デビュー戦 1992年6月28日 福岡・博多スターレン 対 金原弘光戦
湘南、藤沢の鵠沼育ち。高校時代はラグビー部に所属。肩を脱臼して骨盤から移植手術。その後、さらに骨盤を剥離骨折。20歳で大学を休学してUWFに入門したが、練習中に手術した肩を痛めてバーベルを喉に落としたことをきっかけに退団。大学に戻る。地元ではライフセーバーとしても活躍。大学を卒業し、サラリーマンとして営業職をしていたが、91年11月、UWFインターナショナルに入門。的確なニーリフトを武器に頭角を現す。同団体所属として新日本、WARで活躍。95年10月9日、新日本プロレスの東京ドーム大会「新日本vsUWFインターナショナル〜全面戦争〜」に出場。飯塚高史と対戦し、長身を活かした攻撃から7分39秒、腕ひしぎ十字固めで勝利した。
10月28日、UWFインターの国立代々木競技場第1体育館大会で佐々木健介と対戦。ニーリフトでカウント9までダウンさせ、高さのあるジャーマンを見せるなど健闘したが、7分48秒、ストラングルホールドγに敗れた。
96年9月11日、UWFインターの神宮球場大会で全日本プロレスの川田利明と対戦。8分29秒、ジャンピングハイキックで敗れたが、両者の持ち味を活かした名勝負となり脚光を浴びた。97年3月に全日本プロレスに初参戦。Uインターが消滅するとそのままキングダム所属となる。やがてキングダムも消滅し、 全日本にフリー参戦。
98年3月1日、全日本プロレスの日本武道館大会でゲーリー・オブライトと組んで川田、田上明組の世界タッグ王座に挑戦。ワキ固めを川田に踏んばられたところに前方回転してヒザ十字固めに決めて見せ場を作ったが、14分12秒、川田のストレッチプラムにレフリーストップ負け。
99年に全日本プロレス所属選手となる。大森とタッグチーム「ノーフィアー」を結成。 大胆な発言と行動力で人気を博す。6月に大森と組んでハヤブサ、人生組を破り、アジアタッグ王座を獲得。
7月17日、川田とシングルで対戦。川田の強烈な顔面蹴りをまともにくらって場外で失神。6分50秒、リングアウト負けに終わった。7月23日に大森と組んで世界タッグ王座を獲得。
00年5月26日、新潟市体育館大会で小橋の三冠王座に挑戦。ジャーマンなどで攻めこんだが、21分20秒、ラリアットに敗れた。
8月、ノアの旗揚げに参加。シングル王座決定トーナメントの決勝で三沢に敗れた。 01年3月、フリーとなり「高山堂」なる事務所を開設。5月にPRIDEに出場し、藤田と対戦。2R2分18秒、レフリーストップによるTKO負け。01年末のノアのタッグ王者決定トーナメントでは全チーム横並びの形式に異論を唱え、ツアー全体をボイコット。初代王者となったベイダー、スコーピオ組に対しては「優勝したからって初代王者じゃねぇぞ。俺らのベルトの磨き係だ!」と豪語した。年末ツアーでタッグ王座への挑戦権を剥奪される。ノーフィアーを押しのけて挑戦することになった三沢、小川組に対して「社長の職権乱用を許すな!悪代官を正義のノーフィアーが成敗してくれる!」と言いたい放題。実際に三沢、小川組がベルト奪取に成功した札幌大会でもTV解説者として放送席に陣取り、リングサイドから暴言のオンパレード。新王者となった同チームに観客とブーイングを浴びせた。12月9日、大森と組んで三沢、小川組に挑戦。三沢を高山の高角度ジャーマンでKOした後は小川を集中攻撃。20分31秒 、大森の小川へのアックスボンバーで勝利して、GHCタッグ王座を獲得した。02年5月2日、新日本プロレスの東京ドーム大会で永田のIWGP王座に挑戦。15分36秒、ハイキックで敗れたが、高山の方が圧倒的な強さを見せた。6月23日、PRIDEのさいたまスーパーアリーナ大会のメインでドン・フライと対戦。壮絶なノーガードの殴り合いの末、マウントパンチの連打を浴びて、6分10秒にTKO負け。敗れはしたが、顔面を腫れ上がらせながらのファイトで強烈な印象を残した。
