ダークロHP / レスラーノート

タイガー・ジェット・シン
TIGER JEET SINGH


本名:ジャグジート・シン・ハンス
1944年
インド・パンジャブ州アブリッツアール出身
190p 120kg
タイトル歴:NWFヘビー アジア・ヘビー 北米タッグ UWA世界ヘビー インタータッグ
得意技:コブラクロー

「インドの狂虎」の異名をもつ悪役レスラー。サーベルを振りまわしながらの入場が有名。65年にシンガポールでデビュー。66年にカナダのトロント地区に渡りヒンズー・ハリケーンの名で暴れ回った。フレッド・アトキンスと組んでカナディアン・オープンタッグ王座を獲得。73年5月に新日本プロレスに初来日。11月、新宿の路上でアントニオ猪木を襲って因縁を作った。猪木との抗争により新日本プロレスのトップヒールとなる。75年3月、猪木を降しNWFヘビー級王座を獲得。76年7月、坂口を破り初代アジア・ヘビー級王座を獲得。77年2月、上田馬之助とのコンビで坂口、小林組から北米タッグ王座を獲得。80年1月、メキシコシティでカネックを破りUWA世界ヘビー級王座を獲得。81年2月15日、エル・トレオでカネックに敗れて王座転落。7月、全日本プロレスに登場。83年7月、上田とのコンビを再結成し、馬場鶴田組を破りインタータッグ王座を獲得。全日本プロレスでは89年の来日が最後。90年に新日本プロレスに登場。グレーテスト18クラブ王者となった長州力と抗争。91年3月21日、東京ドーム大会で長州力とノーレフリーの完全決着ルールで対戦。カミソリ攻撃で流血させたが、11分7秒、後頭部へのラリアットでKO負け。その後、92年6月にFMW、93年にNOW、95年にIWAジャパンなどを転戦。FMWでは大仁田厚と電流爆破マッチを行った。ブッカー、プロモーターとしても活躍。97年に息子のタイガー・アリ・シンをWWF入りさせた。99年にIWAジャパンに久々に来日。04年10月23日、愛知県体育館での「ハッスル6」のメインイベントで小川直也と対戦。サーベルやイスや鉄柵で小川を流血させ、ターバンを首巻きつけたり必殺のコブラクローを炸裂させて試合を優位に進めたが、9分49秒、STOボンバーで敗れた。08年7月6日、ハッスルの福岡国際センター大会でのハッスルGP1回戦でボブ・サップと対戦。ネックハンギングをくらったがセコンドのジョー之助が竹刀攻撃。サップに白い粉をまいて、レフリーにも暴行し、3分53秒、反則負け。11月には息子と共にハッスルに来日。11月20日、後楽園ホール大会で息子と組んで天龍越中組と対戦。入場時に息子と共に客席に乱入し、場外戦で試合開始。レフリーへのフォーク攻撃で4分48秒、反則負け。11月22日、水戸市民体育館大会では息子と組んでボノちゃん(曙)、あーちゃん(荒谷)組と対戦。4分43秒、あーちゃんへのシンの凶器攻撃で反則負け。09年7月26日、ハッスルの両国国技館大会でブッチャーと組んでHG、RG組と対戦。ブッチャーの地獄突きがシンに誤爆し、7分35秒、RGにそのままフォール負け。試合後にブッチャーと乱闘。7月30日、ハッスルの後楽園ホール大会でブッチャーと対戦。延々と場外戦を続け、5分18秒、両者反則に終わった。

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