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ジョージ高野

本名:高野壌治
1958年6月23日
山口県出身(福岡県北九州市出身説あり)
188〜190cm 98〜115kg
タイトル歴:IWGPタッグ NWA世界ジュニア 英連邦ミッドヘビー WWFジュニア
得意技:フライングボディアタック

父親はアメリカ海兵隊員で、ボクシングの海軍王者だった。大相撲の大鵬部屋に入門。関節炎のため廃業。76年8月に新日本プロレスに入門。猪木との初対面では「おれが誰だか知ってるか?」という猪木の問いに対し「ストロング小林さんですか?」と答えた逸話が残っている。77年2月10日、日本武道館の佐山聡戦でデビュー。15分時間切れ引き分け。恵まれた体格を活かしたダイナミックなレスリングで、「褐色の貴公子」の異名を持ち、若手時代から人気を獲得。一時は芸能界と二足のわらじをはいた。 82年1月にメキシコに遠征。1月31日の遠征第1戦では、フィッシュマンの持つUWA世界ライトヘビー級王座に挑戦するという異例の抜擢を受けた。カナダ・カルガリーに転戦し、ここでマスクマンのザ・コブラに変身。 83年9月、ブルース・ハートを破り英連邦ミッドヘビー級王座を獲得。タイガーマスクが引退した穴を埋めるために帰国。11月3日にザ・コブラとして日本初登場し、王座決定戦でデイビーボーイ・スミスを破りNWA世界ジュニアヘビー級王座を獲得した。英連邦ミッドヘビー級王座は11月18日(現地時間)にソニー・ツー・リバー(平田淳嗣)に敗れて王座陥落。タイガーマスクと比較され、受け入れられるまでは非難を浴びた。 84年12月28日、ニューヨークでの王座決定戦でブラックタイガーを破りWWFジュニア王座を獲得。 85年5月20日にヒロ斎藤に王座を奪われたが、7月28日に奪回。同王座は10月31日にWWFとの業務提携が終了したため返上した。 86年6月17日、愛知県体育館大会で高田のIWGPジュニア王座に挑戦。21分33秒、両者リングアウトの引き分け。その後、再び海外に遠征し今度は素顔で帰国。スーパーストロングマシンと烈風隊を結成。 89年3月16日、横浜文化体育館大会でマシンと組んで長州力マサ斎藤組のタッグ王座に挑戦。ポストを外してのコーナー打ちつけや噛みつきなどで高野が額から大流血したが奮闘。斎藤と高野の場外戦となり、マシンがコーナートップからダイブしてマサがダウン。その隙にリングに上がり、19分20秒、リングアウト勝利して、IWGPタッグ王座を獲得した。その後、新日本プロレスを退団し、SWSに移籍。「パライストラ」の道場主となる。 90年10月19日、横浜アリーナ大会のメインで天龍源一郎と対戦。13分2秒、パワーボムに敗れた。11月22日、浜松アリーナ大会で谷津嘉章と対戦。18分17秒、フェイスロックで勝利。 91年2月22日、後楽園ホール大会で佐野と対戦。27分19秒、逆エビ固めで勝利。3月7日、札幌中島体育センター大会でティト・サンタナと対戦。11分5秒、フライングハンマーアタックに敗れた。3月30日、東京ドーム大会でランディ・サベージと対戦。13分42秒、ダイビングエルボードロップに敗れた。4月1日、神戸ワールド記念ホール大会でブレット・ハートと対戦。11分43秒、ダイビングボディプレスで勝利。5月25日、横須賀市総合体育館大会でジム・ナイドハートと対戦。8分40秒、ダイビングボディプレスで勝利。6月7日、両国国技館大会で佐野と対戦。12分28秒、タイガースープレックスに敗れた。6月11日、大阪府立体育館大会でケンドー・ナガサキと対戦。18分9秒、ダイビングボディプレスで勝利。10月29日、福岡国際センター大会でバーバリアンと対戦。9分49秒、メキシコ式高角度回転エビ固めでフォール勝ち。10月30日、熊本市体育館大会のメインで天龍と対戦。11分6秒、パワーボムに敗れた。11月10日、札幌中島体育センター大会でリック・マーテルと対戦。9分57秒、ダイビングボディアタックに敗れた。 92年1月12日、後楽園ホール大会で谷津と対戦。16分34秒、ジャーマンスープレックスで勝利。SWS崩壊後はインディー団体に参戦。NOW、PWCと渡り歩く。釧路市を本拠地にプロレスと格闘技の融合を目指してFSRを旗揚げ。 96年5月、釧路市にコブラジムを開設し、格闘技色の強い興行を運営していた。その後、北九州に本拠地を移した。9月11日、UWFインターの神宮球場大会にザ・コブラとして出場し、初代タイガーマスクと対戦。全く盛り上がりに欠けた試合となった。場外でパイルドライバーをくらってダウンし、コーナートップからのダイビングヘッドバットをかわしたが、そのままダウンし続け、12分54秒、リングアウト負けに終わった。11月20日、UWFインターの札幌テイセンホール大会で初代タイガーマスクと再戦。7分17秒、序盤戦でのダブルリストロックで唐突にギブアップ負け。 98年1月18日、新東京プロレスの後楽園ホール大会で上田勝次の引退試合に出場。5R1分59秒、TKO勝ち。 01年4月18日、ZERO−ONEの日本武道館大会でザ・コブラとして出場し、星川尚浩と対戦。8分6秒、裏十字固めに敗れた。7月12日、ZERO−ONEのZEPP TOKYO大会でザ・コブラとして登場し、田中将人と対戦。8分25秒、片エビ固めにフォール負け。7月13日、ZERO−ONEのZEPP TOKYO大会で村上一成と対戦。2分2秒、マスクをはがされて反則勝ち。8月19日、掣圏道の東京昭島メッセ大会でザ・コブラとして初代タイガーマスクと組んでミル・マスカラスドス・カラス組と対戦し敗れた。同年、ZERO−ONEの「火祭りリーグ戦」にジョージ高野として参戦。 田中将斗と引き分け、佐藤耕平サモア・ジョーに敗れてリーグ戦敗退。 02年2月24日、30周年スペシャルマッチとして新日本プロレスに素顔で出場。西日本総合展示場で蝶野と組んで中西吉江組と対戦し、勝利。 04年7月10日、PWCの博多スターレーン大会のメインでコブラとして初代タイガーマスクと組んで維新力、折原昌夫組と対戦。9分52秒、タイガーマスクがタイガースープレックスで維新力に勝利。 18年4月20日、ドラディションの後楽園ホール大会でコブラとしてヒロ斉藤と組んでブラックタイガーKENSO組と対戦。13分2秒、斉藤がダイビングセントーンでブラックタイガーに勝利。4月21日、ドラディションの大阪南港ATCホール大会でコブラとして越中と組んでAKIRA長井組と対戦。11分55秒、長井にマスクを剥がされて反則勝ち。

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