8月29日、新日本プロレスの日本武道館大会で藤田と対戦。8分23秒、ひざ蹴りでフォール勝ち。
9月7日、ノアの大阪府立体育会館大会で小川良成のGHC王座に挑戦。16分46秒、エベレストジャーマンで勝利してGHCヘビー級王座を獲得。9月23日、日本武道館大会で三沢を相手にGHC王座の初防衛戦。三沢のエルボーに一歩も引かずに壮絶な打撃戦を展開。23分50秒、ランニングエルボーにフォール負け。この試合で左肩鎖関節脱臼、右眼窩底骨折の重傷を負った。12月31日、さいたまスーパーアリーナでの「INOKI BOM-BA-YE 2002」のメインでボブ・サップと対戦。1R2分16秒、腕ひしぎ逆十字固めで敗れた。
03年1月4日、新日本プロレスの東京ドーム大会で、復活したNWF王座の決定戦として高坂剛と対戦。10分19秒、ニーリフトで勝利してNWF世界ヘビー級王座を獲得。以後、フリー選手ながらも、破壊力抜群のニーリフト、エベレストジャーマンを武器に新日本プロレスの主役として活躍。NWF王座は柳澤龍志(2月16日・両国国技館)、スコット・ノートン(3月23日・尼崎市記念公園総合体育館)、力皇(4月13日・有明コロシアム)を相手に防衛を続ける。5月2日、東京ドーム大会でのダブルタイトルマッチで永田を破りIWGPヘビー級王座を獲得。2冠王となる。6月10日、天山に勝利してIWGP王座の防衛に成功。6月13日、日本武道館大会で中邑真輔にエベレストジャーマンで勝利してNWF王座5度目の防衛に成功。7月13日、安田忠夫に勝利してNWF王座6度目の防衛に成功。7月21日、月寒グリーンドーム大会で蝶野正洋を相手にIWGP王座の防衛戦。24分12秒、両者KOに終わった。8月28日、大阪府立体育会館で蝶野を相手にIWGP王座の防衛戦。金網デスマッチでの対戦となり、34分6秒、スリーパーホールドでKO勝ち。 9月21日、鈴木みのるにニーリフトで勝利してNWF王座7度目の防衛に成功。11月3日に天山に敗れてIWGP王座から転落。03年度のプロレス大賞MVPを受賞。04年1月4日、東京ドーム大会で中邑真輔とIWGP、NWFのダブルタイトルマッチで対戦。中邑を終始圧倒していたが、13分55秒、チキンウィング・アームロックに敗れてNWF王座から転落した。2月1日、北海道立総合体育センター大会で鈴木みのると組んで天山、西村組のタッグ王座に挑戦。17分19秒、みのるがゴッチ式パイルドライバーで西村に勝利してIWGPタッグ王座を獲得。タッグ王座は中西、天龍組、蝶野、村上組、力皇、森嶋組、ライガー、佐々木健介組を相手に防衛を重ねた。8月、新日本プロレス「G1 CLIMAX」大阪大会での佐々木健介戦後に脳梗塞を発症し、長期欠場。05年1月7日、後楽園ホールでの中西百重引退興行では場外戦に登場し、えべっさんを一蹴して元気な姿を見せた。06年7月16日、ノアの日本武道館大会で復帰戦。健介と組んで三沢、秋山組と対戦。707日ぶりの復帰とは感じさせない激しいファイトを展開したが、最後は三沢のエメラルドフロウジョン、秋山のリストクラッチ式エクスプロイダーの連携の前に敗れた。試合後の控え室での第一声は「生きてるよ〜!」だった。08年6月17日、後楽園ホールでの鈴木みのるデビュー20周年記念大会のメインで鈴木みのると対戦。22分1秒、逆落としからのスリーパーホールドに敗れた。11月3日、全日本プロレスの両国国技館大会のムタ、鈴木みのる戦の試合後に、GURENTAIのTシャツを着て現れ、マイクなしで引きあげる。「向こうが勇気があるんだったら、おれを呼んでみやがれってところかな。あのハゲさあ、マット界をちらかしてしょうがねえよ。独占しやがって。もうおれも病気は終わったからね。そういう独占は許さない。独占はおれだけだ」と試合後のバックステージで語った。