ダークロHP / レスラーノート

タイガーマスク(初代)

本名:佐山聡
1957年11月27日
山口県下関市出身
173cm 95kg
タイトル歴:NWA世界ミドル NWA世界ジュニア WWF世界ジュニア TWA世界タッグ レジェンド・チャンピオンシップ
得意技:タイガースープレックス

初代タイガーマスクの国内シングル成績(1981〜83)
81年から83年まで、華麗な空中殺法で最高の人気を獲得したマスクマン。下関商業高校を1年で中退。都内のジムで体を鍛え、75年7月に新日本プロレスに入門。 76年5月28日、後楽園ホールの魁勝司戦でデビュー。 77年11月14日、日本武道館で行われた「格闘技大戦争」に出場し、マーシャルアーツのマーク・コステロに判定負け。 78年5月にメキシコ遠征。 79年9月、リンゴ・メンドーサを破りNWA世界ミドル級王座を獲得。同王座は10度の防衛を重ねた。 80年2月にイギリスに遠征。サミー・リーを名のり、マーシャルアーツスタイルの人気選手となる。当時放映されていたアニメ「タイガーマスク2世」のタイアップキャラクターとして登場。 81年4月、新日本プロレスの蔵前国技館大会でタイガーマスクとしてデビュー。ダイナマイト・キッドに勝利。12月、カネックと初対決。両者リングアウトで引き分けるもヘビー級のパワーに押され、左足首骨折の重傷を負う。 82年1月、藤波が返上したWWFジュニアヘビー級王座決定戦でキッドを破り、第6代王者となる。5月、L・ソントンを破り、NWA世界ジュニアヘビー級王座を獲得。5月、ブラック・タイガーを破り、WWFジュニアヘビー級王座奪還、第8代王者に返り咲く。連夜のタイトル奪取に加え、NWA・WWFの2冠王は史上初の快挙だった。10月から小林邦昭との抗争がはじまる。82年度プロレス大賞でMVP、技能賞の2冠を制する。 83年4月にキッドのツームストン・ドライバーを受け、頚椎挫傷を負い欠場と2冠の返上。6月、蔵前国技館でのNWA世界ジュニアヘビー級王座決定戦で小林を破り、2ヵ月ぶりに王者に返り咲く。6月12日、新日本のメキシコUWA遠征に参加。メキシコシティーでのWWFジュニアヘビー級王座決定戦でフィッシュマンを下し、第9代王者に返り咲く。この日よりマスク・コスチュームを新調、マーシャルアーツ風のパンタロンを履き、ファイトスタイルもキックを多く取り入れるようになる。8月4日、蔵前国技館で寺西を下し、NWA世界ジュニア王座2度目の防衛に成功。この日の試合前、タイガーの改名プランが正式に発表される。具体的には次の「ブラディファイト・シリーズ」を「さよならシリーズ」とし、終了後に海外遠征へ。翌年からマスクとコスチュームを一新し、改名(フライング・タイガーを予定)した上で再デビューするという計画だった。8月10日、新日本に突如、契約解除を通告し、事実上の引退となる。2年4カ月の国内シングル戦の通算成績は125勝1敗8分けだった。 84年7月、UWFにザ・タイガーとして出場。8月、スーパー・タイガーとして再デビュー。R・チャーランド(ザ・テンペスト)を下し、以後、シューティング路線を推進する。9月7日、後楽園ホール大会での実力No.1決定戦第1ラウンドで藤原喜明と対戦。19分7秒、初公開となるチキンウイング・フェイスロックで勝利。9月11日、後楽園ホール大会での実力No.1決定戦第2ラウンドで前田を倒し、「実力No.1」の称号を獲得。 85年9月、第2回公式リーグ戦で、前田と喧嘩マッチの末、反則勝ち。10月、UWF脱退を表明。その後、佐山聡として新格闘技シューティングの確立に努力する。暴露本「ケーフェイ」の出版などから、次第にプロレス界とは断絶状態となっていった。 94年5月1日、新日本の福岡ドーム大会で10年ぶりに、「初代タイガーマスク」佐山聡としてマット復帰。獣神サンダーライガーとエキジビション・マッチを行い、引き分け。当初はタイガーマスクまたはS・タイガーとしての出場を予定したが、コンディション作りが間に合わず、結局素顔でのシューティング・スタイルとなった。しかしその後佐山がこの試合を「芝居」と発言したため再び新日との関係は悪化。また佐山をタイガーとして復帰させようとのプランに、当時メキシコ遠征中だった3代目タイガーマスクが反発、素顔になるきっかけともなってしまった。 95年12月、大阪城ホールでの猪木主催興行で、初代タイガーマスクとして本格再デビュー。ラウンド制で小林邦昭と引き分ける。完全にマスクマンに戻り、往年の虎殺法の数々を披露、ファンを狂喜させた。その後、みちのくプロレス、UWFインター、東京プロレス、WAR、冴夢来プロレス、バトラーツなどに参戦。新日本プロレスにもレトロ企画的な役割で参戦。猪木の主催するUFO(世界格闘技連盟)の設立に尽力する。 96年8月17日、UWFインターの神宮球場大会でグラン浜田と対戦。15分時間切れの引き分け。