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テネシー大学時代はフットボールで活躍。卒業後の1年間、NFLのデンバー・ブロンコスで活躍。その後、パワーリフティングのチャンピオンとなる。スクワット443キロ、ベンチプレス278キロ、デッドリフト377キロ。19の世界記録を作った。87年にケビン・サリバン、ロードウォリアーズに勧められてプロレス入り。アラバマ、テネシーなどの南部地区をサーキット。アラバマではUSヘビー級王座を獲得。88年10月に全日本プロレスに初来日。同じく来日していたダニー・クロファットとカンナム・エキスプレスを結成。フランケンシュタイナーと流麗なバク宙ドロップキックで観客を魅了。90年6月にアジアタッグ王座を獲得。同王座は計5回獲得した。94年3月のチャンピオンカーニバルでは、フランケンシュタイナーがまともに決まり、三沢光晴を欠場に追いやったこともある。96年5月の46回目の来日が最後。9月14日、クロファットと共にECWに登場。ECWアリーナでサブゥー、ロブ・バン・ダム組と対戦し、30分時間切れ引き分け。同年秋にクロファットに誘われてWWF入り。その後ECWに登場。97年12月5日、FBI(リトル・グイドー、トレイシー・スマザース)を破りECWタッグ王座を獲得。12月6日、クリス・キャンディード、ランス・ストーム組、ラットン、マホーニー組と3WAYダンスで対戦。ラファン(クロファット)がマホーニーにフォールを取られて王座転落。試合はダブルでの雪崩式ブレーンバスターを決めたキャンディード組がマホーニーにフォール勝ちし、ECWタッグ王座を獲得した。98年3月1日、ECWのニュージャージー州アズベリーパーク大会で田中将斗と対戦。4分20秒、ローリングエルボーに敗れた。その後はクロファットと別れてテネシー地区のインディー団体に出場。
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