた。1月24日、大船渡市民体育館大会で西村と3分10Rで対戦。8R1分23秒、足4の字固めに敗れた。1月28日、後楽園ホール大会でアルカンヘル、セグラ組を相手にタッグ王座の防衛戦。20分12秒、竹村がM9でアルカンヘルに勝利。2月25日、ABCホール大会で正田と対戦。17分58秒、ラ・マヒストラルを切り返されてのエビ固めにフォール負け。2月27日、明石市立産業交流センター大会で後藤達俊と対戦。11分47秒、V1アームロックに敗れた。3月3日、豊田市柳川瀬公園体育館大会でマーク・マッカイと対戦。11分12秒、ジャンピングエルボードロップに敗れた。3月5日、小倉北体育館大会で長井と対戦。12分29秒、陸牙に敗れた。3月8日、アクロス福岡大会でコモ・レオパルド、エステ・ハグアル組を相手にタッグ王座の防衛戦。23分5秒、竹村がM9でハグアルに勝利。4月3日、無我の大館市民体育館大会でディック東郷と対戦。15分時間切れ引き分け。4月4日、無我の青森産業会館大会でチャド・マレンコと対戦。3分5R戦い、時間切れ引き分け。5月20日、岡山県卸センター・オレンジホール大会で青柳政司と対戦。9分42秒、ニールキックに敗れた。5月21日、テクスポート今治大会でバック・クォーターメインと対戦。12分37秒、バックドロップに敗れた。6月30日、米沢市営体育館大会で征矢学と対戦。5分37秒、逆エビ固めで勝利。7月1日、新潟フェイズ大会でHi69と対戦。16分18秒、M9で勝利。7月16日、フーテンプロの北沢タウンホール大会で栗原強と対戦。12分56秒、変型ドラゴンスリーパーで勝利。7月29日、大阪府立体育会館・第2競技場大会でえべっさんと対戦。12分22秒、M9で勝利。9月1日、幕張メッセ国際展示場大会でHi69と対戦。16分49秒、M9で勝利。9月23日、大阪府立体育会館・第2競技場大会で青柳政司と対戦。6分53秒、ウラカンラナでフォール勝ち。9月28日、ZERO−ONE MAXの天下一ジュニアトーナメントに参戦し、会津アピオスペース大会での2回戦で日高郁人と対戦。15分45秒、ミスティフリップに敗れた。10月31日発売の週刊プロレス(No.1393)で、10月に無我を離脱した西村に怒りをあらわにした。11月9日、ケロ・プロデュース大会のバックステージで、西村に「頭を冷やせ」とバケツの水を浴びせられる。11月18日、国東体育館大会でヒロ斉藤と対戦。11分35秒、ダイビングセントーンに敗れた。11月20日、大分イベントホール大会で長井と対戦。15分18秒、陸牙に敗れた。12月3日、第2回DRAGON CUP1回戦で潮崎豪と対戦。ロープ越しのラリアットからのドラゴンロケット、ミサイルキック、ジャーマンで圧倒するが、M9を阻止されて反撃される。最後は14分20秒、ゴーフラッシャーに敗れた。 08年1月3日、全日本プロレスの後楽園ホール大会に乱入し、西村にバケツの水をかぶせ、反則負けとなった試合後はNOSAWA論外、MAZADAと共に西村に雪崩式の合体パワーボム。竹村が「おれが無我だ、このヤロー!西村!おまえは男の恥だ!」とマイク。1月9日、全日本プロレスの静岡・キラメッセぬまづ大会ではNOSAWA論外、MAZADAと組んで、西村、征矢学、土方組と対戦。16分54秒 竹村のドラゴン・スリーパーで征矢にレフリーストップ勝ち。2月17日、全日本プロレス後楽園ホール大会の第1試合で征矢と対戦し、14分47秒、足4の字固めで勝利。試合後に「全日本プロレスもなにを考えてるのか分からねえ。東京愚連隊にビビッてるんじゃねえのか?1対1でやらせろよ、西村と。言っとけよ。ドリー・ファンクと一緒に引退しろって」とコメント。4月20日、後楽園ホール大会で西村修とシングルで対戦。序盤でクラシカルなレスリングの攻防を見せたが、NOSAWA、MAZADAが乱入して12分13秒に反則負け。この大会で鈴木みのる太陽ケア、東京愚連隊でチーム「GURENTAI」が結成。4月29日、愛知県体育館大会でNOSAWA、MAZADAと組んで西村と1vs3マッチで対戦。12分40秒、足四の字固めでNOSAWAが退場。13分27秒、逆さ押さえこみでMAZADAが退場。TAKEMURAと西村の1対1の対決になる。乱入した論外とレフリーがぶつかりレフリー不在となってからは3人がかりの攻撃を浴びせ、スーパーパワーボムでダメージを与える。西村の逆さ押さえ込みが完璧に決まったが、レフリーが論外とMAZADAの相手をしていたためカウントは入らず。最後は22分27秒、レフリーに抗議する西村の背後を狙ってドラゴンスープレックスで勝利。7月10日、ドラゴンゲートの後楽園ホール大会でアンソニー・W・森と対戦。パワーで圧倒したが、6分24秒、エレガントマジックに敗れた。7月に全日本プロレスのジュニアヘビー級リーグ戦に参加。2勝2敗でリーグ戦を終了した。10月2日、後楽園ホール大会で4代目タイガーマスクと対戦。10分22秒、雪崩式ダブルアームスープレックスからの変形アームロックに敗れた。 09年1月6日、試合中に左肩を負傷し、長期欠場。3月18日、NOSAWAが発起人となって興行収益をTAKEMURAの治療費に充てるチャリティ大会「TAKEMURA AID」が開催された。 19年2月15日、城東KADO−YAがもよんホールでの上井プロデュース興行で竹村克司の名で復帰。MAZADAと対戦。7分48秒、首固めでフォール勝ち。12月13日、FTOのJ:COMホルトホール大分大会で竹村豪氏の名で出場し、吉田考志と対戦。13分56秒、ラリアットで勝利。

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