8月25日、東京プロレスのパシフィコ横浜大会で安生洋二と組んでアブドーラ・ザ・ブッチャー、大黒坊弁慶組のタッグ王座に挑戦。17分23秒、安生がワキ固めで弁慶に勝利。TWA世界タッグ王座を獲得した。10月10日、みちのくプロレスの両国国技館大会で、ミル・マスカラスザ・グレート・サスケと組んでダイナマイト・キッド、ドス・カラス、小林邦昭組と対戦。15分30秒、ドス・カラスのライガーボムにサスケにフォール負けした。12月1日、代々木競技場第二体育館での「INOKI FESTIVAL」で望月成晃と対戦。8分22秒、タイガースープレックスで勝利。 97年4月12日、新日本プロレスの東京ドーム大会でアントニオ猪木と対戦。6分46秒、コブラツイストに敗れた。12月23日、後楽園ホールでの力道山OB会主催興行に出場し、4代目タイガーマスクと対戦。キック合戦の最中に顔面パンチを決めるなど優位に試合を進め、7分38秒、エプロン越しのハイキックからの前方回転エビ固めで勝利。 98年10月、両国国技館でのUFO旗揚げ戦に初代タイガーマスクとして出場、キックボクシングのケビン・ローズイヤーをノールール・マッチで下す。12月、大阪城ホールでのUFO旗揚げ第2戦でバトラーツのアレクサンダー大塚と対戦し、負傷によりレフェリーストップ負け。この試合では素顔でファイトした。 99年3月、横浜アリーナでのUFO第3戦でアレクサンダー大塚と再戦するも、まさかの連敗を喫する。4月、UFO離脱が表面化。団体の方向性を巡る猪木との食い違いが原因と見られる。5月、新格闘技団体「掣圏道」の設立を正式表明。 03年9月21日、大田区体育館での「掣圏(SEIKEN)」でザ・マスク・オブ・タイガーとして復帰し、ザ・グレート・サスケと対戦。19分39秒、MOAB(バク宙キック)で勝利した。10月26日、全日本プロレスの日本武道館大会でグラン浜田と対戦。11分28秒、ツームストンパイルドライバーからのダイビングヘッドバッドで勝利。12月5日、全日本プロレスの日本武道館大会でミスター日本カミカゼ(新崎人生)と組んでラ・パルカ オリジナル(ラ・パーク)、パルカ・ゲレーラ(NOSAWA論外)組と対戦。10分31秒、タイガースープレックスでゲレーラにフォール勝ち。 04年3月1日、WJプロレスの後楽園ホール大会で中嶋勝彦と対戦。11分44秒、ジャパニーズレッグロールクラッチホールドでフォール勝ち。 05年1月27日、国立代々木競技場・第2体育館で「レジェンド・チャンピオンシップトーナメント」を開催。トーナメント1回戦でサミー・リーに変身し、アレクサンダー大塚と対戦。9分57秒、後方回転エビ固めでフォール勝ち。決勝でサスケに不戦勝し、レジェンド・チャンピオンシップを獲得した。同大会のメインで2代目ザ・タイガー(ウルティモ・ドラゴン)と組んでサスケ・ザ・グレート(MAZADA)、折原昌夫組と対戦。5分37秒、タイガーマスクがタイガースープレックスでサスケ・ザ・グレートに勝利。3月、リアルジャパンプロレスを設立。6月9日、後楽園ホールでのリアルジャパンプロレスの旗揚げ戦のメインで大谷晋二郎と対戦。10分38秒、キングコブラホールドに敗れた。8月14日、真樹ジムの後楽園ホール大会でゼブラーマン(小笠原和彦)と対戦。6分50秒、腕固めで勝利。9月26日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会で折原昌夫と対戦。30分時間切れ引き分け。12月16日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会のメインで石川雄規と対戦。10分47秒、前方回転エビ固めでフォール勝ち。 06年3月10日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会のメインで丸藤正道と対戦。11分57秒、逆さ押さえこみでフォール勝ち。9月20日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会のメインで飯伏幸太と対戦。試合前に鈴木みのるの攻撃を受けて左ヒザを負傷し、5分33秒、トペをくらった後、レフリーストップ負け。12月12日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会のメインで鈴木みのると対戦。16分24秒、ヒザ十字固めにTKO負け。 07年3月7日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会のメインで折原と組んで鈴木みのる、飯伏幸太組と対戦。13分48秒、タイガーマスクがタイガースープレックスで飯伏に勝利。9月21日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会のメインで小林邦昭と対戦。