レスラーノート

荒谷望誉

本名:荒谷信孝
1968年3月7日
神奈川県茅ヶ崎市出身
185cm 120kg 血液型:O型

タイトル歴
アジアタッグ
WAR認定世界6人タッグ
CAWF世界タッグ
CAWFカンナムタッグ
得意技
ムーンサルトプレス
ショートレンジラリアット

中学卒業後、大相撲の九重部屋に入門。廃業後、鶴見五郎のジムで鍛える。92年にオリエンタル・プロレス入り。7月26日、松崎和彦戦でデビュー。崩壊後、W★ING、IWAジャパンを経て、95年5月にWARに移籍。7月28日、WARの後楽園ホール大会で北尾光司と対戦。8分21秒、裏投げに敗れた。10月には北原と組み第6代WAR世界6人タッグ王座に君臨した。97年12月23日、後楽園ホールでの力道山OB会主催興行に出場し、J1王座決定トーナメント準決勝で北原と対戦。10分32秒、5発目のムーンサルトプレスで勝利。98年1月14日、WARの後楽園ホール大会での決勝で天龍と対戦。一歩も引かぬ激闘を展開したが、13分20秒、2発のラリアットの相打ちの直後にラリアットをくらってフォール負け。2月11日、WARのシリーズ巡業での最終興行となった後楽園ホール大会のメインで天龍と対戦。ゴング前から猛突進してエルボー連打。その後は天龍の激しい攻撃で顔面を血だらけにしながらも立ちむかい、エプロンから場外の机の上にノド輪落としを決めるなど健闘したが、20分17秒、ラリアットの相打ちの直後にラリアットをくらって敗れた。試合後に求められた握手を拒否し、張り手をくらってリングを降りた。99年8月、奥村茂雄と共に米国遠征へ出発し、CAWFカンナム・タッグ王座を獲得。12月5日、横浜市鶴見青果市場大会で行われた国際プロレスの「世界最凶タッグトーナメント」で鶴見五郎と組んで出場。1回戦で幻、トウカイブシドーV3組、決勝戦でブラックマミー、マミー組に勝利して見事優勝した。00年2月13日、国際プロレスの鶴見青果市場大会で奥村と組んでエルコマンドスと対戦。IWAタッグ王座とカンナムタッグ王座のダブルタイトルマッチだったが両者リングアウトで引き分けた。8月、天龍の勧めで全日本プロレス入団。10月21日に新日本プロレスとの対抗戦に出場。11月からの世界最強タッグ決定リーグ戦には天龍とのコンビで参加し、3勝4敗で8チーム中5位の成績に終わった。02年4月13日、アジアタッグ王座決定戦で、嵐と組んで長井満也、奥村茂雄組と対戦。23分27秒、奥村をラリアットで下しアジアタッグ王座を獲得した。9月23日、カズ・ハヤシジミー・ヤン組に勝利し、初防衛に成功。03年1月3日、天龍、渕正信組を破り2度目の防衛に成功。2月16日、博多スターレーン大会でテンタ、ギガンテス組を破り3度目の防衛に成功。6月にパートナーの嵐が世界タッグ王座を獲得したためアジアタッグ王座を返上。返上と同時に荒谷望誉(のぶたか)に改名。7月13日、アジアタッグ返上を不服とした荒谷は嵐とシングルマッチで対戦。しかし5分24秒、フロッグ・スプラッシュで敗れた。7月19日の日本武道館大会で嵐と再び対戦したが、10分15秒、高角度パワーボムで敗れた。7月28日から無期限休場。10月26日、武道館大会での小島聡戦で復帰。20キロ以上の減量に成功した荒谷だったが、16分38秒、ラリアットに敗れた。その後は全日本プロレスの中堅として活躍。04年4月にチャンピオンカーニバルに参戦。4月13日、Zepp Tokyo大会の公式戦で小島と対戦。ラリアット2連発をカウント2で返し、17分55秒、ムーンサルトプレスで勝利。1勝3敗でリーグ戦を終了し、最下位タイの結果に終わった。11月、世界最強タッグ決定リーグ戦に平井伸和と組んで参戦し、全敗に終わった。05年1月3日に、同じくリーグ戦最下位に終わった本間、諏訪間組と「負けたら圏外」マッチで対戦。19分35秒、諏訪間のジャーマンに荒谷が敗れ「圏外」の称号が贈られた。その後はコミカルファイトで活躍。08年6月28日、大阪府立体育会館大会で中西学と対戦。5分26秒、ヘラクレスカッターに敗れた。10月23日、青森・河西体育センター大会で西村修と対戦。カンチョー攻撃は西村が瞑想により痛みをこらえたため失敗。続いての2発目は全く通じずに指を痛める。直後の8分52秒、逆さ押さえ込みに敗れ、試合後には指にコールドスプレーをかけてもらう応急処置を受けた。ハッスルでは08年5月13日からボノちゃん()の友達、あーちゃんとして出場。09年1月10日、八王子市民会館大会で高山善廣と対戦し、53秒、ニーリフトに敗れた。3月11日、八戸市体育館大会で高山と対戦。5分10秒、ランニングニーリフトに敗れた。4月12日、JCBホール大会でヘイト(平井)と対戦。ヘイトの持ちだした消火器をレフリーが奪いとろうとしたはずみで荒谷に直撃。8分48秒、突然の消火器攻撃にダウンし、そのままフォール負け。4月23日、ハッスルの後楽園ホール大会でRGと対戦。ムーンサルトプレスをかわされ、4分29秒、RGラナに丸めこまれてフォール負け。6月21日、後楽園ホール大会のメインで小島と対戦。ラリアットをくらってしまうが、セコンドについた武藤がレフリーの足をひっぱりカウントを阻止。直後にカンチョー攻撃を成功させラリアット、ニールキック、パワーボム、ムーンサルトプレスと得意技を決めるがカウント2。ラリアットをカウント2で返したが、18分40秒、ロープに振られてのラリアットに敗れた。試合後は大歓声と共にロッキーのテーマで退場した。7月26日、後楽園ホール大会で引退試合。菊タローと組んで渕、TAKAみちのく組と対戦。7分7秒、首固めで渕にフォール勝ち。「ロッキーのテーマ」が流れる中、リング上で選手たちから胴上げ。そのまま胴上げから落とされて、浜亮太にボディプレスでフォールされて3カウント。テーマ曲が「元祖天才バカボンの春」に切り替わった。試合後の引退セレモニーでは「24歳でこの世界に入って今日で17年、違う道に進みますが、全日本にいたということを誇りにがんばって生きていきたいと思います。どうもありがとうございました」とあいさつした。11年5月15日、全日本プロレスの後楽園ホール大会の第1試合で、曙、浜、BUSHIと共に私服で入場。そのままセコンドについて試合を見守った。13年10月27日、全日本プロレスの両国国技館大会で復帰。宮本和志と組んで佐藤光留井上雅央組と対戦。10分10秒、佐藤のアームロックに荒谷が敗れた。
スクラップブック
荒谷 俺はね、目標とするレスラーは大熊元司さんだから。中堅どころでお笑いやってるのが一番好きなの、じつは(笑)。俺ひとりだけ、持ち上げられている気がしたの。」(中略)
−−荒谷選手は「欲がない」って言われませんか?
荒谷 それは昔から。「言われる」じゃなくて、「ない」んだもの。レスラーとしてはマイナスでしょ。でも、これは性格だから、直らないでしょ。目立ちたがり屋でもないし。
(週刊プロレスNo.843(98年3月) のインタビューより)