ダークロHP / レスラーノート

佐々木健介

1966年8月4日
福岡県福岡市出身
180cm 115kg 血液型B型
タイトル歴:IWGPヘビー IWGPタッグ WWCカリビアン・タッグ WCW認定USヘビー カナディアンタッグ WMG(ワールド・マグマ・ザ・グレーテスト) HCWヘビー HCWタッグ アジアタッグ GHCヘビー GHCタッグ
得意技:ストラングル・ホールドγ ノーザンライト・ボム(北斗晶の必殺技) ボルケーノ・イラプション

85年6月、ジャパン・プロレスの入門生第1号としてプロレス入り。86年2月16日、後楽園ホールの笹崎伸司戦でデビュー。ジャパン・プロ分裂に伴い87年6月に新日プロ移籍。以後、新日本プロレスで実権を持った長州からのサポートを受け続けた。89年1月、海外武者修行へ出発。プエルトリコのWWCに出場。1月14日にミスター・ポーゴと組んで(チーム名はニンジャ・エクスプレス)カリビアン・タッグ王座を獲得。4月1日にもカリビアン・タッグ王座を獲得している。その後、カナダに転戦。8月に北原光騎と組んでカナディアンタッグ王座を獲得。90年3月に凱旋帰国し、同年11月、と組みIWGPタッグ王座に就く。91年8月に左足首を骨折し、10ヶ月間欠場。92年6月に復帰。11月、パワー・ウォリアーに変身し、ホーク・ウォリアーとヘルレイザーズを結成。12月14日にはIWGPタッグ王座を獲得し、93年8月までタッグ戦で40連勝した。94年12月より素顔に戻る。95年10月、女子プロレスラーの北斗晶と結婚。 11月13日、両国国技館大会でスティングに勝利してWCW・USヘビー級王座を獲得。11月26日、WCWのPPV「ワールドウォー3」に登場し、クリス・ベンワーを相手にUS王座の防衛戦。10分2秒、ノーザンライトボムで勝利して防衛に成功。12月27日、WCWのPPV「スターケード」でワンマン・ギャングに勝利。この試合後、US王座を返上した。 96年9月に日米対抗スーパースターズトーナメントに出場。1回戦でレックス・ルガーを相手にストラングル・ホールドγで勝利。2回戦ではリック・フレアーにストラングル・ホールドγで勝利。準決勝は不戦勝で、決勝で越中にノーザンライト・ボムで勝利して優勝。97年4月、長州と組み、IWGPタッグ王座に君臨。8月、G1クライマックス初優勝を達成し、山崎とのコンビでIWGPタッグ王座に返り咲く。さらにIWGPヘビー級王座にも輝き、史上初の3冠制覇を成し遂げた。99年3月には越中と組んでIWGPタッグ王座に就く。00年1月4日の東京ドーム大会で天龍を下しIWGPヘビー級王者となる。5月5日の福岡ドーム大会ではパワー・ウォリアーとしてG・ムタと対決し防衛。8月のG1で3年ぶり2度目の優勝、史上2人目のIWGP、G1の2冠制覇を達成。10月9日のドームで全日本プロレスの川田利明との頂上対決に敗れIWGP王座を返上。01年1月4日、東京ドームでのIWGPヘビー級争奪トーナメントで川田に勝利し、IWGPヘビー級タイトルを奪取した。しかし3月にスコット・ノートンに敗れ王座転落。4月9日の大阪ドームでの橋本戦で敗退。自分を見つめ直すために戦線離脱。ドン・フライの指導のもと、米国で約6ヶ月格闘技特訓を積む。10月8日の東京ドーム大会での藤田戦で復帰し、健闘。02年1月4日の東京ドーム大会では小川と初対決した。6月に王者永田に挑戦するも惜敗。02年11月、新日本プロレスを退団。03年2月、長州が旗揚げしたWJプロレスに入団。3月1日の旗揚げ戦では馳と組んでダン・ボビッシュ、ドン・フライ組と対戦。12分59秒、佐々木のラリアットでボビッシュに勝利した。7月20日、両国国技館でのWJ最強決定トーナメントに出場。1回戦で長州と対戦し、12分59秒、ノーザンライトボムで勝利。準決勝でスティーブ・ウイリアムスと対戦し、12分17秒、フルネルソン監獄固めで勝利。