11分21秒、タイガースープレックスからの回転エビ固めでフォール勝ち。12月20日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会のメインで鈴木みのると対戦。15分6秒、リングアウト勝ち。 08年5月12日、後楽園ホールでの「昭和プロレス」に出場。グラン浜田と組んで、佐山サトルDNA(サミー・リーJr.)、藤原喜明DNA(石川雄規)組と対戦。高速ブレーンバスターやツームストン・パイルドライバーを披露。8分46秒、タイガーの逆さ押さえ込みでサミー・リーJr.にフォール勝ち。8月26日、新日本プロレスの後楽園ホール大会(海野レフェリー20周年興行)で4代目タイガーマスクと組んで邪道外道組と対戦。11分52秒、初代のダイビングヘッドバットから4代目がタイガースープレックスホールドを決めて外道に勝利した。9月18日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会でウルティモ・ドラゴンと対戦。11分9秒、ジャパニーズレッグロールクラッチホールドでフォール勝ち。11月24日、IGFの愛知県体育館大会で藤波辰爾と対戦。新日本プロレス時代にも対戦経験がほとんどなかった相手だった。10分時間切れ引き分けに終わった。12月4日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会でウルティモ・ドラゴンと組んで三沢光晴鈴木鼓太郎組と対戦。元2代目タイガーマスクとの対戦となった。15分24秒、三沢のエメラルドフロウジョンにウルティモがフォール負け。12月18日、後楽園ホールでの「昭和プロレス」のメインで藤原喜明と対戦。胃ガン手術からの復帰戦となった藤原を相手に10分15秒、ミドルキックでレフリーストップ勝ち。 09年4月12日、ロックアップの後楽園ホール大会でライガーと組んで高岩関本組と対戦。12分57秒、タイガースープレックスで高岩に勝利。8月9日、IGFの有明コロシアム大会で藤原喜明と対戦。10分、時間切れ引き分けに終わった。9月11日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会で高山善廣と対戦。ツームストン・パイルドライバー、ダイビングヘッドバットを決めたが、ランニング式のニーリフト、張り手をくらって、6分40秒、エベレストジャーマンに敗れた。 10年3月18日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会で天龍源一郎と対戦。12分1秒、チキンウイング・フェイスロックで勝利。6月17日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会で5代目ブラックタイガーと対戦。9分、チキンウイングフェイスロックで勝利。9月25日、IGFのJCBホール大会で藤波と対戦。10分、時間切れ引き分け。10月29日、自らが創始した新武道「武道 掣圏」の第零回大会を後楽園ホールで開催。12月9日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会で4代目タイガーマスクと対戦。10分14秒、ヒザ十字固めにレフリーストップ負け。 11年1月10日、後楽園ホールでのレジェンド・ザ・プロレスリングの旗揚げ戦でAKIRAと組んでライガー、ウルティモ・ドラゴン組と対戦。ローキックをライガーにヒザで防がれた際に左足を痛め、その後は動きが止まり大苦戦。なんとか試合を続行させたが、12分50秒、ウルティモ・ドラゴンのアサイDDTに敗れた。2月5日、IGFの福岡国際センター大会でブラックタイガー(高岩)と対戦。7分48秒、タイガースープレックスで勝利。5月7日、レジェンドプロレスの大阪府立体育会館第2競技場大会で小林邦昭と対戦。4分22秒、マスクをはがされて反則勝ち。その後、タイガーマスクの主張により再試合。場外戦で、鉄柱の金具にマスクのひもを結びつけられて身動き取れなくなり、3分39秒、リングアウト負け。6月23日から入院し、痛めていた左ひざを手術。7月21日、レジェンドプロレスの後楽園ホール大会で復帰し、メインで藤波、長州と組んで泉田本田菊地組と対戦。11分57秒、長州がリキラリアットで泉田に勝利した。9月23日、レジェンドプロレスの名古屋国際展示会議場イベントホール大会で小林邦昭と対戦。8分48秒、フィッシャーマンズスープレックスを逆さ押さえ込みに切り返してフォール勝ち。9月30日、レジェンドプロレスの札幌テイセンホール大会で空牙と対戦。7分5秒、エビ固めで勝利。10月7日、後楽園ホールでの「仮面貴族FIESTA2011」でマスカラス、ドス・カラスと組んで4代目タイガーマスク、CIMA、ウルティモ・ゲレーロ組と対戦。