それに対し武藤は11月4日の記者会見で「やけにキャラがかぶるやつだなと思って。2人もキャラがかぶるやつは必要ない」、「ムタには主だった対戦相手がいないから、かっこうの相手が現れた」、「高山の存在感が気分悪い。三冠はあとからついてくるもの」と挑発を受けてたった。11月24日、IGFの愛知県体育館大会でモンターニャ・シウバと対戦。身長225センチの相手に掌底やブレーンバスターをくらい劣勢だったが、最後は5分2秒、ヒザ蹴りからジャーマンスープレックスで勝利。09年1月2日から全日本プロレスに登場。ゾディアック、ジョー・ドーリング、征矢学、真田聖也、荒谷望誉にシングルで勝利しシリーズを終了。3月1日、全日本プロレスの後楽園ホール大会でヘイト(平井)と対戦。リング上で消火器攻撃を真正面からくらって激怒。レフリーの制止を無視して奪いとった消火器でヘイトを殴りつけ、最後は3分38秒、レフリー暴行により反則負け。3月14日、両国国技館大会でムタの三冠王座に挑戦。場外でのイス攻撃で額から流血し、終盤では顔面に緑の毒霧を浴びてシャイニングウィザード3連発、ムーンサルトプレスをくらうなど大苦戦したが、13分42秒、ニーリフトからのエベレストジャーマンで勝利して、三冠王座を獲得。3大メジャー団体(新日本プロレス、ノア、全日本プロレス)のシングル、タッグ王座を制覇するという史上初のスーパーグランドスラムを達成した。3月15日、IGFの広島サンプラザホール大会でモンターニャ・シウバと組んで小川直也、ザ・プレデター組と対戦。4人の合計身長が814センチという大型ファイターのド迫力の攻防となり、会場を熱狂させた。試合は12分48秒、プレデターのキングコングニードロップにシウバがフォール負け。試合後も小川と場外で大乱闘。リングに上がったアントニオ猪木から「改めてやれ。1対1で」と、シングルマッチをけしかけられた。4月から全日本プロレスのチャンピオンカーニバルに参戦。4月5日の初戦で武藤に敗れ、11日に西村修に敗れて3勝2敗となり、リーグ戦に敗退した。4月13日から杉浦貴と組んでノアのグローバルタッグリーグ戦に参戦。3勝2敗2分けでリーグ戦の優勝を逃した。5月30日、愛知県体育館大会で鈴木みのるを相手に防衛戦。22分59秒、ジャーマンスープレックスで勝利して初防衛に成功。6月8日、ノアの京王プラザホテル八王子大会に三冠のベルトを手にリングに上がり、GHCベルトを締めた王者秋山とタッグで対戦した。8月30日、両国国技館大会で諏訪魔を相手に防衛戦。26分21秒、左ハイキックからのエベレストジャーマンで勝利。9月11日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会のメインで初代タイガーマスクと対戦。6分40秒、エベレストジャーマンで勝利。9月23日、後楽園ホール大会で近藤修司と対戦。13分7秒、エベレストジャーマンで勝利。9月26日、横浜文化体育館大会で小島聡を相手に防衛戦。試合終盤にエベレストジャーマンをカウント2で返され、19分30秒、ラリアットに敗れて王座転落。10月3日、ノアの大阪府立体育会館大会で杉浦と対戦。強烈な打撃戦を展開し、8分44秒、エベレストジャーマンで勝利。10月10日、ハッスルの両国国技館大会(ハッスル最後の大会)でハッスル連合軍対RIKI軍団の5対5の勝ち抜き戦に中堅として登場。越中詩郎と対戦し、3分12秒、エベレストジャーマンで勝利。次に川田と対戦し、6分50秒、両者リングアウトに終わった。11月3日、IGFのJCBホール大会のメインで小川と対戦。12分5秒、裸絞めに敗れた。11月20日からNOSAWA論外と組んで最強タッグ決定リーグ戦に参戦。3勝5敗でリーグ戦敗退。
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