決勝戦で鈴木健想と対戦。18分04秒、ラリアットで勝利して優勝。初代WMG王座に君臨した。9月6日にはWJプロレスが主催した「総合格闘技大会」の「X−1」に出場し、23歳の弁護士志望で「アマレスの強豪」、クリスチャン・ウェリッシュと対戦。1R2分35秒、フロントネックロックでギブアップ勝利。12月にフリー宣言しWJプロレス離脱。04年1月10日、ハワイでロパーカの持つHCWヘビー級王座に挑戦。ボルケーノ・イラプションで勝利してHCWヘビー級王座を獲得。1月17日にはケンジロウ・カタヒラと組んでHCWタッグも獲得した。その後、フリーとして新日本プロレス、闘龍門、WMF、DDT、みちのくプロレスに参戦。4月には全日本プロレスのチャンピオン・カーニバルに初出場。決勝で武藤に敗れ準優勝に終わった。8月には新日本プロレスのG1に出場。決勝トーナメント1回戦で天龍と対戦し、53歳で敗れた。10月9日に藤田和之を破り、IWGPヘビー級王座を獲得。棚橋弘至鈴木みのる相手に防衛したが、12月12日に天山に敗れて王座転落。04年度プロレス大賞のMVPを獲得した。05年4月、全日本プロレスのチャンピオン・カーニバルに初優勝。7月26日、中嶋と組んで近藤修司、brother YASSHI組を破りアジアタッグ王座を獲得。7月、ZERO1−MAXの夏の恒例イベント「火祭り」に初出場。8月7日の決勝戦で大谷晋二郎に敗れて準優勝に終わった。7月18日のノアの東京ドーム大会で、小橋建太と対戦。200発以上のチョップ合戦の末に豪腕ラリアットで敗れたが、どちらも一歩も引かないド迫力ファイトが話題となり、05年プロレス大賞のベストバウトを受賞した。06年7月2日、ビッグマウスラウドの後楽園大会で柴田勝頼と対戦。北斗ボムを放とうとした際に、柴田のひざが左目を直撃。左眼窩底骨折の重傷を負う。重傷を負いながらも、ケガを公表せずに全日本プロレスの大田区大会(7月3日)、入間大会(7月9日)に強行出場。14日に入院。7月16日、外泊許可を取ってノアの武道館大会に出場。メインの「高山善廣復帰戦」に出場し、高山と組んで三沢秋山組と対戦。ケガをした事実を伝えないまま試合を戦いぬき、22分30秒、秋山のリストクラッチエクスプロイダーに高山が敗れた。17日に長期欠場を表明。18日に手術をして、その後は長期欠場。07年1月2日、全日本プロレスの後楽園ホール大会で復帰。2月11日ディファ有明で健介オフィスの旗揚げ戦を開催。メインイベントで一番弟子の中嶋勝彦と対戦。20分55秒、ラリアット2連発からの北斗ボムで勝利した。8月26日、両国国技館大会で三冠王者の鈴木みのるに挑戦。序盤は健介が約10分間、ヘッドロックで絞めあげた。みのるも開幕戦で負傷させた健介の右腕を集中攻撃。みのるの腕十字固めで勝負あったかと思われたが、セコンドの中嶋や渕のTシャツ投入を制して健介がロープにエスケープ。終盤にラリアットの連続攻撃。最後は42分7秒、8発目のラリアットで勝利して三冠王座を獲得。試合後に健介は「やったぞーっ!」と絶叫。3本のベルトを手にコーナーにかけ上がった。勝利者インタビューでは「ここでデビューして全日本マットで2年間、1勝もできなかった。でも、そのリングの上で、このベルトをかけて、先輩たちが血と汗を流してがんばったんですよ。鈴木にもチャンピオン像があったと思うけど、おれはここにベルトが3本になる前から、その時からこのベルトにあこがれて日々精進してきました。今日はみなさんのおかげで念願の三冠ベルを手に入れることができました。みんな、ありがとう!」と語った。10月18日、全日本プロレスの国立代々木競技場第2体育館大会で川田を相手に防衛戦。共に40歳以上とは思えない気迫あふれる激しい試合となった。試合終盤ではどちらが勝ってもおかしくない展開に。最後は26分5秒、ラリアット、キングバスター、北斗ボムをたたみかけて勝利。08年3月1日、両国国技館大会で小島聡を相手に防衛戦。