17分13秒、マスカラスがフライングボディアタックでゲレーロに勝利。10月25日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会のメインでザ・グレート・サスケと対戦。12分13秒、アームロックで勝利。 12年1月8日、レジェンドプロレスの後楽園ホール大会でエル・サムライと対戦。8分19秒、タイガースープレックスで勝利。3月16日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会のメインでサスケと組んで大仁田、矢口組と対戦。大仁田の有刺鉄線バット攻撃や毒霧をくらうなど大荒れの試合となった。9分53秒、タイガーマスクがタイガースープレックスホールドで矢口に勝利。試合後に大仁田に挑発されて不穏な空気となったが退場。リングに残った大仁田はファンに対し「リアルジャパンのファンに聞く。おれとタイガーマスクの電流爆破を見たいか」とアピールした。4月20日、後楽園ホールでの藤波の40周年記念興行に出場。メインで藤波、長州と組んで蝶野ヒロ斉藤、AKIRA組と対戦。9分24秒、藤波がドラゴンスリーパーでAKIRAに勝利。5月5日、レジェンドプロレスの巌流島大会でウルティモ・ドラゴンと対戦。8分36秒、タイガースープレックスで勝利。5月11日、新宿FACEでの大仁田の自主興行でサスケ、グラン浜田と組んで大仁田、矢口、保坂組と有刺鉄線ボードストリートファイトデスマッチで対戦。15分20秒、大仁田と矢口の合体サンダーファイヤーパワーボムに初代タイガーマスクが敗れた。6月15日、広島グリーンアリーナでの齋藤彰俊の自主興業で長州、藤波と組んで藤原、カブキ青柳組と対戦。11分57秒、藤波がドラゴンスリーパーで青柳に勝利。6月20日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会のメインで大仁田を相手にデンジャラス・スペシャル・ランバージャック・デスマッチで対戦。邪道軍団とリアルジャパン軍団を引き連れてのランバージャック戦を行い、お互いのセコンドがルールにより次々と退場となる中、13分58秒、ダイビングヘッドバッドから、有刺鉄線バットで殴ってフォール勝ち。試合後、握手をしつつも大仁田から毒霧攻撃をくらい、マスクを脱がされて場外へ投げ捨てられた。9月21日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会のメインで丸藤正道と組んで関本、高岩組と対戦。12分40秒、タイガーマスクがタイガースープレックスで高岩に勝利。12月7日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会で大仁田と対戦。反則に激怒した立会人の小林邦昭が乱入し、大仁田が毒霧で反撃。収拾がつかなくなり、13分16秒、ノーコンテストに終わった。 13年3月22日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会のメインで高山と対戦。7分35秒、必殺のエベレストジャーマンを足をからめて防ぎ、そのままヒザ十字固めを決めて勝利した。6月7日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会のメインで丸藤と対戦。10分55秒、タイガーフロウジョンからのアームロックにレフリーストップ負け。12月12日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会のメインで謎のマスクマンとして登場したグレート・タイガーと対戦。11分23秒、コブラツイストにギブアップ負け。この試合で右アキレス腱と靭帯を損傷し、長期欠場。 14年1月19日に復帰。4月16日、リアルジャパンプロレスの代々木第二体育館大会で齋藤彰俊と対戦。13分2秒、タイガースープレックスで勝利。 15年3月20日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会のメインでと対戦。10分50秒、ボディプレスに敗れた。この試合後、胸の痛みを覚えるようになり、5月22日、心臓手術。24日に退院。 16年6月23日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会でミノワマンを相手に自らが立ち上げた武道「須麻比(すまひ)」のデモンストレーションを行った。12月7日、リアルジャパンプロレスの後楽園ホール大会で復帰。スーパー・ライダー、折原と組んで矢口、アレクサンダー大塚、田中稔組と対戦。14分45秒、タイガーマスクがハイキックで矢口に勝利。

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