ラフファイトとセコンド乱入に苦戦したが、25分18秒、キングバスターからのノーザンライト・ボムで勝利して2度目の防衛に成功した。3月29日からノアのグローバルタッグリーグ戦に中嶋勝彦と組んで出場。4月、全日本プロレスのチャンピオンカーニバルに参戦。5日の初戦で西村修と対戦。足四の字などで右足を攻められて、30分、時間切れ引き分け。2日の第2戦で諏訪魔と対戦。30分、時間切れ引き分け。4月7日、ジョー・ドーリングと対戦。パワーで圧倒し、8分1秒、最後は足踏みをしてからのラリアットで勝利。試合後には「みんなが疲れていると指摘するから、元気だぞという気持ちで足踏みした。新技できた!一石二鳥ラリアットだ!」と語った。4月8日、鈴木みのると対戦。12分22秒、逆落としからのスリーパーホールドでレフリーストップ負けとなり、リーグ戦敗退。4月29日、愛知県体育館大会で諏訪魔を相手に防衛戦。前のシリーズでチャンピオンカーニバルに優勝したばかりの諏訪魔の勢いに圧倒され、29分55秒、フロッグスプラッシュに敗れて三冠王座から転落。5月11日、アレナ・メヒコでの闘龍門自主興行「ドラゴマニア3」で、UWA世界タッグ王座決定戦に出場。アニマル・ウォリアーと組んでテリブレ、ダミアン666組と対戦。1分50秒、ダブルインパクトでテリブレからフォールを取りUWA世界タッグ王座を獲得した。6月13日、健介オフィスの大阪府立体育会館第2競技場大会のメインで丸藤正道と対戦。22分53秒、ストラングルホールドZで勝利。7月13日、博多スターレーン大会でGHC王者の森嶋猛とシングルで初対戦し、30分時間切れの引き分け。7月18日、日本武道館大会でKENTAと対戦。KENTAの打撃を真っ向から受けとめ、22分23秒、北斗ボムで勝利した。9月6日、日本武道館大会で森嶋に挑戦。22分2秒、ノーザンライトボムで勝利してGHCヘビー級王座を獲得。同月にアメリカ遠征。WLW・ノアの合同トレーニングキャンプに参加し、若手を指導。自らも、視察に来ていたリッキー・スティムボートにカンフーチョップ(ダブルチョップ)をコーチしてもらう。この技をライディーンチョップと命名した。9月19日にWLWのエルドン大会に出場し、中嶋と組んでキース・ウォーカー、オリバー・ジョン組と対戦し、17分25秒、中嶋のデスロールでオリバーにフォール勝ち。9月20日、ROHのフィラデルフィア大会に登場し、クラウディオ・カスタニョーリと対戦。14分47秒、ノーザンライトボムで勝利した。9月27日、大阪府立体育会館大会でモハメド・ヨネを相手に防衛戦。16分58秒、ノーザンライトボムで勝利。12月7日、日本武道館大会で斎藤彰俊を相手に防衛戦。25分27秒、ラリアットで勝利。09年3月1日、ノアの日本武道館大会で秋山準を相手に防衛戦。22分44秒、変形スターネスダストαに敗れて王座転落。4月、森嶋と組んでノアのグローバル・タッグリーグ戦に出場。順調に勝ち星を重ね、最終戦の5月6日の日本武道館大会のメインで三沢、潮崎組と対戦。この試合に勝てば優勝だったが、2分53秒、潮崎のラリアットに森嶋がフォール負けし、優勝を逃した。8月2日、健介オフィスの後楽園ホール大会で森嶋と対戦。21分51秒、ダイビングボディプレスからのバックドロップに敗れた。9月12日、後楽園ホール大会でバイソン・スミスと対戦。13分29秒、ノーザンライト・ボムで勝利。9月21日、名古屋国際会議場大会で森嶋と組んで齋藤、バイソン組のGHCタッグ王座に挑戦。32分58秒、森嶋がバックドロップでバイソンにフォール勝ちしてGHCタッグ王座を獲得。12月6日、ノアの日本武道館大会で力皇、ヨネ組を相手に防衛戦。26分40秒、森嶋がヨネの後頭部への回し蹴りをくらってフォール負けし、